平成31年4月10日 第11回 SUSHIBOYS: 意味性の軽やかな跳躍

 私は昔からよく『無駄時間計算』をしてしまいます。
 一日の終わりに、「今日どれだけ無駄な時間を過ごしたか」の総量を算出し、「今日もこれだけ無駄にしてしまった、明日はもっと生産的に生きなければ」と後悔する、というやつです。この『無駄時間』を少しでも減らすために、私はあらゆることを『無駄じゃない』と自分を説得する努力をいつもしていなければなりません。ゲームをやっても「今のこの時間リラックスすることによってこのあとする作業の効率があがる、無駄じゃない」、漫才を観ていても「こうやって漫才を観て分析することでその知見が他の領域にも生かされる、無駄じゃない」となる始末です。理由が合理的であるかどうかというより、ただ自分が不安にならないためにやっている、という感じです。無心でただ何かを楽しむだけの時間が大切というのは概念としては理解できるし、自分の態度が窮屈極まりないことは自覚しているのですが、ほとんどクセのようになってしまい、やめられずにここまできてしまいました。
 無駄じゃないこと、意味のあることをやらなければいけない。そんな、「意味性の呪縛」のなかで私は生きてきました。

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 本日は、Farmhouseとサンテナという埼玉県越生町の農家出身の2人からなるHIP HOPクルー、SUSHIBOYSの話をします。元々はYouTuberとしてコメディ動画を投稿していて、あくまで企画の一つとして農家とHIP HOPを組み合わせた動画の投稿を始めたところ、いつの間にかHIP HOPアーティストになってしまっていた、という何ともイマドキな彼らです。
 そもそもSUSHIBOYSはめちゃくちゃラップが上手くて聴き心地が最高なんですが、音楽性のことは正直うまく語れないので、以後は、彼らの扱う主題とその歌詞に注目します。

 いちばん好きな曲は『だけど元気』という曲です。

だけど元気

だけど元気

  • SUSHIBOYS
  • ヒップホップ/ラップ
  • ¥204
  • provided courtesy of iTunes

なんか元気 やたら元気
とりあえずめっちゃ元気

 歌詞は終始こんな感じです。携帯の充電がなくても、骨折れても、友達がいなくても、犬から餌をもらうくらいガリガリでも、とにかく「だけど元気」と言い続ける曲です。携帯の充電がないおかげでいつもと違う景色が見えたとか、骨が折れて健康であることの大切さを知ったとか、「元気」へと至るための意味づけは一切ありません。何が起こっても、とにかく「だけど元気」なのです。
 もちろん、彼らは意図的に論理をすっ飛ばしているのだと思います。意味性の呪縛に苦しむ私にとって、それは気持ちの良い跳躍でした。

キャッシュカード 暗証番号 金無さ過ぎて忘れてるけど元気
あ、でも現金

 先日【第6回 財布落とした】を投稿した私に痛いほど刺さるラインです。「元気」と「現金」で軽やかに言葉遊びをやってみせるのもまた、憎い。

 同じアルバム『NIGIRI』に収録されている『ダンボルギーニ』は、HIP HOPとは程遠いトピックもたちまち格好いいラップに仕上げてしまう彼ら(ほかに、『遊戯王』や『味の素』、『アヒルボート』という曲もあります)の真骨頂だと私は思っています。

www.youtube.com

 段ボールをはっつけた車の登場する悪ふざけ全開のPVが、たまらなく好きです。

ヤオコー ベルク Life 7 and I
スーパーに積まれてるダンボールがMy Baby
見くびるなよダンボー
Country sideから音をCompose

 このときメンバーだったEvidence(のちに脱退)は、インタビューで「『ダンボルギーニ』とかは面白さを狙って書いたリリックだと思う人がいるかもしれないけど、あれは俺らにとっての身近なリアルなんですよ」と語っています。
 ダンボールは、農家生まれの彼らにとって切っても切り離せないアイテムです。いわゆる庶民にとっても、スーパーで積まれた要らないダンボールというのは、ある意味で自分の「地元」の原風景であると言えます。つまりダンボールは、彼らの田舎暮らしや決して裕福ではない環境の象徴なのです。そんなダンボールを、ランボルギーニという金持ちの象徴のような高級車とかけ合わせてケラケラ笑っている様は、田舎を卑下するわけでも持ち上げるわけでもなく、等身大の自分を受け入れてあくまでも格好いい音楽をつくり続けることに拘るプライドを感じます。曲中に「チープだけどドープ」というラインもあるのですが、これはまさにSUSHIBOYSの魅力が凝縮した一言だと思います。
 とまあこんな風に解釈することもできるのですが、私がほんとうに好きになった理由は、そんなちまちました解釈もまったく寄せ付けない、意味は分からないけどただ耳に残るパンチラインが数多く出てくることです。

my mother is 段ボール my father is 段ボール
my sister is 段ボール dan dabo 段ボール

宅急便で届く荷物
中身捨ててダンボールだけ取る

 何を言ってるのか意味分かんないですよね。こんなとき、彼らはあまりにも軽やかに、意味性を跳躍していきます。「なんかよく分からんけど、格好いいからまあええわ」という気持ちにさせられます。
 でもこれがおそらく彼らの狙いなのではないかと思います。道化を演じているように見えてしまうとあざとさが出てしまうけど、あくまで自然に、もともとそんなものなんて見えてすらいないかのように意味性を飛び越えていきながら、そのくせ、彼らのメッセージは伝わってくる。

 日々無駄時間計算に勤しむ私は、SUSHIBOYSが羨ましいのだと思います。身のこなしの軽さ、深刻さを見せない余裕、大人の無邪気さ、そのすべてが私にないものです。
 だからといって彼らの曲を聴いたらすぐにそうなれるわけでもないので、私は、いつだって意味性を軽やかに跳躍していくSUSHIBOYSを、これからもあこがれ続けるのだろうと思います。

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