第1章 イントロダクション
活動理論の三つの世代。文化・歴史的活動理論の進化は、三つの世代に分けられるだろう (Engeström, 1996a)。 第一世代は、ヴィゴツキーを中心に展開されたものであり、媒介のアイデアを創り出した。このアイデアは、ヴィゴツキー (Vygotsky, 1997d p.86)によって、媒介された複合的なふるまい」に関する三角形のモデルに具体化された。それは、一般に、主体、対象、媒介する人工物の三項の組み合わせとして表される。
このモデルは、人間の行為に関する基本的な分析単位の中に文化的人工物を挿入するものであり、デカルト主義的な意味での個人と、触れることのできない社会構造との間の分離をまさに克服する革命的なものだった。そこでは、個人は、もはや彼や彼女が用いる文化的手段なしに理解することはできなくなった。そして、社会は、そうした人工物を使い、生み出す諸個人のエージェンシーなくしては、もはや理解できなくなったのである。これが意味するのは、対象がたんに主体形成のための生の素材であるといったピアジェ流の理解を終わりにするということである。そうではなく対象は、文化的な存在物であり、行為の対象への志向性こそ、人間の心理を理解するための鍵となったのだった。
第一世代の限界は、その分析単位が依然として個人に焦点化されたままであったところにある。この点を克服したのが第二世代だった。第二世代はレオンチェフの仕事に導かれ、そこから着想を得たものである。 レオンチェフ(Leont'ev, 1981, p.210-213)は、有名な「原始時代の集団狩猟」の例をあげて、歴史的に進化する分業が個人の行為(action)と集団の活動 (activity) をいかに決定的に分化させたかを示した。しかしながらレオンチェフは、ヴィゴツキーが最初に提起したモデルを、集団的な活動システム (activity system) のモデルへと図式的に拡張することはなかった。とくに、レオンチェフの仕事において不明確なままなのは、対象に向かう生産と、人々の間でのコミュニケーションを通した交換との関係だった。そのため、『拡張による学習』の第2章では、人間の活動システムをモデル化すること、そして生産とコミュニケーションの間の二元論的な対立を克服することを試みたのだった(図2・6参照)。
ここで活動の概念は、この枠組みを大きく前進させ、主体としての個人と、彼や彼女のコミュニティとの間の複雑な相互関係に焦点を向けさせたのだった。ソビエト連邦では、活動理論家たちによって具体的に研究された社会的な活動システムは、ほぼ子どもたちの遊びや学習に限定されていた。活動の諸矛盾は、きわめて触れにくい問題だったのである。1970年代以降、活動理論の伝統は、西洋の急進的な研究者たちに取り上げられ、それを異なる文脈に当てはめ直していくことが行われた。そして、活動の新しい領域として、仕事といった活動を対象にした具体的な研究が始まったのだった。 活動理論の非常に多様性に富んだ応用がここに現れ始めた。イリエンコフ (Ilyenkov, 1977a, 1982) は、活動システムの変化と発達の原動力はその内的矛盾 (inner contradiction) であるとするアイデアを強力に概念化した。こうして、矛盾のアイデアが、理論的な仕事と実証的な研究を方向づける原理として位置づけられることとなったのである。
ヴィゴツキーの基盤的な仕事以来、文化・歴史的アプローチは、まさに「高次心理機能」に向かう垂直的な発達に関する学説としてあり続けている。マイケル・コール (Cole, 1988; Griffin & Cole, 1984 も参照)は、文化的多様性に対す第二世代活動理論の根深い鈍感さを指摘した最初の人物のひとりである。 活動理論が国際的になったとき、異なる伝統や見方の間で、多様性や対話を問うことはますます重大な挑戦となった。こうした挑戦こそ、第三世代活動理論が扱い始めたものである。
第三世代活動理論は、相互作用する活動システムのネットワーク、対話、多種多様な見方や声を理解するための概念的なツールを発展させてきている。この研究モードにおいては、基本となるモデルは、相互作用する最小限二つの活動システムを含むものへと拡張される。活動のネットワークに向かうこの移行については、いまだ萌芽的なかたちであるが、『拡張による学習』のオリジナル版の中で予期していたことである(とくに図2.7と図2・1参照)。
本書の中心的アイデアは、次の5点にまとめられるだろう。(1)対象に向かい、人工物に媒介された集団的活動システムが人間の行いの文化・歴史的研究の根本的な分析単位となる。(2)歴史的に進化する内的矛盾が活動システムの運動、変化、発達の主要な源泉である。(3) 拡張的学習は歴史的に新しいタイプの学習である。それは、実践者たちが自分たちの活動システムの中で発達し、変革していくことに格闘する中で現れ、集団的な最近接発達領域(zon e of proximal development) を横切っていくような学習である。 (4)抽象から具体への上向という弁証法の方法が、拡張的学習のサイクルを十全に回すための鍵である。 (5) 介入研究の方法論が必要である。
拡張的学習の理論は、学習の多重的なタイプに関するアイデア、とくにベイトソン (Bateson, 1972) による学習レベルの分析にもとづいて構築されている(第3章参照)。拡張的学習は、ベイトソンが「学習Ⅲ」と呼ぶものに相当する。そうした拡張的学習は、まれなものであり、危険を伴うものでもある。「レベルⅢは、それを試みることでさえ、危険なことであるかもしれず、途中で挫折することもある」 (Bateson, 1972, p.305)。
学習と発達における水平的あるいは「横向き」の運動(Engeström, 1996b, 2003) を認めることによって、対象に向かう活動の中で、談話を通して意味の共有をめざしていく対話が注目されるようになった。ジェームス・ワーWrtsch, 1991)は、ミハイル・バフチン (Bakhtin, 1981,1986) の対話性の考えが、ヴィゴツキー的な枠組みを拡張することについて、広く人々に知らせる役割を果たした。リトヴァ・エンゲストローム (R. Engeström, 1995)は、さらに歩を進め、バフチンの社会的言語、声、スピーチ・ジャンルの考えと、レオンチェフの活動、行為、操作(operation) の概念との間の類似性を指摘した。こうして、活動理論とその応用としての発達的ワークリサーチは、1990年代に、対話や談話を、基本的な研究問題に組み込んだといえるだろう。
水平的な側面は、異なる行為者や活動システムの間の横向きの相互作用を分析する強力なレンズとして、境界横断(boundary crossing) の概念によってとらえられることとなった(Engeström, Engeström & Kärkkäinen, 1995; Tuomi-Gröhn & Engeström, 2003)。もうひとつの進展は、交渉された「ノットワーキング」 (knotworking: 結び目づくり)の考えによって、組織や職業や文化の境界を横断して新たに生まれてきている協働のかたちについて定式化したことである(Engeström, Engeström & Vähäaho, 1999; Engeström, 2005b, 2008)。拡張的学習の当事者間での相互作用のタイプの分析は、その具体的な追求に学習の水平的側面を含むとき、実り多いものとなる。調整 (coordination)、 協業 (cooperation)、 内省的コミュニケーション (reflective communication) という相互作用の三つの基本タイプを枠組みとすることによって、問題解決と学習のプロセスにおける協働のダイナミクスを効果的にとらえられるようになってきた (Engeström, 2008; Leadbetter, 2004 ~ de Lange, 2011 も参照)。
(a) 拡張的なプロセスは実際に分析可能であり、モデル化可能である。(b) 拡張を理解する道は、集合的無意識の概念でも展望の概念でもなく、活動の概念にある。(c)拡張的なプロセスは、学習のプロセスと統合されつつある。すなわち、歴史的に新しく発展したタイプの学習拡張による学習が、社会的実践のさまざまな分野の中で、今出現してきている。
第2章 人間の学習の歴史的形態としての学習活動とその出現
ジンチェンコは学習について3つの指摘を行なっている。
まず、学習の進化に関するクリックスの論じ方は、ジンチェンコの指摘する誤りの分析の基準に完全に合致している。進化の観点からは、より初期のタイプあるいはより低いタイプの学習を「条件づけ」、より後期のタイプあるいはより高次のタイプを「推論」として扱うのは正当ではない。さまざまなかたちの推論を、学習の進化における最初期の形態の中に見つけることができるし、その逆もいえる(この点については、クリックス自身が部分的に論証している)
第二に、進化の観点からは、学習の最初の形態は、他の活動や行為の中で暗黙のうちに、たまたま副産物や副過程として生じてくる偶発的(または不随意的)な学習操作である。意識的で目標に向けられた学習行為 (conscious, goal-directed learning actions) は、 より後期に現れる、より高次なかたちである(そうした学習行為は人類だけに制限されるとまでは主張しないが、限定条件については第3章で具体的に明らかにする)。
第三に、学習の異なる形態の構造とダイナミクスが、偶発的なものか、それとも意識的なものかを理解するには、特定可能な文脈内で、 特定可能な主体、対象、道具から成る、具体的な歴史的活動の部分あるいは側面として、学習の形態を検討しなければならない。
そういった教育の概念の背景にあるブレークスルーには、ヘーゲルの影響が大きいとエンゲストロームは言う。
19世紀に、哲学、生物学、社会科学は抜本的な概念的・方法論的ブレークスルーを果たした。それは、産業資本主義による生産力やグローバルな交易の巨大な発展と多少とも直接に結びついたものだった。哲学におけるブレークスルーは、何よりもヘーゲルによってなされた。 そして、生物学ではダーウィンが、社会科学ではマルクスが、そうした突破口を開いた。
こうしたブレークスルーには、はっきりと二つの基本的特徴がある。第一に、有機体と環境、人間と社会は、もはや分離した存在としてではなく、統合されたひとつのシステムと見なされる。このようなシステム内では、遡及力のある因果関係とダイナミックな変転が優勢となっている。第二に、これらのブレークスルーは、有機体と環境、人間と社会は、もはや静的で不変の存在として理解することはできず、歴史的な見方を必要とする、質的に転換していくものとしてのみ理解できる。
三つのブレークスルーは、それぞれに固有の内容をもち、影響を与えた。最大に一般化していえば、ヘーゲルの貢献は次のように要約できるだろう。
自らを確固とした民族的伝統(カント、フィヒテ、シェリングなどのドイツ啓蒙思想)の中に置くことによって、ヘーゲルは、最初から、人間意識の能動性を、人の身体的な自然組織の独自性と結びつけるのではなく、先行する歴史によって蓄積された精神的な富に個々人が能動的に同化していく過程、および対象の抵抗を克服する自らの活動の中で、同化してきたものを現実化することと結びつけた。(Mikhailov, 1980, p.87)
ヘーゲルは、物質的・生産的活動と労働の道具とが知識の発展において果たす役割に注意を向けた最初の哲学者だった。個人の意識は、社会によって蓄積され人類によって創造された事物の世界の中に対象化されている知識の影響を受けて形成される、という理論を彼は明確に述べた。
活動理論へ向かう第一の系譜、パースの記号論が参照されている。
79 記号論の創始者のひとりであるC・S・パースは、対象(object)、心的解釈項 (mental interpretant)、 記号 (sign)の間の三項関係の考えに立って、媒介の理論を確立した。
記号、あるいは表意体 (representamen) は、第一の項である。それが真正な三項関係の中で関係する第二の項が、対と呼ぶものである。解釈項と呼ぶ第三の項は、同じ対象に向き合う同一の三項関係を仮定することによって決定できる。(Peirce, 1902; Parmentier, 1985, p.27 から引用)
この三項関係は、各々の二項関係には還元できない。そうでなければ、三項のダイナミックな性格は破壊され、「先行するモーメントの結果として生じたモーメントによる解釈も表象もない。 要素間に何のシンボリックな関係も慣習的な関係もない。そして、その過程で、どのような思考、観念、あるいは意味も具現化されたり伝達されたりすることも「ないのである」 (Parmentier, 1985, p.26)
こうしたダイナミズムの内部には、二つのベクトルが働いている。第一のベクトルは、記号と解釈項から対象へと向か のベクトルである。第二は、対象から記号と解釈項の両者へと向かう決定のベクトルである。このような表象と決定という二つのベクトルの結合が意味するのは、記号関係における三つの要素が、ずっと変わることなく対象、表意体、解釈項のままであることはなく、むしろ、決定や表象がさらに現実化されるにつれ、互いに役割を変えるということである。・・・記号現象は、こうして、「無限のプロセス」、あるいは「終わりなき系列」となる。そここでは、各時点でのさらなる決定が蓄積されるにつれて、解釈項は対象の真の表象に接近していく。 (Parmentier, 1985, パースは、純粋に論理的・言語的な実在とならんで、自らの考えを人間の行為にも適用した。
理性に支配されたあらゆる行為の中に、このような真正の三重性 (triplicity) が見出されるであろう。
私たちは社会心理学において、社会集団を形成しているバラバラの個人の行動として、その集団の行動が築き上げられているとは見ない。むしろ、特定の複雑な集団活動の社会的な全体を出発点とし、その中で、そうした活動を組み立てている、個々人のそれぞれの行動を (要素として)分析する。
社会心理学において私たちは、社会的なプロセスを、内側から、そして同様に外側からも理解していく。 社会心理学は、観察可能な活動、すなわちダイナミックに進行する社会的プロセスと、その構成要素である社会的なふるまいから出発し、それを科学的に研究・分析するという意味で行動主義的である。しかしそれは、個人の内的な経験、すなわちそのプロセスあるいは活動の内的な局面を無視するという意味で行動主義的なのではない。それどころか社会心理学は、全体としてのプロセスの内部でのそのような経験の高まりに特別の関心をもつ。 社会心理学は、外部から内部へとまさに進んでいくのである。 (Mead, 1934, p.7-8)
ミードのアプローチは、一般に、「シンボリック相互作用論」あるいは「シンボル媒介的相互作用」の理論 (Joas, 1980) と呼ばれている。このアプローチの中心的信条のひとつは、物理的対象よりも社会的対象や社会的意識を優先させるところにある。
ある意味、コミュニケーションを含む社会的なプロセスのおかげで、そのプロセスに関与している個々の有機体の経験の領域に新しい対象が生み出されることになる。有機的なプロセスあるいは反応は、それらが反応する対象をある意味で構成する。つまり、ある意味、どのような生物学的有機体も、それが生理学的・化学的に反応する対象の存在 対象がその有機体に対してもつ意味という面で)を生み出す原因となっているのである。たとえば、どのような食物、すなわち食べられる対象も、もしそれを消化できる有機体が存在しないならばありえないだろう。同じように、社会的プロセスも、それが反応したり、あるいはそれが適応したりする対象を、ある意味で構成するのである。つまり、対象は、社会的プロセスに参加しているさまざまな有機体の反応や行為に互いに適応していくことを通じた経験や行動の社会的プロセスの内側において、 意味というかたちで構成される。 この適応は、社会的プロセスの進化の早い段階では身ぶりによ会話の形態で、後の段階では言語による会話の形態でなされるコミュニケーションを手段として実現される。 (Mead. 物理的対象のこうした社会的相互作用的構築は、シンボルを通して行われる。
91 しかし、身ぶりの起源はどこにあるのだろうか? ミードにとって身ぶりは、人間と動物の行動にもともと備わっているものである。けれども、意義のある、あるいは意識的な身ぶりは、人間にしか見られない (Mead, 1934, p.81)。こうした意義のある、あるいは意識的な身ぶりがどのようにして発生するかは、説明されていない。
ミードの考えを、レオンチェフとチャン・デュク・タオの考え方と比較してみることが有益である。 レオンチェフとタオは、対象を本質的に構築されたものであるとする点で、ミードに同意する。しかし、その構築をたんにコミュニケーションとシンボル化として解釈することについては、ミードに同意しない。彼らにとって対象の構築とは、何よりもツールを用いた感覚的・物質的な構築、すなわち生産なのである。 コミュニケーションとシンボル化は、生産と有機的に結びついた側面ではあるが、派生的なものと見なされる。
レオンチェフによれば、意識的な身ぶりが生まれたのは、たとえ仕事における動作が何らかの理由で実際的な結果をもたらさないときでも、その動作が生産に参加した他者に影響を与えるうることを人々が経験したからである。
原著の出版は1947年であるが、この一節は、個人の、ツールに媒介された行為を心理学的な分析の単位とすることの不十分さを論証している。集団的活動の全体を考慮することがなければ、個人としての勢子の行為は、「無意味で根拠のないもの」 (Leontyev, 1981, p.213) となってしまうだろう。人間の労働は、すべての人間活動にとっての母型であるが、そもそもの初めから協業にもとづいている。私たちはその個人の活動 (the activity of the individual)を語ることができるが、決して個人的な活動 (individual activity) を語ることはできない。ただ行為だけが個人的なのである。
さらに、ある活動と別の活動を区別するのは、その対象である。レオンチェフによれば、活動の対象こそが、活動の真の動機である。こうして活動の概念は、必然的に動機の概念と結びつく。分業という条件のもとでは、個人は、ほとんど活動の対象や動機を完全に意識することなく活動に参加している。個人が活動をコントロールしているのではなく、活動がその全体を通して個人をコントロールしているということができるだろう。
活動は、意識的な目的 (purpose) に従属した、目標に向けられた行為によって実現される。こういう行為が、動作的なもの、心的なもののいずれであれ、技能や遂行に関する認知心理学の典型的な対象となっている。
しかし人間の実践は、諸行為のたんなる系列や総計ではない。いいかえれば、「活動は、それ自体がひとまとまりの単位であって、足し算される単位ではない」 (Leont'ev, 1978, p.50)。
したがって、行為は活動の構造の中に含まれている特別な「単位」ではない。人間の活動は、行為あるいは行為の連鎖というかたちでのみ存在する。 (Leont'ev, 1978, p.64)他方、ある同じ行為がさまざまな活動を成し遂げたり、ある活動から別の活動へと移ったりするかもしれない。また、ある動機が、違う目標・行為となって現れることもある。
最後に、行為はさまざまに変化する具体的状況において実行される。行為が実現される方法は、 操作 (operation)と呼ばれる行為は意識的な目標に関連する。 操作は条件 (condition)に関連するが、主体が意識的に考えることはあまりない。ツールは、この操作が結晶化したものである。
129 プライマリ・ケアにおける内科医 (総合診療医 [general practitioner]) の仕事活動 (work activity) が、矛盾の四つのレベルを例証するのに役立つだろう。
第一の矛盾、つまり使用価値と交換価値の二重の性格については、医師の「中心的活動」の各頂点のいずれに焦点化しても分析できる。たとえば、医師の仕事の道具に、きわめて多くの種類の薬や医薬品がある。しかし、それらは有調剤薬であるというばかりではない。何にもましてそれらは、市場に向けて製造され、営利目的で宣伝され売られる商品である。あるゆる医師が、日常の意思決定の中で、この矛盾に直面する。
医師の仕事における典型的な第二の矛盾は、一方で病気の分類や正しい診断に用いられる伝統的な生物医学の概念という道具として、対象の性格が変化していること、すなわち患者の問題や症状がますます多様な意味をもち複雑化していることとの間の葛藤である。このような問題は、古典的な診断や用語体系の基準にはますます適合しなくなっている。そうした問題に求められるのは、社会的、心理的、生物医学的なアプローチが統合されたアプローチなのだが、それはまだ存在していないのである。第三の矛盾は、たとえば医療システムの管理者が総合診療医に、よりいっそう全体論的で統合的な医療という考えに対応した新たな治療法を採用するよう命じるときに生じる。そのような新しい治療法は形式的に実行されるかもしれないが、おそらく、依然として旧来の一般的な活動形態に従っていたり、それを盾に抵抗されたりするだろう。そうした新しい全体論的で統合的な原理に立って働く医師が、患者に、新しい習慣あるいは考え方を受け入れ、いくつかの点で生活の仕方を変えるよう、指示あるいは提案するとしよう。その患者は、抵抗を示すかもしれない。これが第四の矛盾の一例である。この患者の生活の仕方あるいは「健康行動」は、ここでの対象活動である。もし患者が、自らの活動の文脈から切り離され、抽象的な症状や病気として見られるならば、中心的活動の発達的なダイナミクスをつかみ取ることは不可能になるだろう。
人間の学習の原型となる形態は、そのほとんどが、基本的な仕事活動と分かつことのできない無意図的な側面として現れてきたものである (Alt, 1975; Wilhelmer, 1979)。活動理論の観点からすれば、この種の偶発的な学習は、無意識的な学習操作(learning operation) から成り、共同の仕事への日常的な参加の中に埋め込まれていた。
知識や経験を伝達する、はっきりと区別される特別な形態が最初に発生したとき、意識的な学習行為 (learning action) が初めて生じた。そうした伝達の初期形態について、三つを区別することができるだろう。
第一は、図2.6の構造のうち、一番上の小三角形である「生産」に位置づけられるものである。フィヒトナー(Fichtner, 1985, p.49) は、 それを「手仕事の伝達」と呼ぶ。これは、生産の仕事の直接的な文脈の中に埋め込まれており、単独の人間、個々の徒弟に向けられたものである。 伝達の第二の初期形態は、「分配」の小三角形に位置づけられる。それは基本的に、余剰物の生産と分配を分担したりコントロールしたりすることの学習である。これは「権力の徒弟制」とでも呼べるものであり、驚くこともないが、伝達の三つの初期形態のうちで最も知られていない。最後に、伝達の第三の初期形態は、「交換」の小三角形に位置づけられる。この形態の典型例は、イニシエーションの儀式である。
「人文学 (humaniora)」 の重点を、文法、修辞学、そして何にもまして弁証法に置くこと、すなわち言語の最も一般的なレベルに重点を置くことは、きわめて形式的であるとともに、あらゆる現実はテクストにあるという知識概念によって支えられていたように思える。私は、これを中世のリテラシーの核心と見なしたい。それは、形式的なシンボル、内容、そしてそうしたシンボルと対象を結びつけるアナロジーの間の緊密で具象的なまとまりを形成する。この具象的なまとまりにおいて、知識とは、原理的に静的で交換不可能なアナロジーである。
中世の間、知識とテクストの同一視は、同時に、知識自体を義務づけていくのに適した形態だった。教育の中で現実に行われたことは、とくに教養に関する部門では、この静的な知識観に合致したものであったように思える。中世ヨーロッパにおける知識とは、テクストの理解ということだった。現実を知るということが意味するのは、権威者がそれについて書いていることを学ぶということなのである。テクストの暗唱は、科学的知識のコミュニケーション手段として最も重要なものだった。
そのような教育は、聞いたことを記憶すること、そして、とりわけ筆記が許されなかったときには、想起のためのずば抜けたテクニックを強いるものだった。学習は、与えられたパターンをひたすら覚え続けることであり、個々人の知性を模範的な普遍性の型にはめることであった。つまり、学ぶとは、「模倣 (imitatio)」 だったのである。知識が不変の中世の教育の中心原理 「一斉性」はものであるということは、同様に学ぶ人間に発達可能性がないというに等しい。
まさにこの、学習の主体も対象も、ともに発達可能性がない、ということを表しているのである。
こうした道具を、学校に通う活動の一般的な文脈の中に位置づけることである。シャープ、コール、レイヴ (Sharp, Cole & Lave, 1979) によれば、学校教育の認知的効果は、言葉の間の系列的関係(paradigmatic relation) を強調する課題や、学校の外での問題解決とは無関係に、独立に、「それ自体を目的として」問題解決をすることへのレディネスを求める課題の中に認められる。この結論は、日常生活上の課題とそれと類似した構造をもつ学校的な課題における人々の遂行を比較した最近の研究によって実証されている。
スーパーマーケットにおける問題解決と学校における計算の問題解決との間には、断絶があるように見える。 学校で出される問題は、主に、定められたインプットを使って、学習と手順の演示を引き出すようにデザインされているようである。学校の授業は、多くの生徒たちにとって困難と失敗に満ちたものである。他方、並外れた成功を収めている計算の活動が、学校外の状況では行われている。 成人の数学に関するプロジェクトにおいて研究者たちは、プロジェクトに参加した大人の全員が、日常生活場面での自身の計算の実践について、低い評価しかもっていないことを発見した。
彼らは、「本当の数学」と彼らが呼ぶもの、すなわち学校で教えられる数学ができないいいわけをした。このことは、彼が、台所やスーパーマーケットでは並外れた計算の力を発揮することに照らして、とくに興味深い。(Lave, 1985, p.174)
生徒の活動として学校に通うことの本質的な特異性は、対象と道具の奇妙な「逆転」にある。 社会的実践の中では、テクスト(計算のアルゴリズムに関するテクストを含む)は、一般的な第二の道具として現れる。学校に通う中では、テクストは、対象の役割を果たす。この対象は、生徒によって、不思議なやり方で形作られる。つまり、彼らの活動の成果は何よりも、同一のテクストを口頭や書くことによって再生したり修正したりすることなのである(要約する、分類する、組織化する、組み替える、そして構造が明確で「クローズド」な問題を解くために、前もって決められた厳密なやり方を適用する)。グラッドウィン (Gladwin, 1985, p.209) がいうように、「学校は、問題の意味を取り除き、抽象的概念の階層に置き換える」。
142 ここには、重要な二つの示唆がある。第一に、支配的な課題が与えられたテクストを再生し、修正することであるため、社会的実践の中で、つまりはテクストが創造され使用される活動システムの中で現れるテクストの役割は、必然的に周辺的な重要性しかもたなくなる。いいかえれば、テクストは閉じられた世界となり、生きた文脈から切り離された、死んだ対象となる。第二に、テクストが道具として用いられないため、学校で生徒は、慢性的な「道具の貧困」に遭遇することになる。 支配的な第一の道具は、鉛筆とペン、消しゴムとノートである。 支配的な第二の道具は、形式的な勉強のテクニックである。もしテクストが(たとえば文芸批評や歴史研究におけるように) 生きた対象のシステムとして扱われるならば、こうした道具では話にならないほど不十分だということがすぐにあからさまになるだろう。
資本主義においては、生徒が学校に通う活動のこうした特徴は、その社会経済構成体における第一の矛盾、すなわち価値と使用価値の統一体としての商品がもつ二重の性格によってさらに規定される。生徒には、この活動を構成する諸要素が、二つの競合する形態で現れる。こうして、対象である「テクスト」は、二重の意味をもつものとなる。まず何といってもテクストは、成績など、積み重なって労働市場において生徒自身の将来の価値を決定していく「成功の目印」を得ることを目的に再生産される死んだ対象である。他方、テクストは、学校外の社会に対する自分自身の関係を築き上げるための生きた道具として現れることも多い。この点において、学校のテクストは、潜在的な使用価値をもつ。
166 1. 人間の学習は、他の活動、系統発生的には、とりわけ労働の中に埋め込まれた学習操作と学習行為のかたちで始まった。2 学習活動は、独自の対象とシステムとしての構造をもつ。学習活動の前提条件は、それに先立つ活動のタイプ、すなわち学校に通うこと、仕事、科学・芸術の内部で現在も発展中である。人間の活動のネットワークにおいて、学習活動は、一方で科学・芸術、他方で仕事あるいは他の中心的な生産的実践の間を媒介するものとなっていく(図211)。3 学習活動の本質は、先立つ活動形態において疑問視されているような内的矛盾を表す諸行為から、客観的で社会的に新しい活動構造(新しい対象や道具を含む)を生み出すところにある。学習活動とは、諸行為から新しい活動の拡張を統御することである。伝統的な学校に通うことは基本的に教科を生産する活動であり、伝統的な科学は基本的に道具を生産する活動であるのに対し、学習活動は、活動を生産する活動である。
172 学習における真に高次のメタ認知的な意識は、(a)個々別々の学習状況のみではなく、それらの状況が埋め込まれている持続的な活動の文脈(学習状況が、学校に通うこと、仕事、科学、芸術、その他の活動のいずれに埋め込まれていようとも)を意識的に分析し、それを統御すること、(b) 学習状況の構成要素間の調和を図るだけでなく、学習課題に固有の矛盾、すなわち交換価値と使用価値の結合体としての二重性「看破すること」を必要とする。
174 レオンチェフは、新しい活動が出現するメカニズムを、先行する活動の動機と、より進んだ新たな活動の動機との間の矛盾の中に求めている。そのさい問題となるのは、その矛盾が外からあてがわれている点である。そこでは、葛藤の種、そして新しい動機が、外部から、文化的な賢い人間によって「移植された」かのように見える。 レオンチェフの説明は、先行する活動の中にある内的矛盾を把握しそこねている。この問題点は、レオンチェフが例にあげる、より進んだ新たな活動の特徴づけに明らかに見られる。そこでの新しい動機は、「よい点を取ること」と考えられている。これは、学校に通う動機のうち、交換価値の側面に相当する。 学校に通う動機の内的矛盾の全体については、ここでは脇に置かれてしまっている。既存の支配的な活動の内的矛盾が新しい活動への移行のダイナミックな源泉である、という考えは、エリコニン(Elkonin, 1977)によって練り上げられた。彼は、個体発生におけるそれぞれの主導的活動の発達には、二つの相があると仮定する。第一の相では、活動の社会・情動的な動機の側面(主体と他者の関係)が支配的である。 第二の相では、次第に、操作的・技術的側面(主体、道具、対象の間の関係)の習得が進み、支配的となる。矛盾は、主体によって獲得された操作的・技術的な可能性が活動の動機の限界を超えるにつれて生じてくる。
第3章 拡張的研究の基本カテゴリーとしての最近接発達領域
185 ベイトソンによれば、学習Ⅰは、コネクショニズムの多様なバージョンが扱っている学習形態、すなわち馴化(habituation) パブロフ型条件づけ、オペラント条件づけ、 機械的反復学習 (rote learning)、消去、から成る。ベイトソン (Bateson, 1972, p.292) は、「学習Ⅰにおいては、知覚または行動のすべての項目が、相互作用の全体の括られか次第で、刺激にも反応にも、そして強化にもなる」と記している。他方で、学習Ⅱあるいは学ぶことの学び(第二次学習)が意味するのは、何らかのタイプの学習Ⅰの文脈または構造を獲得することである。そのため、一般的に行われている人の「性格」の記述は、実際には学習Ⅱの結果の特徴づけといえる。「これからいえるのは、幼児期に獲得された学習Ⅱは、生涯にわたり続いていくであろうということである」 (Bateson, 1972, p.301)。
学習Ⅱの成果である習慣あるいは「性格」によって、人は、「生の継起の多くの部分について、抽象的・哲学的・美的・倫理的に分析しなければならない」 (Bateson, 1972, p.303) という手間を省けることになる。それに対して学習Ⅲの方はといえば、本質的に意識的な自己変容 (self-alteration) である。つまり、学習Ⅲは、「このように当たり前になってしまった前提を問い直させ、変えさせる」 (Bateson, 1972, p.303) ものとなる。学習Ⅲは、めったに起こらず、それが生み出されるのは、学習Ⅱの矛盾によってである。レベルⅢにおいて個人は、自らの学習Ⅱをコントロールし、限定し、方向づけることを学ぶ。その人は、自らの習慣やその形成について意識的になる。「間違いなく、それは、学習Ⅱのプロセスで得られた前提により大きな柔軟性それらへの捕らわれからの解放をもたらすだろう」 (Bateson, 1972, ベイトソンの議論がもつ力は、学校学習における「隠れたカリキュラム」に関する多数の説得力のある分析(とくにLevy, 1976 参照)や、組織や専門的職業における「シングルループ学習」と「ダブルループ学習」に関するアージリスとショーン(Argyris & Schön, 1974 1978) の分析のような研究によって十分に証明されてきたといえる。無意識的な学ぶことの学び、学校や仕事の中で「どうやるのか」という文脈を手に入れることは、日常、容易に目にする光景である。一方学習Ⅲは実際めったに起こらないようである。しかしながらベイトソンの考え方は、こうした見方に単純化できるものではない。そうでなければ彼は、模倣者や追随者よりも独創性に富んだ真のパイオニアたる思想家ではないことになってしまう。ここで彼の分析を独自なものにしている主要な特徴が二つある。第一は、彼のいう階層は、観察や分類にもとづくのではなく、進化的・歴史的な分析にもとづいている点である。第二に、ベイトソンは、状況を安定した事態として描くことに満足していない。 彼は、「状況を変えること」への道徳的な主張をするのではなく、学習Ⅲを生成する学習Ⅱにおける内的矛盾を探っていった。1956年、ベイトソンと彼の共同研究者たちは、このような内的矛盾に関する一般的記述をまとめ上げ、それをダブルバインドと名づけた。ダブルバインド状況に置かれた人は、抜き差しならない関係に入り込まされ、互いに打ち消し合う二つのメッセージあるいは命令を受け取ることになる。そして、そのメッセージにコメントすることができない。つまり、メタコミュニケーションができずにいるのである。
学習Ⅱのこのような二つの側面は、わかりやすくいうなら、(a)再生産的と(b)生産的、と名づけられるだろう。学習においては、対象/結果はあらかじめ決められており、道具は試行錯誤、すなわち前もって知られている手段の中から「手探りによる探索」を通して見つけ出される。学習Ⅱbになると、対象/結果はあらかじめ決められているが、道具の方は、実験を通して見つけ出されるか、あるいはむしろ発明されることになる。前者では経験的一般化がもたらされるが、後者は理論的一般化 (Dawydow, 1977) のための前提である。後者の生産的な側面は、たとえそれが目に見えないほど付随的であったとしても、学習Ⅱから完全に取り除くことはできない。
発達は、ただ学習の「結果」としてだけ起こるのである。このことはヴィゴツキーによって明確に気づかれていた。彼は二種類の(学校での) 学習を区別した。悪い学習とよい学習である。彼はこういっている。「ただ 『よい学習』だけが、発達に先行する」(Vygotsky, 1978, p.89)。 この区別は、私が行った、学習Ⅱaと学習Ⅱbの区別に相当する。
この見地からいえば、学習は発達ではない。しかしながら、正しく組織された学習は、精神発達を結果としてもたらし、学習から切り離されては不可能な、多様な発達のプロセスを作動させる。したがって学習は、文化的に組織された、人間に特有な、心理機能の発達プロセスにとって、必要かつ普遍的な側面なのである。まとめれば、私たちの仮説を特徴づける最も本質的な点は、発達のプロセスは、学習のプロセスと同時には起こらない、という見解にある。もっと正確にいえば、発達のプロセスは、学習のプロセスに遅れて起こってくる。 私たちの仮説は、学習のプロセスと内的な発達のプロセスとの統合を確証するが、それは両プロセス間の同一性ではない。そこで前提となるのは、一方が他方に転化される、ということである。 (Vygotsky, 1978, p.90-91)
つまり、IIbのタイプでの生産的な実験は、ダブルバインドの実りある解消のために必要な前提条件である。ダブルバインドの文脈を拡張的かつ病的でないかたちで脱するためには、学習IIbにおける研究にも似た内省的なモデルの構築と検証に典型的な、洗練された学習行為が求められる。 学校の文脈でいえば、生徒が学習IIbの行為を獲得し適用することが、学校学習の妥当性に問いを投げかけ、生活活動のより広い文脈を見つけ出していくことに役立つということである。しかしながら、これは、学習活動あるいは学習Ⅲに向かっていくためのたんに足がかりにすぎない。学習活動においては、発達そのものが学習の対象となってくる。
ここでヴィゴツキーを参照する。
ヴィゴツキーによる最近接発達領域の有名な定義は、次のように書かれている。
子どもの最近接発達領域とは、ひとりで行う問題解決によって決定される現下の発達水準と、大人の案内のもとな仲間との協働によって行う問題解決を通して決定される(Vygotsky, 1978, p.86)発達水準との間の距離である。
215 ヴィゴツキーは、モンテッソーリの「敏感期」の考えが、学習指導の最適な出発点であることに触れている。
彼女が発見したのは、たとえば、子どもが4歳半か5歳で書くことを早めに教えられた場合、その子どもが「爆発的に書くこと」、つまり豊かで想像力に富んだ書き言葉の使用が見られるが、こうしたことは数歳上の子どもに教えた場合には決して現れないということである。これは、当の機能がいまだ十分に成熟していない時点で学習指導が強力な影響を与えることを示す顕著な例である。 (Vygotsky, 1962, p.105)
最近接発達領域の概念は、とりわけアメリカにおいて、見事な復活をみた。この概念の解釈と応用に共通しているのは、「知能のダイナミックアセスメント」 (Brown & French, 1979 と Day, 1983 参照)の種々のバージョンにとっての論理的根拠として使うことである。
もうひとつ別の共通した解釈は、最近接発達領域を、学習指導上の支援を子どもたちに与える社会的な状況、あるいは環境を創り出すための論理的根拠と見なすものである。 つまり最近接発達領域において、子どもたちは、共同の問題解決や相互作用を通して、新しい技能を新たな方法で獲得することが可能になる。「足場かけ (scaffolding)」 (Wood, Bruner & Ross, 1976 ~ Wood, 1980参照)という概念は、こうした方向での解釈から生まれたものである。
最近接発達領域は、個人による現在の日常的な諸行為と、そうした日常的な諸行為の中に潜在的に埋め込まれているダブルバインドの解決として集団的に生み出される社会的活動の歴史的に新しい形態との間の距離である。

239 このサイクルにおいて、転換1は、ダヴィドフのいう第一の学習行為、すなわち思考実験、内的対話などを通して当初のダブルバインドを転換することを示している。とはいえ、この段階は、次のような複雑な下位構造から成る。つまり、古い活動構造における相反する新しい要素の出現、ダブルバインドへと向かう
こうした矛盾の激化、内省的分析、そして実験(「集中した行為」)
対象/動機の構築の段階は、ダブルバインドの制約を脱し、以降の活動のための新しい一般的モデルを築いていくにあたって「スプリングボード」 (Kedrov, 1972; 本書第4章参照)として機能する、特定の新しい第一の道具を見つけ出すことから始まると考えられる。
対象/動機の構築は、モデル化と切り離すことができない。対象はそのモデル化を通して構築される。 そして、そのモデルは対象を取り扱うための一般的な道具となる。このモデルは、与えられた新し活動のモデルであるが、それには潜在的に、創造された新しい活動を先取りするような行為を引き出していく内的矛盾が含まれている。この段階は、ダヴィドフのいう第三の学習行為、すなわち「純粋なかたち」で諸特性を研究するためにモデルを転換する学習行為も含んでいる。
適用と一般化の段階では、行為を活動に転換していくことが行われる(ブラトゥスとリシンのいう意味での転換2)。
要するに、主体は、与えられた新しい活動のモデルに合致するような行為を行い始めるのである。このような行為は、最初、多少なりとも古い活動が示す抵抗の形態や動機に従属したものである。新しい行為は、古い活動がそれを押しつぶしていくために、撹乱されてしまう。 しかし別の、創造された新しい活動の前兆が引き起こす、より理解しづらいがより意義のあるタイプの撹乱も存在している。その結果として、転換2は、社会的に新しいもの、指導者にとって予想外の成果が生まれる場所なのである。
活動2の段階は、新しい活動形態の統合、すなわち与えられた新しいものと創造された新しいものとが矛盾しつつも結合することを表している。この段階は、本質的に内省的で、おのずから意識的であり、ダヴィドフのいう学習行為のうち、最後の二つを含むものである。新しい活動の統合(活動2)は、三つの下位段階に大別される。第一は、新しく創造された道具(たとえば、子どもたちのキャンペーンの場合の手紙)の系統的な適用、拡大、 一般化として現れる活動である。この下位段階は、攻撃的だがたいていは多少なりとも反復的なものである。新しい活動の基礎にある考えは、ある意味、ほぼ徹底的なやり方で再生産され、増殖する。それは、本質的に、活動構造(図2.6)の最上部、「生産」の小三角形の範囲内で行われる。
第二の下位段階は、減少していく強度と増大していく脱中心化のかたちで現れるだろう。水の中へ投げ入れられた石によって起こる円形の波を思い出してほしい。この下位段階は、本質的に、いっそう新しい道具を多様に創造することである。新しい活動は多様化によって自らを統合していく。そのさい、新しい手段の生産を始めるわけだが、しばしばそれは、それを開始した者にとって驚きであったり異質に思えるものであったりさえする。確かに新しい活動は、古い活動の抵抗構造と共存したり、競い合ったりすることを余儀なくされている。新しい活動が生き残れるかどうかを左右するのは、それ自身の社会的な「インフラストラクチャー」、つまりは交換と分配の三角形(図2.6の底面の部分)をもたらすルール、コミュニティ、分業を創造することに成功するかどうか、という問題である。もし新しい活動がただ生産の小三角形の内部にだけとどまるものであるならば、それはまもなくエネルギー的・物質的な資源を使い果たしてしまうだろう。換言すれば、新しい活動は、それが生き残っていくために、主体にとっては生活活動にならねばならず、また隣接諸活動にとっては本当の社会的な活動システムにならねばならない。
統合の第三の下位段階では、新しい活動システムは、もはや新しいものというわけではない。焦点化されるのは、外部に対して活動がとる関係である。逆説的に、このことが、活動システムの自己防衛とカプセル化を引き起こしていく。しかし、新しい活動が、閉じたシステムであることはない。それは何よりも、対象活動としての成果を生み出し、道具生産的活動によって生産された手段を実行せずにはおられない。要約するなら、新しい活動は、諸活動のネットワーク(図2・7と図2・1を想起のこと)の内部で共存し、相互作用することがなければならない。
第4章 拡張の道具
ヒューバート・ドレイファスとスチュアート・ドレイファス(Dreyfus & Dreyfus, 1986) は、著書 『心は機械を超える (Mind over Machine)』 の中で、 コンピューター時代の専門技術の本質とその獲得について論じている。二人の議論は、説明可能な原理や規則にもとづいた行動として人間の専門技術を明らかにすることはできないというものである。本物のエキスパートは、直観にもとづいて意思決定を行う。直観の背後にある心理的なメカニズムは、経験を基盤とした類似性の全体論的な認識であり、深い状況依存的な理解と、流動的で素早い行動を引き起こす。経験を通して私たちは、記憶の内部に、名前のない、言葉では完全に描写できない、いくつもの種類の典型的状況を膨大に蓄積している。
最も熟練した行為は、内省なしにその場で行われるものである一方、時間があり、成果が重要である場合には、エキスパートは行為の前によく考えるだろう。しかし、・・・この熟考は計算による問題解決を必要とするものではなく、むしろ本人の直観を批判的に内省していくことにかかわるものなのである。 (Dreyfus & Dreyfus, 1986, p.31-32)
二人は、エキスパートになるまでのプロセスを、技能獲得の五つの段階から成るものとして説明する (表4.2)。技能獲得のプロセスは、分析的なものから直観的なものへ、規則に導かれて「知っていくこと」から、経験を基盤としたノウハウへと向かう直線的な継起として描き出されている。これは本質的には、内面化の過程である。
エキスパートの技能はまさに本人の一部となり、自分自身の身体と同様、ほとんど意識する必要はなくなる。 (Dreyfus & Dreyfus, 1986, p.30)このプロセスは直線的であるだけではない。二人は、このプロセスはまた自動的で、どのような専門技術の獲得のケースでも自明であると考える。この道のりを進んでいく上で、最も重要な鍵となるのは経験である。
二人が経験のみを単独で称揚しているのは、蓋然論的状況下での経験による学習に関する研究 (Brehmer, 1980 とKahneman, Slovic & Tversky, 1982 参照) から長年にわたり生み出されてきた知見と対照的といえるだろう。ブレーマー (Brehmer, 1980, p.224-227) は、人間が経験から学ぶ方法を示すという建前になっている心理学研究の弱点を指摘する。こうした類の研究で使用される、対連合課題や分類課題といった課題は、多くの場合は何が真であるのか明白に見て取れるような素材を使用している。対連合課題の単語リストの場合、被験者は何を学習すべきなのかを即座に理解できる。分類課題でも同様に、色や形といった一般的な刺激の構成要素は、すでに十分に形成された概念であり、被験者が課題に関係する前提をすでに理解していることも、実験者にはわかっている。それゆえこれらの課題においては、解決方法の妥当性の保証は、経験から引き出されるものではない。実験者が素材の選択を通して与えるのである。
こうして、このパラダイムは、教えるという状況を非常にうまくモデル化できる。 教えることにおいて、教師は生徒に対して、特定の条件下で何が真であるのかを決める。しかし、このパラダイムは明らかに、人間が経験から学ぶという状況をモデル化していない。(Brehmer, 1980, p.225)
被験者が診断のための意思決定などの複雑な蓋然論的課題に取り組む場合には、状況は異なっている。何が真であるのかが明白ではないからである。何を学ぶべきなのか、また何か学ぶべきことがあるのかさえ、臨床家に誰も教えてはくれない。
つまり、経験という用語は、心の実証的な態度であれ実験的な態度であれ、どちらとの関連でも解釈されうる。経験は硬直して閉じたものではない。それは生き生きとしているがゆえに成長を続けるものなのである。過去、慣習、 ルーティンに支配されているとき、経験はしばしば合理性や思慮深さと対立する。しかし経験にはまた、感覚、好み、伝統による縛りから私たちを自由にしてくれる内省も含まれる。経験は、最も厳密で徹底した思考が発見するものを受け入れ、吸収することができる。だからこそ教育という営みは、まさにこのような解放と経験の拡大として規定されるのである。 (Dewey, 1910, p.156)
ウェルトハイマーの場合、対象の果てしない外的な特質の集合体の向こう側に、何か本質的なものがある。この本質には以下の側面が含まれる。・たんに部分を加算的に列挙することとは対立する、ある対象または状況の全体性、あるいは全体的性質。・不完全な、または浅い構造と対立する、対象の明瞭で、完全で、一貫した構造。・部分の分離や分断に対立する、全体としての部分同士の内的な関係性。・中心のない構造に対立する、全体の中心、核、あるいは根源。それゆえ、本質的なものは「よいゲシュタルト」であり、生産的思考とは悪いゲシュタルトからよいゲシュタルトへの移行である。
さらに重要なのは、おそケアリー、マーフィー、メディンがとったアプローチを踏襲していては、明確で十分な判断基準を見つけることはできないだろうということである。これらの著者たちは、知識と心的表象を、個人の頭の中に蓄えられている自足的な存在、またはものとして見ることで、理論を定義しようとしている。彼らもまた、ネルソン・グッドマンに見られるような、認知主義的あるいはデカルト的な誤謬に陥っているのである。理論は、個人が「もっている」実在として考えられている。理論が現れる、あるいは獲得されるとき、それは蓄えられ、個人の帰納的な投影 (projection) を制約するフィルターやレンズとして機能し始めるとみられている。こうした構成主義はたんなる心的構成主義であって、頭の中だけでの世界制作にすぎない。このような認知主義的な考え方では、理論が初めに現れるしかたについて、何も興味深いことはいえない。ケアリー(Carey, 1985, p.200) は穏健な生得主義に頼っている。 「人間の子どもの「初期状態』は、彼らが生まれながらにして素朴物理学と素朴心理学という二つの理論システムを授かっているということで説明できると、私は考えている」。マーフィーとメディン (Murphy & Medin, 1985, p.311) は、さらに漠然としたことを述べる。 「機能、関係、そして対象の重要性に関する子どもの原型的な理論が、非常に初期の段階から作用していると間違いなく仮定できる」。しかし、「それが厳密にいつからなのかは、実証すべき問いである」。この点において、出来事のスクリプトが概念的表象の最初の形態であるというネルソンの主張は、ケアリー、フィー、メディンの考え方よりもはるかに進んでいる。 ネルソンの主張は、初めに行為があったという単純だが力強いアイデアを示すことで、生得主義に陥ることを回避している。とはいえ、マーフィーとメディンは、論文のある箇所で、 認知主義の限界から一歩踏み出している。 二人は、ヒクイドリを鳥とみなさないニューギニアのカラム族に関するバルマー (Bulmer, 1967) の人類学的研究を取り上げる。カラム族がそのように考える理由について、バルマーは、ヒクイドリが飛ばないというだけではなく、森の動物として特別な役割を担っており、それがカラム族の思考における森と耕作の間の対照的見方とかかわっているためだと主張した。この対照的見方はさらに、親族関係の役割と権利についての基本的な関心事にも関係する。 マーフィーとメディン(Murphy & Medin, 1985, p.305) は、「見たところ、森の生命と耕作に関するカラム族の理論は、私たちの文化における生物学的な理論とは異なる分類を生み出している」と正しく指摘している。この結論は、理論は個人の心の中の自足的な存在として見ることはできず、むしろ理論自体が社会的な活動システムであるということを含意している。この観点では、理論と概念は、感覚的・物質的な活動システムの、表象的・二次的な側面としてのみ理解可能である。こうした見解は、物質的対象の直接のコピーのようなものとして理論をとらえる機械的な考えとは、まったく関係がない。そうではなく理論は、活動の中に統合されて初めて、生きて発達する。理論を活動から切り離すことはできるだろう(たとえば、無名の書物の中に忘れ去られたり隠されたりして)。しかポパーの見方に反して、そのような理論は事実上死んでいるか凍りついており、少なくとも一時的には生命と発展性を欠いているのである。
ヴィゴツキーの後期の著作『思考とことば』では、概念の問題が中心に置かれている。ヴィゴツキーは、概念に関する伝統的な帰納主義の考えを否定した。ヴィゴツキーは、伝統的な見方においては、概念の形成はゴルトンの「家族の肖像写真」の合成に近いものだと指摘する。これは、多重露光で同じ感光板の上に複数の異なる家族の写真を現像し、複数の人に共通する特徴を際立たせる一方、個々人を差異化している要素を不鮮明にしたものである。伝統的な見方では、この共通の特徴の全体像が概念である。
概念形成の実際のプロセスを示すのに、こうした論理化された説明ほど間違った方法はない。思春期の概念形成は、伝統的な心理学が示すような論理的なプロセスに決して一致しないということは、とうの昔に明らかになっており、また私たちの実験結果にも明白に示されている。 (Wygotski, 1977, p.160-161; 強調は原文)
ヴィゴツキーは、子どもはたんに特殊なものを先に把握するのではなく、初めから一般的な概念を用いるという、フォーゲルとビューラーの知見を引用する。子どもはさまざまな特定の花の名前よりも先に、「花」という言葉を獲得する。あるいは特定の花の名前、たとえば「バラ」を先に覚えた場合でも、あらゆる花をバラと呼ぶようになる。ヴィゴツキーは、概念形成はさまざまな概念のピラミッドの内部で、特殊なものから一般的なものへの運動と、一般的なものから特殊なものへの運動が同時に起こる双方向的なものであると結論づけている。この基本的なアイデアは、日常的概念と科学的概念の関係性を分析する中でさらに練り上げられていく。
弁証法的論理の見地からは、私たちの日常的概念は、語の本来の意味での概念ではない。それは、むしろ対象についての一般的な観念である。 (Wygotski, 1977, p.150)
この重要な言明は、真の科学的概念の性質をつかもうとするならば、伝統的な形式的論理とは質的に異なる論理を編み出して適用する必要があるということを含意している。 この要求はしかし、ヴィゴツキー自身の分析においては満されてはいない。実際のところ、これよりも後の箇所で、ヴィゴツキーは、「この問題の論理的な側面は十分に取り扱われ、検討されたといえる」とする一方で、発生的・心理的側面はまだ検討されていないと述べている (Wygotski, 1977, p.263)。このように、ヴィゴツキーは、真の概念に関して別の選択肢となるような論理を編み出すことはなかった。ヴィゴツキーによれば、科学的概念は一般的なものから特殊なものへと下向きに機能する。日常的概念は、反対の方向に展開する。この二つが出会うとき、それらは互いに浸透し合い、転換する。
科学的概念を際立たせる特徴は三つある。第一に、科学的概念はつねに概念のシステムの中に含み込まれている。第二に、科学的概念は、学習者がそれに対して意識的であるよう要求する。科学的概念の形成は言葉、つまり定義から始まり、学習者は概念そのものに働きかけることを求められるのである。 第三に、科学的概念は、そのため放っておいても自然に獲得されるものではなく、学習指導を通して獲得されるものである。
V・V・ダヴィドフはこの定義の弱点を指摘する。まず、経験的な概念であっても、「属一種」といったタイプの複雑な分類上の依存関係のかたちをとりうるシステムをもっている。さらに、そのような記述的な概念、あるいは「一般的な観念」は、学校での学習指導によって組織的に伝達される。実際のところ、これは小学校での学習指導における教科内容の大部分を占めている。概念のピラミッドの中での双方向的な運動は、概念の純粋に経験的、あるいは記述的な構造の内部でも十分に可能である。
「一般的な」言語による定義から始まる獲得は、概念の科学的な性質を特徴づけるものではない。また、恣意的な日常的観念、経験的・一般的観念も、学習指導の中で、そのようなやり方で伝達可能なのである。 (Dawydow, 1977, p.162-163)
ここで、アルセニネフ、ビブレル、ケドロフは、最初のスクリプトが繰り返される慣れ親しんだ出来事の心的な想起として出現するというネルソンの帰納主義的な見方に反対する。アルセニネフ、ビブレル、ケドロフは、最初の概念は実践的な生産的活動を構成する、次のような二つの心理的なプロセスの相互作用から現れると論じる。(1) 能動的な物質的および心的な実験を通して、活動から期待される未来の対象(成果)を継続的に構成すること、(2)同じように継続的に、感覚によって、あるいは観照によって、対象を「あるがまま」に体験し観察すること。つまり、最初の概念はただ出来事を経験した通りに再生産したものではない。 概念はすでに初めから、まだ観察されていない、まだ経験されていないものを創り出す傾向をもつ。
アルセニネフ、ビブレル、ケドロフは、この潜在能力が、科学と呼ばれる歴史的に形成された活動の内部で発達し用いられている概念のみにあるとは考えていない。「私たちの考えでは、あらゆる思考とあらゆる概念がこうした潜在能力をもつ。つまり、本質的に科学的・理論的なのである」 (Arsen'ev, Bibler & Kedrov, 1967, p.14)。 そのためいわゆる日常的概念であっても、原理的には、意識的に練り上げられた科学的概念のように、拡張的な性質をもっている。
こうした対象の構成は、個人の意識的な働きを伴わずに、個人が身を置いている社会の慣習や関係内省を経ずに投影したものであり、しばしば暗黙のままになされる。しかし対象は、主体の構成的な行為、つまりそれを確定し名指すことがなければ、まさにそこに現れることは決してない。 この対象構成と問題設定にかかわる第一のステップは、次のような図で表すことができる(図4.1)。
ところで、しばしば暗黙か陰に隠れたかしているこのステップでは、理論の構築と日常的な問題解決とが弁別されることはない。理論的思考が他のタイプの思考と違う点は、それが、観察可能な対象の動きの背後にある隠れた関係や規則性を明るみに出し、可視化するために、その対象のモデルを構築するところにある。こうしたモデル構築は、アナロジーの助けを借りて達成される。 「そのため、理論の核心には、アナロジーの諸々のタイプとして、さまざまにモデル化される諸関係がある」 (Harré, 1970,p.35)
アナロジーは、道具として、遊びと想像に緊密に関連している。その両方の中で主体は、実践的で心的な実験を通して、「ゲームのルール」または対象の隠された関係を明白にし、可視化する。
理論構築における第二のステップは、ベイトソン (Bateson, 1972, p.185)の用語で「二次過程」と呼ばれるものに属するステップである。それは、意識的に外面化され客観化された抽象へと進んでいく。このステップは、図4-2のように図式的に表される。
モデルはまだ十分に発達した理論にはなっていない。理論的なモデルは、理論を発展させ、同時に適用するための道具と見ることができる。モデルは、思考実験と具体化を呼び起こし刺激する。 ヴァルトフスキー (Wartofsky, 1979, p.142)がいうように、モデルは、「未来に向かって働くものの創造」なのである。この未来に向かう働きの中で主体は、モデルに助けられて対象をただ練り上げるだけではない。主体はまた、モデルを練り上げ、それを新たな、より複雑な発展的形態やバリエーションへと変更していく。つまり、主体は、モデルを基盤として、それに助けられながら理論を組み立てていくのである。 これは、 理論構築に固有の第三のステップである(図4.3)。
319 メンデレーエフの創造的プロセスがその集中的な段階に達したとき、新しい心、すなわち時間的制限が、図4.5の三角形における左下の頂点に入り込んだ。新しいルールと古い道具の間に生じた矛盾の解決を促進するために、暫定的な新しい道具、すなわちソリティアが最上部の頂点に現れ、スプリングボードとして働いた。 これらが新しい必要条件となって、メンデレーエフの諸行為の質的に新しい成果を生み出す拡張的移行が導かれた。それは、元素の分類に関する新しい特定の知識だけでなく、元素間の諸関係を理解する上でのまったく新しい一般原理、つまり周期律であった。そしてこの成果は、新しい種類の一般的な道具へと転換され、ついには化学の研究活動の質的に新しい発達形態を引き起こすこととなった。以上のような活動の歴史的タイプと拡張的移行は、大学における研究の古典的な理想に一致する。 純粋な真実を求めて努力する独創的な科学者個人とその個人の献身が、偉大な発見の背後にある原動力とみられている。現代においては、マイケル・ポランニー (Polanyi, 1964)がこのタイプの移行をすべての研究の仕事の永久的なモデルへと変化させている。活動としての科学についてのポランニーの考え方は、図46のように要約できるだろう。このモデルの特筆すべき特徴は、内的矛盾の欠如という点にある。そこでは、変化へのプレッシャーは研究活動の内的なダイナミクスの現れではなく、外的な脅威としてみられる。ポランニーに直接依拠しながらジェローム・ラベッツ (Ravetz, 1971, p.103; 強調は引用者による)は次のように結論づけている。「すべての側面において、科学的探究は手仕事的な活動である。それは、一群のインフォーマルな知識と部分的な暗黙知に依存している」。近年、「科学」を色付二手仕事を非歴史的に扱うポランニーとラベッツの立場は、科学の産業化という事実に直面したとき、哀れなほど無力である。彼らが考える科学者にとってのツールは、高い道徳意識である。とりわけラベッツの研究では、研究の産業化に関する非常に正確な描写と、科学の仕事の変わることのない手仕事としての性質の強調とが著しく矛盾している。
メンデレーエフの発見に典型的に示される(そしてポランニーとラベッツによって理想化された)ような研究の仕事の歴史的なタイプを手仕事とするならば、ここでの新しいタイプは合理化された研究と呼ぶことができるだろう。その第一の内的矛盾は、資本主義におけるすべての賃金労働がもつ矛盾である。そこでは、契約にかなった研究結果の生産によって利潤をあげる研究ビジネスが発展する。こういう事業の管理者はまさしく企業家である。彼はいくつかの研究機関のさまざまな研究室からの契約書の束を繰って、見込みはどうか、現実性があるか、延長可能か、更新ないし変更できるか、などと思案をめぐらす。
スプリングボードは、ダブルバインド的な性格をもつ著しい葛藤の最中に、以前の文脈から新しい拡張的な移行活動の文脈へと置き換えられたり、移し変えられたりする、促進的なイメージ、テクニック、または社会的・会話的置(あるいはこれらの組み合わせ)である。
スプリングボードの概念と、ポランニーやドレイファス兄弟によって提唱されているような経験の概念との間には何か違いがあるのだろうか?
経験は、円滑で、暗黙の、自動的な類似性認識のかたちで機能していると考えられている。
スプリングボードは円滑に、自動的に現れるわけではない。スプリングボードは苦痛の最中に、まるで救命ブイのように現れる。その出現の心理的メカニズムについてはほとんど知られていないが、激しい心的な苦しみが必要な前提条件であるように思われる。さらに、経験は、以前の同じような出来事にもとづいて解決策を提供するとされている。 スプリングボードは解決策ではない。スプリングボードは、拡張的な解決策につながる道へのスターター、あるいはヒントである。見た目では、スプリングボードの具体的な内容は最終的な解決の内容とほとんど、またはまったく関係がない場合が多い。
これらの違いは、比喩的・アナロジー的推論の認知理論では通常無視される。ドナルド・ショーン (Schön, 1983) の著作は、文脈と発達的連続性を重視している点で例外的である。
ショーンは「~として見る」というメカニズムにもとづいた「生成的メタファー」という概念を使用している。いいかえれば、ショーンでさえも、理論を多かれ少なかれ直接的な視覚的類似性の関係に限定している。先に提示した事例は、実際にはスプリングボードが視覚的なイメージ(たとえば、タール作りのイメージ)でありうることを示している。しかし、それはまったく非視覚的な、ほぼ運動のテクニック(たとえば、嘘のテクニック)でもありえる。また、それは言語的相互作用が決定的な社会的・会話的布置でもありえる。したがって、スプリングボードの様相はさまざまであり、直接的な類似関係は通則というよりも、例外的なものなのである。
マイケル・ホルクウィスト (Holquist, 1982, p.xxvi)が指摘するように、「1世紀に小説が大成功したおかげで、歴史の大部分において小説が周縁的なジャンルであり、ほとんど研究されず、たびたび非難されたという事実がわかりにくいものになった」。バフチンは、小説を叙事詩と比較する。彼によれば、「叙事詩的世界は、英雄たちにとっても作者にとっても聴き手にとっても不可避的であり、疑いのない、単一で統一された世界観だけを知っている」 (Bakhtin, 1982,p.35)。さらに、「叙事詩における悲劇的英雄は、自分の運命の外では、何者でもない。それゆえ彼は、彼に割り当てられた筋書きとしての運命に従うだけである。彼は他の運命、他の筋書きのヒーローにはなりえない」 (Bakhtin, 1982,文学的意識の支配的形態としての叙事詩と学習の支配的形態としての徒弟制との間には、深い類似性がある。徒弟制の「界」は、叙事詩の「運命」や「筋書き」に呼応する。産業資本主義と義務教育が徒弟制に取って代わったように、
叙事詩的距離が破壊され、個人のイメージがはるかな昔の地平から現在の未完の出来事 (したがって未来のそれ)と接触する領域に移ると、小説における(そして結果として全文学における)個人のイメージをすっかり再構造化することになった。このプロセスで、小説の民話的、大衆的な笑いの源泉が非常に大きな役割を果たした。最初のきわめて本質的なステップは、人間のイメージが滑稽で親しみやすいものとなったことである。 笑いは叙事詩的距離を破壊した。笑いは自由かつ無遠慮に人間を探究し、人間を裏返しにして、外部と内部、可能性とその現実の間の不一致を暴き始めた。人間のイメージの中に、ダイナミックな真実性、 このイメージのさまざまな要素の間にある不一致と緊張のダイナミクスがもち込まれた。人間は自分自身と一致することをやめた。したがって、人間が筋書きに完全に覆いつくされるということもなくなった。 (Bakhtin, 1982, p.35)
人が自分自身とのこのような不適合を創り出したのは、まさに未完の現在(したがって未来)と接触したこの領域である。人間の中にはつねに実現されなかった可能性、実現されなかった要求が残されている。 未来というものがあり、それは個人と不可避に触れ合い、その根をその個人の内部にもっている。 (Bakhtin, 1982, p.37)
バフチンはここで、資本主義的な個人主義が疎外や隔離化や状況主義という面をもつだけではないことを明らかにしている。それは、同時代性、開放性、流動性といった面、固定化された権威や絶対的な伝統からの自由という面もあわせもつのである。そして、「永遠に求める、自分自身を探究する、すべての既存の形態を再検討する」 (Bakhtin, 1982,p.39) 潜在力をもっている。
しかしバフチンは、ここで立ち止まらない。彼のアイデアは、個人主義の楽観的な側面を示すことに限定されない。逆に、彼の主要な発見は、個人主義の直中から立ち現れる社会性の新しい質の可能性である。
ここで考察されている新たな社会性は、共通の対象をめぐって交響組織された言語的多様性であり、ポリフォニーである。認知科学の用語を借りるなら、おそらく並列分散処理システムを話題にすることができるだろう。そうし並列分散モジュールを社会的な基礎にする活動システムの展開は、共通の対象/動機と共通の道具を分かち合うグループや個人の、ローカルあるいはグローバルな系列的ネットワーク (paradigmatic network) として考えられるかも
しかし、そうした社会構造は、学者コミュニティの古典的なアイデア、あるいは関係する研究グループの不可視の仲間集団といったものと、どう異なっているのだろうか?バフチンがさらに参考になる。 「小説は、その時代のあらゆる社会的・イデオロギー的な声を、つまりその時代のあらゆる、多少なりとも本質的な申し立てをもつ言語を代表せねばならない。小説は、言語的多様性のミクロコスモスでなければならない」 (Bakhtin, 1982, p.411)。 拡張的学習と拡張的研究に適用すれば、これは次のことを意味する。 調査している活動システムにおいては衝突し補完し合っているさまざまなグループや階層の声のすべてが含み込まれ、役立てらわねばならない。バフチンが示しているように、これは明らかに、一般の人々の声と、学問的ではないジャンルを含む。それゆえ、単一の学問的なことば遣いのタイプの内部での古典的な議論の代わりに、私たちは異質なことば遣いや言語のぶつかり合う火花を見るのである。
拡張的移行のサイクルは、まさにこの問題に迫るものである。それが追跡するのは、具体的な人間が集団によってなしていく新しい活動システムの生成である。そこでは、個人が抱く疑い、戸惑い、撹乱が出発点となる。そこからの流れは、個人的なものから社会的なものへと進む。しかし、この個人的な出発点自体が、文化的・歴史的な産物としての変動は説明するだろうが、創造を説明しない。ここで説明されないままになっているのは、社会文化的に媒介された行動形態、あるいは活動状況、あるいは社会でさえ、そもそもどのように生成され、創造されるのかという点である。ヴィゴツキーのサイクルにおける第四の契機は、ヴィゴツキーの方法論的サイクルでは、探究の最終対象は、高次機能システムあるいは個体発生的な発達における行動の高次形態である。一般的な文化の歴史、また同様に特定の社会や活動状況の歴史は、個体発生を理解し再構成していくための仮説の情報源として働く。次に、個体発生は、基本的には内面化として理解される。探究の一般的な流れは、社会文化的に与えられたものから個人的に獲得さわ内面化されたものへと進む。スクリブナーとコールの論文は、この基本線と一致する。
明らかにこうした両方のサイクルが、それぞれに固有の現実の側面、あるいはそれ以上に、歴史のサイクルとしての循環的な運動を表している。歴史は内面化と拡張の両方なのである。第2章でヴィゴツキーの著書 『芸術心理学』と関連づけて示したように、拡張的移行という側面は、ヴィゴツキーに無縁のものではない。しかしそれは、彼の一般的方法論の中に統合されないままに残されてしまった。レオンチェフの研究では、拡張は行為が活動へ成長していく現象として登場した。しかしそれもまた、横道に置かれたままになっている。
二つのサイクルの一般的な方向性は対立しているが、それぞれの内的構造は、具体的な研究の諸段階という点で著し共通している。この共通性は、拡張的移行のサイクルを発達的研究のサイクルに転換するとき、いっそう可視的になる(図5.3)。