2023年に観たお笑いライブ

 昨年は多忙で、現地はおろか、配信でお笑いライブを観ることもめっきり減った。関西に戻ってきたことだし、今年はちょっとくらいは劇場に行きたいが……

1月1日 マヂカルラブリーno寄席

 マヂカルラブリー/ダイヤモンド、ランジャタイ、ザ・ギース、脳みそ夫ゴー☆ジャス、モダンタイムス、永野

1月3日 ダイヤモンドno寄席

 ダイヤモンド/令和ロマン、真空ジェシカ、ママタルト、Aマッソ

2月3日 ルミネtheよしもと 平日公演14時の部

 はりけ~んず/トータルテンボス5GAPバイク川崎バイクうるとらブギーズ/フルーツポンチ/コマンダンテ相席スタート

5月8日 漫才至上主義

 シシガシラ/ダイヤモンド/黒帯/チェリー大作戦

M-1グランプリ2023所感

 今年は腰を据えてガッツリとした分析を書く暇がないため、タイトルを「所感」としている。

 漫才を批評する際に、何となく前提とされる二項対立がある。それは「大喜利漫才-システム漫才」である。大喜利漫才というのはボケの「強さ」で勝負する漫才であり、話のストーリー上の必然性は時にないがしろにされ、「羅列的」などという批判を呼びこむことがある。またそれゆえにひとつひとつのボケが何であるかは交換可能であり、お題に対して複数の回答可能性が期待される「大喜利」になぞらえられるのである。今回で言えば敗者復活のロングコートダディがそのような評され方をしていた。
 システム漫才というのは、第一に話の流れ、構造自体が笑いのトリガーとなる漫才のことである。その性質ゆえに「バラし」(そのネタにおける仕組みが明らかになる瞬間のこと)でウケなければ、後半でとり返すのが難しいことがある。4分間の賞レース漫才という概念はM-1とともに成立したが、その歴史はシステム漫才の発達の歴史でもある。
 むろん、大喜利漫才がシステムにおける仕掛けを有することは可能であり、システム漫才においても大喜利的な要素というのは(どういうボケにするか、あるいはどういう言葉選びにするかという部分で)重要になる。そのように完全に互いに排反な枠組みではないものの、陰に陽に意識されるのが「大喜利漫才-システム漫才」の二項対立である。

 さて、今回で言えば、決勝のカベポスターは現代システム漫才の雄である。まずは決勝組でシステム漫才昨年は2つの「線」が走るポリフォニックな構成でみせた(下記の記事参照)が、それと比べると今年は「線」は1つでやや物足りない印象を受けた。そう、システム漫才が高度に特にここ10年で発達したゆえに、単にシステムをひとつ開発するだけでは評価されにくく、「プラスαの何か」が必要となっているのが近年のM-1である。

satzdachs.hatenablog.com


 お笑いファン以外にはあまり知られていないが、くらげも数々のシステム漫才を産み出してきたコンビである。彼らは今回最下位になってしまったが、システム漫才の「プラスαの何か」を求めた結果としてああいうネタになったことは痛いほどよくわかった。それは端的に、「お前(ハーゲンダッツ/サンリオ/口紅)詳しいな!」を敢えて言わないということのお洒落さである。これまでの作り方であれば、ネタの進行に伴いだんだん気になってくるであろう、渡辺の知識量の豊富さに2-3ターン目で触れるのが定石である。しかしそこを敢えて触れずに、観客に委ねているのだ。それは、年々M-1自体がひとつ巨大なプロジェクトとなり、そのコアなファンが予選会場に増えていることの反映でもある。つまりシステム漫才の通常の進行はすでに共有されている、という前提でネタが進んでいくのである。
 観客がどういう受け止め方なのか、どんな共通認識を持っているのか、何を期待しているのかということでネタのウケ方が変わるというのは言うまでもない。しかし近年では、観客に漫才の「3人目」として積極的に役割を期待するネタが増加しつつある。シシガシラの敗者復活のネタも象徴的であった。歌がハゲを想起させるというツッコミは初回だけで、それ以降は敢えて言葉にすることなく、強いて言えば表情だけで物語る。「ハゲのこと歌ってんじゃねえよ!」は3人目としての観客の脳内に任されているのだ。
 このようなスタイルはハマった際に、ツッコミと観客がシンクロしたとき以上の参加度合いをもたらす一方で、決勝の客層の違い(M-1のファンクラブなどもできた昨今ではそこまで大きな差はないと言われっつうもあるが)や当日の雰囲気といったちょっとしたボタンのかけ違いで、容易に乖離が起こってしまう。ダンビラムーチョはその犠牲者だったと思う。あのネタがウケている場面があったことも想像はつく。カラオケで天体観測を歌ったことがあるものならわかるディテールと、漫才冒頭の長い時間を大胆に一ボケに使うことの面白さがあるのだが、特に審査員には伝わり切っていないようにみえた。

 シシガシラの話が出たので、決勝のネタについても触れておく。あのネタは数年前の彼らの自己紹介的な代表作であるが、当時とはお笑いとポリティカル・コレクトネスを取り巻く状況が大きく変わってしまったがために、今回のウケが弱くなってしまっていた。つまり、もう「ハゲ」を言っていいかどうかという確証もすでに観客にはなかったのだろう。ルッキズムという言葉が人口に膾炙しつつあり、端的に容姿をどうこう言う笑いは(一部にその違法性を自覚したうえで敢えて踏み込むという脱法的な手段は残りつつも)駆逐されつつある。それゆえに、既存のハゲネタをフリにして新しい切り口を産み出し続けるシシガシラの存在は貴重なのだが、今回の漫才に関しては時宜を逸していたと言わざるを得ないだろう。
 さらにポリコレ的な観点から、今回のM-1で気になった場面をいくつか。ニッポンの社長の敗者復活は、ケツが相方の発言を正すようにみえて、実は過剰な女性蔑視発言になっているという構図になっているが、このネタの何を笑っているのかということをさらに突き詰めて考えたときに、やはり「ポリコレにうるさい世の中」を茶化している空気があることは否めない。あとはオープニングの中川家礼ニのインチキ中国語も、中国人蔑視として捉えられても反論はできないだろう(仮に中国のテレビ番組で、インチキ日本語を話して笑っている場面を想像してみてほしい)。

 話を戻そう。今大会は、システム漫才がストレートには評価されなくなり、その一歩先を突き詰めた結果、決勝では観客との齟齬があり、総じてこれまで「賞レース的なもの」とされていたネタがウケなくなってしまった空気があった。そこにハマりこんだのは、いやそもそもそのような空気をつくりあげたのは、令和ロマンだった。彼らは登場からして、作りものぽくないライヴ感のあるツカミから始まり、「それをマジで今日全員で考えたくて」と言って観客とコンタクトをとる。彼らは魔人無骨時代からお笑いファンには名を馳せていたが、M-1決勝もあの芸歴で進出したとは思えない圧巻のステージングだった。2本目の町工場のネタも、過去の賞レース決勝で披露された段階からさらに魔改造を重ねられて、優勝にふさわしい厚みになっていた。
 ヤーレンズも、ネタでやっていることは令和ロマンとは違うのだが、そういうライヴ感がある空気にはフィットしやすいコンビだったと思う。彼らもシステム漫才で魅せるタイプというよりは大喜利漫才のタイプだが、驚くべきはそのボケ数である。ゼロ年代後半が「手数論」と言われて漫才における単位時間あたりのボケ数が最も増えた時代であったが、その最盛期と比較しても遜色ない、むしろそれを上回るほどのボケ数をヤーレンズの漫才は有していた。彼らのオリジナリティはその提示の仕方である。強パンチと弱パンチを織り交ぜるがごとく、(定石とは違って)いくつかは完全に観客に拾われなくていい、追いつかれなくていいというくらいの量と速さで畳みかけることで、「ずっとちょっとおもしろい」という空気感が充満していくのだ。それは吊り革のネタで野田クリスタルが身体性をもって初めて実現したことだったが、こうやって言語的にも可能だということを彼らにみせつけられた。

 そしてさや香について触れておく。1本目のネタは、構成としては美しい。それこそ「賞レース的なもの」の一つの完成形である。ブラマヨ的喧嘩漫才のさや香的解釈。ただ私としては、ブラジル人留学生が暗に「負担となるもの」として扱われていること、その年齢が明かされる後半の展開で「留学」ということの日本人のステレオタイプが露骨に現れること(あるいは技能実習生などの制度への無理解)が許容できなかった。
 そして2本目である。「何であのネタをしたかわからない」という意見は、今年の1本目あるいは昨年の2本のようなさや香を期待していた観客が多かったことによるものだろう。しかし一方で、私は彼らの気持ちが痛いほどわかった。言ってみれば彼らはダウンタウンの亡霊をいまだに追っかけているのだ。松本人志の紹介で「漫才の歴史は彼以前、彼以後にわかれる」と言われるのがお決まりとなっているが、彼が現代漫才に持ち込んだものはいくつかある。ひとつは紳助・竜介、ツービート、B&BTHE MANZAIの時代に引き上げられたbpmを、一気に日常会話のレベルにまで減じたこと(横山やすしに「チンピラの立ち話」と酷評された話は有名である)。もうひとつは「ニュアンス系」の笑いである。「ニュアンス系」の系譜を辿るには紙幅が余りに足りないが、「わかるようでわからない、わからないようでわかる」その間を綱渡りのようにして進む笑いと言えばよいだろうか。「シュール」については以下の記事で「ツッコミ不可能性」として定義したが、それと近いものがある(が、同じではない)。

satzdachs.hatenablog.com

 ダウンタウンに影響をうけて「ニュアンス系」のお笑いを目指した芸人は数多いたが、その複雑さから多くの人口に受け入れられるのはハナから難しく、特に賞レースの歴史においては日の目を浴びたことはほとんどない。POISON GIRL BANDはその筆頭と言える。ただその「ニュアンス系」のお笑いをすることの格好良さ、カリスマ性というのは2024年現在でも色褪せていなくて、ダウンタウンのフォロワーとしての最後の世代がさや香なのだろうか、と思いを馳せさせられた。かくして私はテレビの前で彼らの2本目を観ながら、「わかる、わかるよさや香」と唸り声のように呟き続けていたのだった。

 ダウンタウンの話題になったので、いま触れざるを得ない松本人志の性加害「疑惑」についても書いておく。前提として、「いまは真偽はわからないから」と言って「加害者側」の松本人志を擁護することは、被害者女性の二次加害に繋がりうる行為であり、その意味で、まずは彼のこれまでの女性蔑視発言や家父長的態度について断罪しなければならない。残念ながら、ダウンタウンがお笑い界に持ちこんだもう一つの要素は、強烈な先輩-後輩の上下関係、権力、あるいは他者を貶める「いじり」という行為によって笑いを産出するというシステムである。それはあまりに強固であり、それゆえに、解体されるまでに時間がかかっている。いまなお必要悪として持ち上げられることすらある。しかし「いじり」の大半については以下の論考で考えてきたように、決して(「時代が違った」という言い訳すら許される余地なく)社会的に許容できない振る舞いである。これを機にお笑い界の反省と浄化がさらに進むことを望んでいる。

<お笑いと社会 第1回> 「いじり」とは「ごっこ遊びすること」である - 当時の砂糖<お笑いと社会 第1回> 「いじり」とは「ごっこ遊びすること」である - 当時の砂糖

 あとは言及していないコンビについて。マユリカは普段のラジオの様子を知っているからか、緊張が画面越しに伝わってきてうまく私は観られなかった。あとは多くの人が言及しているように、「倦怠期の夫婦を漫才コントでやる」ことのモチベーションが最後まで伝わってこずに観方がわからなかった。真空ジェシカは、松本人志に「ちょうどいい近さ」と言われていたように、ネットミームやお笑い界内部の内輪ノリから脱して世間に歩み寄った跡のみえる素晴らしい出来だった。私が「種明かしツッコミ」と呼ぶところのスタイルでいま圧倒的に突き抜けているのが彼らだが、ここまでの完成度で勝てないと、来年以降どのようにすればさらに加点をもらえて次のステージに進めるのかは非常に難しいと思う。モグライダーのネタを評することは難しい。生っぽい空気がハマりやすい大会において、「うまくできすぎてしまった」ために評価されなかったと総括すればよいのだろうか。個人的には、もっとルールのシンプルなゲームで遊びの部分が多いほうが、「持ち味」として審査員的にも評価しやすいのだろうか、と素人ながらに思う。

 本稿を締めくくる前に、敗者復活で気になったコンビを2組だけ触れておく。まずはトム・ブラウン。彼らのネタは音楽的な中毒性と、リフレインによって意味が脱臼されていく馬鹿馬鹿しさが持ち味だが、それを究極的に煎じ詰めるとああなるのか、と感動すら覚える完成度だった。もはやツッコミに言葉は必要なく、「ダメ〜」で終えて次のターンへと移る。展開に意味などなく、いかにして最も気持ちいい音楽を最も気持ち悪いヴィジュアルとともに実現させるかの探究だけが進められる。トム・ブラウンの漫才のひとつの完成形をみた。
 もう1組はスタミナパンである。このネタにあまり解説は要らないだろう。「ほーんとにウンチしてまーす」があまりに馬鹿馬鹿しくて、あのネタを見てから1週間以上経つ今もふとした拍子に呟いてしまうほどだ。「本当に」って何だよ。元々がわからないのに嘘とかないだろ。っていうかウンチするなよ。したとしてもそんなににこやかに言うなよ。時間が経てば経つほどそういう疑問が無限に湧いてきて、そこまでのツッコミの余地を短い印象的な一文に凝縮したアイデア勝ちのネタだった。

俺ならできるし、ここまでやってきてる

 今年は激動の一年であった。同じ年の初めには帯広の銀世界にいて、競馬場の前のでっかい病院のICUに正月から出勤していたかと思うと信じられない。隔世の感がある。私は今、奈良の地にいて、呼吸器内科医をやっている。ひたすら呼吸器のことを考えていればいいのは楽だしやり甲斐があるけど、研修医だと責任がないからと言って逃げ出せていた場面もぜんぶ今は両肩にのしかかってくる。奈良は盆地で寒いが、氷点下の肌が切れるようなそれとはたぶん違う。たぶんって言うのはもう身体は思い出せなくなっているから。記憶はあっても身体はすぐに順応してずっとここにいたみたいな顔をしている。たまに青くて高くて澄んだ空になることがあって、晴れ晴れとした景色に心が弾んでくるのだけが同じ。青い空が同じことが、それ以外がぜんぶ違うことを浮き彫りにすらしている。

 10月に帯広に戻って旧交を温めていたのだが、実はそのあと2週間くらい精神的にかなり沈んでしまっていた。その時間が楽しくなかったわけじゃない。むしろいる間は、やっぱりここは私のアナザースカイなんて思ったりしていた。けれど、結論、戻るのが早すぎたのだと思う。すべてを思い出にしてこんなときもあったねとしてしまうにはまだ自分は何者にもなれていないし成し遂げていない。帯広に戻れば自分の価値をわかってくれて誉めてくれて安心安全な世界が広がっていて、もちろんそういう場所がこの世にあるってだけでかけがえのないことなのだけれど、今はまだ自分のことを認めてくれるかわからない人たちに囲まれてヒリヒリしながら精進しないといけない時期だ。肌寒い帯広で生暖かいお湯に包まれたおかげで関西に戻ってきて湯冷めした。まじでそんな甘いことをしている場合じゃない。

 2023年にいちばん聞いたラッパーは間違いなくWatsonだろう。今流行りのUKドリルの聞き心地のいい跳ねるようなフロウに、日常生活の思いがけない固有名詞が急に出てきてユーモアがあるリリック。Watsonのばーちゃんのエビフライはサックサクなんだとか、どうでもいい情報が入ってきて親近感が湧くのに最後は超かっこいいライムで落とすからずるい。中毒性が半端じゃなかった。Watsonは異常な制作スピードでも知られている。どれだけスマッシュヒットを出せば気が済むんだというくらいに曲を発表し続け、クオリティを落とすどころか成長し続けて最後に1stアルバムのSoul Quakeで1年を締め括った。そのなかの”24/7”という曲の「俺をみたら時間ないーと言い訳では使えないーよ」は、そんな彼だからこそ吐ける、説得力しかないラインだ。間違いない、誰も言い訳できない。

 でも私もそんな気持ちでこの1年はやっていた。「俺をみたら時間ないーと言い訳では使えないーよ」。誰かと競争しているわけではないけど、呼吸器内科医として文句のつけようのない実力をつけたうえで、人類学という分野でこれだけできるんだぞということを証明したい。それはずっと思っている。自分との闘いだ。胸に刻んで歯を食いしばって目から血を出して頑張っている。頑張っているアピールとかではなくて、現に頑張っているからこう書いている。でもしんどいときもあって、自分がいかにチンケで何もできないかを痛いほど思い知らされる。何のためにここまで時間と身と精神を削ってやっているのかわからなくなる。鋭く自分に向いた内省に殺されそうになる。そういうときに自分を励ましてくれるのが表題の言葉だ。「俺ならできるしここまでやってきてる」。最近知った天竜川ナコンという一風変わったYouTuber・ラッパーの曲名だ。Watsonのラインがセルフ・ボースティング的に気持ちを大きくしてくれるのに対して、ナコンのそれは実存的苦しみを抱えながらそれでも胸張って生きていくためのものだ。絶望と自己否定を知っている人だけが吐ける、希望と自己肯定の言葉である。

 相変わらず日常でも仕事の合間でもTwitterをみている。ガザの虐殺に心が暗くなる。私の尊敬する人類学の先生が、ハマスがなぜ最初にイスラエルを攻撃したかをわかることこそが、解釈学的理解ですよと教えてくれた。私は解釈学的理解なるものをどこかで表層的な、綺麗事的な何かと思っている節があったことに気づいた。それはとんだ思い違いだった。目の前に起きている歴史的な出来事を紐解くのに必要なスキルであり態度なのだ。みんなそれをすっ飛ばすからすぐにわかった気になったりわかってもらえないと言って怒ったりする。先生の一言は、私の人類学への認識もそうだけど、世界に対する向き合い方も変えた。

 ガザで起こっていることについて腹を立ててイスラエルあるいはアメリカのやっていることを許せないと思うのだけれど、一方で私はぬくぬくと幸福な毎日を送っている。それは現実だ。何ができるかと自問することで何かが変わるわけではないけれども、少なくとも自問しないよりは責任感があるし何かしらの態度表明でもある。金子游の性加害「疑惑」だってそうだ。最近だと松本人志のそれも。ぜんぶにちゃんと怒ってそれを口に出して世界を一ミリでも動かさないといけない。欺瞞なんだけどまずやれることはそれだし、あとはサイトから署名したり募金したり現実的な行動も伴っていけばいい。残念ながら今の私に筆で世界を変える力はない。でもいつかその端緒を掴めるように準備をすることはできる。自分の半径数メートルの世界だけよければいいやなんていうフェイク野郎にはなるな。

f:id:SatzDachs:20231231065424j:image

2023年7月〜12月に読んだ本

 今年の秋口から息を吹き返してきて、わりと頑張って本を読んだ。

7月

2316 長谷川直樹 編『症例で学ぶ肺非結核性抗酸菌症』(医学書院、2020)

 NTMについて症例ベースに、ソリッドなエビデンスから具体的な臨床場面における選択を紹介している。めちゃくちゃおすすめ。

8月

2317 『現代思想 第51巻3号 ブルーノ・ラトゥール』(青土社、2023)

 ひとつひとつ論文が骨太で読み切るのに時間がかかった。かなりラトゥールをつかめてきた。

2318 奥野克巳 編『たぐい vol.3 ティム・インゴルドの世界』(亜紀書房、2021)

 晴天であれば晴れ晴れしく足取りも軽くなり、雨が降れば気は滅入るというように、「天候は感情の相補物であり、感情の一部になる」 (Lee and Ingold 2006:73)。

2319 滝澤始監修『呼吸器診療ANDS BOOK』(中外医学社、2019)

 すごい情報量。専攻医が欲しいくらいの情報がたくさん入っている。

2320 中井久夫『治療文化論』(岩波現代文庫、2001年)

 「[個人症候群・文化依存症候群・普遍症候群の]三つの症候群とそれにかかわる治療的アプローチと、それらを荷う人間的因子すなわち(広義の) 患者と(広義の)治療者をはじめとする関与者とこれらをすべて包含する一つの下位文化 (subculture) の存在」として「治療文化」(therapeutic subculture)を提唱するのが本書の根本的な論旨であるのだが、それ以上に著者の幅広い見識が可能にさせる微に入り細を穿つ記述が異常に読み応えがある。
 いま仕事の関係でその周辺に住む身としては、中山みきによる天理教誕生の瞬間を奈良盆地コスモロジーから読み解く記述が大変おもしろかった(中井久夫が天理出身とは知らなかった)。

 近世の大和平野は、民話、民謡、伝説、祝祭に乏しい。この地に旅した者は土産にも困り、地方独特の料理すらないことに落胆する。この場合古き神々は、浄土真宗地帯のごとく力ずくで追放されたのではなかろう。ここは、神々が見棄てた地、いわばエリオットの「荒地」である。/再生の契機こそ待たれていたのであった。もたらしたのはミキであった。ミキの作った宇宙は、実家に帰る身を憚る農家の嫁たちに向って「おまえたちの真の実家はここである、ここが万人の「実家」であり、すべての人類の御祖の生地であり、その意味で世界の中心である」と指し示した。これはほとんど挑戦的な宣言である。せめて三輪山畝傍山ならと人は思ったかもしれない。しかし、こここそ実は万人の実家の地「おやさと」でああなたは「おやさとやかた」で仮の実家であるあなたの生家よりもさらにくつろぐことができる。 なぜなら、 とミキは教える。ここは実に人類発祥の地であり、また世の終りに天から甘露が降る。そのために殿堂の中には天井の一部が天空にむかって開かれた場所があり、その場所そのものを拝むのである。ここを中心にして、「ようこそお帰り下さいました」と大書されたアーチをくぐり町に足を一歩踏み入れた途端、町が農家の嫁の帰郷の日をかたどった祝祭の仕掛けにいかに満ち満ちているかに驚く。それは実母が嫁の帰郷の日に周到に豊富に用意するものに何と近いことであろう。これらのすべてが、ミキが(宗教的)「創造の病い」をとおして、この祝祭性を喪失した地にもたらしたものである。(54-55ページ)

2321 木谷百花 編『旅するモヤモヤ相談室』(世界思想社、2023)

 「現代日本の悩み」という漠な問題意識や、「処方箋」でまとめられるところの素朴な相対主義的な危うさは、良くも悪くも「自分の知らない世界について話を聞きたい!」という好奇心に端を発したこの本ならではだと思う。それをさしおいてもこの企画を思いついてから書籍化まで実現した著者の行動力はすばらしい。

2322 小野寺拓也・田野大輔『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』(岩波ブックレット、2023)

 可読性の高さと専門性の高さが両立し、ナチスについての一般的に流布している俗説をソリッドなエビデンスに基づいて否定していくスタンスが素晴らしい。本書内でも言及があったが、田野大輔のTwitterをみていると本当に気分が悪くなる、世の中にはこんなにも人の話を聞かない人、本を読まずに語る人、自分の思い込みで語る人、自分の観測範囲内のことが正しいと信じて疑わない人がいるのだという……

2323 ティム・インゴルド『応答、しつづけよ。』(亜紀書房、2023)

 謝徳慶の章が自分の人生の主題とも関連していてとりわけ目を引いた。1年間部屋に篭って毎時間ごとにタイルカードを押すパフォーマンスをやることの切実さは少しわかる気がする。

 世界を描いたり、表現したりするのではなく、世界で起きていることに対して、私たちの知覚を開いて、世界に応じていくことを、インゴルドは「応答」と呼ぶ。「応答」とは、私たちが世界と切り結ぶべき関係のあり方である。インゴルドによれば、人類学は、「応答」によって、探求の技術になりうるのだ。(385ページ)

2324  Avril Danczakほか『不確実性をマッピングする』(カイ書林、2021)

 Inner consultationはここを言語化するかという爽快さがあったが、この本は(いくつか有用な概念を与えてはくれるものの)パキッとした聡明さは感じず、どこまで切れ味があるかわからない枠組みが並列されているようにみえた。「不確実性」(というテーマを据えることそのものが筋がいいのかどうかという問題もあるのだが)に対してこういう思考の枠組みを持ってくるということそのものが、「不確実性」への対峙の仕方としてあまりしっくりこなかった。

2325 日本アレルギー学会『アレルギー性気管支肺真菌症の診療の手引き』(医学書院、2019)

  必要充分な情報をざっとレビューできる。 

9月

2326 『現代思想 第49巻6号 「陰謀論」の時代』(青土社、2021)

 陰謀論について体系だった勉強をしたことがなかったので、知識の整理に大変に役立った。「陰謀論スピリチュアリティ」は医療者としてかなり身近な話であり、ヒッピー文化をはじめとして左派・リベラルと親和性が高かったスピリチュアリティが、アレックス・ジョンズやデイヴィッド・アイクなど右派と合流するという流れについては何となく今の日本でも実感があったことが書かれていておもしろかった。
 海妻径子「男性復権運動のサラ・コナーたち」の論考で書かれていた、映画マトリックスに登場する「レッド・ピル」がインセルの団体のひとつの名前にまでなっているという話は知らなかったので驚いた。

 「上記のニュー・アメリカの報告書の言葉を借りれば、「彼ら〔インセルと男性至上主義者たち〕は、社会的、経済的、そして性的に、男性は女性の(そしてフェミニストたちの)権力と欲望のなすがままになっているという「真実に」目覚めている」のである。そして、「「レッド・ピル」的な用語法は男性至上主義者のフォーラムで育ち、より広く極右や白人至上主義のグループによって採用され、反フェミニズムのような男性至上主義の立場としばしば重なるような、彼ら独自の目覚め、陰謀論的な世界観を説明するのに採用された」。

2327 山本信之 編『肺癌診療 虎の巻 WJOG 肺がんグループのプラクティス』(クリニコ出版、2020)

 肺癌診療をするうえでとりあえず必要な知識が一通り載っている。

2328 山﨑圭一『一度読んだら絶対に忘れない世界史の教科書』(SBクリエイティブ、2019)

 世界史よりもさらに苦手意識のあった日本史をざっと復習。特にこれから奈良・京都の寺社仏閣に行く際に恥ずかしくない知識を手に入れられたと思う。

2329 倉原優『「寄り道」呼吸器診療―呼吸器科医が悩む疑問とそのエビデンス』(シーニュ、2013)

 こちらも呼吸器内科専攻医が漠然と、しかもそれぞれの施設で「そんなもんなんだろうな」と上級医の手習でやっているようなことを絶妙についてくる本。10年前の本であるためすでに古いと感じる部分も少なくないが、まだまだ有益なページも多い。

2330 檜垣立哉・山崎五郎 編著『構造と自然 哲学と人類学の交錯』(勁草書房、2022)

 第3章 里見龍樹『メラネシアからの思考』は、「これまでのメラネシア民族誌、それどころか人類学一般を規定していた西洋的な「個人/社会」の二分法を問題化し、そうした二分法を逃れる独自のメラネシア的な「人格」 (person) の概念を提示した」ものとして広く理解されている『贈与とジェンダー』について、「自分たち自身を不断に驚かせる」をキーワードにその二面性を語っていたのが論旨が明確で勉強になった。男性たちが代表する「構造」に対し、女性たちの「行為」と「実践」が前景化されていたオートナーを乗り越える形でストラザーンを提示するのはわかるが、「かつての人類学」とストラザーンの断絶を強調し過ぎるとフェミニスト人類学としての流れを見失いかねない、と読書会で指摘があったのはおもしろかった。とはいえ、「単一の自然/複数の文化」としてのレヴィ=ストロース、その乗り越えとしての「構造から実践へ」が言われてきた人類学の主要なフィールドのひとつであるメラネシアのまさにその場所で、ショウガ女の事例をもとにそれを読み替えて転覆させるストラザーンは見事である。

 ——バイエラの事例においては、父母の間の異性的関係を内包した少年の両性具有的な人格が、ショウガ女との関係において、自らを「婚姻し生殖することができる男性」として単数化する。そのように、本来複合的で関係論的な人格が、他者との双対的な関係において自らを単数的な行為主体に変換することで、はじめて社会的行為が可能となるのである(関係論的人格がそのままで行為するのではないこと、さらに言えば、関係論的人格論のみではメラネシアにおける社会的行為を記述できないことに注意されたい)。そして注目すべきことに、そのような双対的関係は、まさしくパイエラの事例がそうであるように、夫婦関係をはじめとする個別的で家内的な関係を範型とするとされる。すなわちストラザーンによれば、家内的関係においてこそ社会的行為は可能となるのである。このことは、先に見たようにかつてのメラネシア人類学やフェミニスト人類学が家内的領域に社会性や行為主体性を認めていなかったのとは対照的である。

 第6章 久保明教『構造とネットワーク』は、レヴィ=ストロースの「構造」概念とラトゥールのANTのそれぞれのまとめとして読みやすかったが、そこを並置して類似を指摘する読みにはあまりピンとこなかった。しかし「怒れる警官」の思考実験はおもしろかった。「アクターをフォローせよ」という標語ゆえに、「その結果、彼が生みだす分析語彙もまた、比喩表現や多義的な象徴表現の理解には適さないものになり、それらが特に効果を発揮する諸関係の折り重ねは捨象されやすくなる」というのは鋭い指摘だ。まさに私が呼吸器内科の語彙で話している。
 第9章 近藤和敬 『デュルケムはパンドラの箱を開けたか』は、デュルケムは、私たちの中には二つの意識が存在するとしていたと論じる。「私たち個人を特徴づける状態」と「社会全体に共通する状態」とであり、重要なのは「これら異なる意識タイプが、全体としてひとつの意識として混然一体としている」ことなのだが、デュルケム自身はその論点を明示的に意識できていたわけではないのがおもしろいところ。
 「デュルケムは「~してはならない」という命法からなる刑法の起源を宗教的タブーに見出し、宗教的タブーについて社会状態を可能にする原初的メカニズムであると論じてい」て、「刑法の起源としての宗教的タブーの侵犯は、社会状態ないし集合的なものの消失を印づける最小条件だと理解」していたが、ではなぜ「守るべきものがないところでいかにしてひとは「違反」をなすことができるのか」という問いには彼は答えることができていない(パンドラの箱を開けるに至らなかった)。

2331 日本呼吸器学会『過敏性肺炎診療指針2022』(克誠堂、2022)

 最近ガイドラインにざっと目を通すことを意識している。日々の耳学問的に学んだことがエビデンスとともに書いてあったりしておもしろい。

2332 学会合同RA関連LPDワーキンググループ『関節リウマチ関連リンパ増殖性疾患の診断と管理の手引き』(羊土社、2022)

 MTX-LPDを経験したのでこのガイドラインもざっと読んだ。リンパ腫総論のような内容も含みつつ、自然経過やMTX中止後のフォローの仕方の記述も丁寧でわかりやすい。購入して良かった。

10月

2333 呼吸器内科学会『難治性喘息診断と治療の手引き』(メディカルビュー社、2023)

 喘息における生物学的製剤の使用について、それなりに踏み込んだ記載があって理解が深まった。それが同時に病態の理解に接続している感じもある。

2334 千葉雅也『動きすぎてはいけない』(河出書房、2017)

 率直に言うとついていけなくて読み飛ばしたところも多々あるが、ざっとは目を通した。間違いなくいくつかインスピレーションを受ける部分はあって、今後のためにメモとして残しておく。

オーバードーズの回避とは、生成変化を次に展開させるために、接続過剰を控え、切断を行使することだ―非意味的に、或るいい加減で。リゾーム的な接続は、どこかで切断され、有限化されなければ、私たちは、かえって巨大なパラノイアのなかに閉じこめられる。あらゆる事物が関係しているという妄想である。
・分析=分離されうる関係束、それに対応する個体は、別のしかたでの関係束=それに対応する個体に〈組み変わり〉を起こしうる これが、生成変化の原理である。
ベルクソン主義では、実在はそもそも連続的である。だとすれば、ベルクソンの縮約論は、私の「意識の形式主義」に依存する事物の分離状態が、様々なシーケンスを部分的に形成して、本来的な連続性へと還っていく途上を意味するだろう――すなわち、世界は巨大なひとつの交響曲なのであり、今このカフェで鳴っているBGMを、バラバラの音ではなくメロディとして聴くという経験は、その他すべての事物を含めての実在の巨大なメロディへの途上のエピソードであるということだ。
・他方で、ヒューム側に寄せて考えるならば、習慣の概念にあくまでも懐疑を付きまとわせることが重要になる。 メロディは、 習慣化されているにすぎないのであり、それは、いつどのようにバラバラになってもおかしくないのである。
・機能的なまとまりと、非機能的なまとまり=集積という区別は、相対的でしかない。後者は、一見したところ非機能的なのであって、「エッフェル塔の頂点から一メートルと、浜崎あゆみの右眉と、三人の忍者の影」 にしても、それらの機能性は発明されるべきことなのである。当然視されている有機的な身体をいった ん脱機能化し、身体を別のしかたで仕切りなおす=切断し再接続することで、新しい身ぶりを発明するのである。
・こうした実践的指針は、存在論的指針でもある。イロニー的潜在性への「くそまじめ」な動きすぎは、逆超越的な彼岸の措定になりかねないために、途中で折り返して、ユーモア的個体化へと、シャープに個々の具体性へと降りていかなければならない。このこと〈個体化の要請〉と呼ぼう。これこそが、ドゥルーズ哲学それ自体のエコノミー、節約的な構造である。イロニーの節約、動きすぎないこと。

2335 日本呼吸器学会ほか『間質性肺炎合併肺癌に関するステートメント』(南江堂、2017)

 あまり症例が豊富にあるような分野でなくエビデンスが少ないためしょうがないかもしれないが、そらそうやな以上の話が出てこなかった。そんなもんであるということをわかる意味があったという言い方はできる。

2336 青松輝『4』(ナナロク社、2023)

satzdachs.hatenablog.com

2337 日本呼吸器学会『α1-トリプシン欠乏症 診療の手引き2021』(ユニバース印刷、2021)

 若年のびまん性嚢胞をみたら想起する。

2338 長谷川直樹ほか編『気管支拡張症Up to Date』(南江堂、2022)

 煩雑な疾患概念をスッキリ学ぶことができる。

2339 大山海『奈良へ』(torch comics、2021)

 小山陸が作者の写し鏡だと思っていたら、そう思える登場人物が複数出てきて戸惑っていたが、町田康の解説で腑に落ちた。「作者の魂が別の人物を渡っていくことによって、人それぞれ個別的な悲しみを普遍的なものとして描くという稀有な効果」があるのだと。フィクションの世界において突如として始まる「メジャー雑誌」のファンタジーにおいても、現実世界の力関係の構図が反復される描写が何とも痛ましく、リアルである。しかしラストでハイン=小山陸=作者(大山海)に示されるのは希望だ。

2340 東浩紀『訂正可能性の哲学』(ゲンロン叢書、2023)

 まず、「訂正可能性」という概念が、「この哲学者についての専門家ではないけれども敢えて大ざっばに言及している」「本当は厳密ではないことを知っているが敢えてこう書いている」というこの書籍の態度(哲学書の新しい書き方の提示)、ひいては『郵便論的、存在論的』で華々しくデビューして以降のアカデミアとの距離、という著者自身の姿勢を貫くものとしても読めることが窺えるのが興味深かった。言ってみればクソリプ対策みたいな文章が(エクスキューズとはまた違ったそれとして機能していて)おもしろい。

11月

2341 アネマリー・モル『多としての身体』(水声社、2016)(再々読)

satzdachs.hatenablog.com

 

2342 倉田宝保 編『肺がん化学療法 副作用マネジメント プロのコツ』(メジカルビュー社、2019)

 肺癌の化学療法で困ったらこれに頼る。文献も豊富でお得。

2343 倉田宝保ほか 編『肺癌薬物療法レジメン  Expert’s Choice 肺癌薬物療法レジメン』(メジカルビュー社、2022)

 いくつか発見はあったものの、肺癌薬物療法に関する臨床試験の論文にざっと目を通し終わった今となっては、そこまで有益な情報がある感じではなかった。コラムはちょこちょこ面白かった。

2344 日本呼吸器学会『NPPV非侵襲的陽圧換気療法 改訂第2版』(2015)

 実地で学んだことが書いているという印象で、さらにそれより深掘りした、痒いところに手が届くという感じではなかった。

2345 日本呼吸器学会 『炎症性疾患に対する生物学的製剤と呼吸器疾患 診療の手引き 改訂第2版』(2019)

 ガイドラインではあるが、かなり詳細な言及も多く、今後も参照にするだろうと思わされる良い本だった。正直前半は読み飛ばし気味だが、生物学的製剤のリストとしてコンパクトかつ有用。生物学的製剤の使用下における結核やNTMなど、まだ経験はないが今後困ることは確実にあるだろう症例を先取りして勉強できた。

12月

2346 古田徹也『謝罪論』(柏書房、2023)

 分析哲学的なアプローチで謝罪について考える。医師として「謝罪する」ことの難しさに感じた経験があったばかりだったので、最終章は新鮮に読んだ。ただ「日本文化」-「英米文化圏」のような大雑把な「文化」論には少し食傷気味になったのと、丁寧に議論した先の「実践のヒント」が示唆に富むものと言えるほどのものでなかったのが、残念だった。

2347 D.サドナウ『鍵盤を駆ける手―社会学者による現象学的ジャズ・ピアノ入門』(新曜社、1993)

 ジャズ・ピアノにおける即興演奏(パフォーマンス)を身につけていく過程を、現象学的反省に基づいて記述した、エスノメソドロジー研究。本書末尾にある解説のような「サドナウは即興を続けることに執心していて、その結果として出来上がった旋律には関心がない」みたいな批判の仕方は、私が音楽という分野において浅学のためできない。だがどのように鍵盤の上で手を動かしていくのかを徹底的に内省し、それを言語化していく書き振りは、自分の研究テーマと通じることが多く、今後参照することもあるだろうと思った。

2348 山本圭『現代民主主義』(中公新書、2021)

 今日の暗澹たる政治的状況を考えると、ハーバマスの熟議民主主義はいささかoptimisticにみえ、ムフの闘技民主主義のほうが求められているように思える。この本全体が民主主義の歴史を政治的な意味合いから解説しているのは言うまではないが、「話し合って何かを決めるとはどういうことか」という問いをもって読むこともできて、自分のMDDの議論と接続できる可能性も考えていきたい。
 あるいは、連帯する/つながるとはどういうことか。「ラディカル・デモクラシーという新しい左派のプログラムが導かれる。それは、新しい社会運動―たとえば環境運動、ゲイ・レズビアンの運動など—として、社会空間のいたるところに現れた不満や要求(これは「敵対性」と呼ばれる)を節合し、新自由主義新保守主義への対抗ヘゲモニーを構築する」。ムフ的なラディカル・デモクラシーと、ハラウェイ的なサイボーグ的連帯と絡めるのも面白そう。最近で言うと東浩紀の『訂正可能性の哲学』もそういう本だ。

人民とは、何か所与の利害関係を共有するグループや、国民や民族のような強い同一性によって規定された集団ではなく、むしろヘゲモニーによる政治的実践を通じて構築された集合的アイデンティティ(「私たち」というアイデンティティ)を指している。したがって、 それは厳密に政治的プロジェクトの産物であり、そのかぎりでいかなる本質主義的な構成単位とも無縁な政治的アイデンティティである。

しかし『ポピュリズムの理性』では、新しい議論も導入されている。等価性の連鎖を拡張していくためには、等価性の鎖全体を象徴するものが必要になる。 それが「空虚なシニフィアン」である。これは、それ自体としてはいかなる具体的内容も持たない形式、特定の内容を喪失したシニフィアンのことである。たとえば正義、自由、平和といった言葉は、それが様々な場面で使用されることで、特定の意味内容を喪失している。おそらく複数の人に「正義とは何か?」「自由とは何か?」と尋ねても、それぞれ違った回答が返ってくるだろう。通常こうした言葉は、特定の意味内容をもたない記号として流通している。にもかかわらず、「正義や自由は大事である」ことに同意できるはずだ。

 

『ブルーノ・ラトゥールの取説』レジュメ、および呼吸器内科医的ラトゥール論

(0) はじめに

 本稿はまず第一に、久保明教『ブルーノ・ラトゥールの取説』(月曜社、2019)の内容の要約である。私がこの本におけるラトゥール論を整理すべく、自分のために文章をまとめたものであり、(1)〜(5)は基本的に断りがなければ久保の文章のそのままコピー、あるいはその恣意的な抜粋、並び替えである。ただそれだけでは余りにも本稿をブログ記事として世に出す意義に欠けるので、(6)~(8)という3章が後に続いている。
 「(6) 呼吸器内科医的ラトゥール論」は、ラトゥールのタームを用いて呼吸器内科医としての医療実践を描くとしたらどのようになるのか、その試論となっている。(7)(8)は補遺という形で、ラトゥールから自然文化混淆体、存在論的転回というそれぞれ昨今の学問の潮流的に重要な概念(後者のほうが明らかに巨大だが)へと、どのように議論が広がり得るかをそれぞれ覗き見している。

 (1) 非還元の原理

 アクターネットワーク論(Actor-Network-Theory:ANT)とは何か。その詳細をみる前に、ラトゥールのは研究の核となる「非還元の原理」を先取りしてみてみよう。それは、「いかなるものも、それ自体において、何か他のものに還元可能であることも還元不可能であることもない」というテーゼとして宣言される。その批判の対象となるのは、「技術決定論」と「社会構成主義」という、ふたつの還元主義である。まずはそれぞれの特徴をみていこう。

技術決定論

 科学者は自然現象に関する客観的な知識を生み出し、工学者は科学的知識に基づいて有用と思われる技術を開発する。知識や技術は社会に大きな影響を与えるが、何が本当に社会にとって有用なのかは、社会的な合意形成や文化的な意味づけを通して決定される。
    そして人文社会科学が中心的に扱うべきなのは、「テクノロジーが社会にいかなる影響を与えるか」という、合意形成や意味づけに関わる人々の実践や対立や調停のプロセスである。
    例えば、20世紀において自転車の普及が社会に与えた影響は、社会的/文化的な意味に即した諸概念(「工場労働」、「産業社会」、「階級」、「モビリティ、「男性性」など)によって把握されることで、社会や文化や人間の問題へと変換される。文系的語彙に変換される以前の要素、例えば自動車の駆動系のメカニズムは人文社会科学の対象とはされず、それを専門とする工学者や技術者に委ねられる。
   このような、文系/理系の区別と役割分担を支えてきたのは、「科学的な知識と技術は社会の外部にある自然の物理的な事実に根ざしたものであり、それらの社会への影響は社会内部の論理によって支えられる」という前提である。ここには、科学的な知識や技術の妥当性は「自然」に還元され、人々にとってのそれらの意義や影響は「社会」に還元されるという二つの還元主義的発想の連携がある。

社会構成主義

 テクノロジーは「社会の外部」からやってくるのではなく、人間の集合的な営みである以上、科学的知識や工学的探究もまた社会的な活動であり、社会科学的方法によって分析できるはずだ。こうした発想に基づいて進展してきたのが科学(技術)社会学である。
   1930年代は、マルクス主義科学史家J・D・ボナールの『科学の社会的機態』や理論社会学者R・K・マートンの『17世紀イギリスの科学・技術・社会』などによって、科学者の実践が社会とのいかなる関係において制度化されてきたのかが探究された。1950年代からはマートンを中心とするコロンビア学派において、科学者の組織形態、ピュアレビュー(査読)や引用などの相互評価や報酬体系の分析、知識生産の多寡をめぐる階層形成などが分析された。つまりそれらは、科学者による知識算出を支える制度が社会的に形成されていることに注目したものの、その知識の内実やその妥当性自体は社会的なプロセスの外部に置かれていた。
   1960年代に入ると、科学史を通じて知識の生産や蓄積を規定する「パラダイム」が変化してきたことを指摘し、異なるパラダイムに規定された理論体系が互いに共約不可能な特性を持つことを問題化したトマス・クーンの『科学革命の構造』が出版された。クーンの議論は、論理実証主義を通して精緻化されてきた「科学とは観察と実験に基づく帰納的なプロセスの蓄積によって連続的に発展していくものだ」という発想を揺るがし、「科学的知識の妥当性もまた、時代や地域によって変化するのではないか」という相対主義的発想を広める土台となった。

 こうした状況を経て、1970年代に、制度としての化学ではなく、科学的知識そのものを社会学的な分析対象とする「科学知識の社会学」(Sociology of Scientific Knowledge:SSK)が生まれた(マートン学派の「科学の社会学」(Sociology of Science)とは区別される)。その中心人物の一人デイヴィッド・ブルアは、SSKの分析指針として「ストロング・プログラム」を提唱した。まず、知識を生み出す原因となる諸条件が調べられなければならず(因果性)、原因の精査は、非合理的な誤りとされた信念だけでなく合理的で正しいとされた信念にも行われるべきであり(不偏性)、両者は同じ型の原因によって説明されることになり(対称性)、この説明パターンは社会学自体にも適用できなければならない(反射性)。ストロング・プログラムの要点は、科学的知識の自律性を否定し、ある知識が真/偽とされる原因を広く科学的実践の内外において探究することにある。
    『数学の社会学』においてブルアは、古代からの数学史の分析を通じて、科学的な理論や概念が時代や地域によって異なる社会的な規約(取り決め)の産物として捉えられることを示そうとした。例えば「0+1=1」のような数式は普遍的に正しいと私たちは思っているが、「0」や「1」が加算の対象となる数であることを認められな時代や地域において、この式は端的な誤りである。実際、ブルアによればギリシア初期の数学において1は数の出発点となる尺度であり、尺度によって計られる数ではなかった。特定の知識が妥当になるのは、時代や地域によって異なる取り決めの内側においてでしかない。

 SSKが科学社会学において主導的な地位を占めるようになった1980年代初頭、トレーヴァー・ピンチとヴィーベ・バイカーが共著論文「事実と人工物の社会的構成」において、その方法論を技術の分野に適用することを試みた。ピンチとバイカーは、ブルアのストロング・プログラムを、「あらゆる知識は社会的に構成される」ものであり「知識に関する主張が形成され、受け入れられ、拒否されることの説明は自然界ではなく社会的世界の領域に求められるべきである」とする社会構成主義/社会構築主義的見解(Social Constructivist View)としてまとめた。彼らは、この見解を技術論に適用することで、「テクノロジーの社会的構成」(Social construction of technology:SCOT)と呼ばれる方法論を作り上げていった。
   具体的な分析対象となったのは、自転車の技術史である。それまで自転車史は、「ボーンシェイカー」(ペダルが前輪に固定されている)→「オーディナリー」(前輪を巨大化し後輪を小さくすることで速度が増した)→「セーフティ」(サドルの位置を下げて安全性を増し、ペダルを中央に移して後輪をチェーンで固定する)という、利便性という均質の基準でより優れた技術になっていく進歩の図式で捉えられていた。しかしピンチとバイカーによれば、1880年代当時の状況においてオーディナリーからセーフティへの移行は必然的でも単線的でもなかった。自転車に乗ることをスポーツ的に捉えていた若い男性はオーディナリーを高く評価していた一方で、当時長いドレスを着ていた女性にとっては不便なものであり、より安全なセーフティのほうが許容されていた。それらの「解釈の柔軟性」を反映して、「セーフティ・オーディナリーズ」という様々な変種が当時発売された。このように自転車という人工物には異なる社会集団が関係しており、それぞれの集団は異なる仕方で柔軟に解釈し、それぞれの問題を解決しうる様々な技術的手段が試みられたのだ。
   ブルアの主張を穏当に表現すれば、「科学的知識が生み出され妥当とされていく過程には様々な原因が関わっており、その中には社会的な要素も含まれる」というものになる。しかし、ブルアの記述はしばしば「科学的知識が立とうとされる最終的な原因は社会的なものだ」という主張に横滑りする。これは、科学的知識全般を「社会的」な取り決めに還元する態度であろう。

相互排他的対立を超えて

 科学的な知識や技術の自律性を重視する人々は、社会構成主義を、理性的思考によって自然の事実を探究する科学者の営為を社会集団間の力学に還元するものだとして批判する。一方の社会学者は、自律説的発想を、集合的で社会的な理性の働きによって保証されるべき知識の妥当性を自然の純粋な結合の力に還元するものだとして批判する。両者はいずれも、自らが依拠する「自然」や「社会」への還元を理性的なものとみなし、もう一方への還元を暴力的なものとみなしている。
 非還元の原理は、こうした相互排他的対立を解除するために導入されている。知識や技術の妥当性は所与の「自然」や「社会」に還元できない。それらを支える諸要素は互いに結びついており、諸要素がおりなす関係の動態を通じて、知識や技術を還元できるような「自然」や「社会」のあり方が暫定的に生みだされる(=「還元不可能であることもない」)。
 「自然」の事実を「社会」に還元しえたかのようにみえたSSKやSCOTの議論は、ラトゥールにとって、科学と技術だけでなく諸現象を「社会的なもの」に還元して理解する社会科学全般の隘路を意味するものだったのであった。

(2) カロンによるアクターネットワーク論

 さて、本章からは「非還元の原理」を念頭に、アクターネットワーク論(以下、ANT)の内実に迫っていこう。実は、ANTの発想それ自体はラトゥール独自のものではなく、ミッシェル・カロンによって提唱されたものであることをまず理解しなければならない。 

「社会的なもの」についての問題

 科学的知識を対象とするピンチとバイカーの分析には、「社会的要素」に含めていいのかよくわからないものが登場している。例えば、振動問題の解決策として導入されたゴムタイヤは、やがて安全と速度への要求を同時に満たすものとして対立する社会集団のいずれにも歓迎された。ピンチとバイカーは、「ゴムタイヤの意味は、いかにして可能な限り早く走れるかという全く異なる解決を構成するものとして翻訳された」と記している。だが、ゴムタイヤが「振動低減」だけでなく「高速化」という意味を持ったのは、関連する社会集団がそう解釈したからだろうか? まずゴムタイヤ付き自転車で早く走れるという状況がなければ、そのような解釈など生じ得ないのではないか? 
  問題は省略された「翻訳」(Translation)の主語は何か、である。SCOTの論旨を一貫させるのであれば、それは社会的な何かでなければならない。だが、あらかじめ高速走行を可能にするものとしてゴムタイヤを解釈する人々がいたことの文献的証拠は提示されていない。ピンチとバイカーの記述において、「集団による解釈」→「問題-解決図式」→「技術的実装」という経路を想定できるのは振動低減機能だけである。むしろ、問題-解決図式を変容させたのは特定の質性を持ったゴムタイヤであり、ゴムタイヤと自転車を構成する他の部品との相互作用であり、それらの新たな機能システムと自転車乗りたちの結びつきであるとは考えないのだろうか。

ANTとは何か

 そのような観点から、技術の構成には人間以外の存在者もまた関わっているということを指摘したのが、カロンの「社会が作られるとき:社会学的分析ツールとしての技術研究」だ。この論文で分析されるのは、フランスにおける電気自動車導入の試みである。
 1970年代初頭、フランス電力公社のエンジニア・グループが電気自動車「VFL」の導入を計画した。ガソリン車が公害や騒音の元凶とされていた当時、彼らはポスト工業化社会の消費者のための自動車と銘打ってVFLを提唱した。最初の数年、開発は順調に進められた。駆動モーターと蓄電池の開発はCGEという企業が担当し、自動車の本体の作成にはルノー社が協力し、政府の各省庁からの補助金も期待された。当時盛んだった社会運動もポスト工業化社会への動きとしてVFLに賛同した。しかし、三年後、VFLの燃料電池のために新しく開発された触媒が使用の過程で汚染を受けやすいものであることが判明し、CGE社の研究者が有望であると主張していた亜鉛空気蓄電池は大規模な充電ステーションの設置を必要とする不完全な技術であることがルノー社によって指摘された。ルノーのエンジニアは、環境汚染は公共交通の整備で解決すると主張し、実際にガソリン自動車の燃費を改善することで汚染を減らせることを証明した。やがてガソリン自動車反対運動も失速し、数ヶ月のうちにVFL計画は現実離れしたフィクションとなってしまった。
 まずカロンが注目するのは、エンジニアたちの実践が、著しく異なる特徴や背景をもつ諸要素(モーター、電池、省庁、民間企業、社会運動、消費者など)と結びついていることである。新たな技術が成功するかどうかは、そうした異種混交的な要素間の連関(association)がどれほど堅固で持続的になるかにかかっている。技術的人工物はそれ単体で便利だったり不便であったりすることはなく、他の諸要素といかに結びつくかによって全く異なる働きをなす。いずれの人工物も他の人工物との連関を絶たれれば、無用の長物と化す。さらに重要なことに、人間もまた連関の一部をなしており、それゆえに連関を俯瞰できない。
 こうした連関を分析するために、カロンは自らが80年代初頭に科学論の分野で提唱したANTを導入する。既存の社会学的前提に反して、アクター(行為者、Actor)は人間に限定されない。差異を生みだすことによって他の事物の状態に変化を与えうるものはすべてアクターであり、それらは相互に独立したものでもない。各アクターの形態や性質は他のアクターとの関係の効果として生みだされる。 アクターの働きによって異種混交的なネットワークが生みだされ、アクターはネットワークの働きによって定義され変化させられる。このため、「アクターネットワーク」とは、アクターであると同時にネットワークでもある。したがって、円形の項とそれをつなぐ線分で描かれるような一般的なネットワークモデルではアクターネットワークは捉えられない。円が線に、線が円になる。原理的に不安定な動態の内部に自らの視点を位置づけることを、アクターネットワークという概念は要求する。

 「翻訳」とは、あるアクターを起点にして種々のアクターが結びつけられ共に変化していく過程である。VFLの例では、まずフランス電力公社のエンジニアたちを起点にして、種々のアクターが結びつけられていく。CGE社は電気自動車のモーターと電池を開発するものへと、ルノー社は車体を製作するものへ、各省庁は開発を支援するものへ、社会運動家や消費者はポスト産業化社会実現のために電気自動車を歓迎するものへと変化していく。当然そこには人間以外のアクターも関わっており、計画が頓挫しはじめる時期には触媒や蓄電池を起点として種々のアクターが変化していく。触媒の汚染を通じて燃料電池は信頼性を失い、充電ステーションを必要とする蓄電池との関係を通じて電気自動車は実現困難な技術に変わる。 ネットワークの変容は、ルノーのエンジニアを起点とする変化に引き継がれ、ポスト産業化社会の実現を望む人々はガソリン自動車に反対するのではなく、公共交通の整備とガソリン自動車の燃費低減を歓迎する人々へと変化していく。
    カロンの議論をピンチとバイカーの分析事例に適用すれば、自転車という技術の安定は、ゴムタイヤを起点として種々のアクターが変化した過程として把握されるだろう。他のアクターとの関係を通じてゴムタイヤは高速化という新たな性質を持つようになり、当初はその奇妙な外観を笑っていた若い男性たちも、ゴムタイヤ自転車を悪くないと感じてしまう者へと変化していく。 人々が解釈を通じて技術を一方的に変化させるのではなく、技術との関わりにおいて人々もまた変化する。

「アクターを追い/倣え」

 カロンの議論において重要なのは、VFLの事例におけるエンジニアたちがある種の社会学者(Engineer-Sociologist)として捉えられていることである。フランス電力公社やルノーのエンジニアたちは、異種混交的な要素間の連関の一部であると同時に、それらをいかに組み替えていくかをめぐる論争に携わっている。革新的な技術に携わるとき、エンジニアたちは社会に関する理論を作りあげ、それらの理論をめぐる論争に加わる必要に迫られる。 社会学者は自前の分析ツールを用いて社会について学ぶ代わりに、エンジニア=社会学者の活動を追い、彼らが社会をいかに解釈し分析したのか、その分析が技術的装置を通じていかに受容され拒否されたかを調べることで社会について学ぶことができるとカロンは論じる。
 ここにおいて、「社会」とはもはや、人間を中心とする通常の意味での社会関係ではない。それは、「アクターネットワーク」と呼ばれる異種混交的な連関そのものであり、既存の用法において別種の領域とされてきた「社会」も「テクノロジー」もそこから生じるものに他ならない。
 そしてこのような意味での「社会」は、研究者もまたその内側に生きている。だから研究者にできることは、自らもアクターとしてそこに連なりながら、連関を組み替えていこうとするアクターの動きを追い、そこから学ぶことしかない。より正確には、研究者が実際にやってきたことはそのような内在的な運動に他ならない。「アクターを追い/倣え」(Follow the Actor)というANTの有名な指針は、何か新奇な手法を提案するものではなく、文理を問わず研究全般がそのような営為であることを肯定し、学問的な知の前提とする宣言として捉えうる。

 (3) ラトゥールによるアクターネットワーク論

 カロンの論文は、科学・技術という具体的な対象に適合した分析モデルとしてANTを提示していた。それに対してラトゥールは、哲学的な概念構築に基づく「非還元論考」を打ち出し、私たちが生きるこの世界そのものが「原理的に還元不可能な諸要素の原理的に制限のない結びつき」であるという世界の存在論的水準に踏みこんだ議論を提示する。ラトゥールにおけるANTとはどのようなものなのか、その具体的な中身をみていこう。

仲介と媒介

  科学技術論の文脈においてANTは、技術が社会的に構成されるという側面だけでなく、社会が技術によって構成される側面にも目を向ける、ある種の折衷主義として評価されることがある。しかしこうしたANT理解では、「技術」や「社会」という領域は自明のものとして温存されてしまっている。両者への還元を回避する発想が、 両者への還元を折衷的に利用する方法論へとすり替えられているのだ。
 ラトゥールのANTの真髄である非還元的発想を理解するうえで、有名な「市民」と「銃」の例がある。市民(人間)と銃(非人間)という二つのアクターが結びつくとき、両者が合成されて新たなアクター「市民+銃」が現れる。この第三のアクターの働きが、第一のアクター(市民)に内在する意図(目的①)に完全に従うと考えると、「善良な市民は銃を持っていても発砲などしない」という道具説(社会構成主義)的な説明になる。一方、銃という第二のエージェントに内在する殺傷という機能(目的②)に完全に従うと考えると、「善良な市民でも銃を持てば殺人を犯しかねない」という自律説(技術決定論的な説明)になる。いずれの場合も、一方のアクターは他方のアクターが所与の目的をそのまま助けるものにすぎない。それらは、入力に対して一義的に出力を返す仲介項(Intermediary)として把握されている。つまり「仲介項」は、「意味や力をなんら変形することなくそのまま移送する(transport)」ものであり、「インプットが決まりさえすれば、そのアウトプットが決まる」ようなものである。*1
 だが、より一般的には第三の可能性が実現される。二つのアクターが互いに互いの行為を変容させる媒介項(Mediation)として働くとき、それぞれが元々持っていた目的が変化する。媒介項への入力に対する出力は前もって規定できず、媒介項との関わりは自らを予想できない仕方で変容させるのである。ここでは「変換」(transformation) が生じる。

 この入門書で必要となる専門用語はごくわずかであるが、そのうちの二つをもちいれば、社会的なものを産出する手段を中間項としてとらえるのか、媒介子としてとらえるのかによって非常におおきな違いが生じる〔・・・〕 中間項は、私の用語では、意味や力をそのまま移送するものである〔・・・〕実際のところ中間項は、ブラックボックスとしてとらえられるだけでなく〔・・・〕ひとつのものとしてあつかわれる。他方で媒介子は、まったくひとつのものとみなすことはできない 〔・・・〕媒介子は自らが運ぶとされる意味や要素を変換し、翻訳し、ねじり、手なおしする。*2

 「媒介項」には、人間、人工物、動植物、抽象概念に至るまで、何でも含まれる。 例えば、相手を殺すつもりで銃を手にした人(アクター1)であっても、手にした銃(アクター2)の重さに我にかえって、殺人をやめるかもしれないし、銃で脅して相手を屈服させようとするかもしれないし、銃で人を殺そうと考えた自分に嫌気がさして自殺してしまうかもしれない。こうして、あらかじめ想定される目的とは異なった新しい目的③(殺人の中止、脅迫、自殺など)が生みだされる。目的の変容は、市民や銃を起点にして様々なアクターが巻きこまれながら変化していく翻訳のプロセスの効果であり、それは各アクターに前もって想定される行為の方向性に従うとは限らないのである。
 「仲介」と「媒介」の概念について理解したところで強調しておきたいのは、ラトゥールのANTにおいて重要なのは、単に異質な二者が結びつく(ハイブリッド)ということではない、ということである。むしろ、それが起点となって他の様々なアクターが巻き込まれること(翻訳)が重要なのだ。「市民+銃」は害獣を射殺する猟師になるかもしれないし、徴兵されて異国の戦場に赴くかもしれないし、銃規制運動のリーダーになるかもしれない。その意味で人間は、銃の使用に対して外在的な位置を保つことはできず、「人間+銃+…」の一部であり、アクターネットワークに内蔵している。

 本節の議論をまとめよう。技術決定論と社会構成主義は、 諸要素間の関係を主に仲介として捉えることで「技術」や「社会」への還元を行う。一方ラトゥールの ANTはそれらの関係を主に媒介として捉えることで、還元主義を回避する。それは断じて、両者の中間に位置する折衷案ではない。

ブラックボックス

 ここで注意しておきたいのは、「媒介」や「翻訳」といった概念は、還元主義的発想を単に批判するためではなく、非還元主義によって還元主義を包摂するために導入されているということである。一般的な仲介項の働きが例外的な媒介項の働きによって相対化されるのではなく、むしろ、一般的な媒介項の働きによって例外的な仲介項の表れが説明される。
 入力に対する出力を予想できない媒介項によって特徴づけられるアクターネットワークは、原理的に不安定なものである。しかし各アクターの行為を通じてネットワークが相対的に安定し、一定の持続性を持つようになると、アクターネットワークは暫定的ではあれ確固たる世界の有様を生みだす。
 媒介と翻訳の過程を通じて種々のアクターが緊密に結びつけられ、各アクターが共に向かえるような新たな目的が構成され、特定のアクターが他のアクターが行動する際の必須の通過点(Obligatory Passage Point)となり、アクター間の隊列が整えられるようになる。この段階までくると、諸アクターの関係性の全体が一つのアクターとして他のアクターと関係を結ぶことが可能になり、内部の諸アクターの働きは他のアクターに直接影響を及ぼさなくなる。こうした「ブラックボックス化」(Black Boxing)と呼ばれる契機に至って、媒介項(未規定の入出力)は一時的に仲介項(一義的な入出力)に変換される。
 このように、アクターネットワークは外側からの境界づけや外部環境とのシステム論的相互作用によって安定するのではなく、アクターがネットワークを構成し、それらのネットワークがブラックボックス化されて一つのアクターとなり、さらにそれと他のアクターが構成するネットワークがアクターになる……という多レイヤーの入れ子構造を形成することで安定していく。ただし、それは常に暫定的な階層性でしかなく、特定のレイヤー内に関係が限定されるわけでもない。

(4) 実験室研究

 さて、ここまででラトゥールのANT(そしてその根底にある非還元の原理)について確認してきた。ここからは、ラトゥールがその第一人者である実験室研究(Laboratory Studies)、すなわち実験室をフィールドとして科学者の日常的な営為を対象とする研究の成果についてみていこう。科学的な実験を、特定の時空間における物質的・社会的条件のもとで装置や道具を用いて行われる極めて具体的な実践として捉えるうえで、ANTという分析の枠組みはどのような示唆を与えるのだろうか。

科学の「事実らしさ」を支えるもの

 ラトゥールによれば、科学者が知識を生産するプロセスそれ自体において、科学的なものに限らない諸要素との結びつきを拡大していく運動が必要とされる。それを示すために、彼はカリフォルニアに位置するある実験室の「ボス」をめぐる架空の例を、以下のように記述していく。
  ある専門外の素人がボスの後を追い、詳細な日誌をつけ始める。ボスの一週間は目まぐるしく過ぎる。南フランスに飛び、巨大製薬会社の幹部とパンドリンの特許や製造について議論する。パリに立ち寄って脳ペプチドの研究を促進するために厚生省の官僚と話し合い、自らの研究プロジェクトに関する規制を緩めることを約束させる。ワシントンの大統領執務室で大統領と糖尿病患者の代表者を前に感動的なスピーチを行って大統領の支援と代表者の賛同を勝ちとり、国立科学アカデミーのワーキングランチに出席して新たな成果をだしつつある研究者が他分野に流出しないよう学術誌に新たなセクションを創設することを提案し、畜肉処理場を訪問して視床下部を傷つけずにヒツジの頭を切断する新たな方法を試すよう担当者に要求する。ボスは世界中を飛びまわり、科学的なものと非科学的なもの、人間と非人間を問わず膨大な要素と結びつきながら、パンドリンという新しい物質の事実らしさを高める方向にネットワークが組み替えられていくために精力的に活動している。
 もちろん、彼の研究チームの全員がこうした実験室の外側の作業に従事しているわけではない。もう一人、別の観察者が研究チームの一員を同時期に追っていたとしよう。彼女は一週間ほとんど毎日実験室の中にいてパンドリンをめぐる実験に携わっている。ボスの旅行について尋ねられると、彼女は少し見下したような態度になって「私は単に科学を行なっているだけです。 基礎科学、確固たる科学を」と言う。

 実験室の外側(エクスターナル)を飛びまわる研究者と実験室の内側(インターナル)に居続ける研究者。そのどちらが真に科学を行なっているのだろうか。科学の社会学的研究は、かつて前者の状況を主に精査する「エクスターナルアプローチ」と呼ばれており、科学的知識生産の内部を精査する科学認識論などの「インターナルアプローチ」と対置されていた。だが、ラトゥールの着眼点はそのどちらかではない。
 一年間の観察を終えてお互いの日誌を読み合わせた二人の観察者は気づく。彼女の論文が受理されたのはボスが創設を提案した学会誌の新セクションである。彼女は(ボスの大統領執務室でのスピーチの後で)糖尿病協会の資金援助によって新しいテクニシャンを雇用することができたし、いまでは畜肉処理場から以前より清潔な視床下部を得ているし、脳中のペプチドを精密に示すことのできる機器を(ボスが設立を支援した)スウェーデンの企業から提供されている。 彼女が実験室の内側において「確固たる科学」を進めるためにこそボスは実験室の外側でより多くのアクターを巻き込まなければならず、ボスが世界中を飛びまわって同盟者を増やすほど彼女の「科学」は確固たるものになっていく。
 内側で科学がより純粋なものになるほど、外側ではより広大で異種混交的な連関が作られなければならなくなる。実験室における探求の成否は、外側から実験室に取り込まれる諸アクターが充分に飼いならされ(清潔な羊の視床下部)、他の実験室と比較可能な同型性を保ちながら(優秀なテクニシャン)、発見につながる新たな要素(パンドリンを捉える機器)どれだけ導入できるかにかかっている。 実験に基づいて産出される知識や技術の有効性は、それが滑らかな仲介項として機能しうるように実験室外の諸アクターが首尾よく隊列を整えうるかにかかっている。
 エクスターナルとインターナルのどちらかが科学の本質なのではなく、両者が互いを支え合い、強化し合うことで科学は「事実らしさ」を増していくのである。

循環する指示

 ANTを通して実験室の現場をみることでわかるのは、科学者が「自然の事実」に向き合っている場面にこそ、諸アクターの絡まり合いがあるということである。ではその「絡まり合い」というのは実際、どのようなものなのだろうか。以下では、『科学論の実在——パンドラの希望』における二つの事例分析を検討する。

 第一の事例は、アマゾンの森林に関する調査研究である。現地の植物学者とフランス人の土壌学者を中心とするこの調査は、森林とサヴァンナが接する境界地帯で森林がサヴァンナに向けて前進しているのか、あるいはサヴァンナが森林にむけて前進しているのかを解明するために行われた。この調査旅行にラトゥールは同行し、いかにして世界(アマゾンにおける森林—サヴァンナの遷移)を言葉(森林・サヴァンナの遷移をめぐる報告書の記述)に詰め込むことができるのか、これがラトゥールの問いである。そして彼がアマゾンで見いだすのは、自然の事実を知るために入念に自然に手を加えていく科学者たちの姿である。
 ラトゥールの詳細な記述のうち、ここでは土壌学者たちの活動に絞って追跡しよう。彼らはまず、生い茂る森林に溶け込んで測量を開始し、標本となる土壌を取りだす穴を掘る位置を印づける。 次に「ペドフィル」と呼ばれる道具(糸を吐きだし、その長さを測る装置)を用いて無数の糸で地表を覆い、それぞれの穴の距離を測る。これらの数値がノートに記された結果、土壌はその各部が座標によって把握される一つの幾何学的な空間へと変換される。
 次に土壌学者たちは、各所に掘られた穴からドリルを用いて円筒形の土壌サンプルを採取し、土壌比較器と呼ばれる装置によって分析する。これはボール紙の小さな立方体の容器を縦横10×10個分収納できるスーツケース型の箱であり、様々な穴の様々な深さから採取された土塊が立方体の一つ一つに収められていく。こうして土壌は、幾何学的に配列され、容易に比較可能・入れ替え可能・移送可能な土塊の配列へと変換される。
 一連の作業が終わって近所のレストランに戻った土壌学者は、方眼紙を片手に机の上にならべた土壌比較器を観察する。 方眼紙上には森林とサヴァンナが接する土壌の横断図が描かれ、特定の座標の深さによる色の差異がまとめられた図表が完成する。このとき、土壌は容易に移送可能で複写可能な一枚の方眼紙上の図表へと変換されている。比較器を精査し図表を描く過程を経て、調査者たちは「砂状のサヴァンナと粘土状の森林のあいだで、サヴァンナ側の境界に沿って帯状の土地が伸びており、その土地はサヴァンナよりも粘土状であり、森林ほど粘土状ではない」こと、つまり森林に適した土壌がサヴァンナに向かって前進していることを見いだした。以上の観察結果は清書された図表とそれを説明する文章になって報告書に盛り込まれる。いまや土壌は報告書にまで変換された。ついに世界が言葉に詰め込まれたのである。

 以上の記述を通じてラトゥールは何をしようとしているのだろうか。それはまず、世界と対応する言明こそが真であるという対応説的発想が科学者の具体的な実践に対していかに的外れかを示すことである。 対応説では世界と言語の間にはまず断絶が存在し、言明による対象の「指示」 (reference)は、両者を分かつ断絶を飛び越えて言明が世界に一致することを意味する。しかし、アマゾンに赴いた科学者達が行っていたのは、世界を虚心坦懐に観察してそれと一致する言葉を探すことではない。彼らの活動を通じて、①土壌は、②ペドフィル等によって区画化された幾何学的大地→③土壌比較器に収められた土塊の配列→④図表(土壌の断面図)→⑤報告書の文章という一連の変換をうける。同時に、この変換は常に逆方向にもなされうるように維持される。 報告書の文章は、これらの変換の跡を逆にたどってもとの土壌へと戻りうるものでなければならず、これらの結びつきがどこかで——ペドフィルの糸がもつれてカウンターが誤作動したり、比較器のボール紙が破れて土塊が混じったりして——断たれれば、その妥当性は損なわれる。
 土壌から報告書に至る各段階は後続する段階によって示される事物であり、先行する段階を示す記号となっている。 言語から世界へ指示が一方的に与えられるのではなく、諸アクター間を指示が循環しているのだ。このとき、各アクターは固有の形式(形相)と物質性(質料)を持つが、それらの性質は常に他のアクターとの関係に規定される。例えば、土壌比較器の配列(③)は、ボール紙や木製の枠といったその物質性において区画化された大地(②)の形式を受け取り、それによって土塊の升目状の配列という自らに固有の形式を実現する。その形式は、さらに方眼紙と鉛筆の線からなる物質性をもった図表(④)に引き受けられることで、土壌の断面図という新たな形式へと変換される。言い換えれば、ある段階のアクターは先行する段階のアクターを質料とする形相として、後続する段階のアクターを形相とする質料として働くようになるわけだが、そこには常に変換に由来する非連続性(断絶)が伴う。図表は土壌比較器と隅々まで対応するわけではなく、土壌比較器なしに図表が区画化された大地を示すこともない。このように、各アクターの形式と物質性は他のアクターとの関係を通じて変形され、それらが入念に調整されることで一連の変換、「循環する指示」(Circulating Reference)が形成される。世界と言語が正確に対応するという一般的で規範的な見解は、循環する指示が安定的に形成され、仲介項に変換されたあらゆる媒介項を省略できるようになった時にのみ暫定的に妥当なものとなる。
 このように、科学的な認識が確実になるためには「言葉よりも世界自身をはるかに強く攪拌し、変換する」ことが世界に要求されるのである。科学者たちが自然の「実在」を正確に把握するためには世界を特定のしかたで 「制作」しなければならず、世界を「制作」するからこそ彼らは「実在」を把握することができる。

制作される実在

 第二の事例は、「発酵は有機物が引き起こす現象ではない」という学説が支配的であった19世紀の後半、ルイ・パストゥールの発見した、乳酸発酵を引き起こす微生物(乳酸発酵素)である。ラトゥールは、パストゥールの論文「いわゆる乳酸発酵に関する報告」を分析することで、乳酸発酵素という新たなアクターが現れていく軌跡を描き出した。
 論文の冒頭で、この新たな実体の存在は否定されている(段階1)。「現在に至るまで、綿密な研究でも有機的存在の発生を発見することは不可能なままである。そのような存在を識別した観察者も、同時にそれらは偶然の産物であり、発酵過程を駄目にしていると確証した」とパストゥールは述べる。次に、注意深く観察すればそのような存在=アクターXが感覚されることが示される(段階2)。乳酸発酵には「灰色の実体の点々」が伴う。その灰色の物質は圧縮乾燥された通常の酵母と全く同じようにみえ、わずかに粘りがある。この段階ではアクターXは、「見え」や「粘り」といった移ろいやすい感覚所与(=観察者というアクターへのわずかな働きかけ)の集合にすぎない。
 さらにパストゥールは、実験室の様々な要素を動員し、アクターXがそれらに「何をなしうるか」を見定めていく(段階3)。それは液体にまかれ、発酵の引き金をひき、液体を濁らせ、白亜を消失させ、沈殿を形成し、気体や結晶を生じさせ、粘性をもつ。このとき、アクターXは感覚所与の集合体から、これらの振る舞いの集合体、これらの「行為の名前(Name of Action)」へと変化している。だが、アクターXは行為の名前ではあってもいまだ行為の源泉ではない。ここでパストゥールは、この実体を醸造酵母と比較し、分類学において名前と位置を有するような有機的存在へと変える(段階4)。醸造酵母に見出される一般的特徴のすべてがXに見出されること、また、同じ液体に醸造酵母とXをまくと異なる結果(アルコール発酵と乳酸発酵)が得られることから、Xが自然分類において醸造酵母に隣接する属に位置する構造をもつことが導かれる。
 分類学上に位置を占めるに至ったX、すなわち「乳酸発酵素」 はいまや確立した実体である。 あらゆる作用の起源は酵母へと移行し、それを中心に従来の実践が再定義される(段階5)。つまり、生き物としての発酵素の存在を前提にして、発酵現象一般に当てはまる条件(酵母の純粋性、各酵母の性質に適合した養分の存在、溶液の化学的組成等)が特定されていくのである。

 こうして、アクターXは識別不可能な存在(段階1)から発酵をめぐる諸作用の起源 (段階5)まで、その姿を変化させてきた。この過程は、新たなアクター(乳酸発酵素)の働きが他の諸アクターをいかに変化させうるのかを明らかにする一連の「試行」(Trial) を経て、そのアクターがネットワークの一員となる(=実在するようになる)過程に他ならない。
 ラトゥールによれば、パストゥールは同時に三つの試行に従事している。第一に、上記の論文を通じて酵母が発酵の単なる副産物ではなくその主要因であるという言説を流通させること、第二に、実験室の様々な非言語的要素を動員して発酵酵母が適切で豊かなパフォーマンスを行う状況を作りだすこと、 第三に、 アカデミーの同僚たちの検証によって第一の言説と第二の状況の間に必然的な結びつきがあることが明らかにされることである。 全ての試行が成功すると、第一の言説はパストゥールの作り話ではなくなり、その背後に実在が確かに存在するようになる。 言説と実体の対応を産出する「循環する指示」が確立されることによって、パストゥールは発酵酵母が生き物であることを証明できるようになり、それは醸造酵母とは異なる特定の発酵の引き金をひく実体となる(段階6)。

 以上でみてきた一連の過程において、パストゥールというアクターがまず行っているのは、(A)〈アクターXの周囲に様々なアクターを配置し、それらがこうむる変化を特定していくことでXの存在を際立たせること〉である。この段階では、Xの有様は他のアクターとの関係に大きく依存している。パストゥールが諸アクターを組織することを通じてXの性質や働きが形成されていくのであるから、確かに彼はアクターX=乳酸発酵素を「制作」している。
 しかし、彼の活動を通じてXが他のアクターと関係づけられていくことは、(B)〈他のアクターの有様が乳酸発酵素との関係に次第に依存するようになっていくこと〉でもある。酵をめぐる多くの要素(培地の性質、溶液の科学的組成、生化学、チーズの製造法など)が乳酸発酵素の存在をあてにして定義され変形されるようになるにしたがって、乳酸発酵素の「事実らしさ」が強まっていく。パストゥールもまた、「乳酸発酵素の発見者」としての自らの地位や名声を、発酵素の働きに大きく依存している。この段階に至れば、あるアクターがいかに逸脱的に振る舞おうと乳酸発酵素の有様を大きく変えることはなく、逆に発酵素を軸に形成されてきた諸関係に適合的なかたちで自らを変えざるをえない。こうして、乳酸発酵素は他のアクターの働きかけに対して相対的に独立した実体(「実在」)となる。パストゥールによる制作の過程(A)と乳酸発酵素が実在していく過程(B)は、別個の過程ではない。製作がより入念に行われるほど、実在はより確かなものとなる。このように考えれば、「制作」と「実在」は矛盾せず、表裏一体である。
 常識的な発想は「乳酸発酵素についてのパストゥールの言明」を一方に置き、 他方に「パストゥール以前から存在する物質」を置いた上で、両者が正確に対応することを自明視する。しかしながら、乳酸発酵素に関する科学的言明とある物質が対応するという状況は、パストゥールが乳酸発酵素を作りあげた後、すなわちパストゥールと関わった諸アクターが互いを分節化しながら循環する指示を形成するようになった後でしか生じえない。したがって、 「パストゥールの語る乳酸発酵素と正確に対応する物質」はパストゥール以前には存在しない。 対応を生みだす関係性がパストゥール以前には構築されていないからだ。「パストゥール以前から存在する、パストゥールが語る乳酸発酵素と正確に対応する物質」という、どうやっても存在を証明できないものについては大真面目に語ったりしないほうが無難だ。それがむしろ明白で常識的な判断ではないだろうか。そうラトゥールは言っているのである。

ANTにおける非人間的な存在について

 以上の検討を経て、ラトゥールがなぜ人間以外の存在者をこれほどまでに重視するのかを理解しやすくなってきたと思われる。「非人間もまたアクターである」、「人間も非人間も対称的に扱われうる」といった主張は、ANTに人々の関心を引きつける特徴の一つであるが、しばしば、事物のふるまいを人間の意図的な行為と同等のものとして把握できるというラディカルな(あるいは復古的な)主張と混同されてきた。だが、ラトゥールによれば、「ANTは、常識に反した何かしらの『人間と非人間の対称性』を打ち立てるものではない」。両者が対称的に扱われるということは、「人間の志向的意図的な行為と因果関係からなる物質世界とのあいだのまがい物の非対称性をアプリオリに押しつけないということであって、それ以上の意味はない」。
 人間と非人間を対称的に扱うとは、両者の本質とされてきた「志向性」や「法則性」を、アクターネットワークから派生する二次的要素として扱うということである。人間から主体性を非人間から客体性を剥奪することによって、両者を媒介項同士の諸関係(=アクターネットワーク)のなかに位置づけることが可能になる。 主体性や客体性は、ネットワークが多数の媒介項を少数の仲介項に変換するように動くことで生みだされる、暫定的な効果として捉え直される。膨大な数の非人間が仲介項として働くような状況が維持される限りにおいて、それらを人間という主体によって外側から観察され制御される客体としてみなすことができる。だが、そのような状況を生みだしているのは、諸関係に内在する人間と非人間の媒介項同士の関わりである。

(5) ノンモダニズム

 以上みてきたように、ラトゥールの非還元主義は、第一の発想と第二の発想を同時に否定することで両者の矛盾を乗り越えることを目指す。したがって、「科学とは何か」という問いに対する応答は、「私たち人間の認識とは無関係にこの世界に存在するものがあり、科学はそれを捉える最良の手段だ」(モダニズム)という発想を否定しながら、「私たち人間が認識できないものはこの世界に存在せず、私たちが世界を認識する仕方は社会や文化に規定される」(ポストモダニズム)という発想にも帰着しないというアクロバティックな道筋を辿ることになる。そのいわば「ノンモダニズム」の思想について、迫っていくことにしよう。

私たちはいまだかつて近代的であったことはない

 カントの理性批判において、神の実在は私たち人間が原理的に認識できない「もの自体」へと変換される。同時に、外側から世界を捉える権能が、 創造主としての神から人間理性(超越論的主観性)へと部分的に委譲される。やがて、理性に基づいた科学的探求は世界の真実を漸進的に解明するものとみなされるようになり、その先に措定されるものもまた、「実在する神」から実験や方程式を通じて明らかになる「自然」へと変換されていく。それはラトゥールらがアクターネットワークの動態として捉えてきた媒介や翻訳の働きを徹底的に否認し、表向きは自然と社会の分離(科学的知識と伝統的知識の峻別、 自然の事実と文化的な解釈の分離、科学技術とその社会的受容の区別)を強力に推進することで、より確実で豊かな世界が築かれることを約束する希望に満ちた体制である。
 だが同時に、近代的な純化の実践は、翻訳を自覚的に取りあげることを不可能にするがゆえに、翻訳を通じたハイブリッドの爆発的な増殖を可能にする。ラトゥールによれば、近代人は、自然と社会を注意深く分離したからこそ近代社会は成功したのだと考えている。だが、「実際には、人間と非人間を大々的に混合し、何ものをも括弧に入れずにどんな組み合わせも排除しなかったからこそ成功した」のである。
 ただし、ラトゥールは隠された実践を暴露して近代という偶像を破壊しようとしているのではない。彼が主張するのは、表向きの「純化」と水面下の「翻訳」の両方の働きを認めるべきだ、ということである。だが近代人である限り、この二つが一貫した構成に見えることはない。「近代憲法」は純化のみを肯定し、翻訳の存在を否定するからだ。したがって、両者を一貫した構成において捉えるようになった時、私たちは近代人が言う意味での近代に属する存在ではなくなる。近代的な純化の水面下にある非近代的な翻訳の実践を正面から見すえることによって、「私たちはいまだかつて近代的であったことはない」(We have never been Modern)という発想に基づくノンモダニズムが形成されるのである。

対称性人類学

 非近代社会は、近代社会からみれば不当なハイブリッドによって翻訳の実践を注意深く方向づけている。ただし、これは極めて形式的な対比にすぎない。 翻訳の実践をベースにして考えれば、「近代/非近代」という対比や「近代化」の諸段階によって区別されてきた多様な状況を連続的に捉えることができるだろう。ラトゥールは、ANTに基づいて近代的発想を前提とせずに近代/非近代社会の諸実践を対称的に精査する試みを「対称性人類学」(d'anthropologie symétrique)と呼ぶ。それは、まずもって、非近代社会の諸実践を政治・宗教・親族、技術といった様々な領域に切り分けられない「全体的社会事実」(M・モース)として捉えようとしてきた人類学的方法論を、近代社会の分析に適用する試みである。こうしたラトゥールの議論は、非近代社会を主な分析対象としてきた文化/社会人類学にとっても大きな含意を持つものであった。「自然の事実」なるものが異種混交的なネットワークを特定の仕方で組替えたもの(循環する指示)の効果にすぎないのであれば、 「単一で均質な自然とそれを解釈する複数の多様な文化」という文化相対主義の基本的な枠組が解除されるからである。
 このように、研究者と研究対象となる人々を非対称的に扱わないという発想は、社会学者の岸雅彦や、人類学者のマリリン・ストラザーンにも部分的に見出すことができる。

 岸は、『マンゴーと手榴弾:生活史の理論』(2018年)に収められた論考「鍵括弧を外すこと―ポスト構築主義社会学の方法」において、被差別の当事者が差別の存在を否定するように語る時、社会学者はいかなる分析ができるのか、という問題を論じている。ここでは三人の社会学者の手法が検討されている。第一に、「差別を受けたことはない」という当事者の語りを、差別的な社会構造によって自らが受けた差別について語ることさえできないほど被差別者が抑圧されていることの証拠として捉える八木晃介の議論、第二に、膨大な生活史の聞き取りにおいて当事者の大半が「差別をうけた」と語らなかったという結果を根拠にして、差別が存在するという仮説を棄却する谷富夫の研究、第三に、言語的なラベルによって人々を暴力的にカテゴリー化するものとして差別を捉え、語る当事者と語りを聞く研究者の相互作用のなかで当事者たちの生の多様性が浮かびあがることを重視する桜井厚の「対話的構築主義」である。実証主義者である谷の手法はモダニズムとして、八木と桜井の手法はポストモダニズム的な学問的変遷として把握できる。
 だが、岸によれば、 桜井の手法では、語りが相互作用において「構築」されているという見解から、「その語りが現実といかに関わるかは問えない」という帰結が導かれてしまう。語り手が「何を語ったか」ではなくそれを「いかに語ったのか」を重視することで、会話の鉤括弧を外すこと(語りを現実と結びつけること)ができなくなるのである。しかし、岸にとって社会学者が調査を行ってその結果を書くということは、語りの引用符を外して、研究者が地の文で書くことに他ならない。岸は言う。「語りと実在とを完全に分離してしまうと、私たちは実在について語る回路をすべて断たれてしまう」。それは、カテゴリー化の暴力を受けている他者に対して最大限の配慮をすべきだという政治的な理由だけでは正当化されえない。
 岸の手法は、あらゆる調査が研究者によるカテゴリー化や解釈を含むことを前提にしている。桜井が強調するような語りの構築性が否定されるわけではない。だが、岸にとって「構築されている」ことは真実ではないことを意味しない。語りは構築されているからこそ修正できるし、修正によってより確かな(=事実と対応する)言明を生みだすことができる、というわけだ。こうして、語りにおける構築は、実在からの乖離ではなく、実在に至る正当な回路を生みだすものとなる。つまり、岸の手法は、汎構築主義的発想によって近代的な対応説における厳然たる事実への希求を再生しようとするものである。

 ストラザーンは、学問的な分析概念としての「社会」に相当するものが彼女の分析対象であるメラネシアに存在しないことを強調する。彼女が試みたのは、メラネシアにおける人々の実践を近代的な分析枠組みによって説明するのではなく、むしろ、諸々の実践を説明するメラネシアに固有の論理(「彼らの哲学」)に可能なかぎり沿う形で学問的な分析概念(「西洋思想における形而上学」)を用いることによって、近代的思考に基づくそれらの分析概念を変形させていくことであった。
 ストラザーンもまた岸と同じように、研究対象となる人々の実践に則して自らの人類学的理論を変更することを選択する。だが、岸が提案する理論の変更は、「厳然たる事実」への希求に基づいて行われる限りにおいて「修正」である。これに対して、ストラザーンの論述は、近代的な思考の枠組を修正することでメラネシアの事実を透明に反映しようとするものではない。理論の変更は対象との一致を帰結しない。齟齬は残され、関係づけられ、増幅される。彼女の民族誌記述は、分析者が提示する基準や差異が分析対象となる人々の実践における基準や差異と水平的に反響しあうことで展開される。それはまた、他の人類学者による様々な民族誌記述との水平的な反響と、他の様々な地域における実践との水平的な反響を引き起こしながら「部分的つながり」(Partial Connections)を生みだしていく。研究者と研究対象者の対称性は、互いに互いの視点を包摂しあうことにおいて展開され、原理的な齟齬を伴う相互作用に基づく民族誌的テクストが、そこから様々な思考と論理が取りだされうるような人工物として構築されることになる。

プラズマ的外部

 しかしラトゥールは、両者とは異なる態度で「事実」に迫ろうとする。
    ラトゥールは、「追跡」してきた主なアクターである科学者たちとの関係において、対話の相手が自明視するコンテクストに乗らないまま対話を続けるために、ラトゥールは相手の議論を常にデフォルメし戯画化しながら返答を繰りだす。そこでは、両者が噛み合わないまま話し続けることで反論の連鎖を生みだし、広範なネットワークの再編につながるような議論を進めることが目指される。あるアクター(対象)について分析することは、そのアクターがとりもつ諸関係に連なることであり、そこに新たな諸関係を導入することである。だからこそ、分析する者と分析されるものとの間には常に齟齬が生じる。分析する者が提示できるのは「失敗と隣り合わせの報告」でしかないが、分析される者と媒介項同士として関わることを通じて「議論を呼ぶ事実」を構築することも可能になる。
   汎構築主義を「厳然たる事実」に結びつける岸の手法とは異なり、ラトゥールは汎構築主義を「議論を呼ぶ事実」に結びつける。そこでは、岸が重視する公的な討議やストラザーンが構築する反響的なテクストとは異なる仕方で、異種混交的なアソシエーションを組み直しながら諸アクターが共有できる「共通世界」を立ち上げることが目指される。それは、所与のコンテクストを前提としないものたちが、噛み合わないままに発話=分節化しあうことのできる場である。
   世界に外在しているように見える私たち人間の有様は、私たちが非人間的存在者と共に内在するアクターネットワークの派生的で一時的な効果にすぎない。私たちは非人間と結びつくことで以前とは異なる存在へと変化し続けてきたのであり、その変化を前もって完全に理解することも制御することもできないし、現にしていない。私たち=人間が外側から世界を観察し制御できているように見えても、その視座は、私たちが世界の内側で人間以外の媒介項と織りなす諸関係によって徹底的に規定されている。私たちは関係性の中に内在している。したがって、まだ関係のなかに取り込まれていない未知の要素をあらかじめ確定したり制御したりすることはできない。
 こうした内在的な外部要素を、ラトゥールは「プラズマ」と呼ぶ。それはネットワークの網の目の合間にある「まだ計測されておらず、まだ社会化されておらず、まだ基準設定の連鎖に組み込まれておらず、まだカバーされ、調査され、動員されておらず、あるいは、主体化されていないもの」である。近代的な対応説が措定してきた世界に外在する視点を退けるノンモダニズムにおいて、新たなかたちで外部が見いだされる。 それは超越的でも超越論的でもない、この世界の内側にあるつながりの隙間としての外部である。私たちは、プラズマ的外部に対する外在的な知識を得ることはできない。

(6) 呼吸器内科医的ラトゥール論

 ラトゥールの市民と銃の例は、呼吸器内科医である私をして、様々な医療機器、デバイスが不可欠な日々の診療行為を必然的に想起させる。私たちは素手で医療を行うことはできない。
 例えばCT画像で間質性肺炎の所見を認め、経時的に呼吸状態の悪化している患者に対して、クライオバイオプシーという気管支鏡検査を行う場面を考えよう。 

 私の所属している病院ではクライオバイオプシーは手術室で行う。××先生、術者の××先生、××先生、××先生、××先生、××先生、私。あとは透視を手術室に持ち込んでやるので放射線技師。あとはおそらく看護師と、そのほか職種が不明なスタッフ2名が、10mx10mの手術室に集まっていた。床、壁は他の多くの医療機関の手術室と同じように緑である。
 返り血を浴びるくらい血が出る可能性のある手技であるため、術者は放射線のプロテクターの上にガウンも着る。またベッドが普段より高いので、術者は黒い足場に乗って気管支鏡を入れていく。麻酔器の前には、ミダゾラムフェンタニルを調整する担当の医師がいる。
 目的の気管支にクライオの青いチューブを入れる。Cアームの透視をまわして、接線方向に調整し、プローブの先が胸膜にいちばん近いところをみつける。助手にワイヤーが中に入ったバルーンを入れてもらい、白いバンドがみえるかみえないかくらいの位置に調節する。入ったら中のワイヤーを抜いて、クライオを入れて予行演習をする。胸膜のちょっと手前の場所に位置できたら、外で機器の近くに立っている医師がペダルを踏み、1、2、3、4、5秒とカウントして術者が気管支鏡ごと一気に引き抜く(アップもダウンもかけずに、右手でクライオをおさえる、手首の返しが重要)。助手は少しだけ遅れてバルーンを膨らませる。 凍らせたあとにすぐに術者はペダルを踏んだ医師のもとへ行き、先端についた検体を擦りとってもらい、すぐに気管支鏡で元の場所に戻って出血を確認する。

 私がファイバーを握るとき、「呼吸器内科医+気管支鏡」という別様のアクターとなっている。「呼吸器内科医+気管支鏡」はお互いに触発されながらさまざまな行為を行う。ファイバーの先から麻酔をかける。血が出ていれば物理的にファイバーの先で抑える。また、気管支鏡に不慣れな人であれば、アップをかける親指に力を入れ過ぎて痛めることもあるだろう。最初はひとつひとつ頭で考えてから動作をしていたのが、次第に気管支鏡が自分の身体の延長であるかのように感じるようになっていく。
 そしてここでさらに重要なのは、単にその異質の二者が結びつくことではなく、それが起点となって他のアクターが巻き込まれること(翻訳)であるというのは、第3章で確認した通りである。間質性肺炎の検体ひとつを採取するためだけに、さまざまな人、モノが関わり合っていることは明らかだ。術者、助手、麻酔をかける医師、ペダルを踏む医師、放射線技師、看護師、気管支鏡、バルーン、モニター、透視、ミダゾラム
 さらにもちろんそのネットワークは手術室内のみに閉じられているわけではない。私はクライオバイオプシーが終わると、ホルマリン漬けになった検体をリュックに入れて、自転車を漕いで病理診断室のある病棟へ急ぐ(私の所属している病院はいくつか棟が分かれており、互いにそれなりの距離がある)。その検体は検査技師によってスライスされ、染色されてプレパラートに挟まれ、顕微鏡の下に置かれる。臨床症状、CT所見、病理所見について、呼吸器内科医、画像診断医、病理診断医が議論し、診断と治療について決定する。その結論は診察室において患者に告げられる。膠原病関連の間質性肺炎であれば、ステロイドの小さな錠剤を飲み始めなければならないかもしれない。線維性過敏性肺炎であれば、飼っているペットを手放したり、場合によっては、引越しを求められることがあるだろう。そのような重大な決定であれば、家族との話し合いも必要になり、生活が根本から変わっていくかもしれない。

 このようにみていくと、呼吸器内科医も、「呼吸器内科医+気管支鏡+…」というアクターネットワークに内蔵していることがわかる。あくまで試論であるためこれ以上詳細には立ち入らないが、こういった、間質性肺炎の診断と治療という過程における、さまざまなアクターの絡まり合いを丁寧に追っていくことは、下記でストラザーンとモルを下敷きに論じたMDDの議論について、さらなる新しい視点をもたらし得るだろう。

satzdachs.hatenablog.com

 乳酸発酵素の議論はそのまま、医療において新しい抗体や受容体、ホルモン、あるいは診断概念が発見される過程に重ね合わせることが可能であろう。「信州大学消化器内科の浜野らの語るIgG4関連疾患と正確に対応する疾患」は浜野ら以前には存在しない、対応を生みだす関係性が浜野ら以前には構築されていない、云々。発展の目まぐるしい医療の世界においては、不断に新たな疾患が制作され、あるいは実在していく。

 あともうひとつ、呼吸器内科医として私がラトゥールに触発されるのは、プラズマ的外部という概念である。医療こそ、常に「まだ計測されておらず、まだ社会化されておらず、まだ基準設定の連鎖に組み込まれておらず、まだカバーされ、調査され、動員されておらず、あるいは、主体化されていないもの」を意識しなければならない実践である。
 再び間質性肺炎の話に戻るが、経験豊富な医師でさえ、初めてみるようなCT画像所見や、予測しなかった臨床経過を辿る患者に出会うことは珍しいことではない。あるいは単に、必要な情報を集められないままに治療を開始しなければならないことは、もっと日常的な出来事である。すべてを観測できているわけでも、すべてを知り尽くしているわけでもないなかで、「呼吸器内科医+気管支鏡+…」というアクターネットワークに組み込まれていない「何か」が、プラズマ的外部があるということを前提に医師は医療をしている。それはあまりに自然に行なっているがゆえに、むしろ医師にとっては何ら特別なことを言っているように聞こえないかもしれない。
 そう考えると、私たち医師にとってのラトゥールが言うところの「議論を呼ぶ事実」は、希少疾患や難渋した症例について論文にまとめる、「症例報告」という形式がひとつあてはまるのかもしれない。そういった視点から、日々の医療実践と、それを論文にまとめて科学的な議論の俎上にあげること、基礎医学的な研究成果が臨床を変えていく過程、それでもなお永遠に目の前の患者の身体で起こっていることのすべてを知り尽くせない、コントロールし尽くせない=プラズマ的外部が残り続けるということを論じるのは、刺激的な議論になる可能性がある。

(7) 補遺① ダナ・ハラウェイとラトゥール

 「人間+銃」、あるいは「呼吸器内科医+気管支鏡」という、非人間的なテクノロジーと人間の接合体というモチーフは、必然的にダナ・ハラウェイの議論を想起させる。サイボーグ・フェミニズムについては、下に掲載するブログを参照されたい。

satzdachs.hatenablog.com

 ラトゥールは『わたしたちが近代人だったことは一度もない』 (We Have Never Been Modern) 〔邦訳『虚構の「近代」――科学人類学は警告する』〕において、「自然文化」(nature-cultures)という概念を提出している。先にみてきたように、モダニズムを特徴づける自然と文化という二元論的な分断を疑ってかかるラトゥールは、「自然」と「文化」のあいだにハイフンを入れる。「自然」「文化」という用語から、このふたつの概念のあいだに対話的な関係があることはなんとなくわかるし、それが複数形になっていることから、影響や相互作用が複数あることもうかがえる。
 『Medium 第2号 特集:ダナ・ハラウェイ』(七月堂、2021)に掲載されているターシュ・ベイツ「わたしたちがホモ・サピエンスだったことは一度もない」において、フェミニズム理論家マリアン・デコーヴェンの議論を引用しつつ、ハラウェイ『伴侶種宣言』における「自然文化混淆体」(naturecultures)の概念に注目している。たしかに自然文化の関係性の解釈がひとつではないことを示唆する点では、ハラウェイの「自然文化混淆体」という用語は「自然-文化」と変わらない。しかし、ふたつの単語をひとつに折り畳んだハラウェイがこだわっているのは、自然文化混淆体が対話の関係ではなく共時構成の(co-constitutive)関係にあるということ、つまりそれは自然と文化それぞれに付随するあらゆるものが相互に絡まりあったものである、という点である。

(8) 補遺② 「存在論的転回」との関連について

 『現代思想 第44巻第5号 人類学のゆくえ』(青土社、2016)に収載されている、久保明教「方法論的独他論の現在」では、人類学において一大ムーヴメントを形成している「存在論的転回」に至る3つの系譜のうちのひとつとして、ANTを位置付けている。
 自然/社会の近代的分割は、自然の領域と人間的な領域を一方による他方の規定という仕方で捉える非対称的な分析視角を伴う。古典的な人類学においては、自然/社会を正しく区別する近代社会と両者をあやまって混同する(=妖術や精霊といった社会的解釈の産物を現実の存在とみなす)前近代的な社会という分割を構成していた。
 またその後、「異なる文化に属する人々は異なる仕方で世界を捉える」という相対主義的な文化観が現れたが、それもまた、世界の有様は人々による認識や解釈によって構成されるという相関主義的発想(自然<社会)と、その前提となる「人々によって異なる仕方で捉えられる事象もまた自然科学によって同一の地平で捉えられる現象である」という素朴実在論的発想(自然>社会)の接合によって成り立っている。
 これまで繰り返し書いてきたように、ラトゥールは、自然/社会、科学/文化、近代/未開という対句により把握されてきた諸領域をアクターのネットワークとして捉えることで対称的に分析する、非近代論的な人類学のあり方を提唱してきた。人間と非人間を含む様々なアクターが織りなす関係を通じて特定の現実が生み出される過程を追跡するANTは、自然と社会の近代的な分割の背後に、両者を混ぜ合わせるアクターの動態を見いだす。
 実験室人類学から科学技術社会論に至る系譜において、主に近代における科学技術を対象としてきたANTだったが、一部の人類学者にとっては、未開/近代の対称的分析という構想という観点から興味を引いた。妖術や精霊といった事象を現実そのものではなく人間による解釈や意味づけの産物とみなすカント主義的視角が否定されうるのであれば、それらを乳酸発酵素や真空状態と同じように人間と非人間が織りなす関係性の産物として捉える新たな分析が可能になる。

 久保が論じている残る二つの系譜は、在来知的な研究の流れと、ポストモダン人類学からポストプルーラル人類学へ至る流れである。特に後者について補足しておくと、ポストモダン人類学は、民族誌による異文化表象の産出自体が西洋近代による周辺社会の認識論的搾取の一環を担うという批判に端を発し、他者表象の脱植民地化を目指して、彼ら(調査対象となる人々)を表象する私たち(民族誌の筆者および読者)の視点を私たち自身が反省的に捉えるという図式である。その流れを汲んで現れたポストプルーラル人類学において、例えばストラザーンの民族誌記述は、先にも論じたように、自己と他者のすれ違う視点を具体的な事例分析を通じて部分的に接合することで読者の思考の暗黙の基盤を揺さぶり、他方向への思考の改変を「喚起」する装置として構成されている。

 それら3つの系譜が合流するところに現れた「存在論的転回」というムーヴメントは、決して単色ではなく、さまざまな論者がひとまとめにされている。しかしその共通の特徴として言えるのは、カント的相関主義というバランサーを切り落とし、それが支えていた「単一の自然/複数の文化」という従来の図式への批判に基づいて、この世界に存在するものについての他者の見解を「真剣に扱うこと」(taking seriously)を提唱する。そこで現れる図式は「単一の文化/複数の自然」である。
 なお久保は、下記の通りに存在論的転回を批判している。「それが生み出す知の有様とその実定性を明確に示すことがない限り、周辺社会の視点から西洋近代を相対化するポストモダン人類学の亜種(表象に代わる思考の脱植民地化)として、文化(彼らが解釈する世界のあり方)から存在論(彼らにとっての世界のあり方)に名称のみを置き換えただけの議論として批判され続け、新味がなくなるにつれて衰退するだろう」。

*1:B. Latour, Reassemgling the Social: An Introduction to Actor-Network-Theory, Oxford University Press, 2005, p.39.

*2:B. Latour, Changer de société- refaire de la sociologie, La Découverte, 2006, p.238.

またつくりたいごはん(その1)

 毎日のごはんはInstagram*1にアップロードすることにして、またつくりたいごはんの写真が50枚貯まったらブログを更新することにしました。2年半でこの枚数なので、気長にやっていければと思っています。

21/5/9 豚のしょうが焼き

21/5/23 ハンバーグ

21/6/3 麻婆茄子

21/7/8 鶏の香草焼き

21/9/26 ステーキ

22/3/2 鯛のカルパッチョ

22/3/3 3種のきのこのブルーチーズパスタ

22/3/5 鮭のホイル焼き

22/3/7 鮭のスープ煮

22/6/13 炊き込みごはん

22/7/23 豚の冷しゃぶ

22/10/17 肉じゃが

22/11/12 酸辣湯

22/12/3 カレイの甜麺醤餡がけ

22/4/29 えびと大葉のチーズ春巻き

23/5/15 カレイの煮つけ、焼き玉ねぎのツナマヨネーズソース

23/5/20 青梗菜とツナのチヂミ

23/6/2 鰆のトマトソテー

23/6/4 蓮根のはさみ揚げ、きんぴら牛蒡

23/6/12 鰆の南蛮漬け

23/6/14 鶏手羽のコーラ煮

23/7/7 牛肉のしぐれ煮、ちくわアスパラ炒め

23/7/10 ゴーヤチャンプルー

23/7/11 ぶりのチリソース、ゴーヤのツナ和え

23/7/26 鮭と茄子の甘酢餡和え

23/7/26 冷やし中華

23/7/29 棒棒鶏

23/8/1 茄子のボートピザ

23/8/2 サテ

23/8/16 鱈の酒蒸し

23/8/20 鰹のタタキ、鰹の竜田揚げ

23/8/21 豚ロース肉ときのこのバター醤油ソテー

23/8/23 豚肉のチーズピカタ

23/8/24 豚ロース肉の胡麻揚げ

23/8/28 ピーナッツペースト入りコロッケ

23/8/29 じゃがいもとそうめんのチーズガレット

23/9/2 N’GUATTETRO(コートジボワール風カレー)

23/9/25 和風カルボナーラ、甘辛かぼちゃ餅

23/9/26 かぼちゃの酢豚

23/9/27 かぼちゃの麻婆あんかけ丼

23/10/2 豚キムチ納豆炒飯、茄子とピーマンの揚げ浸し

23/10/23 白身魚といちじくのバルサミコ酢サラダ、ミニオムレツ

23/10/30 小松菜とじゃこの焼き飯

23/11/1 柿とモッツァレラと生ハムのサラダ、鯵のバター焼き

23/11/3 鯵ときのこのカレーソテー、ちくわのケチャップコーン載せ

23/11/5 鯵フライ(きのこのデュクセル添え)、みかんと生ハムのサラダ

23/11/9 きのこと鶏のレモンハニーソース

23/11/14 鯖のミートソーススパゲッティ

23/11/19 からあげ、鯖のイタリアンサラダ

23/11/21 焼き鮭のパラパラ炒飯

 

複数の実在としての間質性肺炎 -ストラザーンとモルを補助線にすることの可能性

0. はじめに

 筆者は、内科専攻医1年目(呼吸器内科のサブスペシャリティ重点研修)として地方の総合病院で働きながら、文化人類学にかねてから関心を抱いている者である。大学5年次の臨床実習から、自身の医療現場における経験について自己再帰的にエスノグラフィックな記述を書き始め、現在で4年と7ヶ月程度が経過している。本稿に断りなく挿入されるフィールドノートはすべて私自身の経験に基づくものである。
 本稿は、間質性肺炎という難病疾患の診断、あるいは存在論についての試論である。全体の流れとしては、まずはマリリン・ストラザーンのフラクタル構造のイメージと「スケール」の概念を補助線にしつつ、気管支の解剖学的構造と間質性肺炎の特に特発性肺線維症において重要な蜂巣肺について理解する。最終的にはアネマリー・モルの動脈硬化の研究における「複数の実在」と比較しながら、間質性肺炎という疾患概念とその存在論についてどこまで論じることができるのか、その可能性について考える。

1. 気管支のなかで迷子になる

2021年11月17日 14:00-15:00 BAL

 自分が呼吸器ローテ中にやる、2回目のBALである。
 気管支鏡は、目隠しをした上にマスクをし、そのマスクに開けた小さな穴からチューブを入れていく。私は左手に気管支鏡の本体を持ち、右手の親指と人差し指でチューブをつまみながら口の中に入れていった。少しアップをかけながらチューブを進めていくと、すぐに声帯がみえた。教科書通り、三角の頂点に近づくようにアップをかけてからダウンをかけると、すんなり声帯を通ることができた。(…)それから気管支の中を進んでいく。何度も予習したつもりだったのだが、気管支鏡の操作で頭がいっぱいになると、すぐに自分の場所を見失ってしまった。(…)見下ろしの三分岐だと思ってみていた底幹枝が異様に細く思えて、こんなことあるのだろうかと焦っていたら、すでに底幹枝に入っていてB8、B9、B10を勘違いしていたのだった。

 気管支鏡を始めたての頃は、気管支のなかでよく迷子になっていた。毎日のように考えているうちにさすがに覚えてしまったが、そもそも気管支の分岐というのは立体的で複雑で、その構造をまず理解することに骨が折れる。しかしたとえ頭の中に入っていたとしても、それが気管支鏡の景色としてどうみえるのかを想像できるようになるまでには、さらにもう一段階努力が必要である。
 それを難しくしている原因のひとつとして、気管支の中の景色は(一見)どこも同じである、ということがある。主気管支から奥へ進んでいくとうすいピンク色に細く赤い血管が走る粘膜がふたてにわかれていて(気管分岐部)、右を選ぶとさらに同じような粘膜が上下にわかれている(右上中間幹分岐部)。下を選んでも当然同じような粘膜の壁がずっと広がっていて、上記のフィールドノートに出てくるみっつの分岐(左から順に右中葉気管支、右底区気管支、B6区域気管支)である。さらに中葉枝に入ると左右にわかれ(B5、B6)、B5に入るとまた左右にわかれている(B6b、B6a)。これはファイバーの太さで侵入することができる限界まではもちろん、それより先でも分岐は続いている。このように順を追って今自分がどこにいるかを把握しながら進まないと、ひとたび自分の場所がわからなくなった場合にその景色から判断するのは難しく、「ファーストカリーナまで戻ってみな(=気管分岐部までファイバーを引いてくること)」と上級医にやんわりと注意されるのが関の山である。

 そうやって実際にリアルタイムで考えながら気管支鏡の画面をみているうちはまだいいが、終わったあとに撮影した写真となるといよいよどこの景色なのかさっぱりわからなくなる。何の脈絡もなく、一枚の気管支鏡の写真をみただけでそれがどこの枝か間違いなく言い当てることができる、というのは(かなり特徴的な場合を除いて)熟練した呼吸器内科医であっても難しいだろう。そこで、私は気管支鏡を握り始めた頃、「入るときと出るときに必ず写真をとるように」と教えられた。つまり、上記であれば、気管分岐部→右上中間幹分岐部→三分岐と進んでいくごとに写真を撮るのはもちろんのこと、三分岐→右上中間幹分岐部→気管分岐部と戻ってくるときにも写真を撮ることによって、あとから見返してもその写真がどの場所なのか(どの位相のものなのか)を追体験することができるのだ。

左から気管分岐部、右上中間幹分岐部、見下ろしの三分岐、中葉枝*1

 ただ言うは易く行うは難しで、特に初心者の頃は「入るときと出るときに写真を撮る」ことができず、気管支鏡が終わったあとに自分の写真のどれが何の気管支なのかさっぱりわからず途方に暮れる、というのは呼吸器内科医を志す者なら一度は体験するあるあるなのではないだろうか。それはこれまで書いてきたように、(完全に対称というわけではないものの)気管支の分岐がある種のフラクタル構造(fractal structure)をとっていることに起因するものであることは、もう読者にはおわかりいただけたかと思う。

2. カントールの塵、あるいは人類学におけるスケールの問題

 さて、気管支のフラクタル構造について考えるときに私がいつも喚起されるのは、ストラザーンが『部分的つながり』の冒頭で重要なイメージとして提出する「カントールの塵(cantor dust)」である。

まず一線分からはじめ、これを三等分して中央部を取り除く。そして残った各線分を三等分しては、その中央の1/3 の線分をとっていく過程を繰返す。カントール集合とは、残った点の「塵」である。この埃の数は無限だが、全長はゼロである。(…)*2

 『部分的つながり』の章立て自体が「人類学を書く」と「部分的つながり」のフラクタル構造をとっている*3ことは有名だが、どうしてそこまでストラザーンがフラクタル構造に拘っていたのかを理解するには、人類学における「スケール(scale)」の問題について触れる必要がある。
 「スケール」とは、ひとまずは文字通り、どのくらい縮尺・規模で物事をみるかという意味で理解してもらって構わない。「近づけば近づくほど、物事はより緻密になる。ひとつの次元(レンズの倍率)を上げれば、他の次元(データの緻密さ)が増大する」。*4人類学者たちは、どのスケールで対象を分析するかということに常に頭を悩まされている。

 スケールの切り替えは情報を増殖させる効果だけでなく、情報の「損失」をも作りだす。例えば青年儀礼の描写から社会化をめぐる一般化へと切り替えをするときに、データは異なる種類のデータにとって代えられるように見えるだろう。ここで情報の損失は、その時点で探究される焦点によって、細かな部分や特定の範囲が覆い隠されるという形で現れる。これは、視野の拡縮変更によっても、取り扱う領域の変更によっても等しく生じることである。しかしながら、スケールを切り替えていることを承知していたとしても、不釣合いの感覚(a sense of disproportion)が忍び込むことは妨げられない。人類学者たちが互いに近視眼的だとか過度に総括的だとかと批判しあうときなどは、この感覚自体がある種の絶望をもたらす。個別的な事例も広範な一般化も、民族誌だけでも分析だけでも、臍も地球も、いずれも充分ではないように思える。*5

 ここで前提となっているのは、スケールを切り替えることによって含まれる情報量が変わるということである。より広いスケールであれば全体を見渡せる代わりに詳細は捨象され、狭いスケールであれば個別具体的な営みに注目できる代わりに全体性は失われる。*6

 しかしながら、ストラザーンがカントールの塵のイメージから引き出したのは、スケールが変わっても表現される図の複雑性は変わらないという特性である。上の図において、一段目、二段目、三段目、どのスケールに注目したとしても、黒い線分(塵)がふたつ並んでいるという状況は変わらない。あるいは第一節の例に戻れば、気管分岐部、右上中間幹分岐部、見下ろしの三分岐、中葉枝、それぞれ異なる「スケール」であっても写真ではほとんど同じようにみえるということは、言い換えればその情報量に変化がないと解釈することができる。
 ストラザーンは『部分的つながり』において、スケールの変更によって複雑さが変わらない例として、パプアニューギニア高地南部のウォラにおける工芸品・日用品についてポール・シリトーが作成した表について触れている。その一覧表は、驚くべきことに、「ひとつの社会全体についての標準的なモノグラフと同じ量のページに達する」。

 言い換えるなら、分類、構成、分析、弁別といった同じような知的操作は、どんなスケールであるかに関わらず行われなければならない。パースペクティヴの変化は、まったく新しい世界を立ち上がらせるものの、一揃いの「同じ」知的活動を要請するのである。視野の大きさは単純な例を提供する。近くから観察したひとつのものが遠くから観察した多くのものと同じくらいややこしく見えるとしたら、ややこしさ自体は変わらない。*7

 ここにおいて、より細かく見たりより広く見たりするというスケールの変更は意味を成さず、具体的なものと抽象的なものの区分を無効化するような状況が展開されている。そしてこれをもとにストラザーンは、それまでのポストモダン人類学/再帰人類学の認識論的前提であった多元主義および観点主義(遠近法)を批判し、代わりにポスト多元主義の提案へと至る。

3. 間質性肺炎とは何か

 前節の終わりに示唆したストラザーンの議論の核心については、あとで戻ってくることとして、ここからは本稿の主題である間質性肺炎においてもフラクタル構造が重要な意味を持つことを確認したい。その議論の準備として、本節では間質性肺炎の疾患概念についてガイドラインから基本事項を引用しつつ解説する。

 間質性肺炎とは、肺の間質と呼ばれる肺胞(隔)壁を炎症や線維化病変の基本的な場とする疾患群*8のことである。私は患者に「肺は小さな袋の集まりだが、その袋の外側の部分が硬くなってバリバリと開きにくくなる感じ」とよく説明する。
 間質性肺炎は原因が明らかなものと原因不明のものに二分され、後者は特発性間質性肺炎(idiopathic interstitial pneumonias:IIPs)と呼ばれる。IIPsはその病理組織パターンに基づいて2013年からは九型にわけられているが、そのなかでも最も患者数が多く、かつ予後も極めて悪い疾患が特発性肺線維症(idiopathic pulmonary fibrosis:IPF)である。IPFの病理組織パターンは通常型間質性肺炎(usual interstitial pneumonia:UIP)と呼ばれる。UIPパターンは、下記の表のようにどこまでの確からしさがあるのかを評価されるのだが、なかでも重要なのは蜂巣肺(honeycomb lung)と呼ばれる概念である。

2018年ATS/ERS/JRS/ALATによるIPFガイドラインにおけるIPF/UIPの病理診断基準*9

 蜂巣肺は、病理学的には、小葉辺縁部の肺胞虚脱を伴う線維化と末梢気腔の嚢胞病変の集合からなる。その名の通り、蜂の巣のように小さな分厚い壁の袋が多数集まったようにみえることが特徴である。UIPパターンの診断においては、蜂巣肺のような慢性に経過した線維化病変に正常肺が介在し急激に変化すること(abrupt change)が診断上重要であり、「1つの二次小葉内で正常の肺胞領域から、進行した線維化初見までの、新旧の病変が混在する空間的時間的多彩さ(temporal or spatial heterogeneity)」が病理学上のホールマークのひとつとされている。*10

UIPにみられる蜂巣肺*11

 この蜂巣肺という概念は、間質性肺炎放射線画像診断においても、あるいはより一層重要である。IPFの高分解能CT(high-resolution computed tomography:HRCT)に認められる所見も病理組織像同様にUIPパターンと呼ばれており、下記の表の通りに確からしさを評価されている。一読すればわかるように、UIPがdefiniteであるかprobableであるかをわけるのは、蜂巣肺があるかどうかが鍵となっている。画像所見における蜂巣肺の定義は、「1-3mmの壁の厚みを持つ3-10mm程度のサイズの嚢胞の集簇」である。*12

2018年改訂ATS/ERS/JRS/ALATによるIPF診断ガイドラインのCTパターン*13


 なお、どのHRCT像を蜂巣肺とみなすかについては胸部専門放射線科診断医による定性的評価が中心となっており、その所見の解釈は放射線科医間でさえ、必ずしも一致しないことが知られている。*14例えば私が今働いている施設では、前施設と比べて「蜂巣肺」と言い切るためのハードルが高く、「世間で言うところの蜂巣肺」というような言われ方を頻回に耳にする。

2023年6月14日14:00 A先生の外来診察室にて

 A先生にせっかくなのでいろいろ質問しようと思い、「これって蜂巣肺っぽいですけどやっぱりちょっと違う感じですよね」と恐る恐る尋ねると、「まあ世間ではUIPって言われるかもしれんな」とバッサリと言われた。
「どのあたりがハニカムっぽくないんですか」
「まずこれ、一緒に出てきてるやろ。時相が一致してるやんか。それで、基本トラクション、気管支拡張の延長になってるねん。気管支とつながってるやろ。肺胞の構造破壊があまりなくて折りたたみになってるねん。だからこれを言うなら、『牽引性気管支拡張を主体とした嚢胞性変化』やな」

 後の議論で重要になるため注釈を付け加えておくと、ここで登場したHRCTというのは、1mm以下のスライス厚で撮影されたCTから、空間分解能を重視したアルゴリズムで再構成を行なって作成した画像*15のことである。要は、従来のシングルスライスCT(single-detector row CT:)よりも性能のよい多列検出器CT(multi-director row CT:MDCT)のおかげで、より薄く輪切りにして分解能が上がったということである。たとえばスライスの厚い画像では既存の脈管構造と病変の連続性をみることが困難となり、正常血管が粒状影のようにみえてしまうことがある。

2023年7月24日10:00 医局にて

 t41の入院時のHRCTを「thin slice」で依頼していたのだが、当院だとそれでは2mm厚になるのを知らなくて、末梢の気管支を追うのが難しかった。結局、前回の入院時に撮像していた1mm厚のHRCTを参照することにした。どの厚さで輪切りにするのかによって、末梢の気管支があったりなかったり、その存在の有無が変容しているかのように思えるのは不思議な感覚である。

 IPFのガイドラインでも「推奨撮影条件」として、「0.5mmから1mm程度の連続スライスデータとして撮影し、そのデータを再構成することによって、5mm厚のCT(肺野条件、縦隔条件)および0.5-1.25mm厚程度のHRCTを作成して観察する」という記載がある。*16
 なお5mm厚や1mm厚というのは体軸(Z軸)方向の空間分解能であり、体軸断面(XY平面)内側の空間分解能は0.5mm程度である。このようにXY平面に対してZ軸方向の空間分解能力が粗いことを指して、非等方性のデータであると言う。

UIPパターンのCT像。背側胸膜直下優位に蜂巣肺、網状影を認める。*17

4. フラクタル構造としての蜂巣肺

 さて、ようやく準備が整ったので、どのようにしてこの間質性肺炎という疾患がフラクタル構造と関係し得るのか、という本筋に戻りたい。私は、蜂巣肺の病理組織像とHRCT像について、医師人生2年ちょっとでいつの間にか前提としてしまっていた勘違いがあった。実は本稿においても、それと同じ勘違いを抱くように敢えてミスリーディングに記述している部分がある。
 その勘違いは、サイズの違い(size gap)について無視をしてしまっていることに起因する。病理組織像とHRCT像の蜂巣肺を並べられると、何となく「病理ではこうみえているものは、画像ではこうなるのか」と納得してしまいがちだが、それらは実はそもそも縮尺が異なるのである。上に引用したUIPの病理組織像の右下には、「1mm」という縮尺が書かれているが、CT像のほうにも縮尺を記述するとすればせいぜい「1cm」程度と書かれるだろう。そう、まさにスケールの違いがそこにあるのだが、病理組織像もCT像も何となく同じような「分厚い壁の袋の集まり」であるために、私は気付かぬうちに同じスケールで「蜂巣肺」というものをみていると勘違いしていたのである。
 ちなみに、このような顕微鏡写真や地図の四隅のいずれかに表示される、実際の長さの目安となる物差しのような目盛りは、スケールバー(scale bar)と呼ばれる。

 ここをさらに正確に理解するために、改めて基本的な解剖から確認する。改めて、気管支のフラクタルな分岐を思い出そう。声門から太い気管として伸びてきたものは左右の主気管支にわかれ、次に葉気管支に分岐する。右肺は3つ、左肺は2つの大葉にわかれており、それぞれに繋がるのを葉気管支と呼ぶわけである。さらに奥に進むにつれ第一節でみたように気管支はフラクタルに分岐を繰り返し、内径が2mm以下になると細気管支、1mm以下になると終末細気管支と呼ばれるようになる。

気管支の分岐と小葉、細葉、肺胞*18

 肺の解剖学的な単位として重要なのは、小葉(Millerの二次小葉)と呼ばれる、約1cm四方(小指頭大)くらいの線維性の小葉間隔壁に囲まれた領域である。だいたいこれを支配しているのが細気管支である。広義の間質(すなわち間質性肺炎という疾患の主座)にはこの小葉間隔壁と、肺胞毛細血管(ガス交換に寄与する狭義の間質)、肺静脈、リンパ管が分布している。
 さらに分岐したあとの終末細気管支に支配される、5mm四方くらいの大きさの領域は細葉と定義されている。1個の小葉の内部には2-5個の細葉が含まれている。そしてさらにその細葉は、肺胞という内径0.2mm程度の「小さい袋」の集まりとなっている。*19

小葉の構造。上図では肺胞の集まりとしての細葉は表現されていないが、胸部CTにおける小葉のスケールがわかりやすく表現されているため引用した。*20

 すなわち非常に大雑把に言えば、上の病理組織像は細葉に、CT像は小葉にだいたい対応している。そのように異なるスケールでありながらも、蜂巣肺のフラクタルな構造のために、それらはあたかも同じ「分厚い壁の袋の集まり」のようにみえているわけである。
 もう少し丁寧に論じよう。下に、前掲とは異なるUIPパターンの病理組織像を示す。この病理組織像は先ほどよりも弱拡大(=より大きなスケール)でみたものであり、みにくいが左下の黒い縮尺の棒には「2.5mm」と書かれてある。引用元の書籍には、病理組織像の注釈に「小葉や、より小さな細葉の辺縁部に沿って線維化病変が分布している」との記載がある。*21図中のISとは小葉間隔壁(interlobular septum:IS)のことだが、小葉のスケールでの「分厚い壁の袋の集まり」と、細葉のスケールでの「分厚い壁の袋の集まり」のどちらもを一望でき、そのフラクタルな構造を直感的に理解しやすい視野となっている。
 前掲の「小葉の構造」の図と下の図を総合的に考えると、UIPパターンのCT像というのは、基本的には小葉のスケールでの「分厚い壁の袋の集まり」をみつつ、一部細葉のスケールでの「分厚い壁の袋の集まり」でも大きいものは確認できる、ということになるのだろうか。 なぜ常に細葉まで、病理組織像と同じように認識できないかというと、それは既に確認したように空間分解能の問題である。小葉間隔壁厚は通常で0.1mm、細葉の壁厚はさらに薄く0.025mm程度で、MDCTのXY平面の空間分解能0.5mmでは通常どちらも認識することができない。それが小葉・細葉の線維化により認識できるようになるわけだが、元々の壁厚の差を考えるとHRCTで認識できるのは小葉間隔壁になるのも頷けるだろう。

『肺HRCT 原著第5版』(丸善出版、2016)55ページ

 ときに、ここで蜂巣肺の定義を改めて確認してみると、「1-3mmの壁の厚みを持つ3-10mm程度のサイズの嚢胞の集簇」というのはあくまで大きさと形態の話であり、小葉か細葉かという解剖学的構造には由来していないことがわかる。ガイドラインにおいても「IPF/UIPのみならず間質性肺炎は、一般的に小葉、細葉辺縁の肺静脈周囲から病変が始まる」という記述がある。*22
 少し話を整理しよう。小葉間隔壁肥厚も細葉辺縁の線維化もどちらもあるとき、病理組織像としてもHRCT像としても蜂巣肺が認められる、というのは想像に容易い。一方で、ひとつは、細葉レベルでは蜂巣肺があっても、小葉レベルでは蜂巣肺が認められないという事態もあり得る。つまりこのような、病理組織学的に顕微鏡下のみで認められる蜂巣肺は、顕微鏡的蜂巣肺(microscopic honeycomb)*23と呼ばれている。顕微鏡的蜂巣肺は、HRCTではスケールと空間分解能の問題から、単にマダラ状の高吸収域としか認識されない場合がある。

より大きなスケールでみたUIPパターンの病理組織像と、そのシェーマ

 それでは、呼吸器内科医が「肺は小さな袋の集まり」と言うときに意識しているのは、どのスケールなのだろうか。それは、小葉であり、細葉であり、肺胞である。胸部HRCTをみているときは小葉のスケールを意識しているだろうし、つくしのようなモコモコした肺のシェーマを紙に書いて疾患の説明をしているときは細葉のスケールを使用しているし、聴診でfine cracklesというバリバリとした音を聞いている瞬間は、線維化した肺胞のひとつひとつが開いていくイメージが頭の中に浮かんでいる。呼吸器内科医は、どこまで自覚的かどうかはさておくにしても、そういったフラクタルな構造とスケールの問題について常に無関係ではいられない職業なのである。それが間質性肺炎の臨床だけではなく、気管支鏡検査を施行するときにも付き纏うということは、もう改めて確認するまでもないことだろう。

5. ポスト多元主義、部分的つながり

 これまで、ストラザーンの『カントールの塵』にインスピレーションを受けつつ、気管支の分岐と蜂巣肺をフラクタル構造として捉えて、病理組織像とHRCT像はスケールの違いによって複雑さは変わらないことを確認してきた。では、そのことが間質性肺炎の診断あるいは存在論を考えるうえでどのような意味を持つのだろうか。
 その問いに答える前に、ストラザーンの議論に再び戻ってこよう。すなわち本節では、すでに予告していたように、ストラザーンによる多元主義および観点主義(遠近法)批判と、その代わりに提出されるポスト多元主義について論じる。彼女はこう言う。

 スケールを変化させるという言葉で、私は、人類学者が資料を組織化するときに決まってする、現象に対するひとつのパースペクティヴから他のパースペクティヴへの切り替えを指している。このパースペクティヴの切り替えが可能なのは、世界が本来的に複数の存在多様な個体や集合や関係性から構成されているという自然観があるからである。*24

 世界には異なるまとまりが共在していて、お互いに重なり合うことがない離接的な状態にあり(多元主義(pluraism))、その世界に対する複数の視点を加算していくことで、全体的な眺望を手にできる(観点主義/遠近法(perspectivalism))。ストラザーンが批判するその世界観を理解するには、『部分的つながり』の原著が書かれた1991年から新版(日本語版の訳出の底本となっている)が出版された2004年あたりの時代の雰囲気について知っておく必要がある。
 当時の人類学が直面させられていたのは、ジェイムズ・クリフォードの『文化を書く(Writing Culture)』(1986年)が与えた多大な影響のもと、民族誌は「大地を上から眺めて」唯一の絶対的な「真実(the truth)」を描くことなどできないという反省であった。*25そのようなポストモダン人類学/再帰人類学の流れにあって、もはや「権威的なヴィジョンをもったフィールドワーカーという『単一形象』」*26に頼ることはできず、複数の、より多くの声を集めるほうへと力学が働く。そこにあるのは「一に取って代わるものは多である」*27という事態だ。

 この論点はのちに、望ましくないイメージをモノグラフから取り除くことをめぐる問いへと至るものの、資料が豊富であるばかりか過剰でさえあるとの筆者の感覚は、当初の通り一遍な取扱いでは充分に向き合うことができないものだった。当時、研究者も大学も、生産する情報の量を倍増しなければならないとされる時代だった。ただ研究するだけでなく、研究者が自分自身について、そして自らの研究活動について幾重にも記述を重ね、アカデミック・パフォーマンスの監査に備えなければならなかった。*28

 多元主義と観点主義/遠近法の批判をするとき、ストラザーンの念頭にあるのはそういう時代性なのである。ただそういう「より多くの」断片を集めることへの志向性というのは、結局、俯瞰や全体性という「一なるもの」へのノスタルジーを捨て切れていないことの表れなのだ、とストラザーンは看破する。

 ここには、コラージュをひとつの複合体と捉えるポストモダンのまなざしとの類縁性がある。いかにも、〔死んだはずの〕主体が消費者像のうちに復活したかのようでなかろうか。旅人が消費者であるというのは、著者性の関わりからでも、出会いの形式との関わりからでさえもない。ただ出会いの効果が立ち現れる場所と想像される点で、消費者なのである。私たちは、フィールドワーカーの殺戮のはてに、ツーリストを発見しただけだったのだろうか。結局、問題になっているのは多声性でなく、自分自身にどのように作用するかを基準に経験を選ぶ、審美家の趣向のうちにある異種混淆性だったのだろうか。自分たちを特定のテクストの生産者として考えることに背を向けたすえ、私たちはただ、すべてを貪り食う消費者に巡り合うだけなのだろうか。*29

 しかしストラザーンによれば、「いかなるパースペクティヴも想定とは異なり、〔加算することで辿り着けるような〕全体的な眺望を提供することはできない」。なぜならばスケールを変更しても複雑性は変わらず、情報量は保存されており、すなわち、より大きなスケールはより小さなスケールの単なる集合ではない。あるいは「すべての」スケールを足し合わせることも原理的に不可能であると、彼女は論じる。

 現象「に対して」数多くのパースペクティヴや観点があるという考えは、理念的には、ありうるすべての見方の総和のようなものを、あるいは少なくとも、パースペクティヴ自体の生産に関する枠組みや発生的モデルのようなものを定式化することができるということを含意している。しかしこれは、パースペクティヴを切り替える際に人が感じる移動や旅の感覚や、ありうるパースペクティヴの数は実際には無限であるという暗黙の知識を、説明できないだろう。というのも、その数とは、そこに立って世界を見ることができる事物の数、あるいは、そのために世界を見たいと考える目的の数、足す一に等しいからである。すなわちそれらの数に、パースペクティヴを通して世界を見るということ自体から生じるパースペクティヴが加わるのである。どれほど多くのパースペクティヴが集められようと、それらはいずれも〔残余であるまたひとつの〕パースペクティヴを作りだす。この形式的な帰結は無限性である。*30

 「複数の一」や「一の多数化や分割」*31の代わりにストラザーンが提示するのが、異なるまとまりが共在していて、なおかつお互いに部分的に重なり合っている状態、つまりポスト多元主義post-pluraismと呼ばれる状況である。人類学者ストラザーンのフィールドであるメラネシア(あるいはグローバル化する現代世界)においては、様々な文化的・社会的要素が互いに部分的につながりあい、互いを前提しあっている。

 西洋のいかなる歴史観に基づいたとしても、広域的な比較ができるのは、パプアニューギニア内陸部にみられるような諸社会が歴史的に関係しあっているという、暗黙の知識が前提としてあるからである。(…)それらの社会はある種の起源、諸集団の移動という同じ歴史を共有し、人々とともに、あるいは彼らとは別に旅をする観念や人工物を共有している。その意味で、諸社会は相互にコミュニケーションしているのである。*32

 ストラザーンはその事態を、先の「一に取って代わるものは多である」に対抗して、「一つは少なすぎるが二つは多すぎる*33と表現する。なおこのタイトルが付けられた節を含む章「フェミニズム批評」で中心的に論じられるのは、ダナ・ハラウェイの「サイボーグ」概念である。本稿では深く立ち入らないが、書籍のタイトルでもある「部分的つながり」は、サイボーグの「つながっていながら比較可能=同質(compatible)でないというイメージ」*34に大いに喚起されて提出された概念である。*35

 私がサイボーグにこだわったのは、その人型の像が釣り合いの感覚に対峙するからである。 サイボーグはスケールに従わない。サイボーグは単数でも複数でもなく、一でも多でもなく、お互いに同形ではないがゆえに比較できない部分と部分を結合するつながりの回路である。単一の存在、あるいは複数の存在からなるひとつの多数体として、全体論的あるいはアトミズム的にアプローチしてはならない。

 サイボーグは、異なる部分が作用するための諸原理が単一のシステムを形成しないため、身体でも機械でもない。各部分は互いに釣り合いがとれてもいないし不釣り合いでもない。内部のつながりは集積回路を構成してはいるものの、単一のユニットというわけではない。 ハラウェイのイメージもこのように作用する。それはひとまとまりのイメージではあるが、全体性のイメージではない〔a whole image but not an image of a whole〕。想像と現実とを接合するからだ。サイボーグは、仮想存在のイメージであり、その文脈や参照点のイメージである。つまり、想像上のサイボーグたちの世界における、他者とつながっているサイボーグのイメージであると共に、そのイメージを用いて思考するに相応しい今日の世界におけるさまざまな状況のあいだのつながりのイメージである。*36

6. 「一よりも多いが、多よりは少ない」 -「複数の存在」としての動脈硬化

 紙幅の都合もあるが、前節まででポスト多元主義の位置付けについては明らかにすることはできたものの、それが具体的に何を意味するかについてはいまだ曖昧なままであることを認めなければない。そこで本節では、ストラザーンに着想を得て動脈硬化存在論についての「実践誌」*37を記述したアネマリー・モルの議論を追っていくことで、医療実践という文脈のなかでその重要性について理解を試みる。
 モルはその著作、『多としての身体(The Body Multiple)』(原著2002)のなかで、「一つは少なすぎるが二つは多すぎる」を明らかに意識した「一よりも多いが多よりは少ない」というテーゼを展開し、「複数の実在ontologies」としての動脈硬化を提示した。次節は、この概念を携えて再び間質性肺炎の実践に立ち返ることによって、その存在論について理解を深める試みになることをここに予告しておく。

 モルは、オランダ中央部の中規模都市の大学病院を舞台に、外来診察室における内科医の診察や手術室での血管外科医の手術、血管検査室における検査技師の検査、合併症を伴う血管病患者の治療についてのカンファレンスの参与観察を行った。以下、『多としての身体』の冒頭で、モルが病理診断室を訪れた際のフィールドノートとそれについての論考を、少し長いが省略しつつみてみよう。

 他の二人と共同で使っている本や論文が散乱した小さな部屋で、病理学の専門研修医が、私の訪問に合わせて二組の接眼レンズがついた顕微鏡を設置していた。(…)私たちは、テーブルのうえの顕微鏡を挟んで座り、それぞれの接眼レンズを覗きこんだ。(…)
「見て、これが血管だ。ここにある。正確には円ではないけど、ほぼ円でしょ。染色液でピンク色になっている。それから、ここにある紫色の部分、これが石灰化だ。中膜のなか。損傷している。脱灰をうまくできていない。それほど長く脱灰しなかったので、メスで切断するのは大変だった。(…)」。彼は、円の中をポインターで指した。「これが内腔だ(…)それから、内腔の周いの最初の細胞の層が内膜だ。厚い。おお、わぁ、厚いな! ここからここまでだ。見て。あなたの探していた動脈硬化だ。これだ。内膜の肥厚。これがまさにそれだ」
 それから、少し間をおいて、彼はつけ加えた。「顕微鏡の下に」。

 私の試みは、この最後の補足にかかっている。(…)この補足がなければ、動脈硬化はひとりぼっちだ。それは、顕微鏡を通して可視化される。(…)
 (…)この補足を通じて全面に出されるのは、内腔の可視性は顕微鏡に依存しているということである。そして同じ意味で、たくさんのものにも依存している。ポインター。スライドを作る二つのガラスシート。検査技師が血管の薄い横断面を作るのを可能にする脱灰も、たとえ十分な長さではなかったとしても、忘れてはいけない。検査技師の仕事もである。ピンセットとメス。いろいろな細胞組織をピンクや紫に染める染色液。病理医が血管壁の肥厚した内腔を見ようとするなら、これらすべてが必要になる。
 (…)疾病は、独り立ちしていない。それが実践されている際に動いているすべてのものと人に依存している。*38疾病は行われるものだ。 
 もちろん、病理医は彼らが見ている肥厚したアテローム動脈硬化症の血管壁を作成していないし、構築してもいない。(…)疾病が行われているとき、それは特定のやり方で演じられていると言えるかもしれない。(…)
 しかしこの場合もやはり、パフォーマンスの比喩は、いくつかの不適切な含意も持っている。パフォーマンスの比喩は、〔舞台上で行われるのは演技であり〕舞台裏に本当の実在が隠れていることを示唆していると受け取られるかもしれない。(…)私は、それらの連想によって、私が行おうとしていること、認識論的ではなく実践誌的に実在を探求するということを、妨げられたくはない。そのためには、多くのことを示唆しすぎない言葉が必要だ。学術的な歴史が長すぎない言葉。英語には、一つのすてきな言葉がある。実行する(enact)。実践のなかで、客体が実行されると述べることは可能だ。この言葉は、アクターを曖昧にしたままで、様々な活動が起きることを示唆する。それはまた、行為のなかで、そしてそのときその場所でのみ、何かが実行されていることも示唆する。*39

 モルは、「存在」はアプリオリにあるものではなく実践に伴って生起するとして、存在を確認したり現象させたりする実践を「実行(enactment)」と呼んだ。*40疾病の存在は、それを実行している実践から決して切り離して考えることはできない。

 この〔引用者注:認識論的な理解から実践誌的な理解への〕変化が意味しているのは、新しい「ある」は状況に埋め込まれているということだ。*41それは、動脈硬化が、どこでもこうであるとか、本質的にこうであるとか、それ自体としてこうであるとは言わない。単独で「ある」ものなどないからだ。あるということは関連付けられているということだ。*42

 そしてそのようにして、客体を、多くの視点(perspectives)がフォーカスする中心である単一の存在(ontology)として捉えるのではなく、客体を実践において操作されるものとして理解することは、「操作の対象が実践ごとに異なる以上、実在は複数化する」。*43すなわち「複数の実在(ontologies)」へと必然的に帰結する。

 病理部の顕微鏡の下で、医療的介入の正否を判定するために、血管の欠片がひとたび身体から切り取られ、薄く切られ、着色され、ガラス製のスライドに固定されたときには、動脈硬化は血管の内宮の浸食と血管壁の肥厚である。しかし、外来診察室で外科医が「何をすべきか?」という問いに直面しているときには、動脈硬化は何か違うものである。それは、定の量の運動の後に起きる痛みであり、歩行中の痛みである。*44

 しかしここにおいて、ポスト多元主義者たるモルにとっての重要なのは、多元的(pluralistic)ではなく多重的(multiple)であるという違いである。多くの実践において実行される動脈硬化はもはや一つではなく、様々なバージョンで出現するが、しかし同時に、何らかの形でまとまってもいる(客体は断片化されていない=多元主義的ではない)。臨床所見、血圧測定、社会的問診、超音波検査、血管造影などたくさん行われたの結果はすべて、ひとりの患者の、ひとつの患者ファイルにまとめられて、治療方針の決定へと帰結する。複数の実在は異なりつつ、部分的につながり、まとまっている。その事態をモルは「多重的」*45と表現しているのだ。ここで、「一よりも多いが多よりは少ない」というテーゼの理解へと至る。

 一つの医療施設においても、たくさんの異なる動脈硬化がある。そうは言っても、その建物は、決して開くことのないドアによって棟に分けられているのではない。異なる形式の知識は、互いに孤立しているパラダイムに分けられているのではない。これは、病院の生活の偉大な奇跡の一つである。病院には異なる複数の動脈硬化が存在しており、それらには差異があるにも関わらず、複数の動脈硬化はつながっている。実行された動脈硬化は、より多い——しかし、多よりは少ない 。多としての身体は断片化されていない。たとえ多数であっても、それはまとまってもいる。*46

 ここで一つの疑問が生まれる。そのように実践において多重化された客体が「まとまってもいる」というのならば、その「取りまとめ(coordination)の形式」は一体どのようなものなのだろうか? 
 しかしその答えを求めるために、モルの動脈硬化についてのいささか抽象的な議論をさらに追いかけるのは、いささか時期尚早である。まだ準備がすべて整っているとは言えない。
 次節では、再び間質性肺炎の議論に戻ってくる。実は、IPFの診断のGolden Standardとされている手法は、(もちろんほとんどの呼吸器内科医が自覚的ではないが)「複数の実在」としての間質性肺炎を前提としたものになっており、まずはそのことを確かめることでこれまでの議論の理解を深めたい。それからその多重的な客体の「取りまとめの形式」について考えるヒントを得るために、IFPのガイドラインを詳しく読みこむこととしよう。

7. 間質性肺炎診断における「MDD」 -「基礎づけ」と「包含」を超えて

 以下に、実際にガイドラインに掲載されている特発性肺線維症のフローチャート*47を示す。余談だが、私はこのフローチャートの面白さに心惹かれて、呼吸器内科医になる最後の決断をしたという経緯がある。

どこにいくにしてもMDDを通る

 刮目すべきは、このフローチャートではどうやっても「MDD」という過程を踏まないと「IPF」という診断に辿り着くことができないという点である。「MDD」とは、呼吸器科医、放射線科医、病理医を含めた多分野による集学的検討(multidisciplinary discussion:MDD)のことである。それはどういう営みであるのか。
 ガイドラインの記載によると、「臨床情報、画像診断、病理診断についてダイナミックな意見交換を通じて行われ、各々の不確実性を補い、判断の精度を高めることにつながる」*48とある。小難しく書いてあるが、「意見交換」とあるように、要は最終的にプロフェッショナルである呼吸器科医、放射線科医、病理医どうしで話し合って診断を決めましょうということだ。私は、ガイドラインというソリッドなエビデンスに基づくはずの文書で、さらに本来であれば機械的に枝分かれを追っていけば診断に辿り着くはずのフローチャートにおいて、このような曖昧さを残していることに衝撃を受けた。最後は話し合いで決まるならばフローチャートもへったくれもないではないか。
 なお「特発性肺線維症診断」というタイトルになってはいるが、「not IPF」ならばどんな疾患であるのか、特発性ではなく二次性=原因があるならそれは何なのか、という議論をすることになるので、実質的にはMDDはIPFを含めたすべての間質性肺炎(あるいはより広い概念としてびまん性肺疾患)の診断のために開催されるカンファレンスであると理解してよい。よく鑑別に挙げられる疾患としては、線維性過敏性肺炎と膠原病肺が圧倒的多数で、あとはサルコイドーシスや石綿などの吸入肺がある。

 さて、私が何よりこのMDDという営みにおいて興味深いと思ったのは、「病理が実在の基礎づけである」という、科学としての生物医学の枠組みにおいては一見揺らぎようのないドグマを(無意識的に)裏切っている点だ。詳しくみていこう。
 たとえば肺癌領域であれば、基本的には治療方針の決定において病理診断が絶対である。*49いくら小細胞肺癌っぽい(腫瘍マーカーproGRPの上昇のような)臨床所見があり、小細胞肺癌(中枢側でむくむくと急速に増大する腫瘤のような)CT像だったとしても、経気管支的な生検の結果「肺腺癌」だという結論になれば、(「おかしいな、小細胞肺癌ぽいと思ったんだけどな」と首を傾げつつも)その患者は肺腺癌として治療されるだろう。「ガンについては、ひとたび病理医による顕微鏡画像が利用できるようになると、それが臨床での物語を凌駕する傾向にある」。*50ここでは、病理組織像が疾病の「基礎的な実在(underlying reality)*51であり、何よりも優先される。
 上記の例で前提としてあるのは、古典的なユークリッド空間における、存在論の階層である。「教科書的な身体——動脈硬化の様々な変異体が投影される単一の仮想的な身体——においては、小さな部分が集まって大きな全体を形成する。細胞は組織の一部であり、組織が臓器を構成し、臓器が身体を作り、身体が人口を形成し、人口が生態系の一部となる」*52。前者は後者を基礎づける。あるいは後者は前者を包含(inclusion)する。なおこのような、基礎づけ-包含を存在論のピラミッドにおいて二項対立的に捉える仕方は『多としての身体』では明示的ではなく、私独自のものであることには注意されたい。*53

 しかしMDDにおいては、画像診断医と病理医が「意見交換」をすることを求められていることからわかるように、どちらも同等の価値をもつ情報として扱われており、片方が他方を基礎づける/包含するということはない。MDDではどうしてこのような事態が起こるのか。
 それは、ひとえに間質性肺炎が「びまん性肺疾患」であることに由来する。先ほどこの名前をさらっと出したばかりだが、びまん性肺疾患とは、「胸部X線写真や胸部CT画像にて、両側肺野にびまん性の陰影が広がる疾患群」の総称のことである。要は肺癌の結節/腫瘤のようにひとところに病変が局地化されているのではなく、肺の全体にわたって病変が認められるような疾患すべてを指す。その定義から察せられるようにびまん性肺疾患に分類されるものは多岐にわたり、そのひとつのグループとして広義間質を炎症の主座とする間質性肺肺炎という疾患がある、という位置付けになっている。

びまん性肺疾患の一覧*54

 びまん性肺疾患あるいは間質性肺炎の病理組織像をみるために実行されるのは、古くは外科的肺生検(surgical lung biopsy:SLB)、近年では経気管支に呼吸器内科医が行うクライオバイオブシー(transbronchial lung cryobiopsy:TLBC)である(クライオとは氷を意味し、気管支鏡づたいに挿入したプローブの先端を凍らせ引きちぎることで検体を採取する手法である)。しかし肺全体に「びまん性に」広がっている病変とは裏腹に、SLBないしはTLBCで得られる組織は肺のごく一部であり、肺全体の病理組織像を代表しているとは限らない。一方で、HRCTでは全肺にわたる病変分布や病変の強弱の評価が可能である。*55
 つまり、病理組織像もHRCT像も、どちらも特発性肺線維症の実在において特権的ではあり得ないのだ。基礎づけあるいは包含という形で、特発性肺線維症という単一の名前のもとに単一の実在を示すことはできない。ここにおいて、古典的な存在論の階層は脱構築されている。「実践においては、医療の存在論は小さいほうから大きいほうへとランクづけされた客体の集合体(assemblage)ではない」*56
 モルも「実在を実行する際の行為の詳細が前面に出されるとすぐに、そのようなスケーリング〔ある尺度に基づいて順序立てること〕の努力は崩壊する」*57と書いているように、ここにあるのはスケールの問題である。ここで改めて、ストラザーンがフラクタル構造から取り出した、「より細かく見たりより広く見たりするというスケールの変更は意味を成さず、具体的なものと抽象的なものの区分を無効化するような状況」を思い出そう。蜂巣肺の例でもみたように、組織病理像からHRCT像にスケールが変わっても複雑性は変わらず、情報量は保存されそれゆえに同等の価値をもつ。一方が他方を包含するということはなく、むしろ、客体はお互いの部分であり得る——すなわち包含は相互的である。
 このことを、モルは非推移性(intransitivity)という言葉を用いて説明している。

 スケールが固定され階層化されているという性質を持つ推移的な世界では、AがBを包含する一方で、BもまたAの内部にあるということは、ありえない。しかし、私たちが住んでいる、実行された客体の世界では、これは起こる。さらには、客体が互いを内包する一方で、同時に、複数の意味で、それらが互換不可能だということもありうる。*58

 議論の流れの都合上、病理組織像とHRCT像の関係について書いてきたが、MDDにはもうひとり、呼吸器内科医も参加している。私たち臨床医は、性別・年齢、患者背景(家族歴・喫煙歴・飲酒歴・職業歴・居住環境・ペットの有無・粉塵暴露歴など)、常用薬、身体所見、血液・尿検査・動脈血液ガス、肺機能検査、6分間歩行試験、気管支肺胞洗浄液*59の所見について述べる。例えば、(蜂巣肺=UIPパターンとIPFが一対一対応であるかのように説明してきたが、実際には)過敏性肺臓炎やリウマチ肺などIPF以外の二次性の間質性肺炎で組織学的/放射線学的UIPパターンが観察されるため、「特発性である」と言い切るためには、このような臨床像が重要になってくる。*60
 もはや口説くなってしまうが、そういった「臨床像」が病理組織像やHRCT像より大きな円で、後者を包含し「全体」を表現するわけではない。蜂巣肺と患者は推移的な関係になく、臨床像もそれ自体として一つの実在である。モルはこのような関係を、ピラミッドとスケッチブックの比喩を用いて表現している。

  実行される客体を、小さいものから大きいものへ、あるいは単純なものから複雑なものへと、一列に並べることはできない。客体間の関係は、実践において見出される入り組んだものである。その関係は、ピラミッド状に重ねられるものではなくスケッチブックのなかのページのように結びついている。新しいページはそれぞれに、別々の技術に基づいた新しいイメージを生み出す。そして、認識できたとしても、スケールもまた、毎回、異なりうる。比較のための固定された点はない。*61

 このように、病理組織像、HRCT像、臨床像、それぞれの実行において実在は複数化されており、それらの複数の実在が、部分的につながりながらとりまとめられる(多重性、あるいはポスト多元主義)ということについては理解してもらえただろう。ではその間質性肺炎の「取りまとめの形式」としてのMDDはどのようなものなのか、という前節最後の問いに戻ってくることになる。以下に、ガイドラインに記載されている、MDDカンファレンスを行う際の推奨事項を示す。

MDDカンファレンスにおける推奨事項*62

 一読してわかるように、この表に書かれているのは徹頭徹尾、どう話し合うべきなのかという条件についてのみである。いかにして「取りまとめの形式」が行われているかは、まったくヒントは隠されていない。これまで何度か引用してきた間質性肺炎の入門書にも、「すなわちMDDは3者が専門家としての情報を持ち寄ってこれを包括的かつ理論的にまとめあげ、診断に結びつけるプロセスを指す」としか書かれていない。少なくとも私が手に入る資料の範囲では、どうやって病理組織像、HRCT像、臨床像が「取りまとめ」られるのかの実際は棚に上げられたままなのである。
 これにはいくつかの理由が考えられる。そもそもMDDを行っている施設は少ない。JRSびまん性肺疾患学術部会がJRS呼吸器専門研修プログラム基幹施設を対象に行ったアンケート調査によると、MDDを定期的に行っている施設は9.6%であった。*63さらにMDDの内容も、上級医や他施設の医師の話を聞いて察するに、施設によってかなり異なっているようなのである。私は、IPFに対してガイドライン的なスタンダードな考えを持つ施設から、今働いている施設に赴任した初日に「この病院にはIPFは存在しないから」(基本的に間質性肺炎は背景に何らかの原因疾患があるという考えに基づく=「特発性」ではあり得ない)と言われて、誇張表現も含まれていたのだろうが衝撃を受けた。
 それでは私が見聞きしたMDDについての効果的なフィールドノートを引用できればいいのだが、残念ながら今のところ手持ちの資料で適切だと思えるものがない。そもそも呼吸器内科のエラ若手である私のMDDに対する参加は実に周辺的であり、フォーマットに則り臨床所見について事前に埋めた用紙を読み上げるスピーカーにすぎない。実際の議論は、熟練した呼吸器内科医、放射線科医、病理診断医による空中戦で、ついていくのにやっとである。これが現時点での本論の限界である。

 やはり私たちは今一度、モルの議論に戻る必要がある。複数の客体の取りまとめの形式について、『多としての身体』の動脈硬化の例ではどのように説明されているのだろうか。その読解と並行して、間質性肺炎の例にも照らし合わせて考えていくこととする。

8. 取りまとめの形式① 加算

 患者が歩行中の痛みを報告し(臨床症状)、外科医は微弱な血管の拍動を感じ(身体所見)、検査技師が足首の血圧が上腕より低いことと、超音波で血流速度が増加していることを測定し(生理学的所見)、血管造影で内腔が狭窄していることを確認する(放射線画像所見)。そのように各種の検査結果が一致しているとき、話はわかりやすい。紛れもなくその患者は動脈硬化を有している。
 間質性肺炎の例も挙げておこう。患者が関節の朝のこわばりを訴え、聴診でfine cracklesを聴取し、血液検査でリマトイド因子や抗CCP抗体が上昇し、HRCT像で蜂巣肺を認め、病理組織像で斑状に分布する小葉辺縁有意の線維化内に胚中心をもったリンパ濾胞の過形成が認められれば、それらはすべてリウマチ肺の診断を支持し、MDDでも満場一致で決定されるだろう。

*64">

リウマチ肺は、IPFではない二次性の間質性肺炎でUIPパターンを示す代表的な例である*65

 しかし、問題なのは検査結果がお互いに不整合(imcompatible)なときである。*66これを考えることが重要なのは、ストラザーンの「部分的つながり」が、ハラウェイのサイボーグの「つながっていながら比較可能=同質(compatible)でないというイメージ」に喚起された概念であることを思い出せば明らかである。
 不整合がある場合のひとつの解決策として、相反する測定結果の間の序列が打ち立てられることによって、一貫性が保たれる。ある人が症状を訴えているにも関わらず血圧が正常であるならば、彼の問題は血管に原因があるわけではない。あるいは、ある人に症状がなくても血圧が異常なのであれば、血管に何か異常があるのだろう。このように検査室が序列の上に来る場合が、医師にとって最も親しみのあるものだろう。
 しかししばしば、測定の実践的な詳細の「括弧を外す」*67ことで、その序列は覆り得る。モルは糖尿病患者を例にとり、進行した動脈の石灰化によりカフが圧迫できず血圧が測定できていない場合や、末梢神経障害のため患者が痛みをそもそも知覚できていない場合を挙げている。そのとき、一方の検査結果は破棄され、他方の検査結果が序列の上に立つことで、不整合は解消される。
 実はこれも、医師にとって馴染み深い営みである。典型的な疾患の症状や検査結果を学び終えた初期研修医が、次のステップとして「診断のピットフォール」として教育されるような事柄についてモルは言及している。しかしここにおいて、結局は「本当は」血圧が低くなるはずなのに測定手法の限界によってそれに到達できていない、というように、序列がたとえ覆ったとしても古典的な存在論の階層は温存されたままだ。それは、これが「科学的な」医師がすでに抵抗なく受け入れている思考法であることそれ自体が、暗示していることだろう。
 そこで、不整合があるときのもうひとつの解決策、つまり異なる検査が異なる結果を与えたとしても一方を破棄しないで済む方法に注目したい。モルは、それを取りまとめの第一の形式として、加算(addition)と呼んでいる。動脈硬化における「ラザフォードの成功の基準」がその典型例として引用されている。

 ラザフォードの計算では、成功の指標は互いにやり合うのではなく、加算される。一方がポジティヴで他方がネガティヴならば、どちらも破棄される必要はない。それらは、相互に置き換えられさえする。
 文献では、「ラザフォードの成功の基準」が何度も何度も使われる。ラザフォード自身だけでなく、他の多くの者によっても。これは、治療結果を評価する異なる研究の比較を可能にする。「ラザフォードの成功の基準」では、改善は複合的な方法で定義される。それは、臨床症状と足関節上腕血圧比の組み合わせだ。様々なカテゴリーの改善が差異化される。たとえば、最良の点数は+3、著しい改善だ。これは、(a)症状が消失するか著しく改善したときか、(b)足関節上腕血圧比が0.9よりも増加したときに付けられる。しかし、もっとも印象的な加算は最小限の改善である+1というカテゴリーだ。これは、(a)足関節上腕血圧比が0.1異常改善するか、(b)症状があるカテゴリーから他のカテゴリーにジャンプしていないときに付けられる。

 しかしながら、これを動脈硬化の多重性を理解するのに適した例として直ちに受け入れるのには、疑問が残る。ひとつには、時間の位相がいつの間にかすり替えられているためだ。これまで治療に至るまでの診断の話をしていたはずなのに、このラザフォードの基準は「成功の」と冠されているように、治療したあとの話(効果)をしている。さらに、部分的につながるということの複雑なあり方について思考してきたにも関わらず、それを単なる数字に還元して決着を着けるというのはいささか乱暴に思える。もちろん、定性的な評価を定量的な評価に落としこむのは必ずしも悪い試みではないが、すべての局面において有用であるとは言えない。それが可能と考えるのならば、それこそすべてを「単一の客体」に還元する多元主義・観点主義的思考だろう。*68
 ただ同時に、この例は本稿で触れてこなかった重大な視点をもたらしてもくれている。それは、たしかに診断と治療というのは不可分であるということである。その意味では、加算のもうひとつのモルが挙げている例は「治療に至るまで」という事相も一致しているし、それらの不可分な関係を考えるのにもよいケースである。

 社会的動脈硬化は、その他の疾病のヴァージョンに加算される。歩行距離や足関節上腕血圧比と、「日常生活への支障」と「やる気」の間に線形的な関係は期待されていない。まさに、患者の身体的な疾病と、私たちが「社会的な疾病」と呼びうるものの間に、線型的な関係があるとはだれも期待していないからこそ、後者に独自の関心が向けられるのだ。(…)加算の結果が、単一の客体となる。侵襲的に治療されるべき動脈硬化か、そうでない動脈硬化だ。
 意思決定会合で、スティンストラさんの検査結果が説明された。私は、彼女が来たときに外来診察室にいた。社交的な女性で70代になっていた。意欲的に外に出て、人生を楽しもうとしていた。愛想が良かった。「これを見てみろ」。年長の外科医がある検査結果を指しながら、若手に言う。「きみはこの患者を手術したいのか?」この状態の血管を? 本気で? そこまで悪くないだろ? どうして、様子を見て、運動し続けるように言わないの?」若手の外科医は平静を保っている。「ええ、はい、そうかもしれません。でも問題は、その女性はいろいろな場所に出かけることが本当に好きなのです。去年、彼女は旅行できていて、今年はできません。旅行は彼女の生きがいです。挑戦しない理由はありません」。*69

 これはMDDにおいてもあり得る話である。仮に、身体所見や血液検査所見は(ステロイドが選択肢として有用な)リウマチ肺を支持し、HRCT像はUIPパターンで、病理組織像は胚中心など膠原病を示唆する所見がなく(ステロイドが長期予後を改善しないと言われている)IPFを支持するような場合を考えよう。このとき、「どんどん呼吸困難が悪化している」「本人が強く希望している」という情報が加算されることによって、ステロイドを導入して治療が開始される可能性がある。これは、臨床像も実行された実在であることを理解できる例として捉えることができる。

 しかし残念ながら、これまで論じてきた加算では、少なくともモルの挙げている例は「本人の社会的な背景が治療介入の有無や内容に影響する」以上のことを言えているか怪しい。それは診断と治療介入が不可分であるという重大な事実を気づかせてくれるものの、動脈硬化存在論における多重性を理解するには不充分に感じる。次節では、もうひとつの取りまとめの形式をみてみよう。

9. 取りまとめの形式② 較正

 モルは取りまとめの第二の形式を論じるうえで、超音波検査と血管造影というふたつの検査に注目している。超音波検査によって血管の流速を測定し、収縮期最大流速(peak systolic velocity:PSV)が2.5以上というのが、血管造影検査における内腔の減少50%以上とそれ未満を区別する基準値となる。かくして超音波検査結果が血管造影検査結果へと翻訳(translation)される。
 PSV 2.5以上をもって血管内腔の50%以上減少とする、という一方向性において、超音波検査と血管造影間の「この翻訳のルールは、超音波検査を血管造影に服従させ*70ている。
 しかしこの翻訳における「服従」について意義を唱える事実がふたつある。ひとつは、血管造影という検査の限界である。血管造影は血管の直径を二次元的にみることしかできず、内腔の三次元的な減少を反映していない。また小さい血管における50%の減少と、大きい血管の50%の減少とでは患者にもたらす影響が異なるのだが、それを同じ数字に還元してしまっている。超音波という動的なデータを得るのが得意な検査の特性を考えると、前者のほうが翻訳がうまくいかない理由として重要だろう。
 もうひとつの事実は、上記の基準値のもとになった研究論文をつぶさに読むことで現れる。その研究では、超音波検査と血管造影検査によって診断された患者のカテゴリーが82%重複していたと報告されている。しかしそれは逆に言えば、18%の患者では翻訳が成功しないということを意味する。相関研究では、そういった両者の差異を「合理的に小さいパーセンテージ」として飼い慣らしてしまっているのだ。
 それでは、実際に翻訳がうまくいかない場合に、どのような取りまとめが行われるのだろうか? モルはそれを較正と呼んでいる。以下に、モルが第三章「調整(coordination)」の最後を締めくくる例として引用しているフィールドノートと、それに付けられた論考を掲載する。

 六ヶ月前に手術したターカンスさんのケース。その後、彼女のバイパスはまた詰まっていた。しかし、正確にはどこまで詰まっているのか? 血管造影写真は問題の場所の先に造影剤を写していないので、閉塞しているだろう。白色は突然止まっている。しかし、超音波検査は依然として、この場所の先でもピークのあるグラフを示している。血流。一人の放射線科の専門研修医が尋ねる。「このようなケース、血管造影が「閉じている」といい、超音波検査が「開いている」といっているケースでは、何を信じるべきですか?」二人の外科医が同時に言う。「超音波検査」。それから、二人のうちの一人がかつてこれに類似した17のケース(血管造影が閉塞を示し、超音波検査が血流を示す患者)をどのように研究したかを語る。17のすべてのケースにおいて、超音波検査が手術の際の発見と一致していることが判明した。「17ケースだけだったから、出版はできなかった。しかし、例外はなかった」。
 ここで超音波検査の肩を持っている二人の外科医は、この技術について多くの研究をしてきていた。その研究のおかげで、ときには、血管造影が閉塞を示し、超音波がそうでないときのような場合には、超音波検査を勝たせることができるようになった。超音波検査を勝たせるために裁定者が引き合いに出された。それは、圧倒的な外科の実在である。すなわち、手術においてひとたび患者の身体が麻酔を打たれ、メスで切開されると可視化される血管の実在であり、そのなかを血が流れていない限りにおいて、外科医が直に内側から見ることができる血管壁の実在である。*71

 これまでの議論に粘り強く付き合ってきてくれた読者であれば、この箇所には疑問を多く抱くことだろう。まず、最終的に超音波検査を「勝たせる」という結論に達するこのケースは、翻訳とそれに伴う較正というより、前節において論じた序列が覆ることの例として捉えるほうが適切に感じる。さらに、「圧倒的な外科の実在」が「裁定者」であるとするその書きぶりは、まるでそれが「基礎づけ」であるかのような違和感がある。どうしてこのようなことが起こるのか。

 それは、動脈硬化について論じている『多としての身体』と、間質性肺炎のMDDという営みを理解したいというモチベーションで読んできた私たちには、これまで見て見ぬふりをしてきた決定的な齟齬があることが原因である。間質性肺炎動脈硬化とでは、診断〜治療の流れにおける病理組織像が実行される時相が異なるのである。
 第八節冒頭の、検査結果が一致していて診断が容易である例において、動脈硬化間質性肺炎を並べて書いた。実は、前者には病理学的所見が含まれていないが、後者には含まれているという重大な違いがあることに注目したい。なぜそうなるかというと、動脈硬化の病理組織像は足を切断もしくは手術=治療されなければ現れないからである。あるいは、亡くなったあとの病理解剖室のなかにおいて実行されることもあるが、いずれにしてもそれは診断の時相よりもずっと後のことである。
 意図的に読み飛ばしてきたモルの議論に、「臨床において実行される実在は、すべてに先立つ」*72というテーゼがある。病理組織像が臨床像の「後付け」として現れるその事態をもって、それが「基礎的な実在」とされているのを転覆するというのが実は本書の試みなのだが、そこを避けても立論は可能であると判断したので言及しなかった。避けた理由は、必ずしも間質性肺炎にもおいては「後付けとして」病理組織像が実行されるわけではないからである。これまで何度も強調してきたように、MDD=診断の過程において病理組織像が重要な役割を果たしているということは、臨床像と同じ時相で病理組織像が実行されていることを意味する。
 どうしてそのことが可能になるのか。それは、間質性肺炎が「びまん性」肺疾患であるからである。肺全体にわたって病変があるからこそ、その「ごく一部」をとってきて、診断に役立てる、という発想が可能になる
(そもそも両肺をぜんぶとるような治療は存在しない)。だからこそ、論じてきたようなHRCT像と病理組織像のスケールの問題が生まれるとも言える。それは、血管を「とってくる」ことがただちに治療を意味する動脈硬化とは対照的である。

 だから、モルの『多としての身体』は、複数の実在としての間質性肺炎を捉えるにはこの上ない補助線となるが、病理組織像、HRCT像、臨床像をに並べて、診断、その後の治療を決定するMDDを理解するには不足している。その時相は決定的に動脈硬化とは異なっているのだ。残念ながら、それが本稿の結論であると言わざるを得ない。

10. Micro-CTは間質性肺炎存在論を揺るがし得るか?

 本稿を締めくくる前に、間質性肺炎領域の最新の研究から、改めて蜂巣肺のスケールの問題について考えてみたい。本節では明確な結論はなく、いくつかの探索的な問いを投げかけるに留まることになる。
 病理組織像とHRCT像の「サイズの違い(size gap)」について勘違いをしていたと第四節で書いたが、実は、それに気付かされたのは今から引用する論文がきっかけであった。その論文*73の、まずは用いられている手法から理解しよう。論文の冒頭に、次のような一文がある。

   Recent studies using ultra–high-resolution microCT imaging have bridged the gap in resolution between MDCT and histopathology.〔強調は引用者による〕

 Micro-CTというのは、HRCTよりもさらに高い空間分解能で撮像することが可能になった装置である。Micro-CTはXY平面もZ軸平面も等しく7μm-13μmと大幅に細かくデータを得ることができるようになり、等方向性空間解像度であることが特徴である。それにより、これまでのHRCTの解像度では不可能であった終末細気管支や肺胞構造を確認できるようになった。

研究のworkflow

 上に示したのは、この論文においてMicro-CTがどのように活用されているのかを解説した図である。研究の詳細は後で触れるとして、注目すべきは「Micro-CT」と題された写真である。その右にあるHE染色された病理組織像は見慣れたものだが、それと同じ「2mm」のスケールで、CT画像の白黒の写真が載っている。つまり端的に、Mico-CTは放射線画像でありながら、病理組織像と同じスケールのものを表現することができるのだ。これがすなわち、HRCT像と病理組織像の間の「gap」を「bridge」するということである。
 これは、単に非侵襲的に病理組織像と同じスケールのものを得られるということ以上に、重要な意味を持つ。すなわちそれは非推移性の問題に関わる。HRCT像と病理組織像はスケールを変更しても複雑性は変わらず、互いに非推移的な存在として実行されていると論じてきた。しかし今や、研究のwork"flow"を左から右にみると、「2cm」のスケールバーのついたHRCT像がそのまま、「2mm」のスケールバーのついたMicro-CT像、そして病理組織像と「流れるように」連なっていく。はたしてMicro-CTは、HRCT像と病理組織像に推移性(transitivity)をもたらし得るのだろうか? もしそうだとすれば、間質性肺炎存在論を根底から揺るがし得る重要な変化である。

 しかし実のところ、本論文における目的、ないしMicro-CTの強みというのは、「分解能が高い二次元画像を得られる」ということにあるわけではない。本論文においてMicro-CTは、Stereology(二次元の断面から三次元の構造に関する情報を抽出し定量化する方法論)の一種として紹介される。すなわち、下記の図の通り、Mico-CTの二次元の断面から、末梢気道の立体構造を3D構築することが可能になるのである。
 カントールの塵にせよ、蜂巣肺にせよ、これまで本稿でスケールの問題を語るとき、それは常に二次元のイメージであった。しかし第四節冒頭の図を思い出すと、そもそも気管支の分岐は三次元にフラクタルな構造をとっているのである。これまでの私たちが存在を実行するための手段(MDCT、顕微鏡)の限界によって、二次元的に捉えていたに過ぎないのだ。

正常肺とIPF肺の3D構成の比較

 さて、ようやく本論文の内容をみていくことにしよう。と言っても、統計学的な手続き(定性的なものを定量的なものに変換する試みである)のすべてを論じるのは私の手に余るので、その重要な示唆するところのみを確認していくことにする。
 本論文は、IPFの早期病変がどのようなものかをMicro-CTを用いて明らかにすることが目的である。両側肺移植を受けた末期IPF患者8人の摘出肺に対して、年齢と性別が一致した未使用のドナー対照肺8人の摘出肺を用意した。全肺を空気で膨張・凍結させたあと、まずはHRCTを撮影した。そのあとsystematic uniform random (SUR) samplingによって全肺から無作為にサンプリングした組織(23mmx23mmx23mm)8つに対して、Micro-CTを撮像した。
 その結果、3D構成されたIPF肺の線維化がある領域では、終末細気管支数の減少、壁面積の増大、気道の変形が認められた。これはある意味自明なことであり、これまでの解剖学的な知識の蓄積で知られていたことを目でみえる形にしたに過ぎない。驚くべきなのは、IPF肺の(病理組織像あるいはMico-CTで二次元に認識できる)顕微鏡的には実質の線維化を伴わない領域においても、三次元病理で定量化された情報によると、有意に終末細気管支数の減少、壁面積の増大を認めていたことである。
 これは、「顕微鏡的には」線維化があると認識されないような領域にも、Micro-CTでは既に病変が進行し始めており、上記の所見はIPFの早期病変であると考えらえる、というのが本論文から得られる知見のひとつである。

下の写真は、IPF肺の顕微鏡的に線維化がない領域とある領域について、Micro-CTの二次元画像と3Dモデルの比較。上の箱ひげ図は、3Dモデルから定量化した結果、顕微鏡的に線維化がない領域とある領域どちらもについて有意に終末細気管支数の減少・壁面積の増大を認めたことを示している。

 これはもちろん、間質性肺炎存在論的にも極めて重要な意味をもつ。HRCT像ではみえない、顕微鏡的蜂巣肺がある(病理組織学的に処理をすることで初めて実行される蜂巣肺がある)ということについては既に論じた。この研究が示唆しているのは、顕微鏡的には確認できない、Micro-CTによって初めて実行される蜂巣肺が存在し得るということである。おそらくもっと適切な名前はあるだろうが、暫定的にMicro-CT的蜂巣肺(Micro-CT honeycomb)と呼んでおこう。
 Micro-CTの臨床応用はまだずっと先になることは確かだろう。しかしこのような、二次元のスケールから三次元のスケールへの変化によって、呼吸器内科医はこれまでと異なる「取りまとめの形式」を求められるようになるかもしれない。

11. 今後の展開について -なぜ診断するか?

 前節において、いくつか今後に繋がるであろう問いを残してきた。最終節となる本節では、また別の角度から、今後考えていきたい展開について論じて締めくくることにする。
 私が改めて論じなければならないと思っているのは、「MDDという医療者にとっては骨の折れる、患者にとっては侵襲的な検査によるリスクを伴う過程を踏んでまで、なぜ診断をする必要があるのか?」ということである。以下に、今働いている施設での一場面を示す。

2023年7月10日10:00 医局での会話

 この病院生え抜きの専攻医ふたりが、外の病院事情について話している。
「××病院は謎に包まれてますよね、肺癌のことになるとエビデンスで責められるという噂ですけど。でも間質性肺炎は結局パルスするから同じやろみたいな空気らしいです」
「うちは診断にこだわるからなあ」
「まあでも診断にこだわるってびまん性くらいですもんね」

 MDDを行なっている施設は少ないということを書いたと思うが、間質性肺炎の診断をどこまで突き詰めたいのか、という関心は本当に施設によって様々である。たしかに間質性肺炎の急性増悪(急激にぐんぐん悪くなること)に対してできることはただひとつ、ステロイドパルス(大量療法)である。慢性期であったとしても、診断をつけたところで呼吸器内科医の使える薬はステロイド免疫抑制剤か抗線維化薬かくらいしか選択肢がないわけで、「診断にこだわる」ことにどこまで意味があるのかという視点を持つ人がいてもおかしくはないだろう。実際、肺癌診療に力を入れている施設で私が働いていたときは、間質性肺炎は「あるかないか」以上の関心が払われる対象ではなかった(間質性肺炎があれば使用可能な化学療法が変わるのだ)。
 しかしながら、すぐにできる反駁としては、第八節の最後に挙げたリウマチ肺とIPFが鑑別になるような例では、やはり診断をつけることは重要だろう。なぜなら診断がそのまま治療に直結するからである。「患者の呼吸状態を考えると治療介入すべきであるから、リウマチ肺と判断してステロイドを入れる」という結論もあり得ると書いたが、それはまさに、そのあとに続く治療が遡行的に診断に影響する、という有様について端的に表している。本稿では、そういった事態について充分に説明し切れていない。
 そういう意味で、診断における取りまとめの形式を議論する際に、治療の話が不可避に忍びこんできたのは、まったくの偶然というわけはないはずだ。モルはその点について充分に意識的でなかったために、「加算」の説明において診断の話と治療効果の話をごちゃ混ぜにしてしまっていたのだろう。*74

 今後の展開のために私がまず取り組むべきなのは、呼吸器内科医としての勉強を重ねていくことはもちろん、MDDの議論を詳細に記述することであると感じている。その資料の蓄積が充分なものになり、本稿の議論を発展することができればまた論じようと思う。

*1:『改訂第2版 初めて握る人のための気管支鏡入門マニュアル』(メジカルビュー社、2021)80ページ

*2:マリリン・ストラザーン『部分的つながり』(水声社、2015)67ページ扉絵

*3:「人類学を書く」営みのうちに『部分的つながり』が位置づけられ、そのオリジナル版序文が「人類学を書く」と題されたのちに、本書全体が「人類学を書く」と「部分的つながり」に二分される。さらに、前者の「人類学を書く」の最後のサブ・セクション、より正確にはサブ・サブ・サブ・サブ・セクションが「部分的つながり」で結ばれ、後者の「部分的つながり」の(サブ・サブ・サブ・)サブ・セクションが「人類学を書く」で閉じられる。

*4:マリリン・ストラザーン『部分的つながり』(水声社、2015)21ページ

*5:マリリン・ストラザーン『部分的つながり』(水声社、2015)24ページ

*6:以前出会ったある人類学者が「自分は理論じゃなくてあくまで地域研究者なので」と話していたのが印象に残っているのだが、この発言もこのスケールの問題をめぐって人類学者が常に自分の立ち位置を意識せざるを得ない状況を反映してのものだろう。

*7:マリリン・ストラザーン『部分的つながり』(水声社、2015)25ページ

*8:日本呼吸器学会 びまん性肺疾患診断・治療ガイドライン作成委員会 編『特発性間質性肺炎 診断と治療の手引き 2022 改訂第4版』12ページ

*9:日本呼吸器学会 びまん性肺疾患診断・治療ガイドライン作成委員会 編『特発性間質性肺炎 診断と治療の手引き 2022 改訂第4版』70ページ

*10:日本呼吸器学会 びまん性肺疾患診断・治療ガイドライン作成委員会 編『特発性間質性肺炎 診断と治療の手引き 2022 改訂第4版』66ページ

*11:日本呼吸器学会 びまん性肺疾患診断・治療ガイドライン作成委員会 編『特発性間質性肺炎 診断と治療の手引き 2022 改訂第4版』70ページ

*12:Hansel DM, et al. Radiology.  2008.

*13:日本呼吸器学会 びまん性肺疾患診断・治療ガイドライン作成委員会 編『特発性間質性肺炎 診断と治療の手引き 2022 改訂第4版』67ページ

*14:Walsh SLF, et al. Thorax. 2016.

*15:Murata K, et al. Radiology. 1989.

*16:日本呼吸器学会 びまん性肺疾患診断・治療ガイドライン作成委員会 編『特発性間質性肺炎 診断と治療の手引き 2022 改訂第4版』11ページ

*17:日本呼吸器学会 びまん性肺疾患診断・治療ガイドライン作成委員会 編『特発性間質性肺炎 診断と治療の手引き 2022 改訂第4版』66ページ

*18:藤田次郎. 日本内科学会雑誌. 2013.

*19:日本呼吸器学会 びまん性肺疾患診断・治療ガイドライン作成委員会 編『特発性間質性肺炎 診断と治療の手引き 2022 改訂第4版』13ページ

*20:長尾大志『レジデントのためのやさしイイ胸部画像教室 第二版』(日本医事新報、2018)184ページ

*21:画像診断 Vol.41 No13. 特集『なぜによくわからない間質性肺炎―疑問と悩みにお答えします― 』(学研メディカル秀潤社、2021)1324ページ

*22:日本呼吸器学会 びまん性肺疾患診断・治療ガイドライン作成委員会 編『特発性間質性肺炎 診断と治療の手引き 2022 改訂第4版』13ページ

*23:日本呼吸器学会 びまん性肺疾患診断・治療ガイドライン作成委員会 編『特発性間質性肺炎 診断と治療の手引き 2022 改訂第4版』67ページ

*24:マリリン・ストラザーン『部分的つながり』(水声社、2015)22ページ

*25:書籍のオリジナル版の序文と前半セクションの題である「人類学を書く(Writing Anthlopology)」が、 『文化を書く(Writing Culture)』のもじりであり、さらに書籍のタイトルである「部分的つながり(partial connections)」は、『文化を書く』の序論「部分的な真実(partial truth)」のもじりであることにここで言及しておきたい。

*26:マリリン・ストラザーン『部分的つながり』(水声社、2015)109ページ

*27:マリリン・ストラザーン『部分的つながり』(水声社、2015)160ページ

*28:マリリン・ストラザーン『部分的つながり』(水声社、2015)48ページ

*29:マリリン・ストラザーン『部分的つながり』(水声社、2015)89-90ページ

*30:マリリン・ストラザーン『部分的つながり』(水声社、2015)257-258ページ

*31:マリリン・ストラザーン『部分的つながり』(水声社、2015)161ページ

*32:マリリン・ストラザーン『部分的つながり』(水声社、2015)227ページ

*33:マリリン・ストラザーン『部分的つながり』(水声社、2015)128ページ

*34:マリリン・ストラザーン『部分的つながり』(水声社、2015)136ページ

*35:なお、サイボーグ・フェミニズムの議論の詳細については手前味噌であるが下記の論考を参考にされたい。

satzdachs.hatenablog.com

*36:マリリン・ストラザーン『部分的つながり』(水声社、2015)128-129ページ

*37:1980年代、アーサー・クラインマンにより、生物学的に定義される「疾病(disease)」と病者の経験する「病い(illness)」の差異が定式化されたことは、医療人類学に少しでも関心のある読者にとっては有名な事実であろう。これに対しモルは、医師による病気の説明を患者のものと同列の「認識」とする主張(ここに通底しているのは観点主義である)は、かえってそれらの「認識」のうちに彼らを留まらせ、両者の分断を強化するものだと考えた。その問題意識からモルは、「認識」のみに注目するアプローチから脱却し、病いと疾病の混合を実践されたものとしてアプローチする方法を提案した。これを「実践誌」と呼ぶ。

*38:詳細に立ち入ることはできないが、このような記述にモルのアクター・ネットワーク・セオリー(Actor-network-theory:ANT)からの影響を感じとることができる。

*39:アネマリー・モル『多としての身体』(水声社、2016)60-64ページ

*40:岸上伸啓 編著『はじめて学ぶ文化人類学』(ミネルヴァ書房、2018)301ページ

*41:この一節にはダナ・ハラウェイの論文「状況に置かれた知(Situated Knowledges)」(原著1988)の影響を強く感じる。ハラウェイは、超越的な、俯瞰的な立場からの客観性ではなく、特定の具体的に置かれた位置・状況からの見方=ヴィジョン(vision)に基づいた客観性について論じた。

*42:アネマリー・モル『多としての身体』(水声社、2016)90ページ

*43:アネマリー・モル『多としての身体』(水声社、2016)29-30ページ

*44:アネマリー・モル『多としての身体』(水声社、2016)90ページ

*45:アネマリー・モル『多としての身体』(水声社、2016)129ページ

*46:アネマリー・モル『多としての身体』(水声社、2016)92ページ

*47:日本呼吸器学会 びまん性肺疾患診断・治療ガイドライン作成委員会 編『特発性間質性肺炎 診断と治療の手引き 2022 改訂第4版』5ページ

*48:日本呼吸器学会 びまん性肺疾患診断・治療ガイドライン作成委員会 編『特発性間質性肺炎 診断と治療の手引き 2022 改訂第4版』6ページ

*49:もちろん肺癌領域においても下記の例のようにクリアカットに診断できるわけではなく、臨床と画像と病理が衝突し合う悩ましい症例において、最終的に「臨床判断」により決定される例もあることは私が呼吸器内科医としていちばん知っている。それは本論が不充分であることを暴くものではなく、むしろ肺癌領域においてさえ病理組織像が疾病の「基礎的な実在」にならない可能性を示唆するものとして捉えることができるだろう。

*50:アネマリー・モル『多としての身体』(水声社、2016)74ページ

*51:アネマリー・モル『多としての身体』(水声社、2016)68ページ

*52:アネマリー・モル『多としての身体』(水声社、2016)171ページ

*53:この階層構造で想起されるのは、精神医学や家庭医療学に関心のある医療者にとっては有名な、生物-心理-社会的(bio-pshycho-social:BPS)モデルを説明する際にしばしば描かれる同心円である。江口重幸『病いは物語である: 文化精神医学という問い』(金剛出版、2019)においてBPSモデルは、「確固とした生物学的な疾患単位が中心にあって、それを取り巻いて派生的な心理的・社会的問題という外皮が被っている」状態であり、ギアーツが描いた「生物学のケーキに、文化の粉砂糖を振りかけた」という図式を決して超えられていないと批判されているが、それも本稿と問題意識を部分的に共有していると認識してよいだろう。またリトルウッドはそれを「マトリョーシカ人形(Russian doll)」型のバイアスと表現したという。

*54:日本呼吸器学会 びまん性肺疾患診断・治療ガイドライン作成委員会 編『特発性間質性肺炎 診断と治療の手引き 2022 改訂第4版』1ページ

*55:喜舎場朝雄 編著『間質性肺炎のみかた、考えかた』(中外医学社、2022)116ページ

*56:アネマリー・モル『多としての身体』(水声社、2016)174ページ

*57:アネマリー・モル『多としての身体』(水声社、2016)172ページ

*58:アネマリー・モル『多としての身体』(水声社、2016)174ページ

*59:ここで詳細に踏み込むことはできないが、気管支肺胞洗浄という呼吸器内科医にとってお馴染みの検査もなかなかなか興味深いものである。すなわち肺という知りたい対象そのものではなく、病変があるだろうところへ向けて生理食塩水を150mL程度かけ、それを回収し、その成分から疾患の性質について類推する、というずいぶん間接的に実在に迫る方法なのだ。これは、呼吸器内科医にとって疾患そのものが(気管支鏡を使ってでさえも)「肉眼的に」みえることが少ない、という診療科の特徴と切っても切れない関係にあるのだが、この論点についてはまた紙を改めて触れたい。

*60:喜舎場朝雄 編著『間質性肺炎のみかた、考えかた』(中外医学社、2022)116ページ

*61:アネマリー・モル『多としての身体』(水声社、2016)221ページ

*62:日本呼吸器学会 びまん性肺疾患診断・治療ガイドライン作成委員会 編『特発性間質性肺炎 診断と治療の手引き 2022 改訂第4版』7ページ

*63:富岡洋海. 日呼吸誌. 2021.

*64:日本呼吸器学会・日本リウマチ学会合同 膠原病に伴う間質性肺疾患 診断・治療指針 2020 作成委員会 編『間質性肺疾患 診断・治療指針 2020』7ページ

*65:日本呼吸器学会・日本リウマチ学会合同 膠原病に伴う間質性肺疾患 診断・治療指針 2020 作成委員会 編『間質性肺疾患 診断・治療指針 2020』7ページ

*66:アネマリー・モル『多としての身体』(水声社、2016)132ページ

*67:アネマリー・モル『多としての身体』(水声社、2016)104ページ

*68:こう考えると、「加算」という名称が、ストラザーンがあれほど散々批判してきた観点主義に通底する「加算主義」と一致しているのは皮肉な話であるし、混乱を招き得るワーディングであると感じる。

*69:アネマリー・モル『多としての身体』(水声社、2016)114ページ

*70:アネマリー・モル『多としての身体』(水声社、2016)122ページ

*71:アネマリー・モル『多としての身体』(水声社、2016)127-128ページ

*72:アネマリー・モル『多としての身体』(水声社、2016)72ページ

*73:Ikezoe K. et al. Am J Respir Crit Care Med. 2021.

*74:「診断と治療」についてモルが論じていないということではなくて、第4章「分配」はまさに治療介入が議論の中心となっている。しかし先述の通り間質性肺炎とは病理組織像の時相の違いがあり、本稿においてはほとんど触れる機会がなかった。