平成31年3月31日-令和1年5月1日の76725文字

令和1年5月1日 あとがき

だから、こういうことについて肝心なことは、いつでも自分が本当に感じたことから出発して、その意味を考えていくことだと思う。ーー『君たちはどう生きるか』吉野源三郎 コペル君の叔父さんがこう言っていたように、全31回、自分の経験を出発点として丁寧に…

平成31年4月30日 第31回 パッチワークをつくりながら生きていく

家の中でお風呂上りに裸を見られるのと、修学旅行先の温泉で男友達に裸を見られるのとでは、わけが違う。 それは、「見られているという意識」があるかどうかの違いだ。 無防備に何も考えていないときと比べて、今同級生にどう見えているのだろうとドキドキ…

平成31年4月29日 第30回 バラエティ番組はいじめを助長するか

めちゃイケという番組が昨年の3月に終了しました。(私の誕生年月と同じ)1996年10月にスタートし、一躍人気を博してフジテレビを代表するバラエティー番組となり、私が物心ついたときには既に「土曜8時はめちゃイケ」が当たり前でした。間違いなく、私をお…

平成31年4月28日 第29回 いじりといじめ――「虚構のリアル」という共犯関係をめぐって

私は、基本的には自分が「いじられキャラ」だと思っています。 最初は自分から望んだわけではなく、むしろ完璧人間になりたかったのですが、現実は何をやってもボロが出てしまう人間で、気が付いたらそうなっていました。でも、自分のハードルを下げておけば…

平成31年4月27日 第28回 外面、内面、イスラーム

褒められるのが極度に苦手です。一時期、服を褒められたとき、「これ、全部道で拾ってきたやつなんですよ!」いう意味不明の返し方をしていました。そういう表面的なものはまだいいのですが、自分の人間性について褒められると特に困ります。後輩から尊敬の…

平成31年4月26日 第27回 人の痛みを慮る: TとNの対話篇

対話篇①-2018年11月某日T: 俺、これに何となくモヤっとするんよな。 www.kikin.kyoto-u.ac.jp N: なんで?T: それが上手く言語化できないからお前に喋ってんねん。何やろな……まず、美の概念を「ぶっ壊す」っていう言葉が引っかかる。N: どういうこと?T: 世…

平成31年4月25日 第26回 医学生とは何か

「××××××××××××××××××」という企画の一環で、医学部と法学生とで一緒に安楽死がテーマの勉強会をしたときのことです。その勉強会で大切にしていたことのひとつが「自分ごととして考える」で、その前提を共有したうえで議論をしようとすると、皆の意見に最初…

平成31年4月24日 第25回 がんばらなくてもいいと思う

池江璃花子さんは、計18種目の日本記録を保持している一流の競泳選手です。2月、池江選手は白血病という診断が下されたことを公表しました。そのあとすぐに、Twitterで以下のような文章をあげていました。 応援してくださる皆様、関係者の皆様へご報告があり…

平成31年4月23日 第24回 ヒッピーおじさん

このあいだ、バーに行ったら、ヒッピーみたいなおじさんに会った。 行きつけのバーの入り口はちょうど人の体の横幅くらいで、とても狭い。入り口を入って細長い廊下を抜けると、今度は横長に6畳くらいのスペースで店内が広がっている。向かって左半分はカウ…

平成31年4月22日 第23回 言葉のウチとソト

少し前に読んだ牧野成一『日本を翻訳するということ』(中公新書)に出てきた、「ウチ」と「ソト」という概念がとても印象に残っています。一連のエッセイのなかでも、実はウチとソトという単語を何度か使っているのですが、牧野のそれを意識して登場させて…

平成31年4月21日 第22回 場をつかむ

本稿では、大学で取り組んできた英語スピーチ競技について、どうすれば観客の頭にメッセージを残せるかという私の考えを共有しつつ、「場をつかむ」とはどういうことか、皆さんに問いかけていきたいです。 7分という制限時間に収まるのは平均して850〜1000 w…

平成31年4月20日 第21回 死にたくない

昨年、祖父が死んだ。葬儀で、私は何があっても泣いてはいけないと思っていた。 祖父の病態が悪化していった過程は典型的なもので、何の変哲もないと言ってしまうこともできる。あっちの手術をしたと思えばこっちで悪いところが見つかって、こっちの治療をし…

平成31年4月19日 第20回 財布見つかった

昨日の夕方、知らない番号から電話がかかってきていた。かけ直すと地元の警察署で、財布が見つかったという知らせだった。嬉しくて私は思わず天を仰いだ。何とも優しい世界に生きているなとしみじみ思った。 免許証、保険証、マイナンバーカード、銀行のカー…

平成31年4月18日 第19回 お望みのジュースを出してあげる

人は自販機ではない。 先日、親友のNがふとした拍子にぽろっと吐いていたこの言葉が、とても印象に残っています。 コミュニケーションにおける「自販機」という言葉を「ラインナップの中から押したボタンのリアクションが出てくる状態になること」として最初…

平成31年4月16日 第17回 中川医学概論は(いつ)やるべきか

先日、新入生セミナーという××医学部の新入生向けのイベントのスタッフをしていました。学生の自主的な運営で、「大学に入ったらこんなことができるんだ!」と視野を広げてもらうためにやっているのですが、その目玉企画が、4,5人の小グループに分かれ先輩の…

平成31年4月15日 第16回 自然言語にwell-definedを求めるな

いつだったか、トイレの張り紙の「トイレの紙以外は流さないでください」という注意書きに対して、 うんこも流してはいけないのですか? こまります という屁理屈が落書きされている画像がTwitterで流れてきたました。これはこれで面白いのですが、自分的に…

平成31年4月14日 第15回 じぶんという輪郭

【第5回 愛か恋かゲーム】で、言葉を定義する(define)とは輪郭を描くことであり、輪郭というのは、「それ」と「それ以外」の間に立ち現れてくる境界である、という話をした(こう書くと、少しトートロージーに聞こえる)。この輪郭という考え方は、何も言葉…

平成31年4月13日 第14回 孤独死に関する3つの問い

1年生の夏休み、私は『××県へき地医療実習』というプログラムで××県の××村にある診療所で2泊3日の実習をしました。【第7回 辺縁を歩くためには芯が要る】でお話したように当時は希望も何もない時期でしたので、その閉塞感を打ち破るという意味と、旅費と宿泊…

平成31年4月12日 第13回 財布見つからない

財布が見つからない。あるいは、もう諦めるとするならば、見つからなかった。 現金約9000円、図書カード約5000円分、クレジットカード2枚、デビットカード1枚、運転免許証、マイナンバーカード、保険証、その全てを失った。そして、失くした財布自体が、私の…

平成31年4月11日 第12回 ドベネックの桶的「正しさ」

先月、南海キャンディーズの山里さんが自身のラジオで「最近のテレビは怒ってる人ばっかり」と言っていたことが少し話題になっていました。テレビ好きな私が最近抱いていた感想と全く同じでした。 今、日本は「正しくなきゃけない」時代にあると思います。正…

平成31年4月10日 第11回 SUSHIBOYS: 意味性の軽やかな跳躍

私は昔からよく『無駄時間計算』をしてしまいます。 一日の終わりに、「今日どれだけ無駄な時間を過ごしたか」の総量を算出し、「今日もこれだけ無駄にしてしまった、明日はもっと生産的に生きなければ」と後悔する、というやつです。この『無駄時間』を少し…

平成31年4月9日 第10回 あの夏の日は、まちがいなく、エモかった

昨年の夏のことです。私は所属する医学部ESSの大会のため、神戸に滞在していました。ちょうどその大会の期間が、神戸港で行われる打ち上げ花火の開催時期と被っていたので、同じスピーチセクションの上回生たちで話し合い、現地まで観に行くことはかないませ…

平成31年4月8日 第9回 大抵のことはもう誰かが考えてる

少し前に、以下の記事を読みました。 style.nikkei.com そこで、「若者の活字離れ」について聞かれたときの又吉直樹さんの答えがとても印象に残っています。 本を読まない友人がいて、1つのテーマについて鋭いことを言います。ただ、その意見は近代文学の中…

平成31年4月7日 第8回 過剰な相対主義

ハタチになったあたりから、なるべく、「自分が絶対に正しい」と思いこまないように気をつけています。相対主義的な立場と言ってもいいと思います。自分と違う意見を持つひとがいたら、反射的に反論する前に(あるいはしてしまったあとに、後悔しながら)、…

平成31年4月6日 第7回 辺縁を歩くためには芯が要る

私が××大学医学部に入った理由は、今から思うと何ともいい加減なものです。 もともと私は小説家か哲学者になりたかったんですが、文藝同好会の同級生と話すうちに知識量や思考力の圧倒的な差を感じ、こりゃ文系に進んでも自分はかなわないなと尻尾を巻いて逃…

平成31年4月5日 第6回 財布落とした

財布を落とした。つい昨日のことだ。 昔から忘れ物や落し物がひどく、帽子・手袋・家の鍵・自転車の鍵・原付の鍵・学生証・通学定期・財布・iPad・北海道で買ってきたお土産ぜんぶ……大学に入ってからの4年間だけでも、ありとあらゆるものを紛失してきた。最…

成31年4月4日 第5回 愛か恋かゲーム

2年ほど前にとある方から教えてもらったゲームが面白くて、今もよく引用させてもらっています。 それは、「愛か恋かゲーム」というものです。これは数人が集まってやるグループワークのようなものです。ルールは簡単です。「高校の入学式で出会った女の子に…

平成31年4月3日 第4回 「編む」と「殺す」の境目

先月、知人に頼まれて、とある本の編集作業を手伝っていました。「手伝う」というより、有り難いことに私に与えてもらった裁量が大きく、ある程度文章が整理された(書きおこしそのままではない)会話調の原稿を、分かりやすい日本語に直したり、冗長な部分…

平成31年4月2日 第3回 透明人間にはなれない

先日、××県で多職種連携を学ぶための某プログラムに参加していた。 その初日、私は都合により集合時間に間に合わなかった。受付でプログラムの参加者である旨を告げると、訳も分からないまま事務の方に案内され、「この方がリハビリのA先生です」と紹介され…

平成31年4月1日 第2回 アイドルが脱神格化された現代で、「虚構のリアル」を愛する

アイドルは、かつてその言葉本来の意味通り、「偶像」でした。雲の上の存在。手の届かない存在。一般の人とは、そもそも存在論的意味から違う。だからこそ、山口百恵がマイクを置くことは、その偶像の死を意味しました。 しかし現代では、アイドルに「会いに…