“Year in Review” in ATS 2024

 サンディエゴで開催されていた、アメリカ胸部学会(The American Thoracic Society: ATS)2024に参加していた。”Year in Review”という、1年間でpublishedされた論文のうちからhotなものを5-6個ピックアップして紹介するというセッションがあり、ほとんど自分用の拙いまとめで恐縮だが、論文の箇条書きだけでも有益な情報かと思い、ここに掲載する。
 なおATSのセッション別の特徴や、そのほか参加体験記は次稿に譲ることとする。

喘息

①貧困地域からの引っ越しで喘息を改善させる

https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2804823

・高度の貧困地域から引っ越しをさせることによって、小児喘息の有病率を下げるプログラム(Baltimore Regional Housing Partnership: BRHP)による介入の前向き研究
コホート研究に組み入れられていた、 5-17歳の123人の小児喘息患者(RCTではない)
・介入により喘息発作・喘息症状日数のオッズをそれぞれ54%・59%減少
・outcomeを改善したmediatorとして最も主要なものはストレス軽減(28.7%-34.9%)、次に受動喫煙(7.1%)。有害生物(pest)の抗原曝露や室内空気汚染の減少はmediatorではなかった。

②RSV感染と小児喘息

https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(23)00811-5/abstract

・RSV気管支炎は小児喘息と関連があると言われてきた。
・ただRSV感染のうち気管支炎になるのは40%に満たない程度。
これまでの研究はRSVに伴う入院患者を対象にしてきた=入院しないRSV感染患者は”no-RSV”とされてきた。
・観察研究。幼児期RSV感染あり(21%) vs なし(16%)で5年間の喘息の割合に差あり。
・年齢を経るごとにRSV感染と発作の関連は弱くなっていく。
・RSV感染を避けることによって、5年間で喘息になるケースを15%減らせると積算された。
・RSV特異抗体の注射などの介入試験に今後期待。

③生物学的製剤で吸入ステロイドの量を減らす

https://www.thelancet.com/action/showPdf?pii=S0140-6736%2823%2902284-5

・喘息ガイドライン(GINA)では高用量ICSのレスポンダーには、用量を減らすように推奨されているが、その安全性ややり方は明らかでなかった。
・生物学的製剤を追加することで、ICSの用量を減らすことができないか?
・高容量ICS+LABAに加えてすでに3回以上ベンラリズマブ投与歴のあるよくコントロールされている喘息患者が対象の、Phase 4, RCT, open-label trial。徐々に減らしていく群と用量固定群に3:1に割付。
・減量群でも喘息のコントロールや発作率などで有意差なし。しかしFEV1は悪くなり(-89mL vs +6mL)、FeNOは増えた(+23 ppm vs 3 ppb)。

④生物学的製剤による喘息の臨床的寛解の予測因子

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC10719453/pdf/ERJ-00819-2023.pdf

・UK Severe Asthma Registry (UKSAR)に登録された喘息患者の後方視的研究で、寛解の予測因子を研究。
・本研究で寛解は下記の通りに定義された。
①Asthma Control Questionnaire (ACQ)-5 <1.5 
②OCSの使用なし
③FEV1が正常下限以上、もしくはベースラインから<100mL未満
・18.3%が寛解を達成していた。21.2%が②のFEV1のクライテリアを達成。11.9%がACQ<0.75だった。
・罹患期間を10年経るごとに寛解の可能性は14%減少していった。
・ACQ-5が最も寛解予測因子として優れていた。

⑤新しいCT scan algorithmであるAir trapping (AT) segment scoreの有用性

https://www.atsjournals.org/doi/10.1164/ajrccm-conference.2023.207.1_MeetingAbstracts.A4254%0A

・これまでのATの評価方法は肺全体としてのものになっていたが、”AT segment score”は
気管支レベルのheterogeneityを説明する。
・Severe Asthma Research Program-3 (SARP-3)の参加者の3年フォローアップで、”AT segment score”は、古典的なエアトラッピングの定義であるLAA856exp.15%超などと比較し、ATのdetectに優れていた。
・広い範囲に広がるATは、重症度、発作回数、肺機能悪化と相関する。
・ATはnon-obesityと相関した(∵肥満患者は下葉でのATが減少する)
・ATは3年follow-upでも同じsegmentに存在した。
・今後ATが喘息のbiomaterialsとして期待される。治療効果との関連はまだ不明。

⑥気道可逆性試験は喘息

https://www.atsjournals.org/doi/epdf/10.1164/rccm.202308-1436OC?role=tab%0A

・気道可逆性は喘息の診断的特徴だが、COPDにも認められる。
・ERS/ATによる2005年の定義はFEV1≧12%・FVC>200mLの変化、2021年の定義はFEV1≧10%・FVC>10%の変化であった。本研究ではNOVELTY試験の喘息、COPDACO患者のデータから、上記二つの定義の有病率と診断的有用性を調査。
・結果は2005年の定義と2021年の定義ではほとんど有病率は変わらなかった。
・上記の定義では、喘息をCOPDACOからほとんどdistinguishできなかった。

ILD

①IPFの咳に対するモルヒネの効果

https://www.thelancet.com/action/showPdf?pii=S2213-2600%2823%2900432-0

・Multi-center, prospective, randomized blind placebo controlled
・40-90歳、咳重症度VAS≧30mmの5年以内にIPFと診断された患者。Active smoker(current smokerではないのだなと勉強になった)や、直近の急性増悪歴のある患者は除外。
モルヒネ5mg*2回で咳の頻度の有意な減少を認めた。
・咳重症度VAS、L-IPF symptoms, L-IPF impactsでも有意差あり。

②NSIPに対するrituximab

Rituximab and mycophenolate mofetil combination in patients with interstitial lung disease (EVER-ILD): a double-blind, randomised, placebo-controlled trial | European Respiratory Society

・CTでNSIP patternを示している患者に対して、Rituximab 1000mg/日 + MMF vs MMF単独のRCT
・Primary endpoint:6ヶ月でのFVCの変化は、わずかではあるが有意差あり。
・PFSも改善したが、それ以外のSecondary endpointsはほとんど有意差なし。
・NSIPはほとんど画像のみの診断であり、病理学的診断は122症例のうち15症例しか行われていないのが限界。
コメント:CTでNSIPパターンを示しているだけでRituximab投与というのもなかなか攻めているなと思った。

③強皮症ILDガイドライン

https://www.atsjournals.org/doi/pdf/10.1164/rccm.202306-1113ST?download=true%0A

・Strong in favor:MMF
・Conditional in favor:CY、Rituximab、Tocilizumab、Nintedanib、Nitedanib +MMF
・RESEARCH RECOMMENDATION:Pirfenidone、Pirfenidone + MMF

④non-IPFにおけるテロメア長と免疫抑制剤の治療効果の関係

https://erj.ersjournals.com/content/erj/62/5/2300441.full.pdf

・multi-center cohort analysis
・non-IPF ILD患者について、免疫抑制剤MMF、AZA)の治療効果を、テロメア長≧10th percentile群と<10th群で比較で比較した観察研究。Primary outcome:2年間のtransplant-free survival。
・fHP、unclassifiable ILD、CTD-ILDいずれにおいても、テロメア長≧10th percentile群ではIS治療有りでも無しでも2年間のtransplant-free survivalに有意差は認められなかったが、テロメア長≧10th percentile群ではIS治療がないと有意に2年間のtransplant-free survivalの成績が悪くなった。
コメント:ATS全体を通じて、基礎・臨床に関わらず、またILDだけでなく癌などでもテロメアに関する発表は多くみかけて、今後の治療のキーなのだと感じた。

⑤ILAの長期間フォローアップ研究

https://www.atsjournals.org/doi/abs/10.1164/rccm.202303-0410OC?role=tab%0A

・50歳以上の健診異常でILAを指摘された患者に対する、後ろ向き観察コホート研究
・網状影、牽引性気管支拡張、嚢胞など様々な”ILA”のなかで、その後の増悪に関するKey risk factorとされたのが①蜂巣肺 ②ILA >5% in single zone or >1% in whole lung
コメント:本研究では上記ILAがある場合にはフォローアップ間隔を短くするなどのプラクティスが示唆されるとありましたが、例えば放射線治療やICI治療において”軽微な間質影”がある場合にやっていいかどうか、などの研究にも繋がりうるのかなと思った。

環境・職業

① 2023年6月のカナダの山火事によるNYの喘息患者への影響

https://www.atsjournals.org/doi/abs/10.1164/rccm.202306-1073LE?journalCode=ajrccm#:~:text=Overall%2C%20we%20found%20that%20there,with%20the%20wildfire%20PM2.5.

・喘息発作に関する救急外来受診は増加
・全ての呼吸器疾患の救急外来受診とは関連なし

② 人工大理石職人における珪肺

http://publichealth.lacounty.gov/silicosis/docs/Fazio_2023.pdf

・いわゆる大理石にsilicaは5%未満しか含まれていないが、人工大理石には90%以上のsilicaが含まれている。
・2019年から2022年での間に人工大理石職人で指摘された珪肺患者の研究。

③ イラン・イラク戦争でサルファード・マスタート・ガス(SM)に曝露した人の39年フォローアップ

https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0033350623004742?via%3Dihub

・SMは気管支炎、化学性肺臓炎、ARDSなどを引き起こす
・60681のイラン退役軍人を調査、全体の人口と比較して死亡率は低かったが、呼吸器疾患の高い割合を認めた(53.5%)。

アフリカン・アメリカンにおける、サルコイドーシス発症に関連のある環境曝露の同定

https://www.atsjournals.org/doi/10.1513/AnnalsATS.202208-722OC?url_ver=Z39.88-2003&rfr_id=ori:rid:crossref.org&rfr_dat=cr_pub%20%200pubmed

・家畜、病院、カビ、、金属など
・ancestry groupごとの解析(geneの何%をAfricanのルーツとして持つのか、階層化して分析)では、>70%以上でアルミニウムに有意差を認めた。
コメント:そもそもサルコイドーシスという疾患における環境曝露という視点について不勉強だったので、示唆的な研究であった。

アメリカにおけるガスストーヴと小児喘息

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC9819315/pdf/ijerph-20-00075.pdf

・室内でのガスストーブ使用はアメリカ家庭の35%
アメリカ小児喘息の12.7%が室内でのガスストーヴ使用をやめることで防ぎ得た。
・その割合は寒い地方(イリノイ、カルフォニア)では約20%となり、暑い地方では著明に少なかった(フロリダ:3%)。

ベンゼン曝露と肺がん

https://mdpi-res.com/d_attachment/ijerph/ijerph-21-00205/article_deploy/ijerph-21-00205-v3.pdf?version=1708222890

・dose-dependentな関係を認めた。

ARDS

ARDSの新定義

https://www.atsjournals.org/doi/pdf/10.1164/rccm.202303-0558WS?download=true

・画像診断の点で、胸部X線に加え、超音波でのB line所見が追加された(リソースが限られた環境を想定)。
・酸素投与について、HFNCなどで管理する(=挿管されていない)ARDSについての項目が追加された。さらには、リソースの限定された環境において、SpO2:FiO2だけでも診断できるようになった。
・今後は、SpO2:FiO2のthreshholdが妥当かどうかや、黒人の肌でのSpO2測定バイアスが研究のテーマとなる。
コメント:そもそも超音波でしか診断できない環境でARDSをみることがあるというのが、CT を比較的どこでも気軽にできる日本との違いを感じた。

② ARDSに対する肺エコーのスコアリング

https://www.atsjournals.org/doi/10.1164/rccm.202210-1882OC?url_ver=Z39.88-2003&rfr_id=ori:rid:crossref.org&rfr_dat=cr_pub%20%200pubmed

・B-lineおよび pleural lineの数からスコアリングする計算式の妥当性。

・観察者内・間の信頼性はこれから検討。

③ COVID-19によって引き起こされたARDSに対する回復期血漿交換(Convalescent plasma)

https://www.nejm.org/doi/pdf/10.1056/NEJMoa2209502

・COVID-19から回復した患者から回収した血液を利用して血漿交換する回復期血漿交換によって、28日死亡率で有意な減少を認めた。
・重症な患者に早期に施行することで高い効果を得た。

④ COVID-19重症患者に対するシンバスタチン

https://www.nejm.org/doi/pdf/10.1056/NEJMoa2309995

・COVID-19挿管患者に対するSimvastatin 80mg/日のRCT。
・primary endpoint(21日間のorgan support-free days)で有位差を認められず。

⑤ ARDSの臨床試験における人種的・民族的minority

https://link.springer.com/content/pdf/10.1007/s00134-023-07238-x.pdf

・8つの臨床試験の後方視的研究において、黒人・ヒスパニック・そのほかの人種の割合は変わらず(30.4%)。
・90日死亡率におけるmajorityとminorityは当初差があったが、減りつつある。

⑥ATSによるARDS最新ガイドライン

https://www.atsjournals.org/doi/pdf/10.1164/rccm.202311-2011ST?download=true

・新しい定義は感度は高くなったが特異度は下がった。
・ESCIMのガイドラインとの共通点は、腹臥位療法・VV-ECMOの推奨、長期のリクルートメント・マニューヴァーの非推奨。
・相違点は筋弛緩薬で、ATSガイドラインでは推奨、ESCIMガイドラインでは非推奨。

敗血症

①敗血症における分子フェノタイプ

https://www.thelancet.com/journals/lanres/article/PIIS2213-2600(23)00237-0/abstract

・VALIDとEARLIというふたつのICUにおける前向きコホート観察研究
・Hyperinflammatory(IL-8、Bil、ICAM-1、TNFR-1)のほうが、Hypoinflammatory(Bicarb、Protein C、Plt)と比較して、予後が悪い。

②敗血症に対する抗菌薬早期投与のベネフィットの不均一性

https://www.atsjournals.org/doi/abs/10.1164/rccm.202310-1800OC?role=tab

・どのような特徴を持つ患者に早期抗菌薬投与の効果があるのか
・転移性腫瘍、ショックのある患者、3以上の臓器障害のある患者について、そうでない患者に比較してより早期抗菌薬投与の効果を認めた。

③院内感染症に対するCFPM vs PIPC/TAZ

Cefepime vs Piperacillin-Tazobactam in Adults Hospitalized With Acute Infection: The ACORN Randomized Clinical Trial | Critical Care Medicine | JAMA | JAMA Network

・来院12時間以内で、現状ではCFPMとPIPZ/TAZのどちらでも投与していいと医師が判断した場合に、CFPM投与群とPIPC/TAZ群に恣意的にわけて、効果とtoxity(前者はneuro、後者はrenal)を比較する。
・なお嫌気性菌カバーとして、CFPM群の47%はMNZもしくはCLDMを投与された。
・Alive without AKI, Stage 1-3 AKI, Deadに差なし(OR 0.95, 95% CI: 0.80-1.13)。
DeliriumはPIPC/TAZのほうが少ない(OR 0.79, 95% CI 0.65-0.95)。

④敗血症性ショックにおけるヒドロコルチゾン単独 vs ヒドロコルチゾン+フルドロコルチゾン

Comparative Effectiveness of Fludrocortisone and Hydrocortisone vs Hydrocortisone Alone Among Patients With Septic Shock | Resuscitation | JAMA Internal Medicine | JAMA Network

・RCT。Adjusted risk difference -3.7(95% CI -4.2 - -3.1, P値<0.001)でヒドロコルチゾン+フルドロコルチゾン群のほうが成績がよかった。

⑤敗血症に対するハーブの効果

jamanetwork.com


・中国からの研究、Xuebijingを48時間以内の敗血症、SOFA 2-13の患者に投与し、28日死亡率が19%(placebo 26%, p値<0,.001)だった。
コメント:確かにRCTで有意差は出ているが、プレゼンの全体からオリエンタリズム的な物珍しさで入れられたような印象を持って、ATSのプレゼンターや聴取が大真面目にハーブの治療を取り入れようとするようには正直思えなかった。

⑥敗血症患者に対するランジオロールと臓器障害

Landiolol and Organ Failure in Patients With Septic Shock: The STRESS-L Randomized Clinical Trial | Resuscitation | JAMA | JAMA Network

・敗血症ショック、ノルアドを0.1γ以上で24-72時間投与、HR95以上の患者に対して、ランジオロール投与群とPlacebo群に割り振るRCT
・90日死亡率はランジオロール投与群で44%、placebo群で28%(p値0.08)だった。
コメント:ショック状態にあるような患者はEF低下かつ頻脈という状態は多く、オノアクトはどうしても選択肢になるため、上記障害が起こり得るという示唆は臨床に確かに重要である。

医学教育

①医師のfinancial wellnessに関わるカリキュラムの実態調査

https://journals.lww.com/academicmedicine/fulltext/2023/05000/personal_financial_wellness_curricula_for_medical.39.aspx

②GPT-4に試験問題を作らせてみた

bmcmededuc.biomedcentral.com


・210個のmultiple questionのうち完全に誤りだったのは1個。15個はrevisionが必要(terminologyが古い、年齢・性別・地理的な不正確、方法論的問題)

ICUの手技トレーニングにおけるジェンダー

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC10394715/pdf/ats-scholar.2022-0025OC.pdf

・Program Aでは女性のほうが手技の機会が少なかったが、Program Bでは有意差を認めなかった。
・フォーカス・グループ・インタビューでは、どちらのプログラムの女性も、超音波検査のトレーニングにはassertivenessが必要とされると感じていると。
コメント:ジェンダーや、人種といったトピックは全体のプレゼン以外でも頻出しており、日本の(医学系の)学会にはまだ不充分な視点であると感じた。

④呼吸器とcritical careにおけるフェローの超音波の能力

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC10721306/pdf/pocusj-08-16640.pdf

・Association of Pulmonary Critical Care Medicine ProgramのProgram Directors(PD)と、Fellowsが対象
・超音波ガイド下CV挿入や肺エコーは高い能力を示したが、DVTや腹部超音波の能力には課題があった。

⑤小児呼吸器フェローシップの就活におけるバーチャル面接

https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/ppul.26201

・96%がバーチャル面接で全体の印象を抱くことができて、実際の経験ともマッチしていると答えた。
・87%がin-person interviewが将来的には含まれること望んだ。

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 普段はこのようなブログを書いています。

satzdachs.hatenablog.com