人体実験に供与されてきたのはどのような人々だったのか、また彼らはどのような理屈をもってその時代に「卑しい体」とされたのか。政治思想史、医学史の両分野から読み解く良書。かなり分厚いですが文章自体は読みやすくサクッと読めます。
大量の文献を引用しつつ、哲学的・歴史的アプローチから一つのテーマを再構成していく様は、まさにミシェル・フーコーのそれで、実際に「フーコーの再来」と騒がれているようです。本文中にフーコーからの引用も多く、18世紀~19世紀のフランスの記述については『臨床医学の誕生』と内容的に被るところもあります。ただ、さっき書いたように「サクッと読める」のがミソで、訳者のあとがきに「フランス医学史学会のフィリップ・アルブ事務局長にとって、本書は『目から鱗が落ちる歴史研究』であるが、フーコーの『臨床医学の誕生』(1963年)は現在まで『ほとんど理解不能な本』と映る」と書かれてありました。フランス医学史学会の会長がフーコーを「ほとんど理解不能」と言っちゃうのはどうかと思いますが*1。
自分の今の興味もあり、第7章の「治療的試験の危機と変容」がいちばんおもしろかったです。アングロサクソンの科学史において、近代的臨床試験(比較対照実験)が生まれたとされているのは1747年のジェームス・リンドによる船員の壊血病の予防研究だというのは知っていましたが、「盲検」が実施された史上初のケース(の一つ)として「メスメル催眠術」*2というものがあることは知りませんでした。「動物磁気」なるものによって治療ができるとメスメル本人は主張していたのですが、目を隠して何もせずとも磁気をかけたと信じ込ませると、磁気の症状が患者に現れたことから、それは単なる想像力の産物ということになりました。
こうして疑似科学を反証する目的で導入された盲検の方法は、結局公式の治療方法も検証する方法として広がりました。そこには厳しい反発もあったようで、本書にも「 現行の治療方法が無意味かつ危険であることを公衆の視線にさらすものとして、統計はおそれられていた」という記述があります。代表的な例でいえば1828年、ピエール・シャルル・アレクサンドル・ルイが発表した論文で、「瀉血は病の進行を遅らせるものではなく、むしろその信仰を促す有害なもの」であると指摘されました。
このような、当時の医療を支えていたはずの「理屈」が「統計」の力によって打ち負かされてしまった様に、興味があります。「この時代の実験者たちは総体的に、ある治療法が人間身体に現す効果のみに関心を持ち、治療的効果が現れればそれを成功として満足し、なぜそのような効果が生まれたかという理由を実験によって知ろうとする行程に至ることはなかった」とありますが、今はもちろんそこまで「原因無き科学」なわけではなく、ある治療法を試す前に、まず疾患を合理的に考察し、そこから引き出した仮説がその治療法をほぼ確かなものであるとして示されていなければなりません。
しかし一方で、やはりその「科学的」に仮説を立てるということと、RCTによって効果を検証するということとの間に、何というかこう、いまだにうまく言語化できていないのですが、思想的な断絶を感じます。まったく別のレンズで世界を覗いているかのような、そんな感覚です。加えて、歴史的経緯を考えても、RCTは例えば現代の正統医療・非正統医療の問題を考えるうえでも重要なのではないのかなあと思っています。
この本でもかなり面白く書かれてありましたが、あくまで人体実験が主眼の本だったので、もっとRCTが医学的思想に与えた影響について知りたいと思っています。何か知っている方は教えていただけますと幸いです。