ATS 2024参加体験記

 前の記事にも書いたとおり、サン・ディエゴで開催されていた、アメリカ胸部学会(The American Thoracic Society: ATS)2024に参加していた。本稿では、これから参加する可能性がある人のために、各セッションの特徴や、そのほか会場で留意すべき点などをまとめておく。

0. 総論

扱われるテーマ

 アメリカの呼吸器内科医はICU症例もガッツリみているため、critical careに関する発表、特にARDSは常に中心的なトピックであった。V-V ECMOという単語も珍しくなく耳にした。
 小児呼吸器の症例があるのも特徴的。そのほかではCystic Fibrosis(Non-Cyctic Fibrosisという概念が存在することがCFの多さの裏返しである)や肺高血圧の発表も多かった。気管支拡張症もよく耳にしたのは意外だった。
 逆に腫瘍の発表は少ない(アメリカではOncologistが肺癌をみる)。
 あとはあくまで印象だが、間質性肺疾患と喘息の領域には日本人が多い気がした。

英語

 欧州の別の学会にも参加したことがあるが、母国語が英語であるアメリカで開催されていることもあり、とにかく英語のスピードがはやく苦労した。午前中は聴きとれていても、体力がなくなってくる午後には右から左へ流れていく時間帯も多々あった。久しぶりに、会場がジョークで笑っているのに自分はついていけていない孤独のつらさを味わった。
 はじめは、「事前にアブストラクトをGoodnotesにコピーしておく→随時重要事項をiPadに手書きでメモをする」というやり方で準備していたのだが、自分の英語能力では「英語を聞き取る/スライドで英語を読む→理解する→それを端的に(英語で)メモをする」という処理に時間をかけている間に話が進んでいってしまうことに気づいた。そこで結局、①重要そうなスライドは全て写真に撮る、②その場では英語のリスニングに集中を全振りする、③忘れそうなことだけメモをする、というやり方に変えて、得た知識を持って帰るということとその場でしか聞けないことを学ぶということの両立をある程度達成できたと思う。
 新しいスライドが出るたびにスマホを掲げて写真を撮るのは不恰好ではあるが、なりふり構っている場合ではないと思って貫き通した。最後のほうは、はじめから写真を撮ることを想定した席どりをしていた(ある程度前で、かつ、スマホを掲げても邪魔にならないブロックの一番最後尾にする)。スライドが出るたびに写真を撮っていたのは私だけではなく、それなりの人数いたのでマナー違反とまではいかないと思うが、後述のYear in Reviewなど大きいセッションではあとでオンラインでスライドだけでもみられる仕組みがあると有難いと思った。

会場

 とにかく広い。別会場も含めると、端から端まで歩いて15分はかかる。学会中は毎日2万歩も歩いていた。企業ブースがあたかもテーマパークのような圧倒的な規模である。

 あとはとにかく寒い。San Diegoは外は肌寒いくらいなのに、ガンガン中で冷房がかかっている。
 持ち帰る荷物も多くなるかと思っていたが、紙資料が配られることはほぼない。

食事

 コーヒーや紅茶などは自由にいつでも飲み放題。ATS公式としてはビスケットなどの軽食もちょくちょく置いてある。あとはそれぞれの企業ブースで独自にチュロスプディング、アイスも配られている。写真はカップに入ったプディングだが、個人的にはsanofiのブースにいたオシャレ坊主おじさんのつくるラテがめちゃくちゃに美味かった。

 ATS公式としてのお昼ごはんは、13:15からゲリラ的にバイキング形式で始まる。ただあっという間に行列ができてなくなるので、よほど待ち伏せしてなければありつくのは難しいだろう。

 ATS公式の夕ご飯は参加者も少なく競争率は低め。バイキング形式で土地の有名なご飯(タコスやクラムチャウダー)が用意されている。

 製薬会社によるいわゆるIndustry TheaterやIndustry Supported Evening Symposiaの昼食・夕食については後述。

1. セッションの種類

Postgraduate Courses

 私がATSに参加したのはメインのプログラムが始まる5月19日からだったが、それに先駆けた5月17日-18日に行われていた。朝8時-夕方4時の終日、もしくは昼12時-夕方4時の半日(Half-Day Course)、specicなthemeについてinteractiveなLectureやHand-on Seminarが行われる。上司に勧められたが、今回は英語面で勇気が出ず参加できなかった。
 他にも、Resident Boot Camp (RBC)というResident向けのintensiveなコースや、All Day Educational Events Fellows Track Symposium (FTS)、New Faculty Boot Camp (NFBC)、Respiratory Innovation Summit (RIS)などが本プログラムに先行して行われている。

Keynote Series

 最も大きな会場で一日の最初に行われる、メインのレクチャー。今回のthemeは医療におけるAI、ポリオと陽圧換気の歴史、Immigrant Health、など必ずしも呼吸器内科に限らない話を聞ける。同時間帯に他のプログラムが被っていることもないので、まずは学会の雰囲気を掴むために参加するのがよいだろう。

Adult Clinical Core Curriculum

 メインの会場で行われる。市中肺炎、気管支拡張症、NTMといった各テーマ25分x3のレクチャーと、QA15分の構成。専攻医向けくらいの難易度で、呼吸器内科医2年目になったばかりの私にとってある程度は既に勉強済みのbasicな内容が続くが、レクチャーの後半はここ一、二年の文献をもとにした話もあるので聞き応えはある。

Year in Review

 15分x4のレクチャーで、1年間でpublishedされた論文のうちからhotなものを5-6個ピックアップして紹介する。内容がギュッと詰めこまれているのでとにかくはやい。メインの会場で行われるのだが参加人数の多さからもその注目度が窺われ、他にいいセッションがなければまず間違いなく出たほうがよい。どのような内容なのかは前の記事を参考にしてほしい*1

Mid-day Symposium

 午前のセッションと午後のセッションの間は、基本的には①ポスターをみてまわるか、②後述の製薬会社主催のセミナーに出るか、③企業ブースをみてまわるか、なのだが、12時-13時の時間帯に15分x4くらいの構成のシンポジウムが開かれていることがある。あくまで私見だが、いわゆる通常の時間帯に行われているそれに比べてテーマがマニアックな印象。私は20日の、ネコとウマの喘息におけるmicrobiomeとヒトにおけるそれの関係を利用したnon-type II 喘息研究の可能性についてのシンポジウムを聴講した(おもしろかった)。

Mini Symposium

 いわゆるOral Presentationのセッション。基礎研究から臨床研究、症例報告までないまぜになっている。日本の学会よりも各発表への質問が多い印象。質問するとき名乗ることもなくいきなり本題に入る。一方で質問の多さでどれだけ興味を持たれているかの明暗がしっかりわかれる。
 乗り遅れるとマイクの列に並んでいるうちに次の発表に行ってしまうことがあるので、質問したいことがあれば発表終了後にいちはやく決心する必要がある。発表者用の準備の席は決まっておらず、会場のどこかで待機していて、自分の番が来れば順次演題へ向かう。

Thematic Poster Session

 いわゆるPosterセッション。1時間45分の指定されている時間のうちは発表者がポスターのそばに立っていて、質疑応答を行うことができる。興味があるからまずは読んでみたいだけ、という気持ちのときも目が合うと否が応にでもdiscussionが始まるが、話しながらposterを読んで理解するというまでの英語力は自分にはなかった。だから正直に最初に「まず読む時間をくれ」と発表者に伝えて、overviewを掴んでからdiscussionに臨む、という形式にしてからはそれなりにcommunicationを楽しめるようになった。
 せっかく海外の学会に来たし英語でdiscussionsをしてみたいが、Mini symposiumとかで皆の前で発言するのは気が引ける、という人は、まずThematic Poster Sessionで肩慣らしをするのをお勧めする(実際私はそこでいったん自信をつけてから、Oral presentationで質問をしてみることにした)。
 そのほか気になるposterを全部読み始めていると、これまた自分の英語力ではいくら時間があっても足りないので、とりあえずパシャパシャ写真を撮ってしまって、帰りの飛行機で読み返して勉強をした。そこで思ったのは、特に自分のような聴衆にとって、タイトルからその研究の概要や何がおもしろいかをパッと理解できるかは本当に重要であるということ、そして、Key messageがパッと目に飛び込んでくるようなデザインのPosterは読まれやすい、ということだ。
 そしてあとで気がついたのだが、ePosterという有難い仕組みがあり、後述のPoster関連のセッションで出されているものはすべてオンライン上でみることができる。スクショすれば直で撮るよりもはるかに綺麗に保存できる。よって結論としては、Thematic Poster Sessionはまず発表者とのDiscussionを重視、あとは気になるPosterは番号だけメモっておいて後でオンラインでチェック、が最もeffectiveだと思う。ちなみにThematic Poster Sessionの時間が終わると結構すぐに発表者は自分のPosterを剥がしていくので、時間が空いたときにみに行けばいいや、というスタンスで行ってみるともぬけの空、ということがある(初日はそれで失敗した)。
 内容としてはもちろん目を見張るような鋭さのある発表や大規模な臨床試験など気圧されるものもあるのだが、画像のおもしろさ一発のもの(EBUS-TBNAで偶発的にみつけた肺動脈塞栓が強烈だった)や、言い方は悪いがこれで診断としていいのかというもの(回避試験も病理学的な診断もつけていないが過敏性肺炎と言い張っている例)もあってピンキリの印象。ATSだからと言って気後れせず、おもしろい症例や研究をしていれば案外抄録も通るのかもしれないと思った(海外学会で発表もしたことないのに舐め過ぎと言われれば反論の余地はない)。

Poster Discussion Session

 大きな部屋の周囲にPosterが貼られており、最初の30分程度は自由にみる時間として充てられる。その後100近く並べられた椅子に集められ、その真ん中に立ったマイクの前でPosterの発表者が1-2分程度で短く要旨についてpresentationし、その後会場もしくはmoderaotorからの質問を受け付ける。それが終われば次の発表者、というのをテンポよく25回繰り返す2時間のセッション。
 Thematic Poster Sessionのcasualなcommunicationと違って、大勢の前で発表するので緊張感があり、かつOral Presentationよりはるかに短い時間でPowerPointやPosterのvisual informationに頼らずに自分の発表のおもしろさを伝えなければならない(随時聴衆は立ち上がって壁沿いのPosterを確認しにいくことはできる)ので、かなりハードルが高い。実際、発表がまずいと研究のおもしろさが伝わらず質問者がいなくてしんとしたり、あるいは緊張で泣きそうな声になりながら発表している(めちゃくちゃfluentなEnglishを話す)人もいて、その難易度の高さが窺われた。
 ただ聴衆としては、どんな質問をしようか想定しながら聴いていると、短い発表でその研究の面白さを掴んでそれをcriticalに吟味する、というexcerciseを何度も繰り返すような感じで、とても勉強になったし頭をいちばん使った気がする。

RAPiD Poster Discussion Session

 他のセッションと被って後半しか出られなかったが、こちらもinteractiveなPosterのセッション。まずはじめに自由にPosterをみる時間があり、そのあと発表の要旨を簡単に説明するというのは同じなのだが、それぞれに質疑応答があるのではないのがPoster Disscussion Sessionとは異なる点。発表者がぐるりと椅子を囲むようにして座って、フロアも巻き込んだ全体討議の時間が30-45分用意されている。ここでは自分の発表についての質問に答えられたらいいわけではなくて、「この点についてはどう思う?」とか、「あなたの発表はこれについてだったと思うけど、反論はある?」とか、その都度の議論で意見を求められるので、より集中力が必要な印象を受けた。詳しくはATS公式のルールブックがあるのでそれを参照されたい*2

Pro Con Debate

 あるトピックについてPRO(賛成)とCON(反対)にわかれて、3人ずつが交互に発表をしてDiscussionをするセッション。私が参加したのはPPFについてで、Technicalな問題で時間が遅延してしまったのもあるが、議論が深まり切らずに次の発表者に移る、という印象だった。それを差し引いても、普通の発表の形式ではみえてこない、ここが論点になっているんだというのがclearになるので間違いなく勉強になる。余談だが、gifやInternet memeをスライドに豊富に盛り込んでお互いに煽り合いながらdebateしているのがアメリカのノリやなって感じがした(適当)。

Fellows Case Conference

 非常に興味があったのだが、Year in Reviewと被って泣く泣く諦めたセッション。abstractによると、fellowがCPCの形式でunknown caseについて発表をし、各ジャンルのexpertsがその場で臨床推論していくらしい。

Story Telling Series

 夕方17時から毎日行われている1時間のinteractiveなセッション。各ジャンルの大御所的な地位付の人が自分のキャリアについて語る。私がみたのはBODE index開発などCOPD研究に長年関わってきたBartolome Celli。めっちゃ話好きっぽくてジョークがバカスカ受けていた。

Industry Theater

 いわゆる製薬会社のランチョンセミナー。n=2かつ個人的な感想なのでわからないが、内容はすべて企業が用意したスライドで、xxめっちゃ凄いよね!xxって薬だけ覚えて帰ってね!という宣伝の色が強く、日本のランチョンセミナーのほうがおもしろいと感じてしまった。
 正直(Residentでも10万近い高い会費を払って参加した)アメリカの学会でそれぞれの製薬会社はどれほど美味しいご飯を出してくれるのだろうかと期待していたのだが、どのIndustry Theaterに出ても一律ATSが準備をしたハムとチーズの冷たいサンドとクッキーが用意されていてがっかりした。ただポテトチップスやコーラも山ほど置いていて、製薬会社のセッションなのに不健康そうな感じがしてウケた。要らなければ受けとらないこともできる。

Industry Supported Evening Symposia

 いわゆる製薬会社のイヴニングセミナー。予約が必要なもののそうでないものがある。最初の30分はご飯を食べる時間で、その間にセッションが始まる。1-3時間とボリュームには幅がある。
 内容の感想は上記に近い。ただこちらのご飯はバイキング形式だったのだが、豪華で美味しかった(こなみ)。
 なお例に漏れずスライドをパシャパシャ撮っていたら、あとでaccessできるから撮らなくていいよと言われて聞くほうに集中していたら、最後にメアドやアンケートに答えなければスライドはもらえない仕組みだった。よくできている。


そのほか

 Medical Education SeminarといってPublic Speaking SkillやLeadership Skillを養うもの、Meet the Expertというお偉いさんとcommunicationをとれる有料の食事付きのセッションがあった。

3. 総括

 ありきたりな感想になるが、自分の臨床がGlobalに大事とされていることをちゃんと準えられていることや、逆にまったく気づきもしなかったimproveの余地があること、そして世界では最先端の研究がたくさん同時変更で進んでいること、などさまざまな学びがあった。特に臨床の日々では浮かびえないような疑問がいくつか出てきたので、これから考えていきたい。

 同時に、この貴重な機会を最大限に活かすために、「ここでしか学べないことは何だろう?」と常に自問自答していた。例えば、今は文献にもちろん簡単にアクセスできる時代なので、ただ論文に書いてあることをそのまま聞いて満足していてはいけない。あるいは、MDDに漠然と興味があるとして、それについて海外の人たちとdiscussionできることが何なのかというのは会場に行く前にブラッシュアップできた点だと感じた。

 いずれにせよ刺激を受け続け、そしていつかここで発表してみたいという炎が燃え上がってくるような体験であった。このような機会を与えてくださり協力してくださったすべての皆様に感謝します。これからも精進します。

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 普段はこのような文章を書いています。

satzdachs.hatenablog.com