平成31年4月24日 第25回 がんばらなくてもいいと思う

 池江璃花子さんは、計18種目の日本記録を保持している一流の競泳選手です。2月、池江選手は白血病という診断が下されたことを公表しました。そのあとすぐに、Twitterで以下のような文章をあげていました。

応援してくださる皆様、関係者の皆様へご報告があります。日頃から応援、ご支援を頂きありがとうございます。この度、体調不良としてオーストラリアから緊急帰国し検査を受けた結果、「白血病」という診断が出ました。私自身、未だに信じられず、混乱している状況です。
ですが、しっかり治療をすれば完治する病気でもあります。
今後の予定としては、日本選手権の出場を断念せざるを得ません。今は少し休養を取り、治療に専念し、1日でも早く、また、さらに強くなった池江璃花子の姿を見せられるよう頑張っていきたいと思います。これからも温かく見守っていただけると嬉しいです。

 自身の病気が判明した直後にも関わらず、前向きな姿勢を示す池江さんの文章に対して、世間から称賛の声が集まりました。私もこれを読んですごいと思いました。でも同時に、すご過ぎる、とも思いました。

 池江選手は、まだ18歳という若さです。競泳選手として才能を早くから開花させ、絶頂期はまだまだ続くと想像していたと思います。そんなときに突然、自分が白血病であることを告げられたのです。真っ直ぐ伸びていると思っていたレールがすとんと消えてなくなったような気分だと思います。そんなの、辛過ぎませんか。嫌過ぎませんか。すっと受け入れられるわけがありません。私なら、とうぶん泣いて喚くか塞ぎこむか、いやその程度で済むのかも分かりません。
 確かに池江さんも「信じられず、混乱している状況」と言っています。分かったような口をききましたが、その心中は私の想像を絶しています。でも彼女は、そのあとにすぐ前向きな言葉を世間に向けて発表しました。公に発表する文章として定型句的にそう書かざるをいけない側面はあるにしても、池江さんはとても強い人と思います。

 でももし、「どんなことがあっても逆境に屈しない」みたいなアスリートとして国民から期待されている姿があって、その「期待」に応えないといけないという気持ちがあるのなら、それが少しでも軽くなればいい、と勝手に願っています。
 SNSの発達した現代においてなまじ声をダイレクトに伝えられるぶん、「強い自分」を見せないといけない気持ちがより強くなるのかもしれません。でも、辛いときは辛いでいいし、嫌なものはとにかく嫌でもいいと思います。たとえそれがポーズであっても、がんばらなくてもいいと思います。Twitterはそっと閉じて、自分のことだけを考えていて欲しい。3.11のときに被災者へエールを送った池江さんは、たぶんとても思いやりのあって優しい方だと思うのだけれど、その他人のことを考えるエネルギーを、今は全て自分に使って欲しい。

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 こう思うのは、ひとつの経験が影響していると思います。今から話すのはFacebookで繋がっている皆さんの誰も知らない人ですが、一応個人が特定されないように匿名(Aさん)で書きます。
 Aさんは、私にいつもアドバイスをくれる人でした。はたから見ていて、この人の生活は本当に回っているのかと心配でしたが、「他人のためになるのなら時間はいくらでも使うよ」と言ってしんどそうな顔を一度も見せたことがありませんでした。むしろへこたれそうになる私を「がんばれ、君ならできる」と鼓舞してくれました。いつもAさんは笑顔でした。
 ――しかしあるとき、Aさんに話があると呼び出され、「鬱病になった」と告げられました。
 あまりにショックな一言でした。私は能天気に、この人はいつもポジティヴで、へこたれることがない、強い人なんだなと思っていました。私は馬鹿でした。実際は、Aさんは強い人であろうとするあまり、いつの間にか色々なものを背負いこんでいたのです。そして押し潰されてしまった。
 よくある話、と言ってしまえばそれまでですけど。

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 マジで余計な心配であることは分かっていますが、私は池江さんを勝手に心配し続けます。自分のがんばるという言葉に、他人のがんばれという言葉に、「がんばらないといけない」という自己イメージに押しつぶされて欲しくない。
 別に、がんばらなくてもいいと思う。

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