お笑いライブの記録

※2021年9月20日現在の記録です(随時更新)。

2021年(配信ライブ)

9月20日 黒帯会議

黒帯/カベポスター、にぼしいわし

8月18日 ダイヤモンド×黒帯ツーマンライブ『白帯』

ダイヤモンド、黒帯

8月2日 黒帯会議

黒帯/金属バット、侍スライス

7月10日 黒帯会議

黒帯/Dr.ハインリッヒ、ハイツ友の会

6月27日 勇者ああああHP1 第3回~第6世代芸人セーフティネット

アルコ&ピース/三拍子、ペンギンズ、ぐりんぴーす、ラブレターズ、しずる

6月19日 K-PROライブフェスティバル クラウンヒットパレード2021 アルコ&ピースソロライブ

アルコ&ピース

6月19日 ダイアン対かまいたち 見届け人は千鳥さん

ダイアン、かまいたち、千鳥/藤崎マーケット 田崎

6月5日 黒帯単独ライブ「ネタサボってんじゃねぇよ」

黒帯/オズワルド

5月22日 勇者ああああHP1 第2回 P1層のP1層によるP1層のためのゲーム&クイズショー わいわいP1ワールド!

アルコ&ピース三四郎 相田周二ハリウッドザコシショウ東京ダイナマイト ハチミツ二郎さらば青春の光、松崎克俊

5月22日 ダイヤモンド×黒帯ツーマンライブ『白帯』

ダイヤモンド、黒帯

5月8日 さようなら花鳥風月ライブ

ニューヨーク/ザ・シーツ、素敵じゃないか、スーパーサイズ・ミー、サンジェルマンあとむ、9番街レトロ、ネイチャーバーガー、そいそ~す、ナイチンゲールダンス、マリーマリー、まんぷくユナイテッド、令和ロマン、ナミダバシ 太郎

4月24日 勇者ああああHP1 第1回たぶん見てらんない企画墓場

アルコ&ピース三四郎 相田周二、オズワルド、326、ですよ。、松崎克俊、リップグリップ 岩永圭吾

4月4日 黒帯単独ライブ「ネタサボってんじゃねぇよ」

 黒帯/ZUMA

3月9日 のりこ

 黒帯、マイスイートメモリーズ

3月4日 黒帯単独ライブ「ネタサボってんじゃねぇよ」

 黒帯/パーフェクト・ダブル・シュレッダー

2月21日 蛙亭単独 ネコの日イヴ

 蛙亭

2月19日 GAG単独ライブ「ダサ坊の群像」

 GAG

2月14日 空気階段 第4回単独ライブ「anna」

 空気階段

2月13日 ごちゃごちゃ言わずに 理屈なんて後から考えて ランジャタイとキュウを見て!

 ランジャタイ、キュウ

2月1日 黒リッヒ

 Dr.ハインリッヒ、黒帯

1月8日 漫才総本家

 滝音、パーフェクト・ダブル・シュレッダー、もも、Dr.ハインリッヒ

1月1日 マヂカルラブリーno寄席

 マヂカルラブリー、ランジャタイ、ザ・ギース、脳みそ夫、モダンタイムス、永野

2020年(配信ライブ)

12日24日 Dr.ハインリッヒトークライブ「ディアロークハインリッヒ15」

 Dr.ハインリッヒ

12月22日 terauchi寄席

  黒帯、黒木すず、金属バット、デルマパンゲDr.ハインリッヒ 

12月5日ニューヨークと愉快な仲間達in祇園花月

 ニューヨーク、黒帯、ニッポンの社長ビスケットブラザーズマユリカ

12月2日 M-1グランプリ2020 準決勝

 ラランド、タイムキーパー、金属バット、ウエストランドニッポンの社長、ランジャタイ、祇園マヂカルラブリーからし蓮根、カベポスター、ゆにばーす、キュウ、アキナ、おいでやすこが、オズワルド、ロングコートダディ、インディアンス、東京ホテイソンコウテイ、学天即、ダイタク、見取り図、ぺこぱ、滝音、ニューヨーク、錦鯉

11月28日 裏勇者ああああ~ゲームあんまり関係ない悪ふざけだけで90分弱やってみます~

 アルコ&ピース 、ななまがり、ハリウッドザコシショウガリットチュウ 福島、赤もみじ、怪奇!YesどんぐりRPGオジンオズボーン 篠宮、ひろせひろせ

11月23日 バ吾A・しずる村上トークライブ~限定ライブ配信~「空気階段かたまりに聞く」

 バッファロー吾郎A、しずる 村上/空気階段 水川かたまり

11月22日 【DAY1】K-PROライブフェスティバル クラウンヒットパレード2020

 アルコ&ピース(ソロライブ)/青色1号、赤もみじ、銀兵衛、さすらいラビー、Gパンパンダ、ジャンク、新作のハーモニカ真空ジェシカ、ストレッチーズ、大仰天、トキヨアキイ、春とヒコーキ、ひつじねいり、ファイヤーサンダー、まんじゅう大帝国、モンローズ、リンダカラー、令和ロマン/トンツカタン(ソロライブ)/ラブレターズ(ソロライブ)/ハマカーン、磁石、三拍子、モグライダー、ねじ、ヤーレンズわらふぢなるおウエストランドルシファー吉岡、ドドん、スタンダップコーギー、TAIGA、エルシャラカーニ/Aマッソ(ソロライブ)

10月17日 押見トランスLIVE〜改名〜

  押見トランス/マンボウやしろ、しずる 村上

10月15日 第1回もう中学生大会4

 もう中学生/COWCOW野性爆弾 ロッシー、おいでやす小田、しずる、鬼越トマホーク、ぼる塾

10月9日 Dr.ハインリッヒトークライブ「ディアロークハインリッヒ14」

 Dr.ハインリッヒ天竺鼠 川原

9月21日 ハライチライブ けもの道

 ハライチ/オードリー

9月6日 押見トランスLIVE ニューヨーク!カモンカモンカモン!お前ら俺のことなめてるだろうから1回話し合おうぜ!

 押見トランス/ニューヨーク、しずる 村上

8月27日 結局のところ

 アルコ&ピース 平子、麒麟 川島/平成ノブシコブシ 吉村、オードリー 春日、かが屋 賀屋

8月18日 話をする人と話を聞く人

 Dr.ハインリッヒデルマパンゲ、金属バット

8月1日 押見泰憲ライブ

 押見泰憲/しずる 村上

7月12日 Dr.ハインリッヒ単独ライブ『Dr.ハインリッヒの漫才の館』

 Dr.ハインリッヒ

7月1日 生勇者ああああ~無観客生配信って聞いたんで面白いけど地上波でボツにしてた企画、ちょっと試してもいいですかライブ~

 アルコ&ピース/ペンギンズ ノブオ、ラブレターズ、はんにゃ、フルーツポンチ、GAG、サシャナゴン、永野、古川洋平、園山真希絵、しずる、GO!皆川

2020年

10月28日 M-1グランプリ2020 2回戦 @祇園花月

 にゅ~とらる、スーパーフライデー、帝国チーズグラタン、純ウララカ、お茶の葉、ハブシセン、ハイツ友の会、プードル、特攻県警、あかね、壹番地、キングブルブリン、ラビットラ、エルフ、ノーサイン、アンビシャス、イノシカチョウ、角煮フリーランス空飛ぶリビング、シンスプリント、いつもたいしゃ、にぼしいわし、マトイ、天地コンソメトルネード、豪快キャプテン、ぎょうぶ、ピカソ空前メテオ、コンチェルト、いなかのくるまパーフェクト・ダブル・シュレッダー、武者武者、タナからイケダモンスーン、丸亀じゃんご、アルミカン、黒帯、もも、風穴あけるズタチマチ、ガーベラガーデン、ツートライブ変ホ長調からし蓮根、見取り図

8月7日 8月本公演 @NGK

 天竺鼠、川上じゅん、まるむし商店かまいたちウーマンラッシュアワー中川家小籔千豊、川端泰史、すっちー、池乃めだか

2019年

12月7日 12月本公演 @祇園花月

 西川のりお・上方よしお笑い飯、おいでやす小田、コロコロチキチキペッパーズ信濃岳夫、チャーリー浜、辻元茂雄 他

12月4日 M-1グランプリ2019 準決勝 ライブ・ビューイング @MOVIX京都

 金属バット、ダイタク、くらげ、東京ホテイソンセルライトスパマヂカルラブリーすゑひろがりずラランド、錦鯉、ロングコートダディからし蓮根、ニューヨーク、トム・ブラウン、オズワルド、カミナリ、四千頭身インディアンス、囲碁将棋、ミルクボーイ、かまいたちぺこぱ、ミキ、アインシュタイン天竺鼠見取り図、和牛

10月17日 terauchi寄席 @よしもと漫才劇場

 黒帯、黒木すず、金属バット、コウテイデルマパンゲDr.ハインリッヒ

8月29日 スーパーマラドーナNGK初単独ライブ『スタートライン』 @NGK

 スーパーマラドーナラニーノーズ山田、ロングコートダディ堂前、ダブルヒガシ大東、モンスターエンジン、見取り図

2018年

11月18日 11月本公演 @祇園花月

 西川のりお・上方よしお、松旭小天正、ロザン、藤崎マーケット霜降り明星、メンバー/すっちー、吉田ヒロ、高橋靖子、清水けんじ

10月24日 M-1グランプリ2018 3回戦 @祇園花月

 マイスイートメモリーズラングレン、とれたて力、パーフェクト・ダブル・シュレッダー、ミーハーパイソンズ、もも、バニラハンバーグ、リップグリップ、ニメートルズ、モンスターエンジン武者武者、絶対的7%、アンダーポイント、たらちね、タートルデッパ、ツートライブパーラー、マグリット鬼としみちゃむ、ありんくりん丸亀じゃんご、パンドラ、黒帯、ガーベラガーデン、ブービーバービー、センサールマン和田・平賀、なにわスワンキーズどんぐり兄弟パーティーパーティー、きみどり、カベポスター、風穴あけるズハブシセン、戦士、ドーナツ・ピーナツ、ピュアピュアズ、コウテイ、ヤング、キャタピラーズ、ミルクボーイ、金属バット

10月10日 10月本公演【平日公演】 @よしもと西梅田劇場

 パンクブーブーちゃらんぽらん冨好スーパーマラドーナアインシュタインさや香諸見里大介池乃めだか吉田ヒロ今別府直之、吉田裕、信濃岳夫金原早苗森田まりこ 他 

2017年

10月26日 M-1グランプリ2017 3回戦 @祇園花月

 カーチェイス、所ローズ、コウテイ、とり松、どんぐり兄弟、丸亀じゃんご、かまいたち、隣人、センサールマン、美たんさん、モンスターエンジン、プードル、チャイルドプリンス、風穴あけるズ、安定志向、帝国チーズグラタン、わんぱくウォリアーズ、金属バット、スーパー土瓶、ジャンゴ、雷鳴、リップグリップ、パンドラ、マグリットマユリカ、アルミカン、ミルクボーイ、Dr.ハインリッヒ、女と男、ピュアピュアズ、ツインターボキャタピラーズ、薔薇とノンフィクション、トットspan!、アキナ

7月20日 7月本公演 @祇園花月

 中田カウス・ボタン、まるむし商店桂三金吉田たち、ヒガシ逢サカ、パーティーパーティー/辻元茂雄、アキ 他

6月26日 話をする人と話を聞く人 @道頓堀ZAZA HOUSE

 Dr.ハインリッヒデルマパンゲ、金属バット

2016年

11月14日 11月本公演 @祇園花月

 Wヤングまるむし商店月亭方正藤崎マーケット、学天即/辻元茂雄、松浦景子平山昌雄、アキ、島田珠代若井みどり森田展義

11月7日 M-1グランプリ2016 準々決勝 @NGK

 タナからイケダコマンダンテコーンスターチラニーノーズシンクロック見取り図、マユリカからし蓮根、ジュリエッタプリマ旦那ミキ、デルマパンゲ吉田たちラフ次元、天竺鼠プラス・マイナス、馬鹿よ貴方は、アインシュタインとろサーモンザ・プラン9武者武者、ロングコートダディセンサールマンスーパーマラドーナてんしとあくまトットヘンダーソンセルライトスパ学天即、ボーイ、金属バット、尼神インター、モンスターエンジン和牛、大自然ネイビーズアフロ藤崎マーケット祇園ギャロップ霜降り明星かまいたちアキナ、銀シャリ

11月3日 ウエストランド第一回単独ライブ「GRIN!」 @南堀江knave

  ウエストランド

10月20日 M-1グランプリ2016 3回戦 @祇園花月

 コッペパンネイヴィベイビー、丸亀じゃんご、くのいち、もっちーず、ブラボー、オオイチョウ黒帯、ミルクボーイ、チキチキジョニーお茄子カリー、豆腐、バネ、さや香センサールマン蛙亭武者武者、自由気まま、どんぐり兄弟、ひこーき雲、ニッポンの社長天才ピアニスト、コウテイメトロクラフト、ヒラメカレイ、きみどり、マルセイユツインターボ和田・平賀、ジョニーレオポンヘンダーソンニメートルズ、ムニムニヤエバからし蓮根、バブルズマンション、プリマ旦那祇園ダブルアートspan!ネイビーズアフロボルトボルズ

9月26日 狂宴封鎖的世界メーデー」 @新宿村LIVE

 鳥居みゆきラブ守永

4月5日 POISON吉田が5人+2人と漫才 @NGK

 ブラックマヨネーズ 小杉、テンダラー 浜本、ザ・プラン9 お〜い!久馬、すっちー、ダイアン 津田、アインシュタイン 稲田、スピードワゴン 小沢

3月27日 Aマッソ第3回単独ライブ「風呂魚」 @大阪・千日前 TORII HALL

 Aマッソ 

2015年

11月19日 第17回東京03単独公演「時間に解決させないで」 @大阪・サンケイホールブリーゼ

 東京03

10月28日 M-1グランプリ2015 3回戦 @祇園花月

 きみどり、リップグリップ、ムニムニヤエバ大阪ほっと家族、ロックンロールブラザーズチキチキジョニーブラボー、イサリビももかんラッシー、スーパーマラドーナパーフェクト・ダブル・シュレッダー、センサールマンスパンキープロダクション)、どんぐり兄弟コウテイねぐらもぐら、ハチミツラジカル、シンクロックZUMA、ジョニーレオポンセルライトスパニュー梅林、十手リンジン、プリマ旦那金属バット、和田・平賀、タナからイケダ銀シャリフリータイム、span!ノルウェースウェーデンミサイルマン女と男、ヘッドライト、天竺鼠 

2013年

11月16日 日清食品 THE MANZAI 2013 本戦サーキット @祇園花月

 相席スタートアインシュタインアルコ&ピース、インディアンス、ウーマンラッシュアワーえんにち、カーニバル、学天即、キングコング銀シャリコマンダンテ、タモンズ、千鳥、天竺鼠テンダラートレンディエンジェルNON STYLE、ハライチ、モンスターエンジン、和牛

10月27日 日清食品 THE MANZAI 2013 本戦サーキット @NGK

 アインシュタインウーマンラッシュアワー、カーニバル、学天即、かまいたちキングコング銀シャリコマンダンテジャルジャルスパナペンチチーモンチョーチュウ、千鳥、テンダラー東京ダイナマイトトンファーなすなかにし2丁拳銃NON STYLEモンスターエンジン、和牛

4月14日 THE MANZAIツアー in NGK @NGK

 COWCOWテンダラー、ロザン、スーパーマラドーナ、 千鳥、銀シャリ、磁石、オジンオズボーン 

2012年

11月17日 日清食品 THE MANZAI 2012 本戦サーキット @NGK

 アインシュタイン、赤い自転車、ウーマンラッシュアワー 、学天即、さらば青春の光シャイニングスターズジャルジャルスーパーマラドーナ、千鳥、天竺鼠テンダラーDr.ハインリッヒトレンディエンジェルNON STYLE、パープーズ、ライセンス、レイザーラモン、ロザン、和牛、笑い飯

 注:マジでドイタなお笑いファンだった時代↑

ドライブ・レンタ・カー

 まっすぐな道が好きだ。
 昨年に散歩の習慣が出来てから気づいたことなのだが、フェティシズムのようなものと言ってしまって構わないと思う。果てしなく、最後はほんの少しだけ丸みを帯びた地平線がみえるくらいにずっと続いていれば、私の心臓がドクンと脈打つのを感じる。それ以上に語るべき理由も何もなく、まっすぐな道が好きだから好きだ。そんな私にとって、北海道というのはドライブにうってつけの土地である。

* * *

はやく、車買いなよ。

 会うたびにそう私に言うのは、マッチングアプリで出会った隣町の女性である。そう言いながらも車でいろんなところに連れ出してくれるので、おかげでここ周辺の観光地をそこそこまわれている。
 アプリを始めたのは、5月16日に北海道に緊急事態宣言が出た日の夜だった。それまでは週末はふらっとバーに出かけ、職場とは違うコミュニティで無責任に喋ることを心の救いにしていたのだが、それができないとなると耐えられないと思い衝動的にインストールした。
 やってみると、アプリがなければ絶対に出会わなかったであろう人たちと知り合うことができるので、けっこう興味深い。関東かこちらに移住してきて市場に就職した子からは、旧来的な家族制度が強く残り女性が出世できない農業界の現状を聞いた。生まれてからずっとこっちで暮らしてきたが札幌での生活に憧れている女性と話していると、田舎特有の閉塞感みたいなものが生々しく伝わってきた。そうやって何人かと会ってきたが、こちらはほんとうに今パートナーが欲しいというわけでもなく、特にアプローチをするわけでもないので自然に仲が消滅してしまうことも多くて悲しい。
 ——や、悪いのは曖昧な態度でアプリをやっている私のほうだということは、とっくにわかっている。

 そんななかでも隣町の女性はなんだかんだ遊びに誘ってくれるので、お言葉に甘えて車の助手席に乗せてもらう。どこ行っても田舎でしょ、と彼女は自虐的に言うが悲壮感はなくて、この街で人生が完結することを受け入れているのかもしれない。
 タイミングを逃し続けていて、2年経てば関西に絶対に戻るつもりだということはその子には言えていない。車買わないの、と聞かれた私が、そうやねんどうしよかなあ、と返すと彼女はいつも言う。

絶対買う気ないでしょ。

 たぶん彼女は薄々勘づいていると思う。

* * *

 先月いっぱいは、関西から来た母が自宅に滞在していた。車を持っていない私は、週末になるとレンタカーを借り、彼女の行きたい観光地に連れていってあげていた。母の反対を押し切ってこちらに来たという経緯があるので、その償いという意味も含んでいる。
 一方で、詳しく書くことはできないが、母にとって私はおそらく家族のなかで唯一の味方である。私が母を理解してあげないと、彼女は孤独になってしまう。それなのに離れて暮らしているから、普段は苦しい思いをすることも多いのだと思う。
 そう思っていたからこちらにいる間はなるべく話を聞いてあげたかったけど、そうやって観光地に行くとき以外は仕事が忙しくてほとんどロクに喋れなかった。たぶんもう少し話したいことがあるだろう、とは思っていたが、人間としても未熟な私はそれに十分に応えることができなかった。

 母が午前中の便で関西に帰った日、仕事が終わって家に帰ると、綺麗に掃除された机の上にホワイトボードがぽつねんと置かれていた。そこには母の筆跡でこう書かれていた。

Thank you so much. I'm very very happy. See you.

 目下、英語を勉強中の母の精一杯のメッセージだった。彼女はいろいろ思うことはあっただろうに、それでも限られたなかでレンタカーでドライブしたり話を聞いたりということに幸せを見出し、その感謝を最大限に表現してくれたのだ。
 自分の至らなさと、それでもベリーベリーハッピーだと表現する気遣いと、その言葉に幾らかは含まれている母がここにいて幸せだと感じてくれた事実とで、いろんな感情がぐちゃぐちゃになって、私はそのホワイトボードをみつめながら泣いた。

* * *

 8月のレンタカーを借りているうちにと、少し遠く離れた保険代理店に母と生命保険の契約をしに行った。先日、本契約のために再び店を訪れる必要があり、今度は自転車で店まで向かった。
 生命保険のついでに自動車保険の見直しをされてはどうかと店員に言われ、聞くだけならいいかと思い5分ほど説明を適当に聞いていた。しかしそうやって油断していた私に、店員はこう聞いた。

ところで、お車はどちらの会社ですか?

 その頃には今さら自動車がないことを言い出せる雰囲気ではなく、気づけば私は「トヨタで新車を買ったがディーラーに任せっきりだったので自動車保険については詳しく把握していない人」になっていた。さらに10分ほど説明を聞き、「今後検討してきます」の一点張りでなんとかその場を乗り切った。
 私は疲労感を抱きながら店を出て、店員がこちらをみていないことを確認してから、道路に停めていた自転車に跨った。そこから家に帰るまで25分かかった。

* * *

 これはほとんど誰にも言っていないが、7月にとある人に告白をして、あえなく失敗した。といっても最初からそうなることはわかっていたような相手で、彼氏がいることも知っていたが、そういう気持ちを少しでも自分が抱いたままにすることができかったのだ。ほんとの優しさも、下心で汚染されてしまうのが自分には耐えられなかった。
 その人は以前からの知り合いで、こちらに来てからいろいろあって頻繁に電話するようになった人だ。告白をしたあとも特に変わらず電話することが多くて、なんだかよくわからない関係になってきている。
 その人は、せっかく北海道に住むなら車を中古でも買って色んな観光地に行ったほうがいい、ということをしばしば私に言う。私はそれに対して、そうやねんどうしよかなあ、と返すのだが、それを聞くと彼女はこう言う。

絶対買う気ないでしょ。

 たぶん彼女も薄々勘づいていると思う。私はきっと、こっちでレンタカーしか運転しない。

自炊でつくったご飯をただ載せるブログ (1)

 独り暮らしを始めて4ヶ月ほどが経ち、なるべく毎日料理をつくるようにしている。料理をできるようになりたいという気持ちから頑張っているが、同時に料理をとても楽しいと思う気持ちが生まれていることも確かである。「こういう味のものをつくりたい」と考えながら味付けをして、結果その通りに、あるいは想像以上のものができたときの快感が心地よいのだ。通学に時間をかけることがなくなった今、料理をつくりながらラジオを聴く、という習慣をつくったことも継続できている秘訣かもしれない。
 つくるたびに写真を撮って、ごく少数の人にみせて悦に入っていたのだが、90枚フォルダに溜まったのでブログに載せてみることにした。料理初心者の自己満足であり、決して目を見張るような料理がみられるわけではないので、そっと覗き見する感覚でみてもらえれば幸いである。

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21/04/04 酢豚

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21/04/05 焼うどん

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21/04/06 イカの塩辛ともやしの炒めもの・チキチキボーン

この日からランチョンマットが導入されました。

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21/04/07 高菜炒飯

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21/04/10 高菜炒飯

高菜が余りまくっていたので、リターンズ。

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21/04/11 麻婆茄子

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21/04/12 カルボナーラ

色合いまで考えてなくて、かぼちゃサラダで黄色ばかりになったのが反省点。

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21/04/13 豚バラ茄子

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21/04/14 きのことほうれん草のバター醤油パスタ

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21/04/15 残りものと冷凍食品たち

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21/04/16 ツナコーン炒飯

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21/04/18 豚丼
帯広は豚丼が有名なのだが、自分で味付けしてうまくいったのが嬉しかった。

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21/04/19 ナポリタン

具材切るまでやってからウスターソースと赤ワインがないことに気が付き、コンビニまで走った。

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21/04/20 野菜炒め

オイスターソースを求めてスーパーに行ったついでに、たこの刺身が半額になってたので買った。

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21/04/23 炒飯

初任給のお祝いにケーキを添えて。

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21/04/24 にんにくの芽ともやしとベーコン

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21/04/25 焼きそば

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21/04/26 豚バラとニラともやし

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21/04/28 ガリバタ鶏

1週間前に買った鳥モモ肉を冷凍してあったのだが、白ワインで蒸す感じで炒めたら良くなった。

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21/04/29 鶏肉のトマト煮込み

マ・マーナポリタンのソースを転用した。

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21/05/01 いかの塩辛ともやしの塩焼きそば

完全なる失敗。味付けがうまくいかず謎の色合いに。ニラ卵もまったくまとまらず。

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21/05/02 焼きそば

焼きそばの麺を3玉単位でしか買えず、リターンズ。

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21/05/03 焼き鮭

気合を入れて品数多めに。釧路産の生鮭で、塩をふるつもりだったが素材そのままでとにかく美味い。男爵いもを茹でて、マヨネーズつけるつもりが素材そのままでとにかく美味い。北海道。

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21/05/04 回鍋肉

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21/05/05 たらこスパゲッティ with ザンギ

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21/05/06 焼きビーフ

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21/05/07 ジャワカレー

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21/05/09 豚の生姜焼き

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21/05/10 鮭のムニエル

オリーブオイル、白ワイン、バター、バルサミコ酢で味付け。

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21/05/12 豚キムチ

 

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21/05/13 ミートスパゲッティ

ソースのとろみ出すのに苦労した。

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21/05/14 ツナコーン炒飯

疲れていてもさっとつくれるのでよい。

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21/05/15 十勝和牛のステーキ

働いて、お金を稼ぐというのはこういうことです。

 

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21/05/16 冷蔵庫の残り物のバター醤油炒め

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21/05/18 鱒のホイル焼き

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21/05/19 鱒のムニエル

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21/05/20 豚バラ大根

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21/05/21 和風きのこバター醤油仕立て

パスタソースに冷蔵庫で余っていた玉ねぎとほうれん草を足した。

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21/05/22 牛バラ肉のカレー

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21/05/23 ハンバーグ

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21/05/24 カレイの煮付け

近くの広尾という港でとれたカレイ。

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21/05/25 鳥手羽、小松菜としらすの炒めもの

少し焦げたのが反省点。

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21/05/26 たらこバタースパとピザ

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21/05/28 炊き込みご飯

十勝産の長芋の短冊切りを添えて

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21/05/29 炊き込みご飯

少量はつくれなかったので、リターンズ

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21/05/30 鮭のキャベツ煮

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21/06/01 豚丼with アスパラ

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21/06/02 鶏肉のトマト煮込み

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21/06/03 麻婆茄子

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21/06/05 和風カルボナーラ

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21/06/06 きのことサーモンの和風パスタ

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21/06/07 豆ご飯、京鴨肉のコンフィー

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21/06/08 ガリバタ鶏

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21/06/10 豚肉のしょうが焼き

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21/06/12 回鍋肉、万願寺とうがらし、そして北海道は厚岸の牡蠣

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21/06/13 帯広の有名な焼肉店、平和園の冷凍のジンギスカンをスーパーで買ってみた

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21/06/14 お惣菜祭り

疲れ切って帰った日に。

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21/06/15 ホルモン炒め

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21/06/16 豚バラ茄子

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21/06/17 豚バラ白菜

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21/06/19 皿うどん

 

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21/06/21 肉じゃが

今後は煮物にも挑戦していきたい。

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21/06/22 塩鮭と肉じゃがの残り

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21/06/23 ネギ塩チキン

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21/06/24 じゃがいもと挽肉のデミグラスチーズ焼き

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21/06/26 樹々苑の焼肉テイクアウト

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21/06/27 残った焼き肉で丼ぶり

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21/06/28 豚肉と玉ねぎの塩だれパスタ

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21/06/29 ますのムニエル。

あとこのお惣菜の芋餅がほんとに美味い。

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21/06/30 丸ごと玉ねぎと手羽元のポトフ

オレンジページの玉ねぎ特集を参照した。

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21/07/02 ニラ卵、茄子の揚げ浸し、ベーコンオニオンサラダ

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21/07/03 焼きビーフ

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21/07/04 茄子とベーコンのトマトパスタ

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21/07/06 ビビンバ

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21/07/07 鮭のムニエル、アボカドサラダ、広尾産の秋刀魚の刺身、芋餅

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21/07/08 鶏モモ肉のオリーブオイル炒め

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21/07/10 中華丼

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21/07/11 ツナコーン炒飯

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21/07/16 当直お疲れ様ごはん(親子丼、鰤の刺身、ひら天)

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21/07/17 かれいの煮付け

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21/07/18 野菜炒め

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21/07/19 鶏肉の塩ダレ炒め

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21/07/20 高菜炒飯

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21/07/22 焼きうどん

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21/07/24 豚ときのこの柚子醤油パスタ

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21/07/25 ガリバタ鶏

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21/07/26 焼きビーフ

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21/07/27 ツナコーン炒飯

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21/07/28 ツナバジルパスタ

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21/07/29 親子丼

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21/07/30 高菜炒飯、じゃがいもとほうれん草のソテー

頭虫は汚いし目も当てられない

 休日、一日中本を読んでいたら我慢できなくなって、銀杏BOYZを聴きながらチャリで走り出した。24歳の夏である。23歳から1つ歳をとって、もう夏休みは来ない。

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 もともと、川というものが好きだ。だから近くの川まで走った。夕暮れに景色がよく映えていた。私が今住む土地には、高い建物がない。そのおかげで地平線が遠くのほうまでみえる。

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 ふたつある川の合流部まで行ってみようと思った。途中からアスファルト舗装されていない道から砂利に変わり、チャリを適当なところで置いて歩き始めた。10分もすればたどり着くと思っていたら、目測を誤っていて30分近くかかった。気づけばチャリで走っていたころの清涼感はなく、頭虫がぶんぶんと頭上を飛び交い、ときおり耳元を通り過ぎて私を苛立たせた。私はイヤホンの音量を上げたが、一度抱いた不快感は消えなかった。 

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 私は、気づけば銀杏BOYZみたいなことばっかり書いていたし話していたし、それを自分が好きな人にわかってもらいたかったのだと思う。しかしもう自意識と自慰で息をつまらせている場合ではない。自分にまとまりつく頭虫についても書かなければならない。頭虫の不快な羽音も、肌を舐めるような湿気も、サンダルに入りこんで裸の足を汚す砂も、ぜんぶ詳らかに書かなければならない。

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 この前登山をしてエゾナキウサギをみた。たぶんエゾナキウサギはおれのことを知らないと思う。でも人の形をした何かくらいに思ってもらえれば御の字。

2021年1月〜6月に読んだ本

 働き始めたら冊数は減るかなと思っていたのですが、何とかペースを大幅に落とすことなく本を読めました。研修医としての最低限は担保するよう、4月からは「医学のお勉強の本とそれ以外の本を交互に読む」というルールを自分に課しています。

1月

21001 山下武志『3秒で心電図を読む本』(メディカルサイエンス社、2010)

 今までとは全く違う心電図の見方で目から鱗だった。

21002 衿沢世衣子『ベランダは難攻不落のラ・フランス』(CUE COMICS、Kindle

 『GIRL'S SURVIVAL KIT』と『市場にて』が好きでした。

21003 panpanya『足摺り水族館』(1月と7月、2013)

 漫画は全然読んできていないが、小説を含めても今まで読んだ創作のなかでベスト5に入るくらい良かった。偏執狂的に書き込まれた無数のモチーフのひとつひとつが魅力的だし、歩いてる子がその訳のわからなさを受け止める仕方も絶妙だ。

21004 黒田硫黄『茄子(1)』(アフタヌーンKC、2001)
21005 黒田硫黄『茄子(2)』(アフタヌーンKC、2002)
21006 黒田硫黄『茄子(3)』(アフタヌーンKC、2002)

 何が起こるというわけでもないがずっと読んでいられる。

2月

21007 松澤和正『臨床で書く 精神科看護のエスノグラフィー』(医学書院、2008)

 自分が絶対に関心あるだろうと思って読んだものにイマイチ興味を持てないとモヤッとする。エスノグラフィーと言いながら本人のパーソナルな省察の域を出ていないこと、また本書を通じての一貫したテーマを見出せなかったこと、が原因としてあるのだろうか。

21008 大和田俊之/磯部涼/吉田雅史『ラップは何を映しているのか』(毎日新聞出版、2017)

 日本語ラップでの右傾化で用いられたサムライ、般若、軍服などの日本的なモチーフは、一見グローバル視点で日本を見た際のエキゾチックなイメージのように見えるが、どちらかといえば「ラップは浅薄だ」という日本国内の批判への目配りであるという点は盲点だったが非常に納得がいった。この頃Qアノンにご執心のKダブのことを思うとタイムリーでもある。アメリカがコンプレックスで、そのオブセッションを治癒する方法をナショナリズムに見出して行った、という流れは、HIP HOP内外に限らず起こっている話でもありそう。

 ポリティカル・ラップのパロディのスチャダラパー『クラッカーMCズ』(四季の移り変わりを深刻なふりして警告する)の2年後にキングギドラ『星の阻止』(シリアスに環境破壊を訴える)という流れ=「メタのあとにベタがくる」(順番が逆)と、 ラップはストーリーテリングしないといけないという前提があったが日本にはゲットーや人種問題といった"らしい"話は見つからず、いとうせいこう『東京ブロンクス』のように想像力で補ったという話、はラップが輸入物であるからこその話で面白く読んだ。

 また吉田は、(MC漢のように)政治に抑圧された若者としてその身振り・口ぶりが自然と政治性を孕むラッパーこそがポリティカルであるという話を受けて、見えていなかった様々な場所の生活がラップという形で可視化されることを岸政彦『街の人生』になぞらえて論じていたが、「エスノグラフィー的なもの」として今最初に出てくるのが岸政彦であるというのが、彼の売れっ子具合を感じさせられる。上述のような特徴はもちろん岸に限った話ではないので、ストーリーテリング的なラップのエスノグラフィックな意義を論じたものがあったら面白そう。

 相変わらずフェミニズムとヒップホップの関係にも関心がある。『文化系のためのヒップホップ入門』では、女性ラッパー4タイプとして「クイーン・マザー(肝っ玉母さん)」「フライ・ガール(おしゃれで可愛くてファッショナブル)」「レズビアン」に加えて、「シスタ・ウィズ・アティテュード(差別的意に使用されていた「ビッチ」を被差別者自身が逆手にとる)」が挙げられていたが、その例としてのリル・キムの話が今回も出てきていて面白かった。リル・キム以前の、「男性性をまとい、ビッチをdisる」という行為が、社会に進出する女性は男性的であらねばならないという抑圧を表現していたという話は、例えば日本のお笑いにおいても、先日のアメトーークにて3時のヒロインの福田麻貴がラランドのサーヤを「褒める」際に「男の笑いをしている」という表現を用いていたことにオーバーラップする。そういう意味でも日本のお笑いにおけるフェミニズムの議論は何周も遅れていると改めて感じる。
 全然関係ないが、お笑いの話をもう一つすると、本書で紹介されていたECDの「聴衆は現実や政治から逃れるためにクラブに来ているので、ポリティカルなメッセージ性のある曲をクラブのライブで歌うのが躊躇われる」という話は、先日ぶちラジ!でウエストランド井口が「皆現実から逃避するためにお笑いライブに来ているのに、世間に対する愚痴を言ってたらそりゃ人気が出ない」と言っていたのとダブった。

 あとは箇条書きで面白かった話。
・金持ち、自信家、口が悪い」というトランプは「ラップ的」
・トラップ曲が量産され、あまりにも溢れすぎたことによってそのリリックも自己模倣化して均質化していった先に、言語の記号化のような現象が起きている
・トラップはラップとトラックとの境界線が曖昧
アメリカでもスクリブル・ジャムの時代から、いいフリースタイラーほど音源がダサいというジンクスがある
・日本では英語で何を言ってるかわからないのが原体験だったからこそ、逆に過剰に内容を気にする?

21009大橋裕之『太郎は水になりたかった』(リイド社、2015)
21010 大橋裕之『太郎は水になりたかった』(リイド社、2016)

 めちゃくちゃ面白くてあっという間に読んだ。「あの頃」のスクールカーストの下から見上げる虚しさとか、しょうもない自意識とか、いまだに思い出して「アッ……」となる記憶とか、そういうものを生々しく、しかしどこかコミカルに描いている。漫画の合間に挟まれている著者のエッセイを読まずとも、「あの感じ」を学生生活に味わった人が書いた漫画なんだろうなというのがわかった。とてもよい。ところで、とても気になるところで話が終わっていたのだが、この本の第3巻は出ていないのだろうか……?(探しても見つからない)

21011 施川ユウキ『鬱ごはん 1』(ヤングチャンピオン烈コミックス、2013)
21012 施川ユウキ『鬱ごはん 2』(ヤングチャンピオン烈コミックス、2016)
21013 施川ユウキ『鬱ごはん 3』(ヤングチャンピオン烈コミックス、2019)

 共感とか安易にそういうことを言うつもりはないが、飯を食いながらブツブツ独りごつ様子に身を任せて文字列を追うのは単純に心地がよかった。オードリー若林のp高j低という言葉を思い出しつつ、同じような一年を繰り返し消費する鬱野の人生に思いを馳せた。「環境音と同じ周波数の声」めっちゃわかる。

21014 重田 園江『フーコーの風向き: 近代国家の系譜学』(青土社、2020)

 法的権力、規律権力あたりの議論が特に詳しく、頭のなかが整理された。かねてから気になっている、フーコーの「主体性」概念については軽く触れるのみで、充分に理解できたとは言い難いので、また別の機会に勉強したい。

 新自由主義は、社会主義福祉国家を全体の目的のために個人の自由を抑圧する体制として批判し、自らを自由の擁護者であると主張する。このため、新自由主義はあらかじめ「自然に」存在する自由を擁護しているように見える。だが、統治の観点から見ると、実際には全体の秩序や繁栄と両立しうる特定のタイプの自由に価値を与え、その価値を自ら受け入れゲームに参加する個人を作り出しているのである。たしかに彼らは、直接的・強制的な手段に訴えて個人を管理することには反対する。しかし、特定の生活や行為の様式を、個人が「自由に」洗濯するように導く枠組みを作り出す新自由主義のやり方もまた、別の型の統治のテクノロジーであり、別の道を通って自由を秩序に組み込んでゆく方法に他ならない。言い換えれば、新自由主義とは日常生活に介入し、特定のタイプの生を積極的に生み出し、作り出してゆく「生権力」の一タイプなのである。(304ページ)

3月

21015 伊藤計劃『ハーモニー』(ハヤカワ文庫JA、2010)

 「健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて」書かれた小説。必要ない=ハーモニーという結論に至りはするが、それが逆説的には自由意志の確固たる存在という前提を保持したままにしている。エピローグの仕掛けは気持ちがいい。ところどころ、いかにもな典型的SFの台詞回しや物語の展開があるのが気になる。当然ながらフーコーを想起しながら読んでいたが、物語の終盤でそのまま引用が出てきて、直接的過ぎる気がして少し冷めた。

21016 リービ英雄星条旗の聞こえない部屋』(講談社学芸文庫、2004)

 連作3篇であるが、表題作が最も印象に残った。「ヤンキーゴーホーム」と言われてもその「ホーム」すら存在しないベン・アイザック。一文一文の切実さに目眩がする。本作品の舞台は1960年代末であるが、今でもなお過去の話としては読めない作品だと思う。

21017 東浩紀存在論的、郵便論的』(1998、新潮社)

 「思考不可能なもの」を単数的に捉える否定神学システムと、非世界的存在を複数的に捉える郵便=誤配システム。

21018 『新潮 2020年 12月号』

 舞城王太郎『檄』が非常に素晴らしかった。前半の家族/兄弟の話から一転、三島由紀夫を登場させる唐突さは今回の舞城においては成功しているように思えた。最高密度にポリティカルな三島の「檄」を、極端なまでに内面の葛藤に回収させたのは賛否分かれるところかもしれないが、個人的には舞城なりの主題をもって三島へのオマージュを果たしたということで、非常に良かったと思う。オチはやや勧善懲悪的過ぎる大立ち回りという感じだが、環ちゃんという結節点を通じて少なくとも父と母との関係性において救いがみられたのはよかった。
 話は前半部に戻るが、それにしても舞城は、兄との距離感や、家族と話してる時の埒があかない感じとか、今まさに向き合って話してるつもりなのに家族はこれまでの蓄積としか自分を見てくれないことへの苛立ちとか、ほんとうに書くのが上手い。舞城って兄弟とかいるんだろうか、もしいないとしたらあの感じを生々しく書けるのは凄い。でも奈津川サーガも含めて考えると、やっぱり実際にいそうな気がする。

21019 小川糸『たそがれビール』(幻冬舎文庫、2015)

21020 國分功一郎・熊谷晋一郎『<責任>の生成ー中動態と当事者研究』(新曜社、2020)

 対談本だからある程度は仕方がないのかもしれないが、本人たちが書内で語っているほどには『中動態の世界』から議論が進展しているようには思えなかった。特に「責任」概念が気になっているが、以前から各媒体で語っていることにそれほど大差なく、当事者運動の知見を味付け程度に足したくらい。各授業終わりに質問をしていた糖尿病内科医(もしかしてあの批評家?)が、(ある程度知識や考えを共有している)ふたりとは異なる角度で非常に切れ味が良かったので、医療者でありかつ違う背景を持つこの人が議論に参加していればな、とも思った。 
 國分の言う「自分が応答すべきである何かに出会ったとき、人は責任感を感じ、応答する」という責任は、確かに格好いいのだけれど、「一人ひとりの生命は有限だけど、悠久の大義のために死ねば、永遠に生きることができる」ということを言った田辺元とか、(國分が何度もハイデガーを参照しているが)ハイデガーナチスの関連とか、どうしてもそういう全体主義的なものとの関連を頭に浮かべてしまう危うさを感じる。というのが本書を読んだ発見。

21021 浅田彰『構造と力』(勁草書房、1983)

 コード化=原始共同体から、重畳したコードを超越的な頂点によって包摂・規制する超コード化(古代専制国家)、異づけられた質的な位置の体型として整序されていた社会が、バラバラに解体され同質化されて量的な流れの運動の中に投じられる脱コード化(近代資本制)。

21022 阪大哲学研究会 希哲会『希哲 第四号 「しらふ」』

4月

21023 石井美保『環世界の人類学』(京都大学学術出版会、2017)

 存在論的人類学の流れを受けて、さらに一つその先の話をしているという印象。

 それ[神霊]は人々の生活世界であるジョーガの領域につながりつつ、人間にとっては不可知のマーヤの領域を満たす力であり、それらのあいだにおいて刹那的にのみ現勢化される=「いまだ—ない」と「すでに—ない」のあいだに束の間顕在化する偶有的な様態である(465ページ)。

 

21024 『くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン 番組オフィシャルブック』(総合法令出版、2021)

 私のラジオの原体験が、時を超えてこのようなファンブックが出るとは、感無量です。

21025 矢野晴美『絶対わかる抗菌薬はじめの一歩』(羊土社、2010)

 抗菌薬のとっかかりの勉強として読みました。

21026 『N:ナラティヴとケア 第12号──メディカル・ヒューマニティとナラティブ・メディスン』(遠見書房、2021)

 ある種の説教臭さ・教条主義的な側面と、学問としての側面と、そして実践されるものとしての側面と、ナラティヴ・メディスンがそのあいだを今なお揺らぎ続けるありさまを、ここに集められた11の論考がそれぞれに体現しているような印象を受けて面白かった。宮本の論考で指摘されていた医学教育における人文学の「上滑り」には大いに共感するところがあったのでおもしろく読んだ。医学概論がメディカル・ヒューマニティの文脈にこう配置されるのかという興味深さもある。
 金城の論考は、「共同著作」をキーワードに、ナラティヴと医療の関係性(敢えてナラティヴ・メディスンとは書かないが)についてよくまとめられていて、今後も参照することがあるだろう。個人的には、実際の医療現場における医師の"Shared decision making"の受容のされ方と比較しながらの視点があればより面白いと思った。医療現場でかなりふつうに聞く言葉であるにも関わらず、その解釈は個々人の実践に大きく委ねられている概念であると個人的には感じている。

21027 大曲貴夫『感染症診療のロジック』(南山堂、2010)

 前半は抗菌薬治療の基本的な考え方、後半は救急外来のセッティングで「感染症っぽい」人が来たときの思考経路、と前後半でふたつのテーマがある本だったが、本書を通じてエビデンスに基づいたロジカルな臨床推論のいろはを教えたいという筆者のスタンスが通底していて、読みやすいし勉強になった。

5月

21028 伊藤亜紗『どもる体』(医学書院、2018)

 まずは単純に、連発・難発・言い換えなど、吃音をもつ方がどのようなことを経験しているのかを詳細に知ることができてよかった。議論としては、レヴィナスの、能動と受動が混じり合う状態のなかでの「自己から匿名状態への移行」を引用していたあたりが面白かった。 素の状態で喋るというのは自分の喋りをゼロから自分で構築することだが、「リズム」や「演技」では、自分の運動の主導権が自分でないものに一部明け渡されている。つまり自分の運動を構築するという仕事を、部分的に「パターン」にアウトソーシングしているのだと。それに関連して言い換えを警戒する派と、言い換えを肯定する派にわかれ、「わたし」というアイデンティティをいかように捉えるか、という話に発展していくのは、非常に普遍的な部分につながっていておもしろく読めた。
 ゴフマンの引用も適切であると感じた。ゴフマン的な意味での「演技」は、(完全にではないにしても)本人の意図によって行われる人格の制御であるが、吃音当事者が行う「演技」の場合には、社会的な印象が、運動上の工夫の副産物として生じることになり、自分では制御できないところで自分の印象が形づくられる。これも吃音というテーマで話しているが、私も自分の「演技」をすべて統御できている感覚はなく、その場その場で何が最適かという試行を繰り返して否応なく「その場における私」という「演技」ができあがっていく感覚があって、それを事後的に否定的に評価したり、あるいはそれも自分だと肯定したり、そういう引き裂かれのなかに自分があるなと思って、そういう意味で私は吃音的に生きているのかもしれないという感想を抱いた。

21029 松原知康・吉野俊平『動きながら考える!内科救急診療のロジック』 (南山堂、2016)

 ERにおけるプロブレムのlist up、prioritization("ENTer"と"3C"に基づく優先順位づけ)、grouping(鑑別疾患の統合と分類)の流れを具体的な症例に基づいてイメージしやすく解説する本。網羅的に「この症候ではこれ」に詳しくなれるわけではなくて、あくまでそのERでの思考の過程を可視化することが目的なので、前者を目的として救急の本を探している人は注意。あとは苦手になりがちな系統だった血ガスの読み方の解説がよかった。

21030 岡本裕一郎『フランス現代思想史』(中公新書、2015)

 レヴィ=ストロースラカン、バルト、アルチュセールフーコードゥルーズ=ガタリデリダに至るまでのフランス現代思想の流れを、この薄さで正確さを犠牲にすることなく記述した本。ある程度の事前知識を前提として、一般に混同されやすいポイントを強調して書いてくれるのが大変ありがたい。個人的な感想としては、デリダがやはり難解でいまだ咀嚼しきれていない。

21031 『レジデントノート 2018年8月 Vol.20 No.7 エコーを聴診器のように使おう! POCUS〜ここまでできれば大丈夫! ベッドサイドのエコー検査』(羊土社、2018)

Point-of-Care Ultrasound [POCUS]のなかでも、FOCUS(focused cardiac ultrasound)、肺エコー、腹部エコーあたりが詳しくて勉強になった。ただ全体としてみたときに、初期研修医が救外で即戦力的に必要されるエコーについて必要十分な内容かというと、詳し過ぎたり足りなかったりするので、エコーを勉強する一冊目の本ではなかったかなと思った。

21032 北村紗衣『お砂糖とスパイスと爆発的な何か』(書肆侃侃房、2019)

 目の覚めるようなピンクの見返しが素敵な本。フェミニスト批評入門であり、フェミニズム入門でもあるこの本は、映画や文学の間に浸透している男性中心主義的・女性差別的な価値観を鋭く切り出す。(陰謀論、男性性への渇望、既存の体制や社会秩序に対する疑い、暴力の美化、強くてカリスマ的なリーダーであるタイラー・ダーデンなど)オルタナ右翼の白人男性が支持する『ファイト・クラブ』を、女を排除し、暴力を男らしいものとして美化する傾向が実は幸せをもたらさないということを皮肉る作品として読み替える論考がおもしろかった。

21033 増井伸高『骨折ハンター レントゲン×非整形外科医』(中外医学社、2019)

 救急外来でとにかくよく骨折・外傷が来るので読んだ。「非整形外科医が骨折について知っておくべきこと」というコンセプトで大変読みやすいし実践的である。骨折の分類を分類のためでなく、骨折線のイメージのために使おう、というのは目から鱗だった。巻末に整復や固定のやり方も書いてあるのが有難い。

21034 石井遊佳『象牛』(新潮社、2020)

 この小説を例えば親子の相剋、あるいはひとりの女性の恋路の物語として読むことはできるが、そういう要素還元的な解釈を拒む存在として物語に位置するのが象牛である。ニヤニヤしながらわれわれを弄ぶ象牛はたしかに人生の何事かを暗喩しているように思えるが、しかしそれを抽象的な何かに解釈しようとした瞬間に、そこにあったはずの非現実的なリアリティは消え去っていく。象牛(とリンガ茸)を媒介しなければ思考できない世界がある。めくるめく主人公の回想とヴァーラーナシーの場面が絡み合うなかに、わたしの世界も否応なく撹拌されていく。

21035 山﨑道夫『レジデントのための腹部画像教室』(日本医事新報社、2017)

 網羅的ではあるが、タイトルに「レジデントのための」とあるようにレジデントにとって必要十分な内容量かというと微妙だなと思った。総論部分は勉強になったが、特に各論部分は詳しくはあるが救急対応における画像の見方を助けてくれるような内容ではなかった。画像は豊富なので、疾患別の実際のCT所見のイメージを一度つけるのにはよいかもしれない。

21036 飯田淳子・錦織宏 編 『医師・医学生のための人類学・社会学』(ナカニシヤ出版、2021)

 こちらに感想を書きました。 

satzdachs.hatenablog.com

21037 佐藤健太『「型」が身につくカルテの書き方』(医学書院、2015)

 カルテを書くくらいさすがにできると思っていたが、読んでみると自分がどれだけできていないかを思い知らされる良書。さっそく明日からカルテを改善してみようと思う。

21038 伊藤亜紗『目の見えない人は世界をどうみているのか』(光文社新書、2015)

 目の見えない人には「視点がない」話が印象に残った。それゆえに自分の立っている位置を離れて土地を俯瞰することができたり、月を実際にそうであるとおりに球形の天体として思い浮かべたり、表/裏の区別なく太陽の塔の三つの顔をすべて等価に「見る」ことができる。

21039 讃岐美智義『やさしくわかる! 麻酔科研修』(秀潤社、2015)

 麻酔科のローテが始まるということで読んだ。読み比べをしていないのでわからないが、基本的な知っておくべき事項を平易に書いた良い入門書であると思う。しばしばある権威主義的な部分に食傷気味になるのと、文章が読みにくいところがあるが、これは好みの範疇だと思う。

21040 島村一平『ヒップホップ・モンゴリア 韻がつむぐ人類学』(青土社、2021)

  めちゃくちゃ面白かった! そもそも目に触れる機会すらなかったモンゴルのヒップホップ事情について、その歴史から一冊で詳しくなれる。「モンゴルには文化がない」というコンプレックスから、「発展」=「西洋化」への欲望と、外来の文化を飼い慣らしたい=「モンゴル化」の駆け引きのさなかにある状況を、ヒップホップシーンが象徴的に表している。シャーマニズムの身体技法としての「韻」を、ヒップホップのミュージシャンが「フリースタイル」と呼ぶ即興で韻を踏みながら歌詞を生み出していく手法と重ねて論じる部分も面白かった。
 ポスト社会主義におけるモードの「記号的意味のタイムラグ」の話も面白い。90年代-ゼロ年代初頭のモンゴルにおいて、西側の文化や商品が急激に押し寄せるなかで、ヒップホップ系のファッションスタイルに記号的意味は「自由と豊かさの象徴」=「欧米の高い文化/高価な商品」=「ハイカルチャー」。その結果、サブカルチャーが輸入されても、欧米で持つ記号的意味(黒人にとっての「抵抗のスタイル」)が理解されるまで時間差があったのだという。

遊牧から都市定住化へ。文明レベルの大転換によって引き起こされる軋み。ゲル地区派と都会派のラッパーたちは、お互いがかつての/これからの自分の自画像であるということを薄々知っていながら、対立をする。(393ページ)

 Mrs Mの"Bang"が、リリックはもちろん、トラックとラップの技術も含めていちばんのお気に入り。Zoomgalsが台頭する今の日本でも流行りそうなフェミニズム・ヒップホップ。

youtu.be

21041 田中竜馬『Dr.竜馬の病態で考える人工呼吸管理』(羊土社、2014) 

 麻酔科のローテ中に、人工呼吸器を扱ってるけど何も仕組みわかってない!となって読んだ。説明が呼吸生理・病態に則していて、なおかつ平易な文体で読みやすい。「要はこういうこと」の言い換えがたくさんあるのが個人的にはとても好み。後半のケーススタディは、病棟管理で実際に使用する場合に改めて読もうと思った。

21042 伊藤亜紗『手の倫理』(講談社選書メチエ、2020)

 序章の、「『まなざしの倫理』は、身体接触=介助を必要としない、健常者の身体を基準にした倫理」(33ページ)というセンテンスが目から鱗だった。「部分の積み重ね」であり「時間がかかる感覚」である触覚について、双方向的で、生成的な(あらかじめ用意された意図のとおりにはコミュニケーションは進まない)やりとりという観点から分析する。
 看護師が体を「さわった」ときに患者に蹴られ、その患者が「暴力的」として扱われた出来事をとりあげて、「自分の体に突然さわる看護師のほうがよっぽど暴力的」としていたくだりは、この本においてはたしかに正論なのだが、「さわる/ふれる」ことの多い看護師の仕事と、そのとき蹴られた当人の気持ちを考えると、(医療者側として)そこまで割り切って「よっぽど暴力的」と批判することはできないなと思う。 

21043 讃岐美智義『麻酔科研修チェックノート 改訂第6版(羊土社、2018)

 麻酔科ローテ中の暇な時間にちまちまと読んでいた本。タイトル通り、研修するうえで必要な知識はすべて揃っていると思う。ポケットサイズで持ち運びもしやすい。

業績集

1. 学術論文(査読有り)

外山尚吾,青木杏奈,藤崎和彦,錦織宏.「医学とは何か」を問う教育の実態調査:中川米造の医学概論の観点から.医学教育.2020;51(4):379-388.

https://www.jstage.jst.go.jp/article/mededjapan/51/4/51_379/_pdf/-char/ja

Toyama, S., Poudyal, H. Prevalence of kodokushi (solitary deaths) in the Tokyo metropolitan area. SN Soc Sci 1, 163 (2021).

link.springer.com

2. 著書

外山尚吾(2019),「言葉」をめぐる考察―医療における熟慮と選択.In 荘子万能・小泉俊三(編),私にとっての“Choosing Wisely” 医学生・研修医・若手医師の“モヤモヤ”から,金芳堂,京都.ESSAY 9(pp. 92-95).

www.kinpodo-pub.co.jp

3. 翻訳書

木村正博,木原雅子(監訳)(2017),グローバルヘルス 世界の健康と対処戦略の最新動向,メディカルサイエンスインターナショナル,東京.
外山尚吾(共訳・立山由紀子),非感染性疾患.第13章(pp.341-374).
Richard Skolnik(2015),Global Health 101(Essential Public Health) ,Jones & Bartlett Learning,Massachusetts.

www.medsi.co.jp

松田亮三,小泉昭夫(監訳)(2020),社会的弱者への診療と支援 格差社会アメリカでの臨床実践指針,金芳堂,東京.
外山尚吾,サービスが十分に行き届いていない患者の倫理的ケアにおける原則.第3章(pp.25-37).
外山尚吾,十分なサービスを受けられていない患者のためのメディカルホームをつくる.第8章(pp.87-96).
外山尚吾,ケアの環境としての家族.第15章(pp.169-179).
T.E.King,Jr., M.B.Wheeler & A.B.Bindman(2016),Medical Management of Vulnerable & Underserved Patients,McGraw-Hill Education,New York .

www.kinpodo-pub.co.jp

4. その他の研究報告等

外山尚吾.医学教育への学生参与の現状およびこれからへの提言.新しい医学教育の流れ.2018;17(4):349-351.

外山尚吾,池尻達紀,小林充.地域医療を再定義する―「地域医療のコアを考える会」の取り組み.日本プライマリ・ケア連合学会誌.2018;41(4):191-193.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/generalist/41/4/41_191/_pdf/-char/ja

外山尚吾.コロナ禍における学生の教育参画―そもそも論から考える.医学教育.2020;51(3):358-359.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/mededjapan/51/3/51_358/_pdf/-char/ja

外山尚吾,宮脇里奈,種村文孝.”そもそも論”から議論する学生の教育参画―「学生と教員の懇談会」の試み.医学教育.2020;51(6):691-695.

5. 学会発表等

池尻達紀,外山尚吾,荘子万能,柴原真知子,羽野卓三,小野富三人,鈴木富雄.「きょういくDIY~「明日の医師」とつくる、これからの医学教育」.第48回医学教育学会大会.大阪.2016年7月30日.(学生×教員対話セッション)

荘子万能,池尻逹紀,寺田悠里子,草場英太,箱山昂汰,相庭昌之,外山尚吾,柴原真知子,大滝純司.医学教育の「当たり前」を問い直す:当事者間の協働に向けて.第49回医学教育学会大会.北海道.2017年8月19日.(学生×教員対話セッション)

井口真紀子,木村武司,外山尚吾,孫大輔,錦織宏,密山要用,宮地純一郎,宮地由佳,森下真理子.旅するプライマリケア①人文社会科学に魅せられてー他者理解・対話・スピリチュアリティー.第11回日本プライマリ・ケア連合学会学術大会.広島.2020年5月31日.(インタレストグループ)

外山尚吾.臨床実習の経験をフィールドノートに書くということ.第52回日本医学教育学会大会論文抄録集,24,2020年8月.(シンポジウム企画「地域医療教育における文化人類学の可能性」)

外山尚吾,宮脇里奈,種村文孝.“そもそも論”から議論する学生の教育参画──「学生と教員の懇談会」の試み.第52回日本医学教育学会大会論文抄録集,81,2020年8月.(ポスター発表)

外山尚吾,青木杏奈,藤崎和彦,錦織宏.「医学とは何か」を問う教育の実態調査:中川米造の医学概論の観点から.第52回日本医学教育学会大会論文抄録集,96,2020年8月.(口頭発表)

6. その他

・医療倫理に関する対話型フィールド学習の開発 -京都大学チャレンジコンテスト2017(2017)

www.kikin.kyoto-u.ac.jp

・医学教育の展望:学生と読むTomorrow’s Doctors -DOCTOR-ASE(2017)
DOCTOR-ASE:医学生がこれからの医療を考えるための情報誌

医学生よ、声をあげよ 医学教育への学生の参画を考える ―第5回医学生日本医師会役員交流会― -DOCTOR-ASE(2017)
DOCTOR-ASE:医学生がこれからの医療を考えるための情報誌

・SANDBOX Session.1-1:風邪に抗菌薬 -LINK-J(2017)

www.link-j.org

・タイ東北部の田舎地域で気付いた「価値観」 -INOSHIRU(2018)

inoshiru.com

・AI/IoT時代の医療プロフェッショナル像~君は、生き延びることができるか?~ -Antaa Media(2019)

med.antaa.jp

日本医師会後援映画 「山中静夫氏の尊厳死」 -DOCTOR-ASE(2020)
DOCTOR-ASE:医学生がこれからの医療を考えるための情報誌

 ・FACE to FACE:重堂 多恵×外山 尚吾 -DOCTOR-ASE(2021)

DOCTOR-ASE:医学生がこれからの医療を考えるための情報誌

せいほ — Notes on "Anthropology and Sociology for Doctors and Medical Students"

 「あの人、せいほだから」

 それは、医療現場でしばしば聞く言葉である。想像に難くないように「せいほ」とは「生活保護(受給者)」のことであり、しばしばその隠語には差別的なニュアンスが含まれている。幾度となくトラブルを巻き起こす患者が「せいほ」だと明らかになると、医療者たちは納得した表情を浮かべ、「せいほ」だという噂はさざ波のように伝わっていく。あるいは、「害のない」「ふつうの」患者だとしても、「せいほ」だということは眉を顰めてヒソヒソ声で語られる情報として受け止められる。
 臨床実習中にも、医師として過ごしたまだごく僅かな間にも、同様の場面には何度も遭遇してきた。そのような態度の根底には、明示的に言われることがない(本人も自覚していない)にしても、「せいほ」は怠惰であるとか、ずるいとか、まともに取り合う価値のない相手であるとかいった偏見が多かれ少なかれ存在している。私はそのたび、体の芯が熱くなるような怒りを感じる。社会のセーフティネットをどう捉えるかということについての私の信念・信条があり、上述のような振る舞いは社会正義に反していると強く思うのである*1

 誤解を招く導入かもしれないので、以下、いくつかの点について注釈を加えておく。
 もちろんいわゆるDifficult Patientのすべてが「せいほ」ではないし、「せいほ」のすべてがDifficult Patientではない。医療者とトラブルになることと、「せいほ」であることにはたして相関があるのかどうか、寡聞にしてわからない*2。だから以降の議論では、「『せいほ』の人がトラブルを起こしたときの、医療者の向き合い方」という風に場面を明確に設定して話を進めていこうと思う。
 同様にして、医療者の皆が皆「せいほ」の人たちに対してネガティヴな態度をとるわけではないというのも事実であろう。ここで、医療者に対する偏見という点にも牽制を加えておく必要がある。ネガティヴな感情を持つ人からそうでない人までグラデーションであるし、そのネガティヴな感情の中身もそれぞれ多様だと思う。
 また、病院でトラブルが起こるとき、医療者が身体的な危害を加えられる場合もあり、それはどんな事情があろうと言語道断である。そこまでいかないにしても、暴言を投げかけられた医療者の精神的ダメージや、円滑な業務遂行を阻害されることの不利益についても考慮するのがフェアだろう。

 ただ、以上の点を留保しておくとしても、である。片足の爪先だけ医療の世界に突っ込んだ身として、病院でトラブルが起こっていて、目の前の患者が「せいほ」だとわかった瞬間に流れるあの何とも微妙な——感覚的な表現が許されるならば「うわっ」という空気、あれだけはいつも肌で生ぬるく感じる。そのたびに私は憤りを覚える。

人道主義への絶望

 しかし私は沈黙する。他職種、上司はもちろん、同じ立場であるはずの研修医に対してもその憤りを表明できない。他人との衝突を恐れる私のひ弱な精神性もまた、原因のひとつである。
 また、ただでさえ忙しい医療者たちにとって、トラブルによる陰性感情のやり場を「せいほ」という属性に求めるという思考回路について理解できないわけでもないし、それを頭ごなしに否定することはできない。私は一介の研修医であり、本当の意味で当事者性を持ってこの問題に直面したことはいまだない。

 だがそれ以上に、私の沈黙の理由には、こういう局面で人道主義的な反論の仕方をすることへの絶望がある。もし「人道的な」医師であれば、「せいほ」を上述のような仕方でネガティヴに表現することを咎め、問題を起こす患者に「共感的態度」で接することを勧めるだろうか。
 この、「患者さんを思いやり、共感しよう」というようなたぶんにmoralな色合いを纏った標語(クリシェと言っていいかもしれない)は、届く人には届くし、届かない人には届かない。「共感」は卒前医学教育のなかで、「ああいつものあれね」とでもいうような説教くさいワードとして、半笑いで茶化しながら受ける道徳の授業のような受け止められ方をしている(と、私は思う)。あるいはOSCEという試験をくぐり抜けるためのあくまで技術的な要素の一つに成り下がっている(と、私は思う)。

 それではいったい、どのような仕方で歩み寄りを求めるべきなのだろうか? 私は、「せいほ」に対する偏見に満ちたふるまいに対して、「生活保護受給者という他者を理解する」という切り口に希望を見出したい。むろん「共感的態度」の重要性そのものを否定するわけではないのだが、人道主義的な半笑いワードと誤解されやすいそれよりは、いたってリアリスティックで、私たちがやるべきことを明示してくれるこの言葉のほうが好ましいと私は思う。

他者を理解する

 ここで紹介したいのが、4月に出版されたばかりの『医師・医学生のための人類学・社会学―臨床症例/事例で学ぶ』の第4章、人類学者の浜田明範の短い論考である。ここでは、「月毎に入退院を繰り返す」生活保護受給者のCさんが、医療費が無料になるからそのようにしているのではないかという疑われ医療者たちから否定的な感情を向けられる、という事例が冒頭に紹介されている。まさに「『せいほ』の人がトラブルを起こしたときの、医療者の向き合い方」である。

www.nakanishiya.co.jp

 浜田はその事例に対して、前提として「Cさんの行為が、Cさん自身の戦略とともに、生活保護に関する細やかな仕組みによっても方向づけられている」とする。まずこれは非常に重要な考え方である。「せいほ」が怠惰であるとかずるいとか思われるとき、その人の行動はすべて彼/彼女の管理下にあり、その行為の責任は当人にすべて帰されるという前提に立っている。そうではないというのが上の一文であり、これは社会科学の基本的な考えである。
 そのうえで、「Cさんの行為を理解するためには、単純に彼女は病人役割*3から逸脱しているのでけしからんと理解して済ませるのではなく、彼女が病人以外のどのような役割をもっており、そこではどのような行為が期待されているのか、また、彼女の行為がどのような制度的・技術的な前提によって支えられ、導かれているのかを検討する必要がある」と書いている。
 それはまさに、医療現場における「せいほ」をめぐる問題系について風穴を空ける考え方であると思う。私が卒前医学教育において「共感」ではなく「他者理解」という表現を使うべきだと考る理由は、「他者理解」はそうしようとする態度さえあれば、いくばくかの知識(Cさんの事例ならば生活保護制度をめぐる諸々)を身につけることにより少なくとも試みることができるということである*4
 この「いくばくかの知識」というのが大事で、それは決して、文学的想像力といった(そういった分野に関心がない人にとっては)曖昧模糊としたものに頼るわけでも、その人の倫理観に情動的に訴えかけるわけでもない。生活保護受給者の行為が「どのような制度的・技術的な前提によって支えられ、導かれているのか」を「知る」という、いたってシンプルで、ソリッドな過程である。

 以下の浜田の一節は、ここだけでもすべての医師・医学生に読んでもらいたいと思わせられる、素晴らしい文章だ。

……医療社会学や医療人類学では、Cさんの行為を道徳的に批判するよりも、Cさんの行為を可能にする条件に目を向けることに価値があると考える。問題を個人の性格や資質に還元するよりも、個人にそのような行為をおこなわせる条件を再検討するほうがより根本的で、広範に適用可能な解決につながると考えるからである(40ページ)。

 なお、以上は私が勝手に行った文脈づけであり、本来の著者の意図とは少なからず逸脱している可能性があることを、本節の最後に一応つけ加えておく。

「社会」について

 「共感」や「想像力」と同じような文脈で登場する言葉として、「傾聴」がある。いかにも、「傾聴」することは「他者理解」においても同様に重要である。しかし医学教育の場に輸入されるにあたって、その言葉はしばしば、患者の心の中・内面を掘り下げることを意味して、そういう「パーソナルな(個人的な)」領域を詳らかにすることが「他者を理解する」ことだと受け取られる節がある。それはまったく間違っているというわけではないが、いくらか訂正が必要である。
 前掲書の第2章、「社会科学と医療」で星野晋は、社会の「マクロ的側面」と「ミクロ的側面」という言葉を用いて以下のように論じている。

 ……医療専門職が社会科学から学ぶべきことは、社会の状況や動向を把握しその文脈で保健・医療を理解するマクロ的な視点と方法、そこで得られる知見を関連づけつつ、多様で変化しつづける臨床現場の具体的ケースを読み解くミクロな視点と方法ということになる。そして社会のマクロ的側面とミクロ的側面は常に連動している以上、両者を同時並行してあるいは関連づけながら学ぶことが肝要である。

 医療はそれぞれの国や地域において、法・制度・政策・経済などに規定される社会の仕組みの一部をなしている(=社会のマクロ的側面)。一方で、医療の対象とする患者や医療福祉サービスの利用者は、家族・近所・職場などの人間関係を生きる社会的存在である(=社会のミクロ的側面)。この両方の視点があってこそ、人類学を人類学たらしめるのである。
 ごく一部の人類学に関心のある読者によってクラインマンが読まれているというのは、非常に喜ばしい事態である。しかしその「説明モデル」や「病いの語り」といった概念が独り歩きすると、そういう社会科学の広い視座が失われてしまう危険性もある*5。これは「微小民族誌」がしばしば批判の的になるのと似たような背景である。

 前節の「せいほ」のCさんの話も、とどのつまりは「社会のマクロ的側面」と「社会のミクロ的側面」から理解せよということである。それが異質馴化(Making the strange familiar)であり、そのことが自分の当たり前の前提を疑うことにつながる、すなわち馴質異化(Making the familiar strange)である。

『医師・医学生のための人類学・社会学』についての覚え書き

 これまで医師・医学生が人類学を学びたいと思ったときには、人文系の学生向けの書籍を読むか、ごく限られた文脈での書籍(精神医学という文脈のなかで、クラインマン・グッドの解釈人類学の流れを理解する*6)を読むしかなかった。そんな私自身の昔のことを考えれば、このような、実際に医師・医学生にとって場面を想起しやすい事例をベースに人類学・社会学の概念を学べる書籍が出たのは、間違いなくマイルストーンな出来事である。
 本を読むのが億劫だという人、そういうブンケイの話は興味ないよという人も、最初の数十ページだけでも読むことを何としてもオススメしたい。それだけこの本は、「現場の医師・医学生にどうすれば還元できるか」について考え抜かれて書かれている。

 以下、蛇足ではあるが、そのほか本書について良いと思った点と悪いと思った点をそれぞれふたつずつ挙げて、締めと代えさせていただく。

・提示されている症例が、家庭医・精神科医というかねてから人文系との相性が良い診療科だけではなくて、呼吸器内科医や神経内科医、ひいては救急医によるものが混ぜられているのが素晴らしい。人文社会科学は一部のマニアックな人たちが学ぶためだけのものではなくて、すべての医師・医学生にとって有用になり得る可能性を秘めている(と、私は思う)。

・この本の構造自体が、おそらく敢えて(無機質で人文系の学問とは相性の悪そうな)コアカリの構造に則っているのがユニークである。卒前医学教育の枠組みでこれができるのだという編者らの気概を感じる。

・紙幅の限界もあり、ひとつひとつが総論的な域を出ていないのが残念である。パーソンズの役割論はたしかに頻出の重要概念であるが、こう何度も重複して出てくるとさすがに飽きてくる。一方でたとえば補完代替医療は医療と社会科学の接点で考えるのに非常に有用なテーマであると思うが、不完全燃焼のまま原稿が終わった感がある。もう少し事例数を減らして、ひとつあたりの原稿枚数を増やしてもよかったのではないかと思う。

飯田淳子は巻末で「それで結局、臨床現場ではどうすればよいのか」という問いについて触れているが、本書では到底まだ答え切れていないと思う(もちろん、答える必要があるのか、というところから問いを立てることもできる)。しかしそれは本書の次に出る書籍の役割であろう。

*1:そもそもそういうのをシニカルに言えるのが医師なのだ、みたいなノリも、煙草吸う中学生のそれとほとんど同じでダサい。

*2:何となく多そうな気がする、という私の所感それ自体も、無意識の偏見に根ざしているのかもしれない。

*3:医療社会学におけるパーソンズの有名な概念であるが、その紹介は紙幅に収まらないため今回は断念する。

*4:あくまで「できる」ではなく「試みることができる」である。ほんとうはここに書いたほど容易ではないし、そのような他者理解の不可能性に向き合ってきた学問こそ人類学である。

*5:ただもちろん、そのようなリスクよりも、クラインマンが医師に読まれることのメリットのほうがはるかに大きい。

*6:江口重幸『病いは物語であるー文化精神医学という問い』(金剛出版、2019)。むろんこれは良書である。