自炊でつくったご飯をただ載せるブログ (3)

 100枚溜まりました。途中サボって手抜きが増えている時期もちょいちょいあります。こうやって100枚貼るの地味に大変なので今回で最後にしようかと思っています。

22/03/08 豚の生姜焼き

22/03/09 鍋

22/03/10 豚ロースのチーズ巻き

22/03/12 鍋

22/03/13 ハンバーグ

22/03/14 ケールのチーズナッツサラダ

22/03/15 ビビンパ

22/03/16 タンドリーチキン

22/03/18 残りもの

22/03/22 残りもの

22/03/23 残りもの

22/03/25 塩クリームレモンパスタ

22/03/26 鶏の香草焼き

22/03/27 鶏肉のトマト煮込み

22/03/28 ビーフカレー

22/03/29 エビクリームパスタ

22/04/01 塩クリームレモンパスタ

22/04/03 桜ますのガーリックソテー

22/04/04 桜ますときのこのバター醤油炒め

22/04/05 塩ちゃんこ鍋

22/04/06 塩ちゃんこ鍋

22/04/09 じゃがいものソテー

22/04/10 たらこクリームパスタ

22/04/12 焼きうどん

22/04/13 鶏の香草焼き

22/04/15 豚の生姜焼き

22/04/17 鶏の香草焼き

22/04/19 野菜炒め

22/04/20 青椒肉絲

22/04/21 ツナコーン炒飯

22/04/22 トマトクリームパスタ

22/04/23 ツナコーン炒飯

22/04/25 さわらの味噌煮

22/04/26 肉じゃが

22/04/27 肉じゃが

22/05/07 桜ますのホイル焼き

22/05/08 手羽先の水炊き鍋

22/05/09 桜ますのムニエル

22/05/10 なすといんげんの豚バラ巻き

22/05/11 残りもので

22/05/14 なすとアスパラのポン酢パスタ

22/05/15 昆布だし鍋

22/05/17 時鮭のアクアパッツァ

22/05/19 鶏肉のバター風味炒め

22/05/20 時鮭のホイル焼き

22/05/21 鶏肉のトマト煮込み

22/05/22 氷見イワシのアンチョビトマトソース(麺は氷見パスタ)

22/05/23 しらすとアボカドのパスタ

22/05/24 時鮭とますのトマト煮

22/05/27 時鮭ときのこのソテー

22/05/28 スモークサーモンの和風パスタ

22/05/29 豚バラなすのガーリックポン酢炒め

22/05/31 かぶらときのこの炒めもの

22/06/01 かぶらの炒めもの

22/06/02 なすとトマトのパスタ

22/06/03 ピラフ

22/06/04 ピラフ

22/06/05 ビーフカレー

22/06/06 にしんの味噌煮

22/06/07 鶏肉と白菜の煮物

22/06/08 大根の昆布だし煮

22/06/09 鶏肉とかぶらのクリーム煮

22/06/10 豚バラ大根

22/06/11 豚と大根のキムチ煮

22/06/12 豚キムチ

22/06/13 炊き込みご飯

22/06/14 炊き込みご飯

22/06/16 スモークサーモンのパスタ

22/06/17 ビーフカレー

22/06/22 本ますのムニエル

22/06/23 野菜炒め

22/06/24 本ますのホイル焼き

22/06/25 回鍋肉

22/06/26 きのことほうれん草のパスタ

22/06/29 野菜炒め

22/07/01 野菜炒め

22/7/2 鮭のホイル焼き

22/7/3 鮭のムニエル

22/7/7 サーモンキムチユッケ丼

22/7/8 ますのホイル焼き

22/7/9 ますのスープ煮

22/7/10 豚キムチ

22/7/11 野菜炒め

22/7/12 豚肉の塩ダレ炒め

22/7/13 ステーキ

22/7/15 ステーキ

22/7/19 茹でガニ

22/7/20 サーモンキムチユッケ丼

22/7/21 冷しゃぶ

22/7/22 豚キムチそうめん

22/7/23 冷しゃぶ

22/7/24 エビとブロッコリーの塩炒め

22/7/25 ズッキーニとトマトのそうめん

22/7/26 ジェノヴェーゼパスタ

22/7/27 豚キムチ炒飯

22/7/30 豚肉と小松菜の中華炒め

22/7/30 いわし明太子

22/7/31 豚キムチ

22/8/1 いわし明太子

22/8/2 豚肉とほうれん草の塩バターパスタ



















2022年1月〜6月に読んだ本

1月

2201 窪田忠夫『ブラッシュアップ急性腹症 第2版』(中外医学社、2018)

 救急外来で出会う急性腹症に苦手意識を抱いている人に最良の本であると思った。通読を前提としており、著者の臨床経験をもとに「要はこういうこと」という書き方であるため、講義を実際に聞いているかのようなわかりやすさがある。

2202 S.H.McDnielほか『家族志向のプライマリ・ケア』(丸善出版、2012)

 家庭医にならないにしても、家庭医療学的な知見のなかでも家族志向型ケアは重要になり得ると考えていたため読んだ。臨床現場で断片的に聞いていたことが理論的に整理されてよかった。ごくごく素朴な感覚として、人付き合いがめちゃくちゃ苦手だという意識があるというのと、家族の混沌とした関係は自分のそれだけで十分だというのがあって、家庭医は自分には無理だと改めて思う。

2203 増井信高『結局現場でどうする? Dr.増井の神経救急セミナー』(日本医事新報社、2020)

 めまい、頭部外傷、そして脳卒中について、ERで出会う神経救急の気になる点をすべて網羅していると言っても過言ではない。文章は端的でわかりやすく、「非専門医に知っておいて欲しいこと」というスタンスが徹底されていると思う。とりあえずこれに従っておけば間違いないと思えるだけ説得力と確かなエビデンス

2204 小川公代『ケアの倫理とエンパワメント』(講談社、2021)

 「ケアの倫理」について、ジェンダーセクシュアリティのテーマに関連づけながら、文学批評の立場から論じている。この文脈でネガティヴ・ケイパビリティが出てくることがやや意外である。アガンベンの「開かれ」やアーレントの「勇気」など、言葉だけ出して深く概念を説明しない部分がいくつか散見されるのが気になった。

2205 聖路加国際病院内科チーフレジデント 編『内科レジデントの鉄則 第3版』(医学書院、2018)

 1年目が終わりに向かっている今読むと、断片的な勉強の間を埋めるようなことがまとめて書いてあったり、これまでの復習になるようなことが書いてあったりして、有益なことが多かった。もちろんまだまだ自分は足りない。ただ網羅的過ぎて読んでいてしんどいところは多いし、ここは本書でなくてもっとそれ用のテキストで勉強したい、という部分も少なからずあった。バイブル的な位置付けになっているが、個人的にはこれ一冊というよりは、知りたい範囲に応じた適切な詳しさの本のほうがよいのではないか。

2206 吉田敬『社会科学の哲学入門』(勁草書房、2021)

 社会科学の科学哲学の入門書。方法論的個人主義・方法論的集合主義の学説史が簡単にまとめてくれている第1章、ありがたい。著者は制度論的個人主義の立場であるようだが、この立場がどのくらいの批判があって、どのくらいの支持を得ているのか別の意見を聞いてみたいところ。第3章で紹介されていた、セイラーによる、合理的経済人に基づく経済学=規範的理論、行動経済学=現実の人間の経済行動に関する記述的理論、という整理は議論の出発点としてクリアでしれてよかったと思う。第4章は文化人類学徒にはお馴染みの文化相対主義批判。
 第5章のスタンドポイント理論や、第6章の多重実現可能性テーゼは初めて学ぶ概念だったので勉強になった。 ソーヤやキンケイドを踏まえて非還元主義的な社会科学のあり方を目指すというのはとても真っ当な方向に思えて、納得して本書を読み終えた。
 個人的に科学哲学の本はやっぱり苦手だなと再認識した。なんかどこまで行っても空を掴む感じがするし、そもそも好奇心がくすぐられない。できればもうこういうのは読みたくない……

2207 平島修ほか 編『身体診察 免許皆伝: 目的別フィジカルの取り方 伝授します』(ジェネラリストBOOKS、2017)

 執筆している著者および想定されている読者がおそらく総合診療界隈で、自分にとって詳し過ぎる(ここまではやらない)という部分も少なからずあった(タイトルが『免許皆伝』となっている所以かもしれないが)。ただ写真も豊富でわかりやすく、そこをみれば良いのかと目から鱗のところもあったので、「救急外来でみるうえで身体所見を診断に使いたい」など目的を決めたうえで本書にあたるとよいと思った。

2208 杉本恭子『京大的文化事典 自由とカオスの生態系(フィルムアート社、2020) 

 理由なき思い込みで大変申し訳ないのだが、本書をずっと「キッチュサブカルな京大文化」として上手に商品化したものだと思っていた。しかしそれは著者があとがきで書いているように全く異なり、コタツ折田先生像の馬鹿馬鹿しさ、西部講堂の文化的拠点としての役割に触れつつも、現在のタテカン問題や副学長情報公開連絡会の一方的な中止、吉田寮第二次在寮期限問題に明確に触れていて、2020年現在の「京大的文化」にたちこめる暗雲まで率直に描き切った素晴らしい本だった。
 昨年(2020年度)に大学を卒業するにあたって「今の京大は、知っている姿とは全く変わってしまった」と強く思ったことを今でも覚えいてる。大学を離れた今、そういう感情を改めて惹起させられた。ただここには複雑な感情があって、じゃあ自分がそういう「京大的」なものに低学年から触れられていたかと言うとそんなことはなくて、内向的・閉鎖的な私はそれをいつも横目にキャンパスに歩くのみだった(これは後述する森見登美彦のインタビューに重なることがあり、いたく共感した)。それは自分が医学部であったということは全く無関係ではなくて、この本の京大マップに(地理的には吉田南のすぐ隣であるのにも関わらず)医学部キャンパスが描かれていないのは、そういうことだろう。なので常に「京大的なもの」への私の眼差しは、郷愁半分・憧憬半分の、どうにもならないものである。そして今こうやって書くことで、この本を読んで「これが京大だよなあ」と「当事者」でもないくせに勝手に「思い出」として消費することを自分に許さないようにもしている、のかもしれない。
 最後の森見登美彦のインタビューが、いろいろ活躍する人たちを横目に四畳半にこもりきりの学生生活を送ったという彼の複雑な感情がざっくばらんに語られていて、「京大的文化」へ深い思い入れのある著者の目線からちょっと離れて、俯瞰的に、しかしより残酷に現実が前景化する構造になっているのが、意図した構造ではないだろうが見事だと思った。「阿呆は『阿呆っていいね』と言ったとたん腐る」「なくなりかけているから保存しようとするんですよね」とか、ちょっとした言葉が鋭利で刺さりまくった。

2209 弘世貴久 編『レジデントノート増刊 Vol.22 No.5 改訂版 糖尿病薬・インスリン治療 基本と使い分けUpdate』(羊土社、2020)

 非専門医に必要なレベルからやや踏み込んだところまで、辞書的ではなく理屈に基づいて平易な言葉で説明されていて、初期研修医にとっての糖尿病治療の教科書の決定版であると思った。『糖尿病ハンドブック』のほうが専門的で詳しいのだろうが、あっちを先に読もうとすると訳がわからなくなるので、まずはこちらを身につけることをお勧めする。

2210 福島真人ほか編『科学技術社会学(STS)(新曜社、2021)

 自分自身の関心領域がどこかを探りながら読んだ。STSがいろいろチラつきながらこれまで読書してきたが、STSをメインテーマにした本を読むのはなかなかなかったように思うので、概念整理に役立った。

2211 小黒草太『CT読影レポート、この画像どう書く?〜解剖・所見の基礎知識と、よくみる疾患のレポート記載例』(羊土社、2019)

 目から鱗という感じではないが、この所見どう書いたらいいんだろう、というときに言語を与えてくれるような一冊。当然のことながら画像も豊富なので、実臨床でみたことのない写真も勉強できる。特に頭部と肺が詳しいか。

2月

2212 西崎憲『世界の果ての庭』(創元SF文庫、2013)

 5つの世界が微妙にモチーフを共有しながら、最終的にはそっとそれぞれに話を閉じていく。最初読み始めたときに、これらが伏線回収的にひとつの話に収束するなんてことがあれば興醒めだなと思っていたから、そうではなくてホッとした。全体を貫くのは「影」のような、不在であるがそれゆえに存在の際立つイメージで、そういったものへの恐怖・畏怖の念が書かれている。しかしこの小説のメインパートといえる女流作家の終盤では、不可知性は「謎」としてポジティブなイメージに転化されていて、理由はわからぬが人生を肯定するに至っている

2213 古川力丸 編『レジデントノート 血液ガスを各科でフレンドリーに使いこなす!』(2018、羊土社)

 血液ガスの読み方について、1人の著者が統一された方法をもとに記述したものを読むほうがよいと思った。この本ではすべてが消化不良のままで章が終わっていく。

2214 ブッツァーティタタール人の砂漠』(岩波文庫、2013)

 ここ最近で読んだ小説のなかでも頭抜けてよかった。端的に言えば、陰鬱で閉鎖的な空間で単調な日々を過ごしながら、「タタール人の襲来」=自分の人生を特別なものにする価値ある出来事を期待しつつ、果たしてそれがやってこない、という物語なのだが、ドローゴの人生に多くの人が自らを重ねずにはいられないだろう。望洋と広がる砂漠、寂寥とした砦、無意味に厳しい規則を守り続ける歩哨たちの描写があまりに見事であり、その徹底したディテールから普遍的な主題を描き切ることに成功している。解説でも「アイロニーを通り越して悲痛」と書いていたように、このラストはあまりに残酷でつらかった。
 おそらくすべてがこうなのだ、われわれのまわりにはわれわれと同じような人間がいると思い込んでいる、ところがまわりにあるのは理解できない言葉を語る氷や石ころばかりなのだ、友達に会釈しようとして、手を上げるが、その手は力なく垂れ下がり、微笑みは消える、なぜならわれわれはまったくの孤独であることに気づくからなのだ。(116ページ)

2215 佐藤雅昭 編『レジデントノート 学会発表にトライ!』(2019、羊土社)

 パワポのtipsなど、細かいところで読んでいて勉強になる部分がありよかった。

2216 三島由紀夫仮面の告白』(新潮文庫、2003)

 本書の意義や特異なところは語られ尽くされれているだろうから今から付け足すことはないが、初めてちゃんと三島由紀夫の文体に触れて圧倒された。𝓮𝓻𝓮𝓬𝓽𝓲𝓸 𝓹𝓮𝓷𝓲𝓼が出てきた。

2217 増井伸高『心電図ハンター 心電図×非循環器医 1胸痛/虚血編』(中外医学社、2016)

 虚血性心疾患の心電図について、細かい理屈は置いておいてERで絶対に必要な視点だけに注目した本、砕けた口調なので読みやすい。初学者用というよりは、いろいろ理論を勉強したうえで結局どれをどうみればいいんだっけ、という構造になっているため、初期研修1年目が終わろうとしているこのタイミングがベストだった気がする。サクサク読める。

2218 文學界(2022年1月号) (特集「 笑ってはいけない?」)

 今後の参考になるおもしろい論考は、西村紗知『お笑いの批評的方法論あるいはニッポンの社長について』と矢野利裕『近代社会でウケること——包摂と逸脱のあいだ』だった。

2219 増井伸高『心電図ハンター 心電図×非循環器医 2失神・動悸/不整脈編』(中外医学社、2018)

 もちろんニーズの違いではあるが、1冊目よりもこちらのほうがオススメ。なんだかんだ虚血性心疾患の心電図はほうぼうで学んできていると思うので、失神・動悸/不整脈について救急外来で求められる読みのレベル、および初期対応が綺麗にまとまっている本書はありがたいのではないか。前作から引き続きCriteriaちょっと多いなというのと、あくまで「心電図からみた失神の鑑別」なので「失神」全体のマネジメントとしては別の学習が必要だと思われるのが留意点。

2220 近藤祉秋ほか 編『食う、食われる、食いあう マルチスピーシーズ民族誌の思考』(青土社、2021)

 序章は短いがマルチスピーシーズのこれまでとこれからが簡潔に説明されていてよい。アナ・チンの『マツタケ』の占める重要性を改めて認識した。第5章「破壊された森とヤマアラシの生」は、ヤマアラシの胃石が消費者の手元に届くまでを描いた、マツタケを彷彿とさせるような作品。グローバルに流通する大きな言説の影にある可視化されづらい結びつきから、人新世の黙示録的な物語をずらし、「控えめな生物-文化的希望」を示す、「ちょうどいいサイズの物語」である(47ページ)。

3月

2221 藤田 雅史『レジデントのための心エコー教室』(日本医事新報社、2021)

 心エコーの詳しい測定方法やレポートの読み方のガイドとなる本が欲しくて買った。その目的は充分に果たしていると思う。何より付属のサイトに動画が豊富なのが実践的でありがたい。「救急外来における心エコー」は、必須のスキルも現実的にここまでやるかというところもどちらも入っているので、自分で線引きしながら読む必要がある。

2222 山田 孝子『アイヌの世界観「ことば」から読む自然と宇宙」(講談社学術文庫、2019)

 せっかく北海道にいるのでアイヌの勉強をしている。

2223 杉山 裕章『熱血講義! 心電図:匠が教える実践的判読法』(医学書院、2019)

 めちゃくちゃ良かった。網羅的に書くことを目指していないが、それゆえに著者の重視したいところが伝わってきてた。膝を打つような箇所もいくつもあった。実際の対処という部分は弱めだが、理屈に沿って心電図を読む力をつけたい中級者向けの本として最良なのではないか。

2224 ハン ガンギリシャ語の時間(晶文社、2017)

 単純につながりの可能性を示すわけではなくて、つながりの不可能性(視力や、発語や、地理的距離や、国籍や、親権)を徹底的に描いた最後、その果てに残っていたわずかな希望を掬いとるような作品。半ば露悪的とも思えるが、著者にとってはそうまでしないと描けないものがあったのだろう。全体を通す一本の筋になっているのは、最早言語としては意思疎通の役割を担っていない(が、それを学習するカルチャースクールが細々と存在している)古代ギリシャ語、そして通奏低音として静かに響いているのは、ボルヘスの「我々の間に剣があったね」である。

2225 岸田直樹『誰も教えてくれなかった「風邪」の診かた 感染症診療12の戦略 第2版』(医学書院、2019)

 「鼻汁・咽頭痛・咳の3症状が急性に同時期に同程度」出るのがいわゆる「風邪」であり、その紛らわしい疾患をどう見分けるかという前半部分はタメになった。後半部分は^の先生が書いた本特有の発散の仕方というか、別にこの本でなくても学べる抗菌薬の使い方が書いてたり、本人は大事だと思っているんだろうけどこのタイトルに惹かれて買った読者に必ずしも刺さらないだろうなという内容が書かれていたりした。ただ個人的には、誤嚥性肺炎はセフトリでいいとか、蜂窩織炎とかde-escalationしにくいのは特にnarrowで始めるべきとか、勝手に自分が考えてたことが書いてあって嬉しい。

2226 横道誠『みんな水の中。』(医学書院、2021)

 ASDADHD当事者である著者が、イメージ豊かに、自分の経験および古今東西の文学からの引用をはりめぐらして語っていく。こういう言い方が許されるならば、その書き振りはまさに「ADHD的」だった。「私という唯一無二の人間の自己解剖記録」と前置きしていながら、大胆にも「私たち」という総称を何度も使っているのは、オートエスノグラフィ的なアプローチを取りつつ、自助グループで経験した問題の外在化・普遍化、それに伴う自己治癒的な側面も実現するための敢えてのものだろうが、そのバランスはなかなかに難しいと思った。

2227 木田 圭亮編『レジデントノート増刊 Vol.23 No.11 心不全診療パーフェクト』(羊土社、2021)

 心不全とはそもそも何なのか、クリニカルシナリオはそれぞれどんな病態を表しているか、という定義から入っているところが凄く良かった。2021年9月現在の心不全診療について、研修医・非循環器医に求められるレベルのことはすべて網羅されているのではないか。

2228 大江健三郎万延元年のフットボール』(講談社文芸文庫、1988)

 「凄じい眺めじゃないか。みんな楽しんでいる様子もないのに、なぜあれほど夢中なのかね?」 「なにごとにつけても夢中でそれをやるほかには、行動法を持たない人たちなのよ。私と桃子は、この真面目なフットボールの練習が気にいってるわ。これから毎日、見に来るつ もりよ」と妻は僕の辞易する気分に同調することを拒んでいった。(199ページ)

4月

2229 森田達也『緩和治療薬の考え方,使い方 ver.3』(中外医学社、2021)

 緩和治療薬の総論について知りたいと思い購入したのだが、どちらかというと、すでに臨床で実践している人に対して具体的な処方とそのエビデンスが書いてあるという感じの本。初期研修医の自分にとって書かれた本ではないと感じた。とりあえずざっと目を通して、いつか使うときのためにチェックしておいた。

5月

2230 野田サトルゴールデンカムイ』(週刊ヤングジャンプ

 北海道にいるうちに読みたいと思い、数日かけて一気に最終話まで読み切った。構成に関しては非常に素晴らしく、これだけ面白ければそりゃヒットするよなという怒涛の展開だった。特にゴールデンカムイのタイトル回収のところのカタルシスが好きだった。ギャグも基本的におもしろい。メインのテーマに据えているだけあって、アイヌ文化の詳細な書き込みや、「迫害されている少数民族」としてだけではない描き方への可能性は感じた。
 一方で、おそらく既に多く指摘されているだろうから私が改めて書くことでもないかもしれないが、マッチョイズムに満ち満ちた漫画でもある。特に象徴的なのは、チカパシの人間的成長を谷垣が「勃起」になぞらえる場面だと思う(谷垣が最も「男の誇り」的な言及が多い)が、ああいうストーリーを何の批判的精神もなくそのまま美しい成長譚として受け入れるのはやはり無理がある。あの時代にはそういう価値観だったというのはそうだろうし、それをそうではないものとして書くのもまた欺瞞であるが、ただ2020年代の今にその表象をどう取り扱うのかということについてはもっと慎重になってもいい。
 あとこの漫画において、「殺されてもいい人」「殺されてはいけない人」の書き分け(最終的に死ぬかどうかとは話が別)が周到になされていて、そこに暗黙のうちに浸透している倫理は非常に危ういと思った。カムイの怒りを買うという理屈にはなっているが動物性愛者が直ちに悪というのはあまりに粗雑な書き方(しかも嘲笑を誘うようなギャグタッチ)で、やはりアイヌ以外のマイノリティへの眼差しは、旧来の価値観からまったく自由ではない。
 そしてそれはおそらく著者自身の内面化された価値観を色濃く反映しているだろう。競馬の八百長の話におけるヤクザの親分のカップルもそうで、非常にステレオタイプな同性愛者の描き方をしている。時代が昔の話とか、戦争漫画的なものをあまり読んだことがないのだが、上記のような問題系について他の作品は今どう対処しているのだろう、と純粋に気になった。

6月

2231 中村謙介『循環とは何か? 虜になる循環の生理学』(三輪書店、2020)

 循環器に一定以上の関心のある今、学生時代はなおざりにしていた生理学を改めて学びたいと思って本書を手にとった。図が多くわかりやすい文面であるにも関わらず、扱っている内容は基礎から発展まで充実していて、かつ常に臨床に役立つように体系化されていて素晴らしかった。生理学的な知識で今後困ることがあれば、基本的にはこれを参照すればすっきり納得できると思う。

2232 中村友香『病いの会話: ネパールで糖尿病を共に生きる』(京都大学学術出版会、2022)

 これまで医療人類学の本で最初の一冊目のおすすめは何かと聞かれて困っていたが、今度からは迷いなくこれにしようと思う。ネパールでの糖尿病をめぐる(「語り」ではなく)「会話」に注目した本書は、間違いなく今年の人類学の本の中でも出色の出来である。(1年ちょっとという短い経験ながら)医師にとって驚きの話や、逆に遠く離れた地でもあるあるな話も詰まっていて、単純に(非人文系研究者、特に医療関係者にとっても)読み物として面白いものになっている。
 以下、引用しつつ断片的な感想。90ページ、ネパールの医師がどれだけ忙しくても、ランチ休憩50分あるのが面白い。101ページなどで使われている「検査優先主義」というのは、問診が到底できない状況で検査しか頼らない状況であるし、また日本であっても医療において客観的な数値が重要であることには変わりないから、ミスリーディングなワーディングなのではないかと思った。
 終始看護師の存在が薄い本でもある。

点滴に必要な針やパック、外科的な治療であればドレッシングの時に必要な包帯や消毒液なども家族が購入して準備する必要がある。(略)さらに入院患者に投薬がおこなわれ、その薬が体にどのような変化をもたらしたかの経過の観察をするのも家族の役割である。(略)問題がある場合、それを家族が察知し、医療従事者に直接伝えるのが一般的である。さらに、入院中の食事の準備や体を締麗にすることなどはすべて家族の役割だ。(130ページ)

 モルの複数に存在する動脈硬化の議論を踏襲したいのがわかるが、本稿において糖尿病に言及する際に持ってくるのは筋が違うように読めた。それより、「糖尿病は、何か明確で確固とした一つの物語として意識されたり経験されているというより、網の目のように広がる日常生活の小さな出来事や人間関係の中に時々現れるようなものであったと捉えることができる(227ページ)」のような書き方のほうが納得がいく。

トゥルシプールにおいて糖尿病の経験は一人で経験され、経験した個人が他者に対して語るものではなかった。周囲の人々の間の会話の中で、そこに病いや痛みや苦悩があるという世界が共に作られていたのである。序章述べたように、病いの会話は「病いの物語」よりも相互的である。病いは語られることによって首尾一貫したものとなり、その経験が強化されるのだとクラインマンは指摘するが[クラインマン 1996:61]、そうであるならば病いの会話は語る人物が次々と入れ替わることで他者と共に経験が形作られていく様相を示すといえるだろう。(227ページ)

 「ミグさんはヘルスポストにやってきて「どうしたのか?」と聞かれて「問題はない」「どうしたよいのか」と答え、ギャニさんとその家族はやっとのことで診察室にたどり着いたにもかかわらず、医師に尋ねられても要領の得ない答えばかり繰り返した(219ページ)」という記述は、そりゃ苛つくわという気持ちになりつつ、同じ文化のなかで育ったはずのネパール人医師が「同じ話を何度も繰り返したり」(322ページ)を不満に思うようになるのか、というのは非常に気になった。

それは何らかの目的に対する手段としての行為ではなく、また自己犠牲的な、もしくはパターナリズム的な同情や共感でもなく、病いの苦しみや不安がそこにあるという世界を、共に経験し、確認しあうような在り方である。そしてその「共にいる」ことの中で、時に必要となる手助けがわざわざ「ケア」や「治療」などといわずとも満たされていくのである[速水 2019]。それは積極的かつ目的的に人やモノや環境が協働して(もしくは協働する状況を作りあげて)「ケア」を模索・実践する[モル 2020] のとは違い、そうした関わりの中で「ケア」が起こる、といってもよいかもしれない。(359ページ)

2233 兼本浩祐精神科医はそのときどう考えるか』(医学書院、2018)

 ベテラン精神科医の著者が、診療するうえでどのような態度を心がけているか、症例をもとに詳らかにしていく。症例が短いチャンクの域を出ないものであるものの、ひとつひとつが豊かで臨床的にも面白い。当たり前だが普通に身体科をしているのとマインドセットも違えばタイムスパンも違う。著者のバックグラウンドもあるかもしれないが、精神科をやるには神経内科を通ってからのほうがいいのかと思わされる事例が多々ある。地味に、間に挿入された「意識障害を記載する精神科用語」とか「認知行動療法」とかのコラムが簡潔にまとまっていてよい。

2234 いしいしんじ『ぶらんこ乗り』(新潮文庫、2004)

 喪失の物語のはずなのだが、既に弟をうしなった状態の冒頭があり、読者はこれから来るであろう喪失のときを予期しながら読む、という形式をとることによって、結末の思いも寄らぬ爽やかさと優しさによって、希望をもらうことができる。

2235 永井良三 監修『個人授業 心臓ペースメーカー』(医学書院、2010)

 徐脈性不整脈について平易に学ぶことができる本は少ないなか、実際の心電図の問題も豊富で理屈とともに納得して読み進めることができる。ペースメーカーの適応も臨床の肌感覚でわかりやすく言い換えられていてスッキリ。

2236 マックス・ヴァン=マーネン『生きられた経験の探究』(ゆみる出版、2011)

 解釈学的現象学的な研究を実践する著者が、「書くこと」について論じている章は、自分がやってきたのはまさにこういうことだったのかと膝を打った。末尾に付けられた用語集も丁寧で勉強になる。

書くことは我々が知っていることから我々を引き離すが、書くことはまた、我々を自分が知っていることにより親密に結びつけることもする。書くことは我々が何を知っているか、そして我々が知っているものをどのように知ったのかを教えてくれる。紙面に集中しているとき、我々はテクストの中に自身が投影されているのを見る。 今やテクストは我々に対峙している。誰か他の人が読むように読んでみようとするが、このことは実際全く不可能である。なぜなら我々はそれらのことばに対して、自分の課題が意図するものを込めずにはおれないからである。しかし、テクストは我々が望んでいることと比べれば、ほんの少しのことしか言っていない。言わんとしていることを言っているようには思えない。ため息をつき、「もうちょっといいものはできないのか?」、(…)「これは廃棄しなきゃ」、「このやり方でやりなおしてみよう」と書くことは思考に外観と実質を与える。そして、そうすることで、我々はすでに違った意味で具体化(身体化)しているものを解体(脱身体化)する。しかしながら、それを書き留めてしまうことでようやく、我々は知っていたものを完全に知るのである(202ページ)。

 以下の辺りは、フィールドノートに書くことを予期して実習に出るということの実相をそのまま書いていると感じた。

 しかし、書くことは我々が単に書き物をする能力以上の実践である。書くことは我々の「見る」ための能力を経験的に論証するのだ。書くことは、我々が今何かを見ることができていることを示し、かつ同時に、それは我々の見えの限界と境界を示す。(…)実践としての私の書くことによって、私は生活世界における洞察に富んだプラクシスの準備を整える(以前には見えなかったものを今は見ることができる)(205ページ)。

2237 姫井昭男『精神科の薬がわかる本 第4版』(医学書院、2019)

 精神科の先生におすすめされて読んだ。非精神科医師だけでなく、一般の人向けにも対象を広げているだけあって、概要は掴めるが痒いところに手が届くような感じではない。ただこれから処方されているときに参照するくらいには使えると思う。

2238 吾妻ひでお失踪日記』(イースト・プレス、2005)『失踪日記2 アル中病棟』(イースト・プレス、2013)

 精神科の先生に「アルコール依存症のすべてが書いてある」と薦められて読んだ。自殺未遂があったり、閉鎖病棟での生活は時に過酷なものだったろうが、それを(本人が言っているように)リアリズムを排して書いているため何故か軽快で笑える。しかし疾患の知識やアルコール依存症の治療過程も学ぶことができる。すごい本だった。治療中の外泊する際に、酒が抜けた状態で何てことない家の周りの景色をみて「素面って不思議だ……」と呟くシーンが妙に印象的であった。本人が本当にそう思ったのだろうというのが伝わる描写だ。

2239 松本卓也『症例でわかる精神病理学』(誠信書房、2018)

 思想的な関心から精神病理学を学びたいと手に取り、その目的は十分に果たされる良書であった。しかしそれだけでなく、DSMの操作的診断ではみえてこない「これはこういう疾患」という疾患イメージを掴む、という意味でも精神病理学は「臨床的に」強力な意義を持ち得ると感じた。少しプラグマティック過ぎる捉え方かもしれないが、精神病理学は今では臨床の現場からほとんど姿を消し、神経薬理学的な見方がドミナントな今、精神病理学は「科学的」な治療の役に立たないものではない。

2240 マリリン・ストラザーン『部分的つながり』(水声社、2015)

 端的に、めちゃくちゃ難解である。フラクタル構造に注目し、この本自体も(本当になってるのかどうかは別にして)フラクタル構造にすることを目指す、というのは、1991年当時のポストモダンの香りがするような試みであるが、それ自体にどれだけ意味があるのかもよくわからない。全体としてどのような本であるのかを捉え切れてはいないが、しかし部分的にインスピレーションを受ける場所が多々ある本だった。
 ポストモダン民族誌において、「資料が豊富であるばかりか過剰でさえある」(48ページ)。そこで描かれる自己変容する旅人は、「〔死んだはずの〕主体が消費者像のうちに復活したかのよう」(89ページ)である。「より少ない切り取りではなくより多くの切り取り、 すなわち、知覚された諸々の出来事、瞬間や印象の過度の切り取りとでも言うべきものを招いている」(262ページ)という事態は、曲がりなりにもエスノグラフィーを齧っている身としては今なお身につまされる。 
 「理論的な前置きが比較のための導入に見えるか、そうでなければ比較が理論的考察に続く単なる補遺に見えてしまう」という、「釣り合い(プロポーション)をめぐる問い」も同様である(19-20ページ)。「パプアニューギニア高地南部のウォラにおける工芸品・日用品について、ポール・シリトーが書いた類まれな一覧表は、ひとつの社会全体についての標準的なモノグラフと同じ量のページに達する」(25ページ)はスケールをめぐる議論について示唆深い一文だ。スケールが変わっても複雑性は変わらない。具体的なものと抽象的なものの区分の無化。
 そこからポストプルーラルの議論に繋がる流れは、自分の中になかった回路を繋がれるようなヴィヴィッドさがあった。

無数のパースペクティヴによる相対化の効果は、すべてのものが部分的であるように見せ、類似した命題や情報のかけらの繰り返しは、すべてがつながっているように見せる。私は実験的な企てとして、モノグラフを組み立てる際に、このポスト多元主義的な認識を人工的に再現した。(34ページ)

 ダナ・ハラウェイの議論は私が勉強不足だったが、ストラザーンの読みがその後の議論を決定づけたということがわかった。「アイロニーとは、弁証法をもってしても、より大きな全体に回収されることのない矛盾であり、相いれないものをまとめる緊張である。どちらもすべては必要で真実なのだから」「フェミニストの論争を特徴づける共在性は、そこに参与するということ以外には、参与者たちのあいだに比較可能性=等質性を要求しない」(126ページ)は、HIP HOP好きとしてはサーボーグ・フェミニズムとしてのZoomgalsを換気される。

サイボーグは、異なる部分が作用するための諸原理が単一のシステムを形成しないため、身体でも機械でもない。各部分は互いに釣り合いがとれてもいないし不釣り合いでもない。内部のつながりは集積回路を構成してはいるものの、単一のユニットというわけではない。 ハラウェイのイメージもこのように作用する。それはひとまとまりのイメージではあるが、全体性のイメージではない[a whole image but not an image of a whole]。(128ページ)

 そして後半、「土地は動かずに人が旅をする西洋と、人が動かずにモノに旅をさせ、そのことによって今ここに複数の場を実現してみせるメラネシア」(訳者後書き)というイメージは非常に豊かである。まず社会があるのではなく、まず関係性がある。しかもそれを遠近法的に西洋とメラネシアの比較を行うわけではなく、ハラウェイに倣って「客観性とは、超越性ではなく、特定の具体的な身体化/具現化である」(120頁)というストラザーンは、メラネシアを西洋に準拠して眺めると同時に、西洋をメラネシアに準拠して眺め返す。
 ストラザーンにとって西洋(メラネシア)は、メラネシア(西洋)を地としてはじめて描かれうる図なのであり、両者は二であると同時に一である。

一つは少なすぎるが二つは多すぎる。(128頁)

 比喩と喚起の問題についてもメモしておく。

タイラーによると、民族誌は、書き手の反応と同じではありえない読者の反応を喚起することで作用する。書き手は異なる社会や文化を「表象」することはできないのだから、書き手と読み手が共通して把握する「対象」は存在しない。書き手が読み手に提供しているのは、むしろ社会や文化とのつながりであり、民族誌は提示可能ではないが想像可能な何かを読者に差しだしているのである。つながりは、ひとつの経験(民族誌家が読者のために喚起したもの)を読み手が実感したときに現れる。(72-73頁)

しかしながら、読み手と書き手を小部屋に囲い込むようなタイラーの民族誌の再概念化は、人類学的な営みのうち、特に比較分析のための場所を与えていないように思える。比較分析は、かつて、社会諸科学のうちで人類学がその独自性を主張する際の拠りどころだった。(…)しかし、民族誌家が事実の表象や知識の対象を提供していないというのなら、一般化も翻訳もその土台を崩されてしまうのではなかろうか。民族誌の目的が喚起だとすれば、どのように比較に従事することができるだろう。(74頁)

2241 森田達也・白土明美『死亡直前と看取りのエビデンス』(医学書院、2015)

 医師として未熟だと自覚する瞬間は多々あるが、そのうちのひとつに目の前の患者さんの予後予測が全然できない(経験が少ないせいで人が死にゆく過程がわからない)というのがあって、それを埋めたいというモチベーションで手に取った。死ぬ直前に出てくる症候などは決まりきったものはないのだということと、あとはPaPスコアはやはり一つのスタンダードなのだなということが確認できた。輸液に関しても気道分泌物増加に関しても、エビデンスのソリッドな説明に加えて患者・家族への声のかけ方まで細やかな解説がよい。

2242 宇佐見りん『くるまの娘』(河出書房、2022)

病気以降、一変し、泣き出すことが増えた母を励ますのが自分の役目だとかんこは思っていた。(11頁)

 庇護の対象としての親。しかしそういう気負いがすれ違うと本当に厳しいものがある。

いつも話は食い違い、食い違う徒労感で、最後には皆だまった。そして誰々が悪い誰々のせいだとそれぞれに別のことを記憶して、眠るまで過ごした。そしてそれぞれに怒りを、かなしみを、腹にためて泣き寝入りするせいで、腹のなかで何年も熟成してしまう。(78頁)

 最後の場面でかんこがメリーゴーランドに乗る瞬間、私とかんことか同期したような感覚を抱いた。そうだよなあ。

2243 蓑田 正祐編『レジデントノート増刊 Vol.23 No.5 ステロイド 研修医はこれだけ覚える』(羊土社、2021)

 グルココルチコイドの種類など、何となく知っていた知識を改めて確認したうえで、なぜステロイドパルスでメチルプレドニゾロンを使用するのか、というところまで生理学から理解できてよかった。副作用の時系列の整理や、HPA axisの起こる条件など有用な部分が多かった。各論はそれぞれの疾患の成書で学べばいいかなという印象。

2244 中井久夫『最終講義 分裂病私見』(みすず書房、1998)

 精神科研修先の先生に勧められて読んだが、中井久夫で一冊めに読むべきものではなかったか。しかし統合失調症の極期の「極度の恐怖は対象を持たない全体的な「恐怖そのもの」体験」の話や、回復期に初めて注目したなどの話は、断片的に面白かった。

 

 

自炊でつくったご飯をただ載せるブログ (2)

 100枚溜まったら更新にしました。(1)はこちら↓

satzdachs.hatenablog.com

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21/09/05 たらこスパ

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21/09/06 鶏丼

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21/09/07 白身魚のフライ

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21/09/08 焼きそば

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21/09/10 じゃがいもときのこの炒め物

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21/09/11 ホタテのバター焼き

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21/09/13 豚丼

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21/09/14 あさりコンソメパスタ

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21/09/16 ペペロンチーノ

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21/09/17 ツナコーン炒飯

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21/09/19 焼きうどん

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21/09/20 焼きビーフ

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21/09/21 ガーリック炒飯

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21/09/23 いろいろ

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21/09/24 豚キムチそうめん

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21/09/26 ステーキ

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21/09/27 お惣菜。釧路産くじら刺身

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21/09/29 たらのムニエル

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21/10/01 サーモンとほうれん草の和風パスタ

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21/10/02 塩焼きそば。空気階段優勝祝いに家で初めて飲むビール。

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21/10/03 ビーフン、ほうれん草の干し海老油がけ

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21/10/04 ガリバタ鶏

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21/10/05 焼きそば

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21/10/06 たらの煮付け

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21/10/07 塩焼きそば

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21/10/09 ペペロンチーノ

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21/10/10 茄子のみぞれ煮

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21/10/11 鰻のせいろ蒸し

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21/10/12 ひきわり納豆となめ茸のパスタ

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21/10/13 ツナコーン炒飯

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21/10/14 お惣菜day

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21/10/15 サメガレイの香草焼き(豚の生姜焼きをオマケで)

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21/10/17 湯葉in豆乳鍋

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21/10/18 厚揚げ入り豚キムチ。あとは白菜のナムル等。昨日の鍋で余った具材を中心に

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21/10/19 豚と白菜の味噌炒めwith 鰤の刺身

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21/10/20 ジェノベーゼ、アボカドとトマトと水菜

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21/10/21 ガーリック炒飯

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21/10/22 カレイの煮付け

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21/10/23 豚と茄子のスタミナ炒め

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21/10/25 にんじんベーコンの砂糖醤油煮など

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21/10/26 ネギ塩チキン

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21/10/28 回鍋肉

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21/10/30 湯葉炒飯

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21/10/31 お惣菜。ふくらぎの刺身

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21/11/02 湯葉 in 豆乳鍋

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21/11/03 鯖の香味焼き

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21/11/04 豚キムチ

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21/11/06 鍋

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21/11/07 豚バラ大根

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21/11/08 焼きビーフ

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21/11/09 豚バラ茄子のスタミナ炒め

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21/11/10 焼きうどん

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21/11/11 鯖の味噌煮

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21/11/12 カルボナーラ

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21/11/14 ねぎベーコン炒飯

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21/11/18 アンチョビポテト

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21/11/19 ほうれん草とベーコンのパスタ

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21/11/21 かぼちゃの煮物

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21/11/23 お惣菜。そい の刺身

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21/11/24 たらの香草焼き

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21/11/25 鍋

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21/11/27 野菜炒めとかぼちゃのスープ

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21/11/28 豚の生姜焼き

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21/11/30 豚キムチ

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21/12/01 野菜炒め

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21/12/02 鍋

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21/12/03 ツナコーン炒飯

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21/12/05 かぼちゃのマヨネーズ和えサラダ

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21/12/07 鍋

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21/12/08 麻婆茄子

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21/12/09 豚バラ茄子

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21/12/11 ミネストローネ

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21/12/13 ナポリタン

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21/12/14 豚丼

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21/12/15 ねぎ塩チキン

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21/12/16 肉味噌キャベツ

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21/12/18 回鍋肉

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21/12/19 たらの煮付け

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21/12/20 海老とブロッコリーのあんかけ

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21/12/23 残りものズ

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21/12/26 カルボナーラ

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22/1/11 鍋

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22/1/13 ほっけの塩焼き

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22/1/14 豚バラ茄子

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22/1/16 豚丼

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22/1/17 鍋

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22/1/20 味噌煮込みラーメン

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22/1/22 ガーリックシュリンプ

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22/1/23 野菜炒め

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22/1/24 アンチョビポテト

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22/1/26 豚バラ茄子のオニポン炒め

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22/1/27 ほっけの塩焼き

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22/1/28 十勝牛のステーキ

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22/1/29 鶏の香草焼き

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22/1/30 十勝牛のハンバーグ

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22/2/17 スタミナ丼

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22/2/18 ツナコーン炒飯

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22/2/20 ヤングコーンとベーコンのバター醤油炒め

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22/2/21 餃子

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22/2/22 ツナコーン炒飯

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22/2/23 あご出汁鍋①

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22/2/24 あご出汁鍋②

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22/2/25 豚キムチ

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22/2/26 豚のしょうが焼き

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22/3/1 たらのバター焼き

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22/3/2 鯛のカルパッチョ with ミモレットチーズ

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22/3/3 3種のきのこのブルーチーズパスタ

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22/3/4 きのこ鍋

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22/3/5 鮭のホイル焼き

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22/3/6 ポークチョップ

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22/3/7 鮭のスープ煮

2021年おもしろかった番組ベスト25

 あとあとこういうのが残っていると楽しいかなと思い、今年から始めてみました。ベスト10まではほとんど揺るぎなくすぐに決まりました。

25位 にちようチャップリン 〜2週ぶち抜き! 賞レース惜しかった芸人大集合SP〜(3月6日放送)

24位 ワイドナショー(12月26日放送)

23位 にゅーくりぃむ 〜2代目ナレーターオーディション(1月13日放送)

22位 ザ・ベストワン(10月29日放送)

21位 しくじり学園お笑い研究部 〜「岡山芸人が岡山弁を使っていない」を考える〜(3月9日放送)

20位 霜降りバラエティ〜緊急招集! R-1おじさん芸人〜(2月10日放送)

19位 爆笑問題霜降り明星のシンパイ賞! 〜錦鯉のシンパイ!〜(1月24日放送)

18位 漫才論争へのアンサーライブ(Amzon Prime Video)

17位 勇者ああああ~第8世代準レギュラーオーディション~(1月16日放送)

16位 チャンスの時間 〜次世代の愛王を発掘! 愛王道!〜(1月13日放送)

15位 お笑い実力刃 〜やっとブレイク!遅咲き実力刃 7分自由に使って渾身のネタSP〜(7月14日放送)

14位 コントミチ 笑う心臓(3月31日放送)

13位 かまいたちの机上の空論城 〜Googleストリートビューさえあれば人気海洋生物を堪能できる!…ハズ〜(10月16日放送)

12位 キョコロヒー(4月8日放送)

11位 有田ジェネレーション 〜第3回マネージャー激推し芸人 下克上ネタバトル〜(1月25日放送)

10位 いろはに千鳥 〜QUIZななまがり〜(8月17日放送)

9位 テレビ千鳥 〜出張!! ネコか?ノブか?ゲーム〜(4月9日放送)

8位 千鳥のクセがスゴいネタGP(1月7日放送)

7位 有吉クイズ(1月7日放送)

6位 脱力タイムズ 〜シソンヌ長谷川&広瀬アリス、問題だらけですよ!の巻〜(5月21日放送)

5位 ドッキリGP(8月27日放送)

4位 キングオブコントの会(6月12日放送)

3位 ゆりやんと七人のツッコミ(6月27日放送)

2位 マルコポロリ 〜東野幸治被害者の会SP 黒田&品川&ぼる塾が怒りの猛クレーム〜(4月25日放送)

1位 笑い飯presentsひとりで60分 ~天竺鼠・川原編~(3月8日放送)

番外編

 この記事だけは、何度も読み返すために残しておきたい。

みんな元気。

 12月は外科ローテで朝が早かった。5時半に起床し、6時過ぎには家を出ると外はまだほの暗くて、それでいて高い建物がないのでずっと向こうのほうで紅がさしているのがみえる。雪で白んだ世界も相まって、なんだか日本にいる気がしなかった。それを帯広出身の同期に伝えると、ここは日本だと怒られた。もっともである。

 マジな話、帯広に来てよくなかったと思うことがひとつもない。職場の学習環境、同期含めた人間関係、初めてのひとり暮らし、美味しい食べ物、そのほかすべての素敵な出会いに満足している。もちろん医師という職業そのものにも。
 さまざまな局面で運に恵まれていることを感じると同時に、今の生活を支えている運というものの脆さを思う。直感を信じて縁もゆかりもない土地までやってきたが、振り返ってみるとけっこうな博打だった気がする。こうやってあとになって初めて気付くのが私の計画性の無さだ。

 この文章の読者が、日々の生活のなかで、私という存在を思い出してくれる瞬間というのはどのくらいあるだろうか。そう問いかけたあなたのことを私は思い出せていないかもしれない。でも思い出す出さないに関わらず、私はこれまですべての関わってきた人たちで構成されているのは事実で、図々しいかもしれないが、その誰もが幸せであることを願いたい気持ちがある。
 私は来年も、日本じゃないみたい日本の地から、みんな元気?と問いかけるのではなく、みんな元気。と祈りをおくろうと思う。他の人生もあり得たかもしれないが、今の人生はそれなりによいものだ。だから万事大丈夫だと思う。

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2021年に観たお笑いライブ

2021年(配信ライブ)

12月27日 黒帯会議

黒帯/金属バット、ヤング

12月12日 真面目な勇者ああああ~ゲーム番組なのでちゃんとゲーム企画をやりましょう~

アルコ&ピース三四郎 相田、chelmico、板橋ザンギエフナウマン、ペンギンズ ノブオ、リップグリップ 岩永、ヤマグチクエスト、木村祥朗、こまつ

12月3日 M-1グランプリ2021 準決勝

滝音、ヨネダ2000、ニューヨーク、カベポスター、マユリカ、ハライチ、真空ジェシカ東京ホテイソン、見取り図、ゆにばーす、ロングコートダディ男性ブランコアインシュタイン、もも、オズワルド、ランジャタイ、金属バット、ダイタク、からし蓮根、インディアンス、ヘンダーソン、キュウ、アルコ&ピース、錦鯉、モグライダーさや香

11月30日 黒帯会議

黒帯/もも、風穴あけるズ

11月22日 空気階段の大踊り場

空気階段岡野陽一東京03 飯塚

11月20日 千鳥が1時間新ネタだけをするLIVE

千鳥/日谷ヒロノリ、エハラマサヒロ

11月15日 黒帯会議

黒帯/ニキケイシ、鬼としみちゃむ 鬼沢さん

10月1日 真空ジェシカの主人公ちゃん

9月20日 黒帯会議

黒帯/カベポスター、にぼしいわし

8月18日 ダイヤモンド×黒帯ツーマンライブ『白帯』

ダイヤモンド、黒帯

8月2日 黒帯会議

黒帯/金属バット、侍スライス

7月10日 黒帯会議

黒帯/Dr.ハインリッヒ、ハイツ友の会

6月27日 勇者ああああHP1 第3回~第6世代芸人セーフティネット

アルコ&ピース/三拍子、ペンギンズ、ぐりんぴーす、ラブレターズ、しずる

6月19日 K-PROライブフェスティバル クラウンヒットパレード2021 アルコ&ピースソロライブ

アルコ&ピース

6月19日 ダイアン対かまいたち 見届け人は千鳥さん

ダイアン、かまいたち、千鳥/藤崎マーケット 田崎

6月5日 黒帯単独ライブ「ネタサボってんじゃねぇよ」

黒帯/オズワルド

5月22日 勇者ああああHP1 第2回 P1層のP1層によるP1層のためのゲーム&クイズショー わいわいP1ワールド!

アルコ&ピース三四郎 相田周二ハリウッドザコシショウ東京ダイナマイト ハチミツ二郎さらば青春の光、松崎克俊

5月22日 ダイヤモンド×黒帯ツーマンライブ『白帯』

ダイヤモンド、黒帯

5月8日 さようなら花鳥風月ライブ

ニューヨーク/ザ・シーツ、素敵じゃないか、スーパーサイズ・ミー、サンジェルマンあとむ、9番街レトロ、ネイチャーバーガー、そいそ~す、ナイチンゲールダンス、マリーマリー、まんぷくユナイテッド、令和ロマン、ナミダバシ 太郎

4月24日 勇者ああああHP1 第1回たぶん見てらんない企画墓場

アルコ&ピース三四郎 相田周二、オズワルド、326、ですよ。、松崎克俊、リップグリップ 岩永圭吾

4月4日 黒帯単独ライブ「ネタサボってんじゃねぇよ」

 黒帯/ZUMA

3月9日 のりこ

 黒帯、マイスイートメモリーズ

3月4日 黒帯単独ライブ「ネタサボってんじゃねぇよ」

 黒帯/パーフェクト・ダブル・シュレッダー

2月21日 蛙亭単独 ネコの日イヴ

 蛙亭

2月19日 GAG単独ライブ「ダサ坊の群像」

 GAG

2月14日 空気階段 第4回単独ライブ「anna」

 空気階段

2月13日 ごちゃごちゃ言わずに 理屈なんて後から考えて ランジャタイとキュウを見て!

 ランジャタイ、キュウ

2月1日 黒リッヒ

 Dr.ハインリッヒ、黒帯

1月8日 漫才総本家

 滝音、パーフェクト・ダブル・シュレッダー、もも、Dr.ハインリッヒ

1月1日 マヂカルラブリーno寄席

 マヂカルラブリー、ランジャタイ、ザ・ギース、脳みそ夫、モダンタイムス、永野

2021年7月〜12月に読んだ本

7月

21044 原田マハ『ロマンシエ』(小学館、2015)

 自らの生物学的性と性自認の不一致という問題が、「女子力」「乙女心」のような少女漫画的なアイコンによって軽薄に表現されていることに違和感を覚えた。一方で、それを「軽薄」と思うこと自体が、トランスジェンダーにとってその問題が切実である「べきである」というような私の無意識の前提に由来するような気もして、一概に批判し切ることもできない。

21045 箕輪良行ほか 編『Primary-care Trauma Life Support 元気になる外傷ケア』(CBR、2012)

 二次救急で出会うような疾患よりは重篤なものについての解説が豊富である。ただいい加減にみていたところが整理されたし、今後外傷で困ったときに参照する本として有用であると感じた。

21046 千葉章仁『十勝のアイヌ伝説』(平原書房、2017)

 郷に入っては、ということで十勝のアイヌ伝説について学ぼうと思って手に取った本。サクサク読めた。Tokapci(トカプチ)というのが、シアンルルを追い出されたコロポウンクル(小人族)の呪いの言葉「この乳涸れよ、腐敗せよ。水は涸れよ、腐敗せよ」だというのが驚き。

21047 水野篤ほか『あの研修医はすごい!と思わせる症例プレゼン』(医学書院、2019)

 なんとなくプレゼンでどうするか迷っていたところも、明確に答えを与えてくれる一冊。 

21048 ジョージ・ソウンダース『パストラリア』 (角川書店、2002)

 アメリカンドリームを謳う資本主義社会、もとい格差社会において、辺縁に追いやられる労働者階級のうだつの上がらない人々を、これでもかと言わんばかりのドギツいブラックユーモアで描いた作品。読む人の環境や精神状態によって感想は大きく変わりそうだが、私としては、各掌編の主人公たちの不全感や閉塞感に共鳴する(してしまう)ところもあり、読んでいて辛くなってしまった。

21049 山畑佳篤ほか『改訂第4版日本救急医学会ICLSコースガイドブック』(羊土社、2016)

 参加するはずだった(中止になった)ICLSコースのガイドブックをざっと読んだ。簡潔で、必要十分な内容という印象。

21050 箕曲在弘ほか 編『人類学者たちのフィールド教育―自己変容に向けた学びのデザイン』(ナカニシヤ出版、2021)

 自己変容型フィールド学習(Self-transformation-oriented Field Learning: SFL)が、他者を理解すること/自己を変容させることについて最もセンシティヴであってきた(ならざるを得なかった)といっていい人類学者によって提案されている。autoethnographyという自分の研究テーマを出さないまでも、地域医療実習を代表として「フィールド教育」に関連が深い領域にいる身として示唆深い本だった。具体的な活動報告やtipsのレベルまで書かれているのがよい。個人的には、こういうときにインゴルドを引用するのか、という感じが掴めたのがまず収穫。

インゴルドは、人類学の学問的な独自性の所在を、「文化」や「相対主義」や「民族誌」に求める見方を退け、それを、人類学者が、人々をたんなる研究対象として研究すること(studying of people)ではなく、研究対象となる人々とともに研究すること(studying with people)、つまり同じ地平に立つある種の協働に求めている。(151ページ)

 インゴルド「理解することunderstanding」に対するアンチテーゼとしての「共有に向かうことundercommoning」。理解すること=特定の知識の基盤の構築。「共有に向かうこと」とは、私たちが幼いころから経験を通して獲得してきた物事の理解のあり方を不安定にさせ、いったん未知の空間に放り込まれつつも、ズレをもつ者同士の応答によって何かが重なり合っていく、創造的な人間生成の途上を指す。→コンフォートゾーンとパニックゾーンの間にラーニングゾーンがある、という教育論に重なる。
 箕曲の言う「反—反設計主義」は、さまざまな学部生との試行錯誤の結果生まれた実践感覚を伴う言語という感じがして、好感を持った。

こうした[学生の学びを促進するための]プログラムの設計によって、はじめて海外の短期滞在という条件のなかで、文脈理解や内省性といった人類学者が経験してきたものの見方や思考法の一端を、学生に学んでもらえるのではないか。(63ページ)

 「フィールドに行って、新たな自分と出会う」みたいなものは、一見魅力的なセンテンスに思えるが、いわゆる意識高い系のスタディツアーが惨憺たる結果である(と、私は思う)ように、「素朴な感想で」とか「先入観なく」とか「若い感性で」とかいったものは機能しなくて、実際はナイーヴな自己のステレオタイプを再生産するに留まるだけである。そうならないためには、豊富な知識を持ったファシリテーターが適切に議論を誘導する必要があって、しかしそこに同時に「余白」あるいは他なる可能性への「開かれ」を残さなければならない。その引き裂かれのなかにSFLはある。

ここで注意すべきは、学生の活動目標を自己変容としないことである。学生たちが自己変容を目指してフィールドの人々と関わるという態度になると、フィールドで出会う人びととの関係の築き方そのものが変質してしまう。その場合、こうした人びとはともにプロジェクトに取り組むパートナーという役割から、学生たちにとって自己変容をもたらすための情報源という役割に堕してしまう。自己変容はフィールドにおける経験の帰結として事後的に発見される者であり、学生たちが意識的に目指すものではないのである。 (37ページ)

 あとは単純に、「だがここで重要なのは、人類学の教科書からではなく、彼女自身の身の回りの事例からそのような問いに辿り着いたことである(108ページ)」というようなセンテンスを読んだときに、どうして後者のほうが重要なのだろう?と思ってしまった。いや、もちろん知識を単に授受するだけでなくて自ら考える力は必要なのだが、教科書でできる勉強があってその先にいくにはという話であって、そこを敢えて教員が教えずにたどり着くまで待つ、というのはどうなんだろう?
 でもこれを考え始めると、じゃあどこまでが「教科書」の話で、どこからが「そこから先」の話なのか、という問題が勃発するので、なかなか難しい。

21051 亀田徹『内科救急で使える!Point-of-Care超音波ベーシックス[Web動画付]』(医学書院、2019)

 内科救急の現場でよくみる腹部・循環器・呼吸器疾患について、Point-of-Care超音波のやり方・評価の仕方をエビデンスに基づいて説明した本。画像が豊富で、かつQRコードから動画も供覧できるのが強い。研修医にとってはadvancedな内容もあるが、逆にこの本があればエコーについて調べたいと思ったときに困ることはほとんどないと思う。おすすめ。 

21052 滝川一廣『子どものための精神医学』(医学書院、2017)

 子どもの「こころ」の問題について、精神医学・心理学・精神分析学・哲学・社会学歴史学等の見地をそれぞれどこかに重点を置き過ぎることなく接続して、最終的には「臨床」という場で何が起こっているのか/何をすべきなのかということを明晰に論じる筆致は見事としか言いようがない。児童精神に関心のある人ならば必読の本だと思う。
 ただ、特に後半の時代に応じた社会批評と児童精神の問題について論じる際には、不確かな断定が多く、もう少し実証的であるべきなのではないかと思った(と私が感じるだけで、実際にはちゃんとベースがあるのだろうが、あまりそれが伝わってこず、エッセイの域を出ない書き物になっていた部分が散見された)。

21053 長尾大志 著『レジデントのためのやさしイイ胸部画像教室』(日本医事新報、2014)

 救急でも病棟でも必然的に撮ることの多い胸部X線・CTを、漫然と読んでいる部分はあったので、一度基礎からちゃんと学び直そうと思い読んだ。同じシリーズの腹部画像編に比べてこちらは研修医に必要最低限+発展的な内容のバランスがちょうど良いし、通読する読み物として構成されていてよい。ことあるたびに今後も参照すると思う。

21054 佐藤 泰志『そこのみにて光輝く』(河出文庫、 2011)

 読みながら、この感じ何か既視感があると思いながら読んでいたけど、もしかしたら逆に(今思い出せない)それがこの本に影響を受けていた可能性がある。

 21055 小田陽彦『科学的認知症診療5Lessons』(シーニュ、2018)

 これはめちゃくちゃオススメ。認知症はすべての診療科で対応し得る疾患であり、すべての医師が必携の書であると思う。タイトル通り、認知症の診療について科学的なエビデンスをもとに、何をやるべきで何をやるべきではないかを、(臨床で慣例的に行われている診療を念頭に置きつつ)クリアカットに解説してくれる。ガイドラインを自分で読むこむ労力なしに、認知症に対するup-to-dateな標準診療を勉強できる。

8月

21056 草場鉄周 編著『家庭医療のエッセンス』(カイ書林、2012)

 家庭医療学を勉強するうえで必読の書らしいので読んでみた。こういう概念がこのような形で重要とされているのか、というのがよくみえて楽しかった。個人的には、BPSモデルに批判的な立場をとってきたのだが、このような受容のされかたをするのであれば有用なのでは、と思えたのはeye-opningであった。

21057 『レジデントノート 2020年1月 Vol.21 No.15 心不全診療で考えること、やるべきこと〜救急外来・CCU/ICU・病棟で、先を見通して動くために研修医が知っておきたい診断や治療のコツをつかむ!』(羊土社、2018) 

 心不全を始めとする循環器系の疾患はガイドラインがオンラインで無料で読めてありがたい(しかもわかりやすい)が、それを読む前のさらに最初の一冊としてこの本は役割を果たす。レジデントノートは正直、情報量から考えて(糖尿病の特集のやつを除いて)費用対効果が釣り合っているとは思わないのだが、そこに目を瞑るなら基本として良い内容だと思う。

21058 大橋裕之『太郎は水になりたかった 3』(リイド社、2021)

 (馬鹿馬鹿しいストーリーももちろんよいが)この漫画はとにかくふとした一場面のディテールが魅力的である。自分は「あちら側」にはいけない「こちら側」なんだ、みたいな自意識はいつしか捨てなければいけないけれど、そういうひとたちに響く本だと思う。自分の過去の黒歴史感情は容赦なく掻き立てられるけど、最終的には優しい帰結で安心する。太郎がまわりの人に恵まれていてよかった。

21059  羽田野義郎 編『抗菌薬ドリル』(羊土社、2019)

 何となく抗菌薬の使い方は知ってるけど、実際に自分で選ぶってなるとよくわからない、という今の自分のニーズによくあった本だったと思う。何より、実際の想像しやすい症例をもとに問題形式で解き進めていくのが、(個人的には)抗菌薬を学ぶうえで最も適したスタイルでよかった。解説も情報量がたっぷりでよくまとまっている。たまに初学者はそんな抗菌薬知らないよ使えないよみたいな部分もあるが、そこを我慢して読めば満足度は高い。「実践編」は、実際の疾患別に章立てされているらしいので次へのステップとして期待できそう。

21060 アマニタ・パンセリナ『集英社文庫、1999)

すべてのドラッグは「自失」への希求ではないかと僕は考えている。公園で、三つか四つの子供たちが、くるくるくるくると回っている。回り終わって倒れそうになるくらいのあのめまい、血の逆行が「気持ちいい」からだ。あれがドラッグの根源だ、と僕は見る。(212ページ)

21061 児島 悠史『薬局ですぐに役立つ薬の比較と使い分け100』(羊土社、2017)

 薬がいつまで経っても覚えられないので、何かきっかけをつくろうと思い購入した。実際に臨床で出会った薬をこれで調べて、似たような薬との比較をみて、というのを繰り返していた。ややredundantな印象もあるが、違いを必要最低限の薬理学の知識で解説してくれてわかりやすい(あくまで薬剤師向けの本なので医師にとって簡単過ぎたり難し過ぎたり色々ありますが)。

21062 アン・ファディマン『精霊に捕まって倒れる』(みすず書房、2021)

 今働いている地域にモン族はいない。ただ救急外来に「話の通じない」「困難患者」が来たときのあの空気は、医師として働き始めて数ヶ月であっても何度も肌で感じたものであり、その意味で(主に医療者側として)非常に迫真のリアリティのある本であった。「モン族専用カクテル」(モートリン(抗炎症薬)とエラビル(抗うつ薬)とビタミンB12)とか、そういう物言いが産まれるのもいかにもな感じである。
 リアの処方が、ニールの試みた複雑な処方ではなく、最終的にデパケン単剤になったというのは、ベストではなくても許容範囲内のところに落ち着かせるという意味で非常に「臨床ぽい」。それを最初にできなかったニールは、単に「モン族への愛がなかった」のではなくて、そういう患者の理解度に応じた服薬調整という発想がなかったという点で至らなかったのだ、と主張するのは、「生物医学の文化」に染まり過ぎているのか。ただそういういかにも「医療者的な」観点がなければ、批判は片手落ちになるのではないか、と全体を通じて思う。
 「モン族は異倫理的(differently ethical)である」(309ページ)という表現があったが、例えばそれがいわゆる文化相対主義と何か違うことを言い得るのか、エッセイがゆえに学問的考証の足りなさがやや消化不良。『コンプライアンス』は倫理的支配をほのめかす、強制モデルではなく調停モデル、生物医学という文化というクラインマンの(お決まりの)フレーズが並んでいる(334ページ)が、そのあたりの記述は彼の臨床人類学的な概念をただ投げっぱなしにする以外の何もでもない。

脳卒中を起こして昏睡状態になった中年のモン族女性の症例をダン・マーフィーが発表したときのこと。この女性の家族は、点滴チューブとNGチューブを外せだの、<チネン>が集中治療室に入ることを認めろだのと、女性の病床で大騒ぎした(MCMCはしぶしぶ同意したが、結局、女性は亡くなった)。ダンが話を文化的問題にもっていこうとするたびに、ほかの研修医たちは話を無理やり元に戻し、降圧剤としてのラベタロールとヒドララジンの優劣などについて議論していた。(349ページ)

こういう考え方の人がいるからこそ、風刺漫画のような医学博士が生まれるのだ。頭でっかちで薄情で形式主義者のこうした医者は、なにか問題があるとすぐ、投薬、精密検査、縫合、副木固定、切除、麻酔、検死解剖するほうが、患者の話を聞くよりもまし、と考える。幸い、MCMCの医師も含めて、実際の医師のほとんどはロボットではない。だけど、「生物医学という文化」とクラインマンが呼んでいるものに近視眼的に頼りすぎているように思えることが少なくない。(350ページ)

アメリカの医師は論文を読まなければ自分が怒っているかどうかさえわからない、なんてことがモン族の友人たちの耳に入ったら、誰ひとりMCMCを二度と訪れようとしないだろう。(351ページ)

 最後のまとめ方は著者の医師の描写が「風刺漫画のような」それに留まっていて、モン族に肩入れする気持ちもわかるが、医療者への理解の地平が開けるような文章ではない。最終的には「『わたしたちがとらえている現実はひとつの見方でしかなく、現実そのものではない』というフランチェスターの考え方を採り入れろとまでは言わなくても、せめて検討するよう求めるのは、しょせん無理な話なのかもしれない。それでも、せめて患者にとっての現実を認識するよう求めてもよいのではないだろうか」(354ページ)という穏当なところに落ち着いているが。
 一方で、いわゆる「困難患者」に対するまわりの医療者の態度に憤ることが多いのも事実。自分は今、医療者に対しては二律背反的な感情を抱いているのだと思う。どっちかの肩を持たれちゃうとその逆の立場からいやいや違うだろって思ってしまう。
 ただ繰り返しになるが、「医療者は忙しいのはわかる。とはいえ〜」というような、譲歩つきの批判はどこまでいっても片手落ちだと思う、あの(気の遠くなるような、眠気に襲われる)医療者の「忙しさ」にもまた、リアリティがある。
 散々書いたので信用してもらえないかもしれないが、非常にこれは優れた本であるのは間違いない。リアの辿った人生について臨場感あふれる記述をしながら、モン族の社会的背景がマクロにみえてくる筆致は圧巻である。時代も場所も遠く離れた私にさえ特定の場面を強く想起させるのだから、これは多くの医療者にとって心当たりのある、そして示唆に富んだ一冊になると思う。

10月

21063 羽田野義郎 編『抗菌薬ドリル 実践編』(羊土社、2020)

 よくある疾患について深く、というよりはいろんな感染症について広く浅く、という印象。ただ、何で効果判定すべきかということについてのわかりやすいまとめや、抗菌薬のマニュアル的な本には書いてないようなde-escalationの具体的なtipsがあったのはよかった。結局、抗菌薬はこの一冊ですべて、みたいなのはなくて、コツコツ(臨床と書籍どちらも含めて)経験数を増やしていくしかないのかな、と思い始めている。

21064 森川暢ほか 編『病院家庭医: 新たなSpeciality』(南山堂、2020)

 まさにこれくらいの規模の病院で家庭医と接しているので、日々みているものが言語化されたような感覚でおもしろかった。後半の各論的な話は、あまり「病院での」というセッティングが活きたような話が少なかったが、前半の総論ぽい話のほうが見通しをよくするような優れた論考が多かった。総合病院での非家庭医でも「家庭医的な試み」はできる、というのは結構信じていいことなのではないか、と最近は希望的に考えている。

21065 石井晴之 編『初めて握る人のための 気管支鏡入門マニュアル−杏林大学呼吸器内科編−改訂第2版』(メジカルビュー社、2021)

 2021年に第2版が出たばかり。観察手順や気管支の分岐が丁寧にシェーマや写真付きで解説されていて、とてもわかりやすかった。

21066 松本俊彦『誰がために医師はいる』(みすず書房、2021)

 この本を読みながらどうしても思い出すのは、救急外来に来たオーバードーズ解離性障害の人びとである。

「神様、私にお与えください/変えられないものを受け入れる落ち着きを/変えられるものを変える勇気を/そして、その二つを見分ける賢さを」(p38)

この世には「よい薬物」も「悪い薬物」もなく、あるのは薬物の「よい使い方」と「悪い使い方」だけである。(略)そして、この答えには続きがある。「悪い使い方」をする人は、必ず薬物とは別に何か困りごとや悩みごとを抱えている。(p131)

21067 中島啓『レジデントのための 呼吸器診療最適解』(医学書院、2020)

 通読するには読める記述が少なくて羅列的な表が多く、辞書的に使うには情報が足りず、帯に短し襷に流しな本だった。

21068 『芸人ラジオ Vol.2』(辰巳出版、2021)

 アルピーANN最終回のコラム目当てで買ったのだが、想像していたよりは自分語りの要素が強くて(それはそれでもちろんおもしろいのだが)、当時の現場の様子を克明に伝えるようなものではなくてがっかりしてしまった。 

21069 山本舜悟 編『非専門医のための肺炎診療指南書 あなたも名医!侮れない肺炎に立ち向かう31の方法』(日本醫事新報社、2013)

 タイトルの通り、非専門医向けに肺炎診療についての本。基礎的なところから判断に迷うところまで、痒いところに手が届く本だった。肺炎診療入門書としてよいと思う。

21070 ウエストランド河本『朽木糞牆』(代官山ブックス、2021)

 各種テレビ、ぶちラジでさえ語られている河本さんのエピソードが、何倍にも薄められていることがよくわかる本。何の笑いにもならないクズエピソードの数々。それでも通底する自分への冷静な目線や、どうしても悪いところをなおせないことの不甲斐なさを感じて、ぶちラジで駄目な発言をしてすぐに反省する彼の姿と重なる。こういう可愛げがあるから最終的にまわりの人たちが助けてくれるのかなとか。あとは、本当に良い奥さんに出会って、そして娘さんが生まれたということが、こんなにも重要だったんだなと思った。

11月

21071 岩田健太郎 『抗菌薬の考え方,使い方 ver.4 魔弾よ、ふたたび… 』(中外医学社、2018)

 マニュアル的な本ではなく、感染症治療の根本の考え方から、各種抗菌薬の誤解されやすい点や勘所をたしかなエビデンスとともに解説してくれる。実は今年の3月に読んだときは途中で挫折したのだが、数ヶ月働いてみて多少ながらも抗菌薬の知識をつけたうえで読むと(本書の対象とする読者になれたのか)種々の疑問が氷解し、かなりステップアップできた(気になれた)。岩田氏の絶望的なギャクセンスと(全く必要のないところでうっかりライプニッツとか引用しちゃう)ペダンティズムに耐えられる人には超オススメ。 

21072 上間陽子『裸足で逃げる』(太田出版、2017)

 ディテールにこそ宿る、その個人が置かれた社会の構造・歴史、あるいは経験の普遍性を描くのが、上間は上手いなと思った。

暴力や貧困のなかで子供を育てることは、とかく対岸にいるひとびとからは批判されるものです。でも調査をきっかけにして、当初予定していたよりもずっと多くの時間を彼女たちと過ごすなかで、私もまた、彼女たちと同じような立場に立たされれば、同じように振る舞うのではないかと思っていました。そのような思いから、本書では大文字の概念枠組みで彼女たちの人生を分析するということではなく、彼女たちの見てきた景色や時間に寄り添いながら、彼女たちの人生をできるだけまとまった「生活史」の形式で記すことを目指しました。(256ページ) 

21073 中島 啓『胸部X線・CTの読み方やさしくやさしく教えます!』(羊土社、2016)

 胸部画像の入門書は他にも読んだのだが、これがいちばん簡潔、かつルーティーンの読み方が身につくように書かれていてよかった。所見の書き方に関してもこの本のおかげで語彙が増えたような気がして有難い。ただ、胸部CTの後半は疾患の短い紹介と画像の羅列が続いて、通読するのは少し苦しかった。ただ画像が豊富なので今後も診療で困ったときに参考にしたい。

21074 舞城王太郎『私はあなたの瞳の林檎』(講談社、2021)

 二重括弧付きの《理》の話が刺さった。

21075 大浦誠 編『終末期の肺炎』(南山堂、2020)

 もう少し誤嚥性肺炎の治療法とかについての本と思っていたのだが、嚥下能力の評価や指導の仕方や多職種協働、あるいは患者との意思決定における交渉の仕方など、「総合診療的」ないしは「家庭医療的」な側面に光のあてられた内容だった。章立てが数ページごとで、それぞれがちょっと物足りないまま終わっていくような印象。あとお寿司が表紙なのはちょっと意図が不明だし、編者が奇を衒いすぎだと思った。

21076 舞城王太郎『されど私の可愛い檸檬』(講談社、2021)

 『ドナドナ不要論』が好きだった。

僕自身としては、もうすでに『ドナドナ』は出会ったし聴いたし味わってしまったし、それはどんなことをしても取り返しがつかない。そしてどんな『ドナドナ』もかなしいし辛いし苦しいけれど、悪いものではないなと思う。要らないけど、悪いものではない。(185ページ)

21077 画像診断 Vol.41 No13. 特集『なぜによくわからない間質性肺炎―疑問と悩みにお答えします― 』(学研メディカル秀潤社、2021)

 間質性肺炎の患者を何人か持っていて、モヤモヤすることが多かったので読んでみた。画像診断の本だけあって、言葉の定義づけが正確で病理所見とも絡めながら解説されていてよかった。いろいろ整理された。

21078 マイケル・タウシグ『美女と野獣』(水声社、2021)

 率直に、手強い本だった。「フィクトクリティシズム」=フィクションや、フィクションと重なり合う記録の形式を用いて表現の形式と手触りと探求するやり方=281ページという手法を自称するタウシグは、ガルシア・マルケス『100年の孤独』のようなマジック・リアリズムと共鳴しつつ(ときにはそれ自体が本文に引用され)、コロンビアにおける美容整形の諸相を描き出す。

近代のアグリビジネスで働く男たちの労働から女たちの美形化へという焦点の変化は、世界中で同時に起きている、英雄的な仕事としての生産から個人的消費のヒロイズムへの転換と共鳴している。そこでは、消費主義を旋回させる欲望の中心に、開示されたり隠されたりする女性の身体がある。(255ページ)

21079 呼吸器ジャーナル Vol.68 No.1 呼吸器疾患の鑑別診断(医学書院、2020) 

 非常に良い本だった。画像が豊富なのはもちろん、それぞれの所見がなぜ現れるのか、病態生理・病理・解剖等の知見をもとに解説している。「粒状影」「すりガラス影」等々、異常陰影ごとにページがわかれているため、臨床での辞書的な使用も可能そう。

12月

21080 渥美 一弥ほか編『医師と人類学者との対話:ともに地域医療について考える』(協同医書、2021)

 主に自治医大で人類学の「セミナー」の参加者だった医学生が、医師になってその経験を振り返りつつ、自らの臨床実践を反省するエッセイが並んでいる。そのひとつひとつが医学教育における人類学の可能性を示していると思う。この本の編者たちは医学生みながそのような積極的な態度でないことも自覚的で、そういった「意欲的な」「少人数」向けでない人たちにとっての人類学教育がどのようなものになるのかは、この本以降の課題になるだろう。
 「患者に「教える」側になるのではなく、患者と共に「考える」医師になってほしい」(54ページ)と簡単に言うが、とはいえ医学的知識の絶対的な知識の傾斜というのは解消されないままにあって、そのあたりは医療者の実感のこもっていない言葉だなと思う。