お笑いを語ることの罪、あるいは観ることの儘ならなさ

 以前、「お笑いについて語るときに僕の語ること」というタイトルで文章を書きました。

satzdachs.hatenablog.com

 本稿では、それから少し考えが更新されたので、改めて今の自分なりのお笑いとの向き合い方を書いてみようかなと思っています。まずは、私がお笑いとどう向き合ってきたのか、その歴史を振り返ってみたいと思います。

1. 私とお笑い・小史

中学生:お笑いにのめりこむ

 お笑いは小さい頃から元々好きでしたが、明確にのめりこむようになったのは、中学2年生のときに『ダウンタウンガキの使いやあらへんで!』の過去映像をたまたま観たのがきっかけでした。二人のフリートークコーナーの面白さに衝撃を受け、中学2年生の1年間は時間のほとんどを『ガキ使』、そして『夢で逢えたら』『ダウンタウンのごっつええ感じ』といった昔の番組を観ることに費やした記憶があります。
 中学3年生くらいの頃から興味はM-1グランプリに移りました。中学3年生の1年間は、色んな漫才を観るというよりは、2010年までのM-1グランプリの10年分のネタをひたすら反復して観まくっていました。大げさでも何でもなく、全部のネタを少なくとも100回は観たと思います。どうしてそんなことをしていたのかはよく分かりませんが、とにかく、M-1の漫才を観ている時間が幸せだったのです。

高校生:お笑いの分析を始める

 高校生になってからは、現在進行形でやっているバラエティ番組・ネタ番組を広くチェックし、加えてお笑いDVDや(当時はまだ少なかったですが)動画サイトにアップロードされているネタ動画をひたすら漁っていました。それでも一番好きなのは漫才で、漫才だけでも年間合わせて1500本~2000本くらいは観ていたのではないでしょうか。この頃は、通学途中もイヤホンで漫才を聴きながら学校に向かうという生活を続けていました。
 そのうち私は、お笑いを観ている間ずっと、「これは今なぜ笑いが起こっているのだろう」という疑問が頭から離れないようになりました。自分に言語化できないことがあるのが嫌だった私は、それについて納得のいく説明がつくまで考え続けました。そうしてるうちに、あれ、これってあれと要は同じ理屈じゃね、この言葉使えばこれもあれも説明できるじゃん、とするする色んなものがつながっていく感覚に快感を覚えるようになります。
 そして、最初に掲げた連載<お笑いと構造>の原型となる、「共感と裏切りの漫才論」を高校3年生の春に書きました。

大学1,2回生:自分のスタンスに疑問を持ち始める

 私はその後も持論に改良を加え続け、「お笑いの構造分析における三尺度」まで到達しました。お笑いのほとんど全てのネタの構造を言語化できる自分に万能感を抱く一方で、私は次第にその行為に窮屈さを感じ始めるようになりました。
 端的に言うと、お笑いを観ていても全然楽しくなかったのです。その頃はどんなときでも分析のことしか頭になくて、そのせいで笑う余裕がなくて、ずっと怖い顔でお笑いを観ていました。さらに、これまでだったら素直に笑えていたはずのネタに、あえて瑕疵を見つけてあげつらう自分もいました。
 私はちょっとずつ、自分のお笑いの向き合い方に疑問を持つようになりました。これって、本当に自分が目指していたものなのだろうか、と。 

大学3回生:一時的に分析を自分に禁じる

 悩みに悩んだ私は、決心をします。このままでは、好きだったお笑いを心の底から楽しめなくなってしまう。だから自分が「これで良い」と思えるルールを設定できるまでは、お笑いの分析は一切やめにしよう。分析を他人に語ることも、そして自分の心の中で分析することさえも、一時的に禁止。その間、お笑いはただ観て笑うだけ。 

2. 大学4年の春、自分に課したルール

 結論から言うと、大学4年の春、お笑いを「分析する」という行為を再開しました。それにあたり、以下の3つのルールを設定しました。 

2-1. 自分の中でのルール:「分析は事後的に」

 もう少し正確に言うと、「自分が面白いと思ったものを、なぜ面白かったのか後から分析する」ということです。逆に言うと、「お笑いを観ている間は無心で楽しむ」ことを目指したくて、このルールを設定しました。分析しながら、怖い顔でお笑いを観るのはもうやめたかったのです。 

2-2. 他人と話すときのルール:「面白くなかったものは語らない」

 究極のところ、お笑いは結果論です。世の中で傑作だと持て囃されてるネタを見ても笑えないことはありますし、その逆もまた然りです。それなのに、「これはつまらない!」「いやそれを言うならお前が『笑った』っていうあれで俺は笑えなかった」みたいな議論はいくらしても幸せにはなれない、と思います。
 だから私は、自分の分析を他人に語るときは、自分が「面白かった」と思うものだけに限ることにしました。褒めているのを聞いて不幸せになる人はいないだろうし、もし私の分析を聞いて「ああ、だからあれは面白いのか」とお笑いの魅力に気付いてもらうきっかけになれば儲けものです。
 一方で、もし自分が面白くないなと思ったネタがあったら、その理由を分析はしても、それをわざわざ言わずに心にしまうことを心がけました。

2-3. 世に出る文章を書くときのルール:「構造についてのみ語る」

  お笑いを語り方は様々です。「笑えたか/笑えないか」という印象批評の域を出ないものだけでなく、間の空け方・声の調子・観客とのコミュニケーションの取り方といった技術論、あるいは漫才からその人の人間性が滲み出ているかどうかという「人(ニン)」などが代表的な切り口でしょう。
 しかし私は全くの素人であり、部外者です。舞台を踏んだことも無い者に技術論は語れないし、「人」のような抽象度の高い議論を本当の意味で理解できるはずもありません。
 だから私は、ネタの構造についてのみ語ることにしています。「意外感」「納得感」「期待感」の3つの言葉を使用し、漫才のテクストの根底にある構造を丁寧に解体していきます。それは台本レベルで話せる範囲なので、部外者にもまだ語る権利のある話だと思うからです。これが具体的にどういうことなのかは、先に引用した<お笑いと構造>の連載を読んでみてください。

3. 現在の葛藤

 上述のようなスタンスで2年弱やってきて、それがひどく悪いものではなかったのではないかと思っています。しかしここ最近になって、ちょっとずつ、お笑いとの向き合い方に対して新たな葛藤を抱くようになってきました。

3-1. 自分は以前よりも幸せなのだろうか?

 結論から言うと、私には「無心で観る」のは無理でした。いくら努力しても、構造を分析してしまったり、類似の漫才が頭に浮かんだり、展開を予想したりしながら観てしまいます。たとえ馬鹿みたいに爆笑していても、頭の冷えた部分では自動的に思考がそう動く。ポストモダン以降「客観的」で無色透明な自己が存在しないことが暴かれたように、私は、「構造分析をやり続けてきた私」から自由になってお笑いを観ることはできないのです。
 「何も考えず、純粋にお笑いを楽しむ私」は既に失われているし、そしもう戻ることはできない。そんな私は、本当に幸せなのだろうか? お笑い批評家は、お笑いの楽しみをむしろ奪われてはいないだろうか?

 それはもちろん、お笑いの分析を他者に伝えるに伝えるという場面においても同じ問題は提起されます。私は、お笑いの深い魅力をより多くの人に楽しんでもらいたい一心でお笑いがなぜ面白いのかを言語化して伝えていますが、それは相手の「何も考えず、純粋にお笑いを楽しむ」機会を奪っていることにはならないだろうか?

3-2. 他人が自由に批評する権利を奪っているのではないか?

 私は、自分が面白いと思っているものを「つまらない」と言われると、とても悲しいです。それが皆も同じであるという前提で考えてきましたが、私がこう思うのも、お笑いを愛し方が偏っているからなのかもしれません。最近は、「別に気軽に観てるんだから、面白い面白くないくらいの感想は好き勝手言えばいいじゃないか」というスタンスの人は確かにいるだろうし、いてもいいような気がしています。あるいは「自分は真剣にお笑いのことを考えているからこそ、当然ポジティヴな意見だけではなくネガティヴなことを書く」という人もいるでしょう。
 となると私は、自分の基準中心に考えることで、他の誰かの「自由に感想を言う権利」を奪ってしまっているのではないか、と思うわけです。すなわち、私が「お笑いに関してネガティヴな意見はなるべく表出しない」というのを自分で守るのは勝手ですが、私のこのスタンスを知っている人は、もしかしたら私の前で「面白くない」と言いにくいのかもしれません。それは私のエゴ以外の何ものでもないのではないでしょうか。

3-3. お笑いに貢献できる批評とはどんなものだろうか?

 3-1で論じたように、私は「分析をする私」を脱ぎ捨てることはできないですし、それは他のコアなお笑いファンも同じでしょう。また3-2で論じたように、他の人が批評する権利を奪うことは誰にもできません。となると「お笑いを批評することは絶対に許されない」というスタンスをお笑いの世界の側がとり続けるのは、いささか排他的・独善的な姿勢に見えてきます。
  映画でも小説でも音楽でも何でもいいですが、表現一般は、その中の人か外の人かに関わらず批評の眼に晒され続けるることで発展してきた歴史があります。3-1で問うたように「お笑い批評家自身は幸せなのか」どうかは別問題として、お笑いを本当に愛しているのならば、今問うべきなのは、批評がお笑いをより面白くすることにいかに寄与できるのか、ということなのかもしれません。
 2-3で書いたように私は「構造のみを語る」ようにしていて、「外の人」が論じる上でこの切り口はやっぱり悪くないと思っているのですが、現状できていることは、悪く言えば当たり障りのない範囲で褒めるということだけです。
 お笑いが、常に批評に晒されそれを受けてまた面白いと思う感覚が変化していく動的なモデルを採用するとして、その過程に貢献するならば、私は今より踏み込んだ「批評」を世に出さなければなりません。しかしながら、それには相当の覚悟が要ります。

4. 私が大切にしたいこと

 かなり話が散漫になってきました。書いているそばからお互いに矛盾しているような気もしていますが、いったん自分のモヤモヤを全て吐き出した形になります。全然まとまらないまま本稿は終わっていきますが、最後にここで、とにかくどんな結論になるにせよ、私が忘れたくないことについて記しておこうと思います。

4-1. M-1決勝直前、ミルクボーイを観た話

 全くの偶然ですが、決勝の2週間ほど前に、(のちにM-1グランプリ2019で優勝することになる)ミルクボーイを劇場で観ました。そのときやっていたネタはM-1と全く同じ、すなわち「コーンフレーク」と「最中」だったのですが、あの12/22の爆笑からは全く想像できないくらいに、祇園花月はほとんど笑いが起こらず劇場は静寂に包まれていました。
 同じような現象が、他のコンビにも起こっていたみたいです。M-1の次の日に放送された、「スピードワゴンの月曜The NIGHT」という番組で、オズワルドが決勝までの間のルミネ出番でことごとく滑ったという話をしていました。さらにそれで悩むオズワルドに対して、M-1グランプリ2010に出場したスリムクラブ真栄田さんも「俺らも全く同じ状況だった」と語ったそうです。
 その話を聞いたハライチ岩井さんが「オズワルドを知らないから見方が分かんなかっただけ」と言っていたのですが、私も全くもってその通りだと思います。劇場の通常公演に来るようなお客さんは、「知っている芸人」が観たくてチケットを買っているわけです。そこに知らない芸人が出てきてしまうと観客の心のシャッターは降りてしまい、それをこじ開けるのは相当大変なことなのです。
 私が結局何が言いたいのかというと、笑えるかどうかというのが、いかにこちらがどう構えるかに依存しているかがよく分かるエピソードだということです。

4-2. 私は笑いたいから、お笑いを観ている

 ご覧の通り、私は今自分のスタンスの置き所で悩んでいます。そして5-1で論じたように、そのスタンスを最終的にどこに落ち着けるかによって、私のお笑いの観方は大きく変化するでしょう。
 しかしどうなるにせよ、私はお笑いを観て笑っていたい、というシンプルな目標は忘れたくないなと思います。それには、「分析」に熱中し怖い顔でお笑いを観ていた時期の反省がもちろん強く影響しています。本当にダラダラと悩みを書いてきましたが、でも結局、私はお笑いが好きで、お笑いを楽しみたいだけなんです。それがどうも今は上手くいかない部分がある。これからその1つ1つとちゃんと向き合って、また考えを進めていけたらなと思っています。

5. 付記

 今回は全く触れませんでしたが、お笑いを倫理的な観点から、社会のあり方や現実世界の人間関係に及ぼす影響を論じるのは全く別の話です。こちらは<お笑いと社会>の連載のほうで引き続き考えていきます。