1/3も伝わらない

 人と話すときに、うまく言葉が出てこないと思うことが増えた。相手の立場、考え、感情を理解することが難しいから、というのも理由として確かにある。ずっと思ってきたことだし、今なお誰かを「わかる」ことの暴力性に怯えている。

 しかしそれより、自分の頭の中にあることが、私の口から発した言葉を介して相手の頭の中で再生成されたときに、元々のそれと全く同じ形をしているのだろうか、ということが今はすごく怖い。ただそれでも、相手が目の前にいる以上はだんまりを決めこむわけにはいかない。相手の発した言葉に対して自分も何かを発さなければならない。言葉のキャッチボールとはよく言ったものだ。たとえ明後日の方向にボールが飛んでいこうとも、投げ返さなければ全くもって話にならない。

 わかっている。そもそも、自分の頭の中をそっくりそのまま相手に移植することはできない。自分が思っていたことがAだとしたら、発した言葉はA'で、相手の頭の中に入る頃にはA''くらいになっている。BとかCになっていることもあるだろう。そうやって誤解されるリスクを背負いながら、あるいは、間違ったところは修正しながら相手と関わる、それが会話だ。私たちがやっているのはテレパシーではない。

 それをわかったうえで、私は、自分の口から出てくる言葉の精度の低さに俄然としてしまう。自分の頭の中にあることの1/3も伝わらない。喋りながら自分の表現の拙さを強く自覚するし、あとでその会話を反芻していると数え切れないほど修正テープを引きたいところが出てくる。とにかく即応的な言葉のラリーが苦手なのだ。善良な相手と話しながら、自分の口からろくでもない不良品たちがぼろぼろと溢れるのを舌先で感じ続けるのは、たいへんなストレスだ(一方で、自意識過剰のナルシシズムだと言われたらそれも否定できない)。

 はじめに「増えた」と書いたが、ほんとうに増えたのかどうかはわからない。もしかしたら人と会う機会が減って、一つ一つの会話を振り返る時間が長くなったからそう思うだけなのかもしれない。いずれにせよ、この話から何か一つでも教訓を得るとすれば、それは相手もまた「1/3も伝わらない」と思っている可能性についてなのかもしれない。