備忘録

『ブルーノ・ラトゥールの取説』レジュメ、および呼吸器内科医的ラトゥール論

(0) はじめに (1) 非還元の原理 技術決定論 社会構成主義 相互排他的対立を超えて (2) カロンによるアクターネットワーク論 「社会的なもの」についての問題 ANTとは何か 「アクターを追い/倣え」 (3) ラトゥールによるアクターネットワーク論 仲介と媒介 …

またつくりたいごはん(その1)

毎日のごはんはInstagram*1にアップロードすることにして、またつくりたいごはんの写真が50枚貯まったらブログを更新することにしました。2年半でこの枚数なので、気長にやっていければと思っています。 21/5/9 豚のしょうが焼き 21/5/23 ハンバーグ 21/6/3 …

複数の実在としての間質性肺炎 -ストラザーンとモルを補助線にすることの可能性

0. はじめに 1. 気管支のなかで迷子になる 2. カントールの塵、あるいは人類学におけるスケールの問題 3. 間質性肺炎とは何か 4. フラクタル構造としての蜂巣肺 5. ポスト多元主義、部分的つながり 6. 「一よりも多いが、多よりは少ない」 -「複数の存在」と…

身体・享受・規律

濡れた草の匂いを嗅いだ。ある中華料理屋で炒飯を食べ、外に出たときだった。その刹那、この2年間忘れていた匂いだと感じた。北海道は関西と比べて湿気が少ないのはもちろんのこと、夏の夕立ちを経験することもほとんどなかったのだ。身体的な位相で刻印され…

現在とは過去の堆積である

深夜2時10分、病棟からの着信音で目を覚ます。遅い時間だが、私にはその電話の理由は出る前からわかっていた。案の定、電話越しに看護師は、「××さんの呼吸と脈拍が止まりました」と危篤状態になっていた私の名前の患者を言った。「向かいます」と短く返事を…

Zoomgalsの「自己矛盾」とサイボーグ・フェミニズム

は? ギャルの鉄則? なんてあるようで無いし好きにやりや それは衝撃だった。私には、漠然と感じていたZoomgalsの「自己矛盾」が、大門弥生のその一言で一挙に顕わになったように思えて、動揺した。 1. Zoomgalsとは何か ひたすら「自分は最強」みたいなこと…

話し足りないことがある

2021年3月末、大きなスーツケースを引っ張りながらタクシーに乗り込み、「帯広協会病院まで」と言ったとき、運転手は「協会病院ですね」と返した。そのとき私は、ああ、彼にとっては「帯広」ということは所与の前提だからわざわざ頭につける必要がないのだと…

帯広ランチ 全レビュー

全レビューといっても帯広市内の店すべてではなく、北は国道38号線、東は札内川、西は大通、南はJR根室本線に囲われた以下の区域の「全レビュー」となっています。これは私が帯広に住んでいる間に全制覇しようと目標にしていた範囲で、1年9ヶ月ほどかけて行…

外科医と雪かき

10月半ばから年明けの第1週まで、同じ市内ではあるが別の大きな病院で研修をしている。自宅からはやや離れていて、寒いというよりは痛いという感情に襲われながら、12月頭までは自転車を15分漕いで氷点下の世界を走っていた。しかしさすがに路面が凍結し始め…

人間の身体には凹凸がある。

循環器ローテ中、毎朝のカンファで話を聞きながら私は、自分の左手の甲から前腕にかけてくっきりと浮き出た自分の静脈を触っている。7階の狭い小部屋の窓はちょうど朝日と私の真ん中にあって、その光は青緑の管に陰影をつける。あまりはっきりとはみえないが…

みんな元気。

12月は外科ローテで朝が早かった。5時半に起床し、6時過ぎには家を出ると外はまだほの暗くて、それでいて高い建物がないのでずっと向こうのほうで紅がさしているのがみえる。雪で白んだ世界も相まって、なんだか日本にいる気がしなかった。それを帯広出身の…

頭虫は汚いし目も当てられない

休日、一日中本を読んでいたら我慢できなくなって、銀杏BOYZを聴きながらチャリで走り出した。24歳の夏である。23歳から1つ歳をとって、もう夏休みは来ない。 もともと、川というものが好きだ。だから近くの川まで走った。夕暮れに景色がよく映えていた。私…

ハンバーグと剰余

今日は丸一日休みだったので、ハンバーグをこねて焼いていた。 まずはみじん切りした玉ねぎ1/4個をバターで炒め、小麦粉を混ぜてから冷ましておく。合い挽き肉180gに塩胡椒をふってから2分ほどよく練り、それに生卵1/2個、パン粉10g、そして先ほどの玉ねぎを…

国試にインストールされた思考

*2021年3月15日、大幅に改稿しましたが、いまだ編集途中です。随時、加筆・修正されていく予定です。*2021年3月20日、第3稿へと更新しました。 0. はじめに 国試の問題というのは、基本的には5択である。すなわち国試勉強とは、5つある選択肢の中から1つ正…

3月までの話と、4月からの話

友達のNとMに声をかけ、TNM勉強会なる会を始めたのが2020年1月。まずは、お互いに疑問に思ったことを調べスライドを作ってくる、という方式でスタートした。ちなみにだが、これでは発表者にそれなりに負担がかかるため、夏に差し掛かる頃には型式の変更を余…

日々の話(2020年3月1日)

昨日は某携帯ショップに行っていた。実はそれが今月3回目で、前の2回は契約の名義を変更するのに必要な書類等にいずれも不備があったために、再々度出直しとなっているのだった。担当は3回連続で同じFさんだった。ここまで来たら流石に顔と名前を覚えていた…

良い一年でした

簡単にですが、今年一年の総括を書いておこうと思いました。それはタイトルの一言に尽きます。周知の通り、2020年は新型コロナウイルスの流行により様々な理由でたくさんの人が苦しい思いをし、決して日本全体が明るい一年ではありませんでした。なので、あ…

1/3も伝わらない

人と話すときに、うまく言葉が出てこないと思うことが増えた。相手の立場、考え、感情を理解することが難しいから、というのも理由として確かにある。ずっと思ってきたことだし、今なお誰かを「わかる」ことの暴力性に怯えている。 しかしそれより、自分の頭…

今の俺を見てくれ

大学生になった頃の私は、LINEでスタンプを使う男が嫌いだった。特にかわいいスタンプを使っている奴に対しては、「自分の顔見て出直して来いよ」と思っていた。我ながらほんとうに酷い話だ。 そういう考えの根源にあったのは、男子校6年間の生活で鍛え上げ…

NBA

何となく、文章を書いていないと落ち着かないので、不定期にnoteは更新しようと思う。特に誰かに向けてではなく、自分のために書くつもりだ。 この頃はずっと勉強をしている。一応受験生なので仕方がない。なんだかんだこの数ヶ月がいちばん医学生らしいこと…

最近は全然コロナについて考えていない。

3日前、ふと思った。最近、コロナについて全然考えていないなと。 *** LINEを検索してみると、私が初めて「コロナ」という文字列を打ち込んだのは2/27(木)のことである。それはちょうど、COVID-19の影響を受けて大規模イベント等が次々と中止・延期になっ…

「他者」についての覚え書き

satzdachs.hatenablog.com この記事を書いてからもずっと、レヴィナスのことが気になっている。その理由の一つは、彼が「他者」について語った哲学者であったということだと思う。他者をどう捉えるかというのは私にとってずっと切実な主題であり続けている。…

わが街を歩く

家からほとんど出ない生活が始まってから、一ヶ月以上が経とうとしている。ストレスの溜まっている友人たちも多いように見受けられるが、私は根っからの引きこもり体質であるから、実を言うとそこまで苦ではない。むしろ、家にこもることが積極的に推奨され…

コロナ禍の卒前医学教育を、学生と教員で考える——今こそ「そもそも論」を

私は、医学部医学科6年の学生です。このような状況下で、今後の実習がどうなるか、あるいはマッチングや国試も通常通り行われるのか、同級生たちのなかで日々不安が高まっているのを感じます。 1. 「学生の教育参画」とは 2. 今必要なのは「そもそも論」であ…

人と出会うこと、そしてつながること

本稿では、人と人のつながり、あるいは出会いにおいて、新型コロナウイルスの影響によってどのような変化が起こっているのか、思考の流れるままに追っていく。 * * * 「オンライン飲み会」なるものが流行っている。zoomを始めとするビデオ会議システムを…

私たちは忘れっぽい——だから記録する

少し前、Facebookを眺めているときに、ふと昔の飲み会の写真を見つけた。それは明らかに2年以上前のものだったが、私は反射的に「うわ、これだけ大人数でしかも密集して飲み食いしてる、大丈夫なんかこれ」と考えてしまった。そのときは、「三密」なんて考え…

桜が好きだ

緊急事態宣言が出る前の日、私は木屋町通を歩いていた。当分は大阪の家からほとんど出ないことを見越して、大学の研究室から必要なものを引きあげる予定だった。 阪急河原町駅から大学まで歩こうと思うとそれなりの距離がある。普段は京阪祇園四条駅で乗り換…

中動態とは何か

本稿に書かれてあるのは、基本的に國分功一朗『中動態の世界―意志と責任の考古学』(2017年、医学書院)に全面的に依拠した私的メモであり、特に何ら新しいことが書いているわけではありません。 1. 中動態とは何か 「中動態は能動態と受動態の中間」ではな…

突出して具体的で断片的なディテール――「100日後に死ぬワニ」的なもの

何度か言及してきたように、私はここ一年くらいずっと、医学生としての経験をフィールドノートに書いている。記述を始めるにあたって指導教員に言われたことはほとんどなかったが、「それを読んだ人が、自分の見た光景と同じものを浮かべられるように書く」…

医者になりたい

令和2年2月20日の夜、私は、宿舎のベッドの上でプレゼンのスライドを作っていた。浅井東診療所での3週間の実習を終え、次の日の昼にまとめの発表をしなければならなかったからだ。午後の早い時間に準備を始めたのだが、すっかり外は真っ暗になっていた。3日…