姫野桂『発達障害グレーゾーン』(扶桑社新書、2018)

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発達障害は大きく3つに分類されている。独特なルールがあったりコミュニケーションに問題が生じることが多いASD自閉症スペクトラム症)、衝動的な言動や不注意などが目立つADHD(注意欠陥・多王政障害)、知的な問題はないのに簡単な計算や読み書きに生じるLD(学習障害)」

「実際の発達障害の診察では、医師はWAIS-Ⅲのほかにいくつかの心理検査や聞き取りなどを組み合わせ、総合的な結果から『あなたは発達障害です』と、最終的な診断をくだすことになる」*1

 では、本書で話題にしている「グレーゾーン」とはどういう存在なのかというと、「この『傾向がある』と『診断がおりる』の間にとどまったの人たち」のことです。困っていることがあるから受診しても診断がおりず、行き場のない思いを抱えてしまう。そのような人たちを「グレーゾーン」と呼び、理解が進むように呼びかけています。

 この本を読もうとしたきっかけは、進学校の生徒あるあるだと思うのですが、周囲に発達障害(特にADHD)グレーゾーンではないかと感じている人が多いという現状があったからです。内容としては、この問題に関心があって一度調べたことがある程度の人にとっては新情報があるわけではありませんでしたが、一般向けの本であるということを考えると、とても誠実に書かれた良い本だと思いました。逆に言うと、自分的にはかなり身近でよく知った概念だったのに対して、(これが今話題になっているということは)多くの人にとっては目新しい話だったということに少し驚きました。
 内容でいちばん良いと思った点は、著者自身が、LDの診断を持っていて、かつADHDASDの「グレーゾーン」なのですが、最後の章で、グレーゾーンで生きにくい人が少しでも改善するためのライフハック、もといコツをまとめていたりするのは、当事者視点だからこそ書けることだなと思いました。

 本の帯に、「専門外来に『自分を疑う人』が殺到中」と書かれてありましたが、これ読んだらそりゃそうなるよなと思う一方で、ある意味「グレーゾーン」だという診断が欲しいからそうするわけで、それって結局前と状況が変わっていないのではないかとも思います。グレーゾーン、つまり白でも黒でもそのどちらでもない曖昧な領域として著者は周知したかったはずなのに、「グレーゾーン」という一つの領域がまたできてしまうのではないか、と。そういう曖昧なものを曖昧なものとしてそのまま残しておくことの難しさを感じます。
 そうやって考えていくと、「グレーゾーン」のなかでもまた、「黒に近い濃いグレー」の人と「白に近い薄いグレー」の人がいるわけです。かく言う自分も、不注意が多い(めちゃめちゃ気を付けていても貴重品を毎週くらいのペースで失くしてしまう)、集中力が持続しない(どんなに興味のある内容でも一対多の授業では5分と集中力がもたない)、やらなければいけないことをひたすら先延ばしにしてしまう、じっとできない、というので「グレーゾーン」なのかなと思っている節はあったのですが、本書に載っている「グレーゾーン」の人たちは、自分より圧倒的に「困りごと」がある。となると、どちらかというと白っぽい自分が「グレーゾーン」と名乗っていいのか、という気持ちにもなるわけですね。ここでも「グレーゾーン」という領域の線が自分には見えて(つくって?)しまっているのだなと。

 ぐちゃぐちゃ書きましたが、本書は(扇動的な帯の印象とは反して)丁寧に書かれた本です。一瞬で読めるのでぜひ読んでみてください。

 

*1:この分野について特に専門的な知識があるわけではないので、本書の記述をそのままに引用しましたが、もし間違いなどありましたらご指摘ください。