断片たち ー怒りについて

 ひとりで飲むときはいつも同じバーに行く。この前は近くの小料理屋の料理人と隣り合わせになった。
「昔ペーペーやった頃、先輩がお客さんに『捌くの上手いですね』って言われたときに『こんなん誰でもできますから』って答えてるの見て、それはちゃうやろって思っててん」
 お酒が進んで饒舌になった頃、私が料理の世界の修行について聞くと、彼は唾を飛ばしながらそう言った。
「世界で一番上手い料理人やったら『簡単や』って言うてええと思うねん。でも自分より上がこの世にいる以上、『これは自分にできる』って思ってもうたら、そこで成長は止まる。だから俺は大根の桂剥きでさえ、未だにずっと『難しい』と思いながらやってるわ」
 部活で後輩に「これは大したことないで」と謙遜のつもりで言うことは今までもあったが、確かにそう言われてみると、「おまえがなんぼのもんじゃい」という話である。そんなことを考えているうちに、だんだん彼に説教されているような気持ちになってきて、はい、以後気をつけます、と小さく呟いて私はハイネケンに口をつける。

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 このあいだ隣に座っていた人は警察官で、「ゆとり世代」にキレていた。祖父の影響で小さい頃から警察官を志し、充分な覚悟を持ってその世界に入ってきた彼にとっては、「ゆとり世代」は覚悟が足りなさ過ぎるという。よくある「最近の若い者は〜」的説教にも聞こえるが、警察官としての矜持、倫理観のよく伝わってくる話でもあった。
「我々はね、合法的に拳銃という人を殺せる道具を持つことを許された職業なんですよ。その自覚が足りないミスをしたときは、当然“ドかまし”(=めちゃくちゃ怒る)します。警察官であるということの意味を分かってもらわないと。なのにピヨピヨ世代の子たちはピヨピヨ過ぎて、プロとしての自覚がイマイチ出てこないんですよね」
 メスを用いて人の体に傷をつけることが許されているとか、ひとつのミスがすぐに生き死にに直結し得るとか、どこか医師に通じる話である。私がピヨピヨ医として病院で働き始めて上司に怒られてもくじけないでいられるだろうかとか、この人は祖父がいるけどそういうバックグラウンドが無い人に同じものを求めるのは酷じゃないかとか、そもそも「プロ意識」みたいなものって教えられるのだろうかとか、うだうだと自分の思考を停滞させながら、私はまたハイネケンに口をつける(お酒のことはよく知らないので、結局いつも面倒くさくなってハイネケンを頼んでしまうのだ)。

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 人に連れられて、いつもと違うバーに行くこともある。いちばん最近行ったのはジンとカレーが美味しいバーなのだが、そこのマスターは「料理通ぶる奴」にキレていた。
「俺のつくるカレー食べて、ブログに『にんにくの香りが〜』って書く奴いたんですよ。でもね、俺のカレーにんにく入ってないんすよ。生半可な知識で料理のことつべこべ言うなよって思いますね」
 彼は鼻から白い煙を噴き出しながら(と、私には見えた)怒っていた。そんな料理を愛してやまない彼のいちばん好きな食べ物はと聞くと、思いもよらぬ答えが返ってきた。
「他人がつくったハムエッグをアテに酒を飲むのが好きです。もう、どんな味付けでも調理法でも何でもいいんですよ。相手に完全に任せる。料理へのこだわりが強過ぎて、いききった先に、『こだわらないこと』に到達したんですよ」
 率直に言うと、常人には理解しがたい領域の話だった。ちょっとカマしてきているのかとも思ったが、目を見ると本人はいたって真剣に語っている。他にも彼は、収集癖が高じ「過ぎ」て、集めていたものを全部捨てたらしい。こんなにも共感のできない話は初めて聞いた、と頭が痛くなりながら私はジントニックに口をつける(珍しくハイネケン以外も頼んでみた)。

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 怒りというのは、自分の信念に反することが目前に現れたときに発生するものである。つまり裏返すと、怒りについてのエピソードは、相手の人生の哲学を垣間見せてくれるのだ。だから怒りの話を聞くのは面白い。

 バーに来ているおじさんはたいてい、怒った話をするのが好きである。そして私もいつしか、バーで若者に怒りを表明するおじさんの仲間入りする可能性は充分にある。そう思うと腹が立ってきた。この話を誰にしようか。