医学・医療に関する人文書 おすすめリスト

 タイトルにある通り、「医学・医療に関する人文書」という縛りで、オススメしたいと思った書籍を紹介します。イメージは、何の前知識もない人が私のデスクにふらっと来て、「何か面白い本ないですかー?」と聞かれたときに、とりあえずの鉄板として提示する書籍たち、みたいな感じです。
 なお、面白いと思った本はどんどん追加していくので、本記事は随時更新されます(最終更新:2020/10/02)。

1. シリーズ「ケアをひらく」

 まずは分野別の括りではなく、全医学生に知って欲しいシリーズを紹介したいと思います。それは医学書院の「ケアをひらく」です。医療に関わる人文系の書籍をコンスタントに出版し続けている優れた企画で、医療者に限らない読者を獲得し続けており、2019年に、第73回毎日出版文化賞の企画部門も受賞しました。

武井麻子『感情と看護』(医学書院、2001)

 少し昔の本ですが、「感情労働」という言葉を医療界に広めた一冊です。コロナ禍の今、しばしばニュースでも聞く言葉ですし、実際に看護師の経験がある方が書かれていて読みやすいので、一度読んでみてはいかがでしょうか。

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川口有美子『逝かない身体』(医学書院、2009)

 ALSの母を介護した経験を、非常にリアリティを持った筆致で描く。”母は口では死にたいと言い、ALSを患った心身のつらさはわかってほしかったのだが、死んでいくことには同意してほしくなかったのである。(46ページ)”という一節が非常に印象に残っています。

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村上靖彦『摘便とお花見: 看護の語りの現象学』(医学書院、2013)

 看護師の語りを「現象学」という哲学の一分野の手法を用いて分析し、看護という営みの何たるかに迫る。研究書ですが、読み物としても一つ一つのストーリーが面白いです。医療と現象学に関する本については、後でも紹介します。

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國分功一郎『中動態の世界』(医学書院、2017)

 こちらは少し読むには手強いですが、医療界に留まらず大きな話題になり、そして今なお様々な文献で引用されている重要な一冊です。「意志」とは何か、「責任」とは何か、を根元から問う。中身はかなりゴリゴリの哲学書ですが、それが医療の文脈で出版されているというのが面白い。ちょっとした紹介記事を書いたことあるのでお時間あればどうぞ。

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東畑開人『居るのはつらいよ:ケアとセラピーについての覚書』(医学書院、2019)

 臨床心理士である著者が、精神科のデイケアでの経験をもとに、ただ「居る」とはどういうことか論じる。比較的軽い筆致でサクサク読めます。

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頭木弘樹『食べることと出すこと』(医学書院、2020)

 26冊紹介しているなかで、何か一冊だけ選べと言われれば、迷わずこの本を選びます。潰瘍性大腸炎の患者の体験が豊かな筆致で書かれているというだけで読む価値がありますが、それに加えて他者を「わかる」とはどういうことなのか、を考えることのできる一冊。「ためらい」を持つということ。

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 以上は私が読んだ本に限定した紹介でしたが、他にも面白い本がたくさんあるので興味のある方は以下をご確認ください。
医学書院/シリーズ書籍:シリーズ ケアをひらく

2. 読み物いろいろ

Danielle Ofri『医師の感情:「平静の心」がゆれるとき』(医学書院、2016)

 タイトルにある「平静の心」は、ウィリアム・オスラーの有名な書籍からのサンプリングです。医師が様々な(人間らしい)感情を抱く様を、ここまで書いていいのかというくらいに、鮮烈に描いています。読みやすいし面白いでかなりたくさんの人にこの本をおしてきました。

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アトゥール・ガワンデ『死すべき定め』(みすず書房、2016)

 現役外科医であると同時に、「ニューヨーカー」誌のライターでもある著者が、「死」をテーマに描く医療ノンフィクション。ガワンデが他に出している『医師は最善を尽くしているか』も面白いです。

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孫大輔『対話する医療』(さくら舎、2018)

 「対話」というキーワードを通じて、医療実践の話から哲学の話まで、幅広く話題が及びます。家庭医療に関心のある人にオススメ。

sakurasha.com

大竹文雄・平井啓編著『医療現場の行動経済学』(東洋経済新報社、2018)

 『予想どおりに不合理』によってブームになった行動経済学の立場から、医療現場で一見「不合理」に思える行動を分析していく。これもかなり実践に近い話です。

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3-1. 医学哲学

杉岡良彦『哲学としての医学概論』(春秋社、2014)

 その昔、医学を哲学的に論じる学問(=『医学概論』)を創設したフランス哲学者・澤瀉久敬という人物がいたのですが、その精神を受け継ぐ著者が、現在の医療の諸問題を考察していく。疑似科学あるいは代替医療の問題にもなかなかヒリヒリする形で切り込んでいて、読み応えがあります。気軽に読める感じではないかも。

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中川米造『医療の原点』(岩波書店、1996)

 中川米造は澤瀉の弟子にあたる人物で、『医学概論』を拡大・発展させ、哲学に留まらない人文学・社会科学の視座から医学を論じました。少し古い本ですが、示唆に富む記述がたくさんあります。

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行岡哲男『医療とは何か』(河出ブックス、2012)

 救急医の著者が、フッサールウィトゲンシュタインに基づいて、医療における意志決定を論じる。「納得を確かめ合う言語ゲーム」というのはかなり有用な概念だと思っているのですが、なかなか人口に膾炙しませんね。少し前の医学界新聞で取り上げられていました。
医学書院/週刊医学界新聞(第3358号 2020年02月10日)

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3-2. 医療と現象学

榊原哲也『医療ケアを問いなおすー患者をトータルにみることの現象学』(ちくま書房、2018)

 まさに「医療者向けの現象学入門書」といったところです。読んでいて十分に説明されていないと感じるところもありますが、一冊目に手に取る本としては悪くないと思います。

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西村ユミ『語りかける身体』(講談社学術文庫、2018)

 植物状態の患者と日々接する看護師の語りを現象学の立場から分析しています。現象学的看護研究は今少しずつ知見が積み重なりつつある分野ですが、そのバイブル的な位置づけの一冊です。

bookclub.kodansha.co.jp

4. 医療人類学

 文化人類学というのは、「文化」という概念を中心に、参与観察と呼ばれるフィールドワーク的な研究手法を用いて、自分にとって異世界である社会を観察・記述・分析する学問です。特に医療が話題になるとき「医療人類学」と呼ばれます。私が最も関心のある分野なので、ここが一番紹介する本が多いです。

satzdachs.hatenablog.com

アーサー・クラインマン『病いの語り―慢性の病いをめぐる臨床人類学』(誠信書房、1996)

 「医療人類学」に関する書籍で最も知名度が高いのはこの本ではないでしょうか。精神科医であり人類学者である著者が、患者の「病いの語り」を分析した一冊。書籍に「臨床人類学」と冠しているように、医療人類学の中でも特に臨床現場で問題になるテーマを扱っており、説明モデルexplanatory modelを始めとする重要な諸概念が示されています。分厚いですがそれなりに読めると思います。これを読んでもっと勉強したいと思った方は、この系譜に連なる本としてバイロン・グッドの『医療・合理性・経験』があります。

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江口重幸『病いは物語であるー文化精神医学という問い』(金剛出版、2019)

 上述の、クラインマン、グッド(+マッティングリー)あたりの、解釈学的なアプローチをとる臨床人類学についての知見が非常によくまとまっている。(論集の宿命なので仕方がないとは言え)同じ内容の繰り返しが多いのが難点だが、「「大きな物語の終焉」以降の精神医学・医療の現在」「病いは物語りである」「病いの経験を聴く」「病いの経験とエスノグラフィー」の4つくらいを読めば、上述の分野の概要を掴むのに持ってこいだと思う。

www.kongoshuppan.co.jp

ロバート・D・マーフィー『ボディ・サイレント』(平凡社ライブラリー、2006)

 脊椎に腫瘍ができ、自らの体が弱っていく過程を文化人類学的に分析した一冊です。オート・エスノグラフィーという、ややマニアックな手法を用いているのですが、非常に読みやすく、かつ、文化人類学の面白さがダイレクトに伝わる書籍ではないかと思っています。

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satzdachs.hatenablog.com

磯野真穂『医療者が語る答えなき世界 ーー「いのちの守り人」の人類学』(ちくま新書、2017)

 医療における様々な場面を文化人類学者のスコープを通して見ていく。アカデミックな本とは言い難いですが、気軽に手にとる一冊としては良いのかなと思います。

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アネマリー・モル『多としての身体』(水声社、2016)

 動脈硬化という病気が、オランダの大学病院においてどのように「存在」しているのかを論じていきます。人類学のいわゆる「存在論的転回」という新しい流れに影響を与えている重要な一冊でありながら、ある程度とっつきやすさはあるので、興味のある方は読んでみてはいかがでしょうか。

www.suiseisha.net

アネマリー・モル『ケアのロジック』(水声社、2020)

 「自由に選択してもよい。ただしその結果についての責任はすべて患者が負うべきだ」という「選択のロジック」で議論し続けるには弊害があるとして、支配—自由という対立軸からケア—ネグレクトという対立軸を設定し直すことを目指す。これを私は傑作だと思っています。(医師がこれまで経験談的に書き散らしてきた)病院における「ケアのロジック」を丁寧に人文社会科学の言語で描く。

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フレデリック・ケック『流感世界』(水声社、2017)

 こちらも上と同じく、水声社存在論的転回に関する書籍を出版するシリーズから出ている一冊です。インフルエンザウイルスのパンデミックを、香港・中国を中心に、日本・カンボジアを含めたアジア全域にわたって著者は追いかけていて、このコロナのパンデミック以降にわかに取り沙汰される本となりました。

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ジョアオ・ビール『ヴィータ』(みすず書房、2019)

 こちらは鈍器レベルに分厚く、難解な箇所も多いので初心者に薦めるような本ではないのですが、余りに素晴らしい一冊なので掲載させていただきました。ブラジル南部の保護施設「ヴィータ」(行き場をなくした薬物依存症患者・精神病患者・高齢者が死を待つだけの場所)で出会ったカタリナという一人の女性の人生を追いながら、その個別的な生のリアルから、新自由主義の影響のもと格差の広がったブラジルの現実が立体的に浮き上がってくる。そして書籍のラストでは、文学的と言ってもいいような素晴らしい余韻を残します。マーガレット・ミード賞ほか数々の賞を受賞し、近年の人類学の書籍の中でも抜きんでた傑作と言われています。

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池田光穂・奥野克巳編『医療人類学のレッスン』(学陽書房、2007)

 学問の網羅的な入門書は最初に読むと退屈なので、上にあげた書籍を読んだ上で興味を持った方はこちらをどうぞ。

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5. 医療社会学

美馬達哉『生を治める術としての近代医療―フーコー「監獄の誕生」を読み直す』(現代書館、2015)

 医療社会学の本として、本当は同じ著者の『リスク化される身体』を紹介したいのですが、そちらは積読状態なのでこちらを紹介します。この本は、ミシェル・フーコーの「監獄の誕生」の紹介でありながら、フーコーの思想全体を見渡せるようになっており、かつ医療社会学の重要テーマもいくつか論じられているとても面白い一冊になっています。ある程度の前知識がないと厳しいかもしれません。

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ロバート・N・プロクター『健康帝国ナチス』(草思社、2015)

 これを医療社会学の本とするかは微妙ですが、生権力に関連するものとして、「どうしてナチスは国民に健康であることを強いたのか」を論じたこの本を紹介しておきます。挿絵として紹介されている当時の広告の数々が興味深いです。

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6. 医学史

グレゴワール・シャマユー『人体実験の哲学』(明石書店、2018)

 歴史学まっすぐの本というより、フーコーの再来と一部で言われている(らしい)著者が、人体実験について、歴史学・哲学・社会学など多角的な視野から論じた一冊です。分厚いですが強くオススメします。以前紹介記事を書きました。

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酒井シヅ『病が語る日本史』(講談社学術文庫、2002)

 「日本人がいかに病いと闘ってきたか」を論じる、文化史・社会史的な本です。文庫本ですが内容はかなり骨太です。

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