平成31年4月21日 第22回 場をつかむ

 本稿では、大学で取り組んできた英語スピーチ競技について、どうすれば観客の頭にメッセージを残せるかという私の考えを共有しつつ、「場をつかむ」とはどういうことか、皆さんに問いかけていきたいです。

 7分という制限時間に収まるのは平均して850〜1000 wordsくらいです。その数百個の単語すべてを覚えて帰ってもらうことはもちろん不可能です。よって、「どうしてもこれだけは聴いて欲しい、覚えて帰って欲しい」というポイントを設定することが重要です。スピーチの中のどの段落、段落の中のどの文章、文章のなかのどの単語を頭に残したいか。
 それを決めたら、デリバリー(伝え方)によって表現します。私の参加している大会は我が身ひとつで壇上に立つことになっているので、声・身振り手振り・視線等でいかに表現できるのかを考えていきます。
 デリバリーの指導をしていくにあたって、「もっと観客に訴えるような感じで」とか「もっと元気に」とか抽象的な表現はなるべくしないようにしています。あくまでもロジカルにデリバリーを構築していきます。

 デリバリーとは「差」だ、といつも言っています。
 重要なところと重要でないところに差をつけること。じゃあどうやって差をつけるのか?となると、声の高低、息の多寡、速さ、間の主に4つを使います。それぞれ内容に適した使い方があります。
 例えば息の多寡は、感情が入るか入らないかに関係します。それに高低を組み合わせると、「低い・息なし」は地の文、「高い・息なし」は自信のある主張、訴えたいこと。「低い・息あり」は悲しみなどネガティヴな感情、「高い・息あり」は喜びなどポジティヴな感情を表します。さらに速さと間が加わります。聞いて欲しいところはゆっくり読む。聴衆に聞く準備をしてもらうために、重要な主張の前は間を空ける。聴衆が頭のなかで考えられるように、問いかけるようなセンテンスの後は間を空ける。あるいは自明の展開の場合は間をつめる。
 すべては聴衆のことを考えながら、デリバリーを論理的に構築し、「差」をつけます。これを全ての段落、文、単語についてやると、確実に一定以上「上手いな」と思ってもらえるスピーチになります。

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 さて、ここからは抽象的な話になります。
 私の経験上、こうやってデリバリーをつけていって、めちゃくちゃ「上手い」スピーチになったとしても、「何か足りない」ということがままあります。なかなか形容しがたいのですが、その人が喋ってる感じがしないというか。ライヴ感がなくて、画面の向こう側で喋っているみたいというか。その場にいないというか。
 一方で「下手」でも、ごく稀にグッとくるスピーチがあります。ある後輩を指導していたときのことです。大会前日の午前中まであ〜こりゃまだ全然だめだなと思っていたのが、午後には(技術面では何も変わっていないのに)信じられないくらい良くなっていました。彼には「場をつかむ」何かがあって、この状態の人に「ここをもうちょっと間を空けて」とか「ここを高く」とか言うこと自体まるっきりナンセンスだなと思い、「お前はもう練習するな、このイメージを持ったまま帰れ」と言ってそのまま家に帰しました。
 次の日の本番当日も、特に決勝は場の空気を全部持っていって優勝までしてしまいました。

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 「場をつかむ」ことをどうやったらスピーカーに教えられるのか、私はまだ知りません。ただ、「つくりものではなくて、等身大の自分として語りかけていること」が必要条件であるとは思っています。現状は、「構築したデリバリーをその通りにやることが目的ではないから、意味を理解しながら聴衆ひとりひとり語りかけることを意識して」という抽象的な指導しかできていません。それでできることもあればできないこともあります。

 我々は日常会話において、(個人差はあれ)自然とデリバリーをしています。強調するところで高くなったり、ゆっくりになったり、間を置いたりしています。感情的になると声に息がこもります。当たり前ですが、そのデリバリーにはライヴ感があります。
 しかしながら、母国語ではない英語で、しかも多くの観衆を前にスピーチするとなると、その自然さは失われます。だからどうしたらデリバリーをつけられるのか頭で考えます。ロジカルにデリバリーは構築できると言いましたが、結局それはいつもやっていることを言語化しただけです。
 逆説的ですが、徹底的な練習を繰り返した先ににまた、自然さを取り戻すことができるのではないかと思っています。それができて初めて、「その人として」「その場にいて」「ひとりひとりに」語りかけることができる、という仮説です(再度強調しておきますがあくまで必要条件であり、「自然さ」=「場をつかむこと」ではありません)。

 こういう「場をつかむ」という感覚は、他の分野でもありそうですよね。私はよく劇場に漫才を観に行きますが、上手い下手の前に、「この漫才師は場をつかんでいるなあ」と思うことはしばしばあります。これ以外にも、もし思いつくご経験などあれば共有していただけますと幸いです。

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